おさななじみ
特殊な体質のある登場人物が出てきますが現実とは一切関係のない架空のものです。
テキトーに書いてますので、どうぞ頭を空っぽにして見てください。
『楽しいことは全力で』を校訓とし、愛称がある生徒は友人だけでなく先輩後輩、しまいには先生まで愛称で呼ぶというフレンドリーさがウリな校風。そして、理系クラスと文系クラス、普通クラスに別けられ、クラスごとにカリキュラムが異なるという変わった仕組みにより生徒の学ぶ意欲を向上させることで県内でも一位、二位を争う高い偏差値を誇る坂野上高校。
坂野上高校には名前や外見、体質を特徴とし愛称で親しまれる生徒が複数名いる。ある者は自身の幼い外見と本名から広まった愛称を持ち、またある者は同じクラスに姓名共に同じ読みである者がいたために愛称がついた。
これは、そんな学校で眠り姫と読書家王子の愛称を持つ二人の男女のとある1日を綴った物語。
私、笹原馨の朝は早い。
ピピピッと早朝5時にセットした目覚まし時計が鳴ると同時に目を覚まし、顔を洗って制服を着て、背中まで伸びた黒いまっすぐの髪を後ろでポニーテールに結んで身支度を整える。
父は起きるのが遅いため、母と一緒に弁当の準備や朝食を済ませると歯を磨いて6時半には家をでる。向かうは隣の幼馴染の家。
東堂の表札の下にあるインターホンは鳴らさずに、事前にもらっている合鍵で扉をあけて「おじゃまします」と家の中へ声をかける。
そして勝手知ったる様子でリビングまで上がると、そこにはソファに座り眠そうにする幼馴染と、朝食を取る幼馴染の両親である博さん、裕子さんがいた。
「おはようございます」
「おはよう、馨ちゃん!いつもありがとうね」
「馨ちゃん、おはよう。朝は食べてきたかい?」
にこやかに挨拶を返してくれる博さんと裕子さん。
「はい、大丈夫です。…樹、行くよ」
「…うん」
うつらうつらとしている幼馴染に声をかけ、ソファから立たせると傍らに置いてあるリュックを背負わせる。
「じゃあ、博さん、裕子さん行ってきます」
「行ってきます」
「「いってらっしゃい!」」
ふらふら歩く幼馴染の手を引いて誘導しながらの通学にも慣れたものだ。
私は樹のいつもながらに眠そうな様子にため息をつきつつ、話しかける。
「また寝なかったの?」
「…少しは横になってたよ」
「ちゃんと迎えに行くから寝てていいのに」
「…そういう問題じゃないんだ」
「…」
馨が樹と出会って早13年、幼稚園からの付き合いである。それから小、中、高と同じ学校に通い続け、通学もずっと一緒にしてきた。
なにも二人が幼馴染だからという理由だけでここまで行動を共にしているわけではない。
これには、樹の特殊な体質が深く関わっていた。
それは、二人が幼稚園生の頃。樹は幼稚園を休みがちな子であった。
特に身体が弱いわけではなく、幼稚園に来れば工作などの座学から体操といった運動まで何でもこなし、午後の自由時間も特に疲れた様子も見せずに遊んでいたものだ。
しかし、一度登園すると次の日に来ることは稀で、2、3日の間隔をあけて来ることがほとんどだった。
ある日の自由時間、樹と私は砂場で山を作ってトンネルを開通させるといった遊びをしていたが、始める時間が遅かったためにトンネルは開通せずに時間が終わってしまった。
トンネル開通をあきらめきれなかった私は樹に「あした、いっしょにとんねるをつくろうね!!」と一方的に約束を取り付けた。
樹は約束をすることが苦手な子で、これまで樹が誰かと約束をしている姿を見たことがなかったし、先生たちも樹の事情を知っていたためやんわりと話を逸らすことが多かった。
結果的に言えば、次の日樹は登園した。しかし、その顔には大きなクマを作っており今にも眠ってしまいそうなくらいに目も開いていない。
樹の両親である博さんと裕子さんは登園を止めたが当の本人である樹が何故か強く登園を希望し、幼稚園の先生たちも自分たちが見ているからと登園を許可したのだ。
「かおるちゃん、きょういっしょにとんねるつくろうね」
「うん!!」
