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第2話 大人な女性たちとの早朝交流

夕暮れの教室から物語は数日(さかのぼ)る。


マンションの一室、早朝のやや肌寒い部屋で軽快な音楽を響かせるスマートフォンへと手を伸ばす。

電源ボタンを押して起床時間であることを確認した俺は、気だるい身体を動かしベッドから這い出ながら呟いた。


「はあ……また今日から学校か」


10月、休日明けの月曜日。

早く冬休みが来て欲しいと独り()ちながら制服へと袖を通していると、また端末は別の音を奏で始める。

そこに表示された女性の名前を見て、慌てて通話を開始させた。


「おはようございます、美咲さん」

「ええ、おはよ〜恭くん。朝早くからごめんね」


まったりとした間延びのある優しい声音が朝の寝惚けた脳を覚ましていく。

朝から異性の声にあだ名を呼ばれるのは魅力的だが、それ以上に彼女との関係上、気が引き締まる思いが強かった。


「別に構いませんが……何かありましたか?」

「うん。木曜日にお願いしてた件なんだけど、恭くんが大丈夫なら今日の放課後でもいいかな〜? と思って」


その言葉を聞いて卓上のカレンダーへと目を移す。

とはいえバイトもしていないし、友達と呼べる存在も少ない俺にとっては用事はある方が珍しいものだけれど。


「俺は大丈夫です。でも、どうして?」

「えっとね、ちょっと木曜日に用事ができちゃったの〜。それにどうしても恭くんに会いたかったから」

「……あの美咲さん、あんまり意味深なことを言わないでもらえます?」


長い付き合いだからこそ変な思惑がないことは分かっている。

というかいつもこんな調子だから、既に慣れたと言った方がいいのかもしれない。


「冗談じゃないんだけどね〜……えっと、それじゃあ放課後に来てね?」

「分かりました。でもそういうのは将来できた彼氏さんに言ってあげてください。最初が難関だとは思いますが」

「だって誰も合コン誘ってくれないんだも〜ん!! そんなこと言うなら恭くんが——」


長くなりそうなので、こういう時はさっさと通話を切るに限る。

美咲さんは年齢が一回り以上も離れているはずだけれど、10年ほど前に初めて出会った時から声にも見た目にも変化がない謎の女性だ。

女子大生です、と言っても疑われなさそうな容姿に彼氏ができないのも謎だ。

あまり言及すると家に乗り込んできて自棄酒(やけざけ)するから、程々にしておかないとな。


残念な大人の女性を思い浮かべては溜め息を()いた後、俺は静かに廊下を抜けてキッチンへ。

エプロンを身に着け、弁当のおかずを作り始めて一時間が経った頃、スリッパが床を叩く音が近付いてきて。


「おはよう、恭ちゃん」


開かれた扉の先にいたのは、ぼさぼさの髪を揺らした母さんの姿だった。


「おはよう。昨日の夜も仕事してたみたいだし、ゆっくり寝てて良かったのに」

「ふぁぁ……恭ちゃんと一緒に食べたいのよ。その為に仕事を頑張ってるんだから、寝てたら本末転倒だもの」


そんなことを言う彼女の目元には隈ができており、また無理をさせてしまっているのだと不安になる。

しかし自分もバイトとかした方がいいんじゃないかと問うた場合。


「子供はそんなこと気にしないの。こうして家事を全部やってくれてるだけで嬉しいし、お母さんは恭ちゃんの為なら幾らでも頑張れるんだから」


と返されて一つも譲ってくれないことは目に見えている、というか何度もそうなった。

子供を育てるのは親の役目であり、ならば親に甘えるのは子供の役目でもある。

心苦しくは思いつつも、その恩を少しでも返すために心を込めて料理を作ろう。


「はい、紅茶。それ飲みながら待ってて」


湯気の立つマグカップを渡すと、母さんはありがとうと告げてから表面へと息を吹きかけ、ゆっくりと口を付けた。


「あら、今日のは風味が違うのね」

「この前ベルがイギリスの方の実家に帰ってたろ、そのお土産だってさ。本場の味だぞ」


ハーフの特権というか何というか、隣の部屋で一人暮らしをしている幼馴染は年に二回くらい両親に会うため渡英している。

彼女の両親とも仲が良かった母さんは、納得した様子でまた一口とカップを傾けた。


「今日の晩、食べに来てくれるかしら? ベルちゃんにお礼が言いたいわ」


彼女のことだから恐らく俺と同じようにカレンダーはスカスカなはずだ。

それに母さんレベルとまでは行かないが、ベルも相当に家事が下手だから誘えば喜んで来るだろう。


「もう数日会ってないしベルちゃんに会いたいわ」

「はいはい。それじゃあ伝えとくよ、来るかはあいつ次第だけどな」

「恭ちゃんが誘って、あの子が断ったことあったかしら?」


痛い所を突く。母さんも美咲さんも、ベルも俺に優しすぎるんだ。

昔から入退院を繰り返しているからと言って、毎日朝から家事してる自分を少しは信頼して欲しいものだ。

そんな幸せが作る溜め息をまた零しながら、俺は2枚の食パンをトースターへと押し込んだ。


そうして朝の日常を過ごした後、俺は準備を終えて玄関で靴紐を結ぶ。


「恭ちゃん、忘れ物はないかしら?」

「さっきも確認したから大丈夫だよ。細かい物なら忘れてても何とかなるし」


流石に筆記用具全てを忘れたら大変だが、多少ならベルに借りればいい。

他のクラスメイトはあまり話したことがないから難しいかもしれないが。


「恭ちゃん学校では誰とも話さないって聞いたから、忘れ物したら誰にも借りられなくて大変じゃないの?」

「おい待て誰から聞いた。ベルか、ベルだな」


よし、あいつぶっ潰す。

母さんにはあまり心配を掛けないようにと、自身が陰キャラであることを隠していると言うのに。

幼馴染への怒りを胸に俺は扉を開けて。


「やぁ、おはよう恭也。今日もいい天気だ——ねぇぇ!?」


マンションの1階通路、手すりに背中を預けて微笑んでいる銀髪の少女へと持っていた鞄をぶん投げた。

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