異世界への旅は甘くないっ!?
「ごめんなさい。私のミスで貴方を死なせてしまいました」
その一言から始まった女神様と思しき女性の説明は、どこかありふれていた。
俺が元いた世界には還せない、それは彼女のミスであり償いたい、来世に多少特典を与える事は出来る、別の世界で新たな生を与えよう、と。
「ただ、そこでも貴方は……えっと?」
女神様は急いで、巨大かつ重厚なる書物のページをめくった。おそらく、そこに俺を含めた人間の、運命でもが記されているのだろう。
「天星望 射夜君は、転生しても今の能力をベースにする事になります」
「ああ、その方が都合がいい」
俺は苦笑した。愛想笑いのつもりが苦笑になってしまった。その原因の半分は女神様が俺の名前を忘れていたためで、もう半分は転生先で女や別種族になってしまった自分を想像したからだった。
「それでは、新しい世界に送ります。希望はありますか?」
「そうだな……」
俺は少しだけ考えてから、答える。
「俺として生きた記憶がある事は当然として……優れた才能を持ち、生まれにも恵まれていて――」
様々な要望を伝えたのち、俺は最後にさりげなく最も大事な要望を付け加えた。
「――出来るだけ、美しく可愛らしい女の子と出会いたい」
「分かりました!」
女神様は嫌な顔一つせず、俺を送り出した。
「おぎゃあ!」
俺は産声を上げた。
しかし、それが俺の最期の言葉になった。
――BAD END1~透明な溺死~
「どうでしたか!」
死んで早々、好奇心を隠さずに俺の目の前で笑っている女神様に、俺はチョップをお見舞いした。
「痛い! 何するんですか!?」
「こっちのセリフですよ女神様! 生まれると同時になんか苦しくなって死んだんですよ俺!?」
状況を説明すると、女神様はまたあの本をぺらぺらとめくり、何か見つけたようで上目づかいに俺を見た。
「あの……イヨ君が転生した世界には酸素がなかったみたいです……」
「そりゃ死にますよね!」
母親の腹の中でどうやって生きながらえたのかという疑問も浮かぶが、そこは無視する事にした。
「すみません、また私……」
女神様は深く謝罪すると、また次の世界に転生させてくれると言った。
「次は酸素のある世界にしてくださいね……」
「はい」
「……ついでに、可愛いらしい女の子も」
さりげなく追加した要求に女神様は首をかしげた。
「はい、前回どおりですね」
「興味で聞きますが、前回のどこに美少女要素が?」
「…………母親と助産師さんでしょうか?」
「せめて自信持って答えてよぉおぉぉぉっ!!!」
遠ざかって行く俺の身体は、原理不明なドップラー現象を残して異世界へと飛んで行く。
――BAD END2~意外! それは破裂!~
おぎゃあ、という産声すらあげず俺は女神様のもとへ帰って来た。
どういう事なのか説明を要求する前に、本で顔を隠した女神様は、本の上端からチラチラと両目をのぞかせながらつぶやいた。
「あの、大気が薄すぎてその、生まれると同時に大気圧の関係で体が破裂したというかなんというか……」
「生まれると同時にミンチのできあがり!?」
「いえ、むしろ破裂した水風船というか……」
「そんな律儀な説明求めてねぇからぁ!!」
俺は突っ込みながらも脱力した。それほど俺のようなただの人間が生きていける世界は少ないのか。
「やっぱり、私……」
「次は俺が生きられる環境にしてくれ。長生き出来れば嬉しいかな」
泣きそうな顔の女神様の頭を撫でる。それだけで、女神様はぽかんとした後に、照れたように目をそらしながらも、うなずいてくれた。
「では、いきます!」
その世界に俺以外の人はいなかった。
どうして生まれたのか、どこで生まれたのか、もはやその記憶もあいまいだ。
「……」
俺は小高い丘の上から赤茶けた地平線を眺めていた。
人類が生きていた形跡はほとんどない。どうして滅びたのかも分からなかった。世界は徐々に荒廃し退廃し崩壊して、風雨に揉まれ、砂塵に削られ、塵芥と化していくのだろう。
世界はそのまま停滞し、知的生命体は俺が観測した地域と時代ではついに発見できなった。
――BAD END3~我こそは人類~
「何をどうすれば正解だったんですかねぇぇえ!!」
俺は無駄に長生きした孤独な世界から戻ると、女神様に直談判した。
「でも、人として生きられたはずで――」
「人が僕だけなら、僕自身が人の唯一無二の定義になりますけどぉぉ!!!?」
「何と言いますか、異世界でアンパンを食べたらその世界の定義するアンパンは激辛なものだったみたいな感じです?」
