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第1話 人生最後の宣戦布告

「なあ、恭也(きょうや)……」


傾いた夕日に染められて、彼女の頬は(つや)やかに輝いていた。

そのぷくりと膨れた唇が薄く開き、呟くように俺の名前を呼ぶ声が漏れている。


「私は我慢できないんだ。もうずっとお預けされて、ずっとお腹の奥が狂いそうな程に(うごめ)いているんだよ」


熱い吐息混じりの切ない言葉。

そう告げた彼女は恥ずかしそうに俯いて、その綺羅(きら)びやか白銀の髪をさらりと揺らす。

外国の血が入ったその容姿は夕暮れと相まって絵画のようで、思わず見惚れてしまいそうだ。


「誰よりも、君のことを知っている。この気持ちは真菜(まな)さんにも負けたりしない」


力強い言葉と共に顔を上げて、その透き通った水面のような青い瞳をこちらに向けて。


「私は欲しいんだ。君の、恭也の……」


机の上に広げたノートへとペンが転がる。

身を乗り出すように大きな双丘を揺らしながら、俺へとその顔を近付けた。

そんなことをされたら俺も黙ってはいられない。

溜め息を零して読んでいた文庫本をぱたりと閉じ、そのまま腕を上げて……振り下ろす。


「痛ぁっ!?」

「いいからつべこべ言わずに勉強しろ。ベルが課題を提出しないと帰れないんだぞ、こっちは」


チョップされた頭頂部を抱えるようにして蹲る幼馴染のイザベラ——通称、ベルへと呆れた言葉を告げた。

というか真菜さんに負けないって、俺の母さんと争ってどうするつもりなんだよ。

彼女は言葉にならないうめきを出した後、ショックを受けたような悲しい表情に涙を浮かべながらペンを取る。


「そ、そんなに強く叩かなくてもいいだろう。私だって精一杯頑張ってるんだぞ!」


精一杯頑張った奴なら、出さなきゃならない宿題くらい昨日の内にもう済ませてるはずだろうに。

その凛々しい顔付きから想像できない程に家事も勉強もからっきしなこいつは、叩いて直すくらいが丁度いい。

そう伝えると、そんな古い家電製品みたいな言い方しなくても……とぶつくさ言いながら再度課題へと向かった。


「全く、あんなにいい雰囲気だったのだから私の言葉くらい最後まで聞いてくれよ。これでも花の女子高生だぞこっちは」


仕方なくじゃあ何が言いたかったのかと問いかければ、彼女はふふんと鼻を鳴らしながら胸を張る。

その時に大きく物が揺れたのだが、凝視してしまいそうになる前に何とか目を反らした。


「私は欲しいんだ。恭也、君の……」


前回のあらすじが如く、彼女は身体を近付けて同じ言葉を伝えてくる。

そして気合を込めるように息を吸って。


「君の、晩ご飯が食べたい。ハンバーグを所望する」

「ここに来てたかりかよ。愛の告白じゃねえのかよ紛らわしい」


というかお腹が蠢くって消化活動のことなのかよ。


「ふふっ、いいじゃないか。もう告白までした仲なのだから、ご飯くらい食べさせてくれよ」

「その理論はおかしい」

「その代わりと言っては何だが、その後は私のことを食べても——」


言わせるか馬鹿もんが、と再度彼女を本の背で叩く。

次は痛みに泣くのではなく心底楽しそうに笑っていて、それを見た俺も笑みが(こぼ)れた。


これが自分たちの幼馴染の距離。

友人か恋人か、その関係性は曖昧(あいまい)なままだけれど、それでお互いに満足しているんだ。


「まあ、この前の約束を果たせてなかったからな。今日の夜はハンバーグにするか」

「やった。愛してるぞ恭也」


どんどん愛の言葉が軽くなっていくな。

既にご飯時を妄想して恍惚(こうこつ)としている彼女に勉強を促して、俺はもう一度本を開く。

丁度その時。


「あれ? 笹原(ささはら)に、白山(しろやま)さん?」


教室の後ろの扉が開き、二つの影が足を踏み入れる。

ちらりと目を向けるとクラスでも大人気なイケメンくんが、いつも一緒にいる友人とこちらへ歩いてくるのが見えた。


「あ、ああ……」