樹はそのあと、頑張って午前中のカリキュラムをこなしていたが午後になるとパタリと意識を失ってしまった。
布団で横になる顔色の悪い樹を見て、私は幼いながらも何か自分がとんでもないことをしてしまったことを察した。
私はすぐに先生に昨日自身が樹とした約束のことを話した。
そして、家に帰ってから両親へ樹のことを話すと、これからは無理をさせないよう気をつけるよう言われ、明日、母と一緒に樹の見舞いに行くことを約束した。
翌日、樹の家に市販のお菓子と、私が母と一緒に作ったお菓子を持って見舞いに行くと裕子さんが出てきた。
「樹は馨ちゃんとの約束がとっても楽しみすぎて眠れなかったみたいなの。心配してくれてありがとう」
事前に先生から話が言っていたのと、私の母からも昨日のことを連絡をしていたようで事情を知っていた裕子さんは涙目を流して謝る私に優しくそう言ってくれた。
「いつきくんにあえる?」
「…まだ眠ってるから、会っても馨ちゃんとは遊べないけど良い?」
「うん。きょうはいつきくんのおみまいにきたから、あそべなくていいの」
「そっか、ありがとね」
裕子さんは私と母を樹の眠る2階の寝室に案内してくれた。
寝室にいた樹は昨日に比べ顔色もよく、気持ちよさそうに眠っていた。
私は眠る樹の邪魔にならないよう、小さい声で樹に話しかける。
「いつきくん、きのうはごめんね。はやくげんきになってね」
そういって軽く頭を撫でると、目をパッチリと開いた樹と目が合った。
「かおるちゃん?」
「…いつ、き、くん」
にっこり笑って私の名前を呼んだ樹に私は涙と鼻水をだばだば流して謝った。
「いっ、いつき、くん!き、のうっは、ご、ごべんねぇぇぇ!!!」
ただでさえ舌ったらずなのに、泣きながら話すため更に何を言っているのかわからない謝罪になってしまったが、樹はベッドから起き上がると先ほどの笑顔から一転、私につられて一緒に泣きだした。
「ぼっ、ぼぐも、かおるっちゃんと、どんねる、つ、つくれなぐで、ごっ、ごめんなざいぃぃ!!!」
幼い二人の泣き声が家中に響きわたる。
やれやれと私の母が隣に立つ裕子さんを見たとき、驚愕の表情を浮かべる。
「やだ、ちょっと!樹くんママ、どうしたの!!?」
母の声に樹と私が裕子さんの方を向くと、裕子さんはぽろぽろと涙を流していた。
「い、いつきぐんまま、ながないでぇ!!!!」
「おがあざん!!!!」
私たちは急いで裕子さんのもとへ行き抱き着く。
私の母は何がなんだかわからないこの混沌とした空間で、ただ一人の冷静な大人として子ども二人と大人一人を慰めた。
当時の私にはあまり理解が出来なかったが、裕子さんの話によると樹は睡眠障害のある子どもらしい。
一度眠るといつ起きるかはわからず、過度に睡眠をとってしまう。
いくら外部からの刺激で起こそうとしてもこれまで樹が起きることはなかったが、今回初めて私の声かけで目を覚ましたそうだ。
私の母は偶然の可能性もあると、何度か実験的に眠る樹を私に起こさせたことがあったが樹は必ず私の声に反応して目を覚ました。
そして、それは録音した声では反応せず、直接かけられる声にだけ反応するということも実験でわかったことだった。
それから、私と樹は一緒に登下校を共にすることとなる。
学校までの道のりは自宅近くのバス停から30分ほどバスに揺られる。
その間、樹は私の肩に身を預け眠りにつき、私は鞄から読みかけの小説を取り出して本を読む。
『次は坂野上高校前、坂野上高校前』
「樹、降りるよ」
降車ボタンを押して、肩を軽くたたき樹を起こすと高校最寄りのバス停で降りる。
時刻は7時過ぎ、朝練のある部活動の生徒以外はまだ登校しておらず、人気もさほど多くない校門を樹の手を引き抜けていく。
「よぉ、眠り姫に読書家王子。お前らあいかわらず朝早いなぁ」
「洲本先生、おはようございます。その呼び名は…」
「ははっ、今更だろう。この高校に入学してきたのが運の尽きってな」
「……」
「姫が寝落ちしそうだな。…今日もがんばれよ!」