「たとえが下手過ぎて意味不明ですねぇぇええ!!?」
俺の投げやりな突っ込みにもめげず、女神様は俺を再び異世界へと送り出してくれた。
「今度は多くの命ある世界へお連れします」
「おぎゃあ!」
俺の産声を聞いた周囲は困惑しているようだった。
ようだった、というのは周囲にいるそれが生き物だと俺に理解できなかったからだ。俺の事を遠巻きに見ているのは、緑色のドロドロプルプルとした半固形の液体たちだ。それらは中央にある光輝く核のようなものが顔にでもなっているのか、しきりに明滅していた。あとから思えば、その明滅は言語を成していたのかもしれない。
俺はその後、人間の赤ん坊の体を緑色のプルプル達に抱えられ、遠くへと連れていかれた。
どぼん、という音とともに俺は呼吸ができなくなる。それが川の中なのだと気づいたのは、意識が消え去る直前だった。
――BAD END4~スライムスイム~
「馬鹿ぁぁぁああ!!」
俺は正座する女神様に五連続チョップをお見舞いしながらブチぎれていた。
「あんな半固形生物の中に人間ぶち込んだら異端まっしぐらに決まってますよねぇええ! なんですか、あの気持ち悪い未確認生物!」
「あれでもテンプレといいますか、貴方の世界でも有名なスライムという――」
「あんなリアルなの需要ないわ馬鹿ぁああああ!」
ビシッと俺の加減なし容赦なしのチョップが、女神様のつむじにクリーンヒットした。
「あの、一応あの母親も次に生まれてくる妹も、気だてよしプルつや良しの、村で一二を争う美スライムで――」
「スライムの美的センスなんて知るかぁぁぁあ!!」
悶絶ながら涙目で俺を見上げる女神様は、頭を何度も下げてから俺の意見を汲んで再び別世界に送り出す。達観した俺の要求は一つだった。
「長生きしたい。せめて七十年ぐらい生きたい」
「お――」
俺は産声を上げた。上げたのだ
「ぎ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「ゃ……………………」
ぎゃ、と一言発音するのに恐ろしく時間がかかった。一体どうした事だろう? 思考能力は加速しているというのに。
「あ」
というか、俺の体が思うように動かない。いや、正確に言うなら。
俺も周囲も全てが恐ろしく緩慢にしか動かない。
終りまでが、恐ろしく長く感じた。
――BAD END5~無重力の砂時計~
「ええーっと、時間の流れが一億分の一の世界だったと言いますか……だから体感時間は拡張されて相対的に七十年生きたわけで――」
「納得できるかぁぁああああーーー!!」
本日(?)何回目か分らないチョップを女神様の脳天にお見舞いしてやりながらも、突っ込みを入れる。ある種の習慣である。
「でも長生きできた分今までよりは――」
「体感七十年で実際は生まれてすぐ死ぬとか、逆に苦痛でしかないわ馬鹿ぁ!!!」
「~ッ!!!」
今までにない、心技体が無意味に手を取り合った最高の一撃が、女神様の脳天に決まった。
「ご、ごめ……グスッ、なさぃ……!」
ちょっとやりすぎたか、と俺は若干の後ろめたさを感じながら、泣きじゃくる神様の頭に手を置いた。そうして、そのつややかな髪の感触を楽しむように、撫でる。
「大丈夫だ。俺の事を思ってくれてるのは分かってる。そうじゃなきゃ、そんな風に泣けないもんな?」
「……なぜでしょう? あなた、の事を。他人とは思え、な、無くて……ズズッ!」
「ま、俺もそうだよ。何度も世話になってるからか、愛着も湧いてる。だから次は人間のいる世界で長生きさせてくれよ?」
「……はい」
女神様は最後には笑顔で送り出してくれた。
北の大国エーイズの王は苦悶に眉をひそめた。
(まさかビーワズの学者が先に完成させるとはのぉ)
侵入してきた連合の兵士の剣先が、王の喉元を貫いていた。兵士の目に光はなく、ただただ命令の通りに人を殺す殺人兵器のようだ。
(南部諸国連合を甘く見とったわい)
ちらり、と王は奥の部屋を見た。
カプセル内の緑色の液体に浸かり、無数のパイプで生命を長らく維持された人造兵士014号は、完成間際に敵兵の剣によって切り裂かれていた。
――BAD END6~秘密のままの秘密兵器~
「んな重たい設定背負いたくねぇわぁぁぁああ!!」
俺はもはや、遺伝子レベルで刷り込まれているんじゃないかと思う程の突っ込み魂でもって、女神様をチョップする。
「いや、でもでも、成長促進カプセル内では生きたまま長年保存されていたわけで――」