途端に歯切れが悪くなったベルはこちらへと困ったような表情を見せる。

しかし俺が目を合わせると、気を引き締めるように冷たさを(まと)った笑みに変えて彼らへと向き直った。

流石は幼馴染、言葉を交わさずとも視線だけで考えを読み取ってくれたらしい。


「こほん……やあ、倉橋(くらはし)くんとそちらは(はやし)くんだったかな? ちょっと恭也に勉強を教えてもらっていてね、居残りをしていたんだ」

「へえ、頑張ってるね。僕も負けないように勉強しないとな」


イケメンの倉橋は爽やかな笑顔でそう言い返す。

その顔には一つも悪気が見えず、ただ真面目に感心だけが()もっているようだ。

純粋に羨ましい考えだと思う。

しかし対して彼の友人である林は、その不良のような見た目を存分に活かしながら敵意を込めた視線を俺に向けている。


「そうだ、竜之介(りゅうのすけ)も一緒に教えてもらったら? この前のテストも点数悪かったでしょ」

「……んなことねえよ」


親友からの忠告にぶっきら棒な返答をしながらも、竜之介と呼ばれた林の視線が切れることはない。

だがそれに付き合う必要もないと思い、彼らの観察を終えて読書を再開した。


「ちっ……こいつに教えてもらうなんて絶対(ぜってえ)ごめんだ。こっちまで根暗が伝染(うつ)りそうじゃねえか」

「竜之介、そんなこと言うなって」


イケメンくんも抑えるならしっかりリードを持っててくれよ。

この猛犬……名前的には猛竜だけど、今にも噛み付いてきそうなくらい睨んでるんだからさ。


「くそ、何で笹原みたいな根暗を白山さんは……」


そんな呟きが薄っすらと聞こえる。

気付いてるのか知らないが、この距離で俺に聞こえてるならこいつにも聞こえてるぞ。

目の前の幼馴染、白山イザベラ(ベル)に。


だから彼女がその片想いにノーを突きつければいいのだが、どうにも黙っていられない気分になる。

根暗と言われようが陰キャと言われようが鼻で笑って返せるが、彼女の気を引こうとするのは別だから。

堪えきれない感情を胸に、俺は強く本を閉じて口を開いた。


「そうだな、俺もお前に教えるのはごめんだと思うよ」


言葉と共に彼へと視線を向ける。

我ながら恐ろしく冷えた目で、こいつは誰にも渡さないぞという意思を込めて。


「な、なんだよ。やんのか?」


俺が歯向かったことで林は怖気づいたのか足を数センチ後ろへズラす。

しかしそこで踏ん張って、更に顔をしかめてこちらを睨んできた。


……改めて見るとこいつすげえ厳ついな。

その迫力は不良物の映画に出てもおかしくない程で、言い返したもののちょっと怖くなってきたんだけど。

な、殴られたりしないよな? 流石にそうなったら対応出来ないんだが。


どう言い返すか悩んでいると机の下に置いていた手に何かがぶつかった。

そしてそのまま包み込むような感触になって、その優しい温もりが冷静さを取り戻してくれる。


「……君なら大丈夫だよ、恭也。なんだって私が付いているからね」


そう(ささや)く彼女を見ると、さっきまでの焦りが嘘のように安心できた。

そうだ忘れるな。俺には仲間がいる。

幼馴染だけじゃない、弱くても一人で戦い続けた頼れる仲間がいるんだ。


心の中で呟きながら俺はわざと大きな音を立てて立ち上がった。

突然の行動にまた後ずさった彼へと、笑うことなく真剣な眼差しで歯向かおう。


「根暗であることはもう止めたんだ。俺は絶対に、この現実から目を背けたりしない」


それはこの教室において一番のカーストを持つ彼らに突きつける宣言。

それは安心と自信をくれた幼馴染へ向けたメッセージ。

そう、これは。


「俺はもう我慢しない。成りたい自分になってやる。だからよく聞けよ」


この1年で全てを捨て、全てを手に入れる。

そんな覚悟を決めた少年が告げる。


「——絶対に負けてやらないから覚悟しとけ」


陰キャラ、人生最後の宣戦布告だ。

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