そう言い残すと私たちの担任である古典の洲本先生は楽しそうに去っていく。
校舎から外へ出てきたということはおそらく、校内全体が禁煙の中で唯一暗黙の了解になっている喫煙区域に行くのだろう。
私と樹はこの高校で“読書家王子”と“眠り姫”なんていう愛称で呼ばれてた。いつからだったか定かではないが、2年にあがる前にはすでに愛称がついていたように思う。
樹は寝てばかりのこの様子も然ることながら、見た目も大きく影響していた。背はそんなに低くないが他の男子に比べ線が細く、色素の薄いサラサラな髪に柔和な顔つきの中性的な容姿をしている。それこそ、小さい頃はよく女の子に間違われるほどに。そんな容姿のこともあり“姫”と言う愛称は樹にとって全く違和感のない。
むしろ、違和感がありまくるのは私の方だ。私はそんな“姫”である樹をよく起こすことから対の“王子”の愛称がついたのだが、どこの要素をとっても私自身は全く王子ではない。お情け程度に頭に読書家がついたのが唯一の私の要素だった。
昇降口から階段を上がり、2-1と書かれた教室札のある入り口をくぐって教室へと入る。
私たちは窓際、前後の席というかなり良い位置を前回の席替えで手に入れており、最近は窓を開けて互いに自分の席で思い思いに過ごすことが日課になっている。思い思いと言っても樹は寝るだけだし、私も本を読むだけなのだが。
そして、時間経過とともに徐々に教室には人が増えてくる。
「おはよう!姫に王子!!」
「今日も良い眠りっぷりだな!」
「寝ててもこの顔…本当羨ましいわ」
樹が騒いでも全く起きないことを知っているクラスメイトたちは慣れたもので、樹がいくら寝ていようとも全く気にしない。
「王子ー!ナオさんが呼んでる!!」
クラスメイトの女子からよく知る人物の名前で声がかかり、私は教室の入口へと足を運ぶ。
「おはよう、ナオ。どうしたの?」
「おはよう、馨。…最初、馨いる?って声かけたら伝わらなくって笑いそうになった」
「わざわざ知りたくない情報をありがとう。…あんたは苗字でも名前でも伝わらないからね、ナオさん?」
「同じクラスにナナちゃんがいるから仕方がない」
笑いそうになったと言いながらもあまり表情の変わっていないこの女子は理系クラスである3組に所属する、玖珂七緒。
あまり変化のない表情とボブカットの黒髪が相まって落ち着いた雰囲気のある友人で、この学校では珍しく私のことを名前で呼んでくれる。
ちなみに彼女も同じクラスに漢字表記こそ違うが同姓同名の子がいるため、“ナオさん”という愛称がついている。…私の愛称との差よ。
「それで、用事は?」
「これ返しに来た」
そう言って、ナオは袋に入った四角い物を私に渡す。
「あぁ。…どうだった?」
「面白かったよ。まさか最後にあんなどんでん返しがあるとは思わなかった」
「あれは確かにまさかとしか言えない。…私が借りてるやつ、もう少しかかりそうだけど大丈夫?」
「読み終わったら返してくれれば大丈夫。また何かおすすめあったら教えて」
じゃあ、とナオは足早に自分の教室へ戻っていく。時計を見るともうすぐ8時半、HRの時間だった。
私は席に戻り樹に声をかける。
「樹、もうすぐHR始まるよ」
「んっ…」
前から背中を軽く叩くと机に伏していた頭が持ち上がる。
「さすが王子。手慣れたもんだな」
「はいはい」
近くに座る男子が茶化すがこれもいつものことなので気にしない。
「おはようさん。お前ら早く席に着けー、HR始めんぞ」
ガラガラと戸を開けて入ってきた洲本先生の声に、まだ席についていなかった複数の生徒が自分の席へ戻っていく。
先生が生徒の名前を順番に呼び出欠をとると、今日も授業が始まるのだった。なお、私と樹の出欠は名前ではなく王子と姫と呼ばれるため、非常に手を挙げにくい。
文系クラスの私たちは理数系の授業もあるが、主に文系の授業をより専門的に受ける。そんな授業を4限まで受けて、授業の終わりを知らせる鈴が鳴ると昼休みだ。
「お昼だ。樹、今日はどこで食べる?」
「天気がいいから、外で食べたい」
「外ね。了解」