「保存って人間に使う言葉じゃないですよねぇぇえ!!?」
激しいチョップの連打は、あたかも面制圧的な攻撃であるかのように、ほぼ同時に女神様の頭を打ちつけた。
「あうぅ……」
頭をひとしきりなでた彼女に、俺は再び向き合った。
「なあ、いい加減俺が自由な状態で天寿を全うできる世界にしてくれ、な?」
「はい!」
女神様の声は元気よく俺の鼓膜に届いていた。
「おぎゃあ!」
俺には産声を上げたというおぼろげな記憶がある。そのあとは気づけば父母の子として育てられていた。野原を駆け回り木の実を集め、数日毎に何かを狩っては帰る父の背中を見ながら、母がさばいた肉を煮た鍋をつついていた。
文化水準こそ元いた世界と比べるまでもなかったが、俺は満足していた。やっと――やっと平和な世界で現代知識による俺無双が出来ると期待すらしたのだ。
しかし。
しかし、俺の人生は太陽のごとき莫大な火炎と人々の悲鳴で幕を閉じた。
――BAD END7~彼つえー人魔戦争編~
「つまり、こういうことか?」
俺は何度目かの正座+上目づかい属性付加状態で俺を見上げる女神様に確認する。
「俺以外にも転生した奴が居て、そいつが現代兵器を開発して俺を村ごと焼き払った、と?」
「ええと……その通りです、はい」
「天寿をまっとうできてないですよねぇぇええ!?」
「でもでも! 彼はイレギュラーであって本来あそこでイヨ君は死ぬわけでは――」
「フリダシに戻ってますねぇぇえええ!!」
俺の叫びに女神様は引いた様子で、うう、と二の句が継げないのか助けを求めるかのように、キョロキョロしていた。
そんな彼女を見かねたのか、部下と思しき目鼻立ちの整った、若い男性が声をかける。
「女神様ぁ、先ほどの転生者が文化水準を無視した兵器を開発しすぎているとの苦情が――」
「しかもアイツ転生させたのアンタだったんかいぃぃい!!!」
「ひぃ! すみませんすみませんすみませんッ!!」
女神様の謝罪を聞きながら、俺は新たなる世界へと転生する。
「今度は長生きさせてくれ。俺の世界基準の時間じゃなくて、その世界の基準で長生きと言える体感時間でな?」
「はいっ! 頑張ります!」
俺は脇役だったらしい。
親友が俺の姉と妹と、先輩と後輩と、先生と母親と、腐れ縁と初恋の相手といちゃこらするのを見ながら、心にもない事を口にする。
「……あとはお前の頑張り次第だ、行けよ親友!」
俺は脇役として主人公の恋愛をサポートし続けるしかなかったのだ。
「ありがとう。やっぱお前は最高の親友だ!」
涙ながらに語る彼に、俺は何度目か分らないセリフを吐きつけた。
「アイツを幸せにしなかったら、俺がテメェを……テメェを……ぶん殴るぜ畜生!」
「分かってる、分かってるさ。俺はおアイツを世界で一番幸せにする!」
「……おう」
俺は涙にまみれた顔をぬぐいながら親友に言い放つ。
「幸せになれよ、馬鹿野郎!」
乙女ゲームの世界での俺は、俺の意志と関係なく、どこまでも名脇役だった。
――BAD END8~傀儡声権~
「自由ってなんですかねぇぇえ!?」
すみませんすみません、と頭を下げ続ける神様へ容赦のないチョップ乱舞が降り注ぐ。
「でもでも、可愛らしい人には出会えたわけで――」
「どの選択肢選ぼうが親友しかリア充にならないですねぇえええ!!」
よりにもよって、ループ世界だったので俺は近しい女性をバイト先の先輩から肉親まで、好き勝手に親友に奪い取られた訳で。
おまけにあの世界の法則なのか、俺の意志を全く無視し、シナリオ通りにしか行動できない始末だった。
「せめて出番が終わると暗転して、気づけば数日後の場面に移行するところぐらい何とかなりませんかねぇぇ!?」
「あの、その、あれはプログラマーの方々の都合と言いますか――」
「要らねぇよそんなマイナスなご都合主義ぃぃいい!!」
「ううあうあぁ!!」
チョップ乱打によって錯乱した女神様の悲鳴を聞くのも、もはやある種の習慣である。
「いいか! 次は俺が自由意思の下生き、人として幸せになれるような人生を送り、なおかつ天寿をまっとうできるような平和なところに生まれさせてくれ!」
「は、はい!」
決意に満ちた女神様の表情に、俺は何故か不安しか感じなかった。
この世界に来て数年。
俺は平和な村の端っこで父母と共に生活している。この世界の毎日は質素ではあるものの、誰からも疎まれず日がな一日家畜の面倒を見ながら自由な毎日を送っている。国という単位も未成熟なこの世界では、戦争の概念すらないのかもしれなかった。
