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第9話 繋がる糸

「私が、今のままで満足してるなんて……そんな訳ないじゃないですか」


俺が伸ばした手を睨みながら、吉永さんは振り絞るようにそう呟く。

そりゃそうだ。そう簡単に信頼されるなんて有り得ない。


「君の気持ちは分かってる、なんて馬鹿なことは言わない。そして俺の言葉を最初から信じてくれなんて、無理なことは分かってる」

「だったら、どうして……」


結局のところ、信頼してもらうには行動するしかないんだ。

コツコツ積み重ねていく時間なんて一秒もないから、多大なリスクを負うことくらいどうってことない。


「それでも俺は吉永さんを助けたい。この命に代えてでも守りたいんだ」


自己欺瞞だと言われてもいい。

だが止まらないと決めて、目の前にある最短距離が見えているのなら突き進もうとするのは当然のことじゃないか。


「い、命に代えても……なんて」

「嘘じゃないよ。本気だ」


彼女へと一歩近付いて、そのカーテンの向こうで揺れる視線を見つめる。

すると吉永さんは一気に顔を赤くして、あうあうと言葉にならない声を漏らし始めた。


「おい、大丈夫——いてっ」

「全く恭也は……私というものがありながら、何故女の子に熱烈な告白をしているんだ? んん?」


ベルにチョップされてから、自身が連ねた言葉がプロポーズのようになっていることに気付いた。

しまった、どうにか彼女に思いを伝えようとしていたはずが……思わず熱が入ってしまったみたいだ。


「そ、その……さ、笹原くんは白山さんと付き合ってるんじゃ……?」

「ふっふっふっ、その通りだよ心ちゃん。だから今こいつが言ったのは、邪な想いじゃなく真剣だということを理解してくれると嬉しいよ」


肘で何度も俺の脇腹を小突きながら、ベルはにこやかにそう答える。

吉永さんは目を何度も瞬かせた後、自分の早とちりであったことに気づき、また顔を真っ赤に染め上げた。


「悪い、俺の言い方が変だった。ただベルの言う通り、本気だってことを分かってもらえると嬉しい」


彼女は少しの間俯いてから、やがて顔を上げて。


「その、えっと……私、今のままじゃ……嫌です」


小さく、か細く。しかし芯の通った澄んだ声で彼女の心は紡がれていく。

それは俺の声が吉永さんに届いたのだという紛れもない証拠でもあった。


「毎日、佐千子さんたちに弄られて……惨めじゃない、なんて言えなくて。でも、何度もやめてって言ったのに、言えば言う程にエスカレートして、これ以上のことをされるくらいならって……」

「……それで、吉永さんは今みたいに?」


彼女は小さく頷いて、両手でスカートをぎゅっと握りしめた。

まるで自分の情けなさを堪えるように。


「心ちゃん、失礼も承知で聞くんだが……先ほど恭也を投げただろう? それだけの力があれば、彼女たちを追っ払うのも簡単ではないかな?」

「……私、あの人たちみたいな人間に、なりたくないんです」


吉永さんはそう呟いてから空を見上げ、少し微笑んでから言葉を続ける。


「力を手に入れることは、そこまで難しくないんです。でも……大切なのはその使い方だって、私のお父さんが教えてくれました」

「さっき自分は投げられたんだが」

「そ、それはごめんなさい! 本当に、わざとじゃないんです。ただ……護身術、なので」


どうやら俺は不審者扱いされたらしい。

それ程に警戒心が高まっていたのは、きっとストレスが原因だとは思うけど。


「悪い、冗談だよ。父親の教えってことは、家が道場でもやってるのか?」

「いえ、そうじゃないんですけど……お父さんが、警察官をやってるので……」


ああ、なるほど。

犯罪者と対峙する可能性が高い警察官は、何かしらの武道をやっっていることが多いのだろう。

その影響を受けたのか、それとも英才教育か。

彼女も武道を修めることになったのだと思う。


「わたしの力は、誰かを傷付ける為にあるんじゃなくて……スポーツとして、鍛えてるだけですから」


彼女は想像以上に強い人らしい。

きっと虐めている女子たちよりも何倍も強くて、そして確固たる信念というものを持っていた。

だからこそ、伝えなければならない。


「……見て見ぬ振りをしてきた俺も、虐めてる女子たちも。きっと自分が、周りとの関係が、変わってしまうのが怖いんだと思う」


安心できる場所が欲しくて、自分はここにいるんだという確証が欲しくて。

自分が変わっていないと感じたら、周りも変わっていないのだと知りたくて。

自分が変わったと感じたら、周りも変わっているのだと知りたくなる。


「変わることを恐れて、いつかは終わってしまう現実から目を背けている。今の関係と立場で生きていきたいと思ってしまう……現状のままでいればいい、そう思う吉永さんも例外じゃない」

「……私も、悪いのかな?」

「少なくとも、俺たちからしたら悪いのは虐めてる側の女子たちかな。そして今までは俺もベルもいた、知らない振りをする奴らだって悪かもしれない」


誰が悪いかなんてことは、目線を変えればいくらでも別の意見が言える。

だから善悪を決めることに対した意味はなく、大事なのは俺たちがどう生きるか、で。

今の立場が嫌だと感じている君ならば、きっと変われるはずなんだ。


「変わりたいか、変わりたくないのか。俺は君の決めた意見を尊重するし、変わりたいと言うのなら全力で手伝うよ」

「……どうして、笹原くんはそこまで?」


確かに昨日まで知らんぷりをしていたクラスメイトへと向ける言葉ではないだろう。

だが、俺は決めたんだ。

ゆっくりと手を伸ばし、彼女へと手のひらを向ける。


「吉永さんは、どうしたい?」


そう問いかけるとまた彼女は俯く。

やはり一筋縄ではいかず、そう簡単に人を変えることなんて出来ない。

分かりきっていたことではあるが、自分の言葉が響かないというのは少々——


「——たい」


失敗を悟った俺の耳に小さく声が聞こえる。

それは優しくて暖かくて、心地の良い音色。

そしてその中に、意思によって固められた確かな芯があった。


「——私だって、変わりたい……!」


勢いよく顔を上げることで大きく揺れた前髪の隙間から、強く輝く瞳がこちらを見ていて。


「なら一緒に、変わろうじゃないか」

「……よろしく、お願いしますっ」


そうして俺たちの手は、ようやく一本の糸へと結びついたのだった。


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