樹と二人、鞄を持って中庭へと出る。
私たちが教室を出た後で、誰かが言った。
「…あれで付き合ってないとか、あるか?」
「そもそも付き合ってないことを知っている人たちの方が少ないんじゃないか?」
「まぁまぁ、外野は黙って見守ってましょ」
私たちは道中こそ騒がしいものの、天気の良い日はよく利用している人気の少ない穴場スポットへと足を運ぶ。
「5限の調理実習が憂鬱すぎる…。俺、今日破滅の魔女と一緒の班なんだよ…」
「えっと、それは…あっ!魔女の班には聖騎士とロリ子が必ず一緒のはずだから、二人に手綱握ってもらえ、な?」
「それでも、あいつは破滅の魔女だ…。その異名に恥じない何かを絶対しでかす」
「…あれはもう天災だ。あきらめろ」
「うぅ…」
「そういえば、副会長が腹痛によく効く薬を持ってるって噂だぞ」
「なんだその噂、恐ろしい!!」
前から歩いてくる3人の男子生徒とすれ違う。…聞き覚えのある愛称から察するに1年生か。
話の内容は物騒だが、その元気な様子につい笑みがこぼれる。
「後輩たちは元気でいいね。…ロリ子ちゃん、今日調理実習なんだ」
「破滅の魔女やら聖騎士やら…この学校は変人だらけだ」
「残念ながら樹もその一員だよ」
「…馨も」
「私のは巻き添えだから」
その時だった。
校庭の方から先程すれ違った1年生に向かって野球ボールが飛んでくる。が、話に夢中で1年生は気づかない。
周囲で気がついた数人の生徒がとっさに声が出ず息をのんだり、避けろと叫ぶ声が聞こえた。私はすぐさま自分の持っていた鞄をショルダーは手に掛けたままボールに当て軌道をそらす。お弁当には申し訳ないが、ナオから借りた小説が鞄に入っていないことが唯一の救いである。
野球ボールは鞄に当たるとその勢いをなくして、足元へと落ちた。
1年生は何が起きたのかわからず、ぽかんとこちらを見ているがその様子を見るに特に怪我はなさそうだ。
「すみませーーん!!」
遠くから複数人の男子生徒の謝りながらこちらに走ってくる。
「…怪我、ない?」
見たところ問題はなさそうだが念のため、樹が1年生に声をかけて怪我の確認をする。
「は、はい!大丈夫です!あの…ありがとうございました!!」
「いえいえ。調理実習、頑張ってね」
「…魔女に負けないで」
1年生たちにそんな声かけをして別れると、私は足元に落ちているボールを拾い、こちらへ向かってくる男子生徒へ手渡す。
「すみません、怪我無いですか!?」
「大丈夫、次は気をつけてね」
私たちが手をひらひらさせてその場を立ち去ると同時に、同学年だったのか名前を呼びあい謝る声が聞こえた。
1年生たちは曲がり角で私たちの姿が見えなくなると、小さくざわつく。
「おい、今の眠り姫と読書家王子だよな?」
「あの見た目、言動、絶対そうだ!!」
「すげぇ!!」
…聞こえてますよ、後輩たち。
そんないたたまれない気持ちになりながら私たちが到着したのは大きな木が植わり程よく木陰の作られた開けた場所。
その下には丁度よくベンチもあり、制服も汚れずに済むベストポジションだ。二人でベンチに腰かけ、他愛のない会話をしながら持ってきた弁当を食べる。
「…はぁ~。王子ってあだ名、何とかならないかな」
眠り姫を起こすのは王子の役目だが、私は王子なんて柄じゃない。せめて、女中とか乳母とかが良かった…。
「…それなら、俺だって男なのに姫って呼ばれてる」
「樹は私と違って似合ってるから大丈夫だよ」
「……」
そして、お昼を食べ終われば休み時間が終わるまで樹はベンチに横になり、私は樹に膝を貸して読書に勤しむ。
これが私たちの昼休みの過ごし方。
昼休みが終われば5・6限の授業を受けて、放課後だ。放課後は二人そろって図書室に行くことが多い。
坂野上高校の図書室は椅子と長机が並んでいる空間に、一つずつパーテーションで仕切られた個人席、そしてネカフェのフラットシートのように寝転がりながら本が読める空間があった。
私たちはよくフラットシートタイプの場所で読書やら昼寝やらをして放課後を過ごす。
「王子先輩」