しかし、ひとつ大きな問題があるのだ。
「おい、今日は天気もいいし水浴びに行くぞ!」
そう誘ってくれたのはとある親友だった。
「あ、ああ」
俺は手を引かれるままに近くの湖まで走った。陽光に照らされた湖は、神聖さすら感じるほどに透き通っている。
「服、このへんの枝にでもかけとこうか」
そう言うと俺の目の前でためらいもなく脱ぎ出した。幼いながら凹凸が見え始めた肢体は瑞々しく、美しい。
「きれいだ」
思わずもれた俺の言葉に、親友はくすぐったそうに笑った。
「ありがとう」
僅かに膨らんだ胸部を両手でかばった事で、細い腹部と滑らかなおへそ、そして――
「でも、君もきれいだよ? 自信持って!」
股間に存在するピーなピーにどうしても目がいく。なぜかというなら。
それは俺の元いた世界で男性が持っているべきアレだからだ。
「君もそのうち膨らむさ!」
「いや、膨らんで欲しくなんてないんだが……」
俺はげんなりしながら、親友には聞こえないようにつぶやいた。
この世界は狂っている。
なぜならこの世界で男性と呼ばれる存在は、俺の世界で言うところの女性の胸部と男性器を持ち、女性と呼ばれる存在は女性器を備えたガタイのいい筋肉ダルマだからだ。
この世界では、男性が美しく下半身にとある凸部を持ち、女性が頑強でたくましく凹部を持っていると言えば、この世界観を理解してもらえるだろうか? あるいは、男性に胸があり、女性に胸板があるとでも言えばいいのか?
「もう嫌だぁぁぁ!!」
男女という概念を根本的に破壊するこの世界は、俺にとっては理解不能だった。
――BAD END9~TS・SOS~
「お帰りなさ――」
「需要のない新ジャンルとかいならないですねぇぇぇええ!!」
俺の容赦ないチョップの連打で、女神様は悲鳴を上げる。
「痛ッ! 痛い痛い痛いですっ!?」
満足するまでチョップをお見舞いした後、俺は女神様の両肩をつかんで真摯に、出来るだけ誠実に思いを吐露した。
「人間がいて! かわいい女の子に出会えて! 時間の流れが同じで! 出来るだけ長生き出来ればそれでいい! ていうかむしろ常識的な範囲で幸せになれさえすればいいですねもうっ!」
勢いだけの要求に女神様は目をぱちくりさせた。
「あの、今度はそれでいっちゃう感じですか?」
「人の人生を何だと思ってるんですかねぇぇええ!!」
あまりに軽い感じだったので、俺は女神様の胸倉をつかんで激しく揺すった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁああ! 分かりました!」
女神様は乗り気でないようで、ためらいながらも俺を見送ってくれた。
「おぎゃあ!」
俺の産声に両親は満足してくれたのか、優しい声をかけた。
「息子よ、俺が分かるか!?」
「アナタ、きっとすばらしい男の子になってくれますよ」
その声には聞き覚えがあった。前世も前世、原初の生の最期に聞いたその声はまぎれもない。俺は――
――元の世界に帰ったんだ。
よく分からない感情の下にある俺を尻目に、母はにっこりと笑いかけてきた。
「ああ、笑いました! 笑いましたよアナタ!!」
「うん、笑顔は君そっくりだね」
「でも目元はアナタによく似ているような」
「そうかな?」
無駄に整った顔立ちをした父はそう言って、微笑んだ。すると母も母で満面の笑みを浮かべて父を見た。父はその様子に照れたのか、母へと降参の意を示しながらも肩をすくめた。
「女神様にそう言ってもらえると光栄だ」
「もぉう、アナタぁ。私は寿退社したんですから、もう女神様ではありませんよ」
「それでも、俺の女神様である事に変わりないさ」
臭いセリフに、頬を赤らめる女神様。そう、女神様だ。ああ女神様、女神様である。つまりは、俺を異世界送りにしてくれやがった彼女である。
「息子ともども、幸せにして見せるさ」
「……はい!」
俺は恨まざるを得ない。まさかこの世界でしか俺は幸せになれないのかと。あの部下と結婚したのかこの野郎と。俺を他人と思えなかった原因はこれか女神様よと。要らねぇよそんな伏線回収はと。
何よりリア充爆発しろと。
(こうなったら目にもの見せてやる!!)
こうして、女神様に対して奇特な縁を持つ息子と、俺を目一杯愛そうとする両親による、無駄に平行線をたどり時折誤解を生む、愉快なる騒々しい日々が幕を開けたのだった。
――HAPPY END1~天星望射夜は天星望射夜~