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エドモンドの子供の頃から結婚までの奮闘と、すれ違っていた本編の舞台裏です。
出会ったのは、年の離れた兄の結婚式だった――。
花がいっせいに咲き始めた暖かな春の日、晴れやかな日を皆が喜んで祝いの雰囲気に包まれていた。
そんな中、幼いエドモンドだけがつまらなそうな顔をしていた。
最初の内はまだ普段と違う様子にはしゃいでいたが、窮屈な礼装といつまでも座っていないといけないことに早々に飽きてしまった。
大人たちは忙しく、尊敬している兄も今日の主役なので弟と遊んでいる暇はない。
姉たちも来客の対応で慌ただしくて、誰もエドモンドの相手をしてくれる人はいなかった。
「遊びに行きたい」
「だめよ、今日はお行儀良くしていなさい」
唇を尖らせてそう呟いたら、母から厳しく言われてしまった。
余計につまらなくなってきて、椅子から落ちそうなほど姿勢を崩していると、今度は父から行儀が悪いと叱られた。
結婚式がこんなに退屈なものだとは思わなかった。
姉が四人いるので、