本を読んでいると、聞き覚えのある可愛らしい少女の声で全然可愛くない私の愛称を呼ぶ声が聞こえた。
本から目を離し顔を上げるとそこには140cm台の低身長に可愛らしい童顔、長く綺麗な黒髪を緩く一つに三つ編みにした小学生、もとい高校生がいくつもの重そうな本を持って立っていた。
「ロリ子ちゃん…」
彼女は先ほどの1年生たちが名前を挙げていた甘露里子ちゃん、通称ロリ子ちゃん。ナオと同じ図書委員の後輩であり、ナオ繋がりで私も親しくしている。
彼女の愛称も相当ひどいものだが、彼女は全く気にしていない。言わば鋼の精神を持った幼女、いや少女である。
「ナオさん先輩経由で聞いたのですが、王子先輩が探してた本が新しく入ったのでお伝えしておきます」
「えっ!本当!?ありがとう!!」
私は読んでいた本を閉じ立ち上がる。
そしてロリ子ちゃんが持っていた本を預かって確認する。
「この本はどうすれば?」
「…ありがとうございます。それは返却処理した本なので、元あった場所に戻していただければ平気です」
「了解」
ロリ子ちゃんの指示に従って本棚へと本を戻していく。
中には高い位置に戻す本もあったため、背の低いロリ子ちゃん一人では大変だっただろう。
「先輩は背が高くていいですね、何センチですか?」
「169cm。…こういうときにはいろいろと助かるよね。まぁ、私はロリ子ちゃんみたいに低い身長も可愛くていいと思うけど」
「…私も自分の身長、損もありますが得もあるので嫌じゃないですよ」
そんな話をしながら積み重なった本を戻し終えると、ロリ子ちゃんは私をカウンターまで招いて先ほど言っていた本の貸し出し処理をしてくれた。
そして周りに人がいないことを良いことに、ロリ子ちゃんは雑談を始める。
「今日、1年の男子生徒を助けたそうですね」
「あぁ。そういえば調理実習があるって言ってロリ子ちゃんの名前出してたっけ」
「王子先輩も自分の外見、言動が相手にどうみられるか、知っておいても損はないかと思いますよ」
「? 十分に理解してるよ」
「そうですか…。姫先輩が大変ですね」
いつも世話をしている私ではなく、樹が大変とはどういうことか。
「そういえば、今日私たちのクラスの調理実習、クッキーを作ったのですが」
「ですが?」
「破滅の魔女の手によって、すべての班のクッキーが無に帰しました」
「すべての班!?」
「彼女の今回の所業は聖騎士でも止めきれなかったもので…」
すごい…何をしたらそうなるのか。破滅の魔女、すごく気になる…。
「さて、そろそろ閉館時間です。先輩たちも帰られますよね」
「え、もうそんな時間!?樹起こさないと」
「では、気をつけてくださいね」
「ロリ子ちゃんも気をつけて!」
私はロリ子ちゃんに別れを告げると、寝ている樹を起こして帰路につく。
「樹…」
「何?」
「さっきロリ子ちゃんから破滅の魔女の話を聞いたんだけど、自分の班じゃない所の料理まで無に帰したらしいよ」
「……」
「調理実習の工程がすごく気になる…」
「…王子は姫から魔女に鞍替えするの?」
「…え?」
「俺の睡眠のお守りから、魔女の料理のお守りに鞍替えするのかと」
「えぇっ!?なんでそんな話になるの?」
「…だって、馨が気になるっていうから」
破滅の魔女の料理工程の話から急にそんなことを言い出す樹はどこか拗ねた様子であり、私は思わず笑ってしまう。
「馬鹿だなぁ。私は誰かのお守りをしたいわけじゃなくて、樹が大事な幼馴染で樹と一緒にいるのが楽しいから一緒にいるんだよ」
樹のサラサラな髪を撫でながら私が言うと、樹は満足げな顔でこう返した。
「俺も馨の声で目が覚めるから一緒にいるんじゃなくて、馨といるのが楽しくて、落ち着くから一緒にいる」
「私がいるとこじゃないと寝てくれないくせに?」
「それは、馨のいないところで寝たら次いつ馨に会えるかわからないからそうしてるだけ」
「…なにそれ?」
「…好きだよ、馨」
普段通りにさらりと真顔でこちらが嬉しくなる言葉を告げる大事な幼馴染に、私もにっこりと笑って告げる。
「私も好きだよ、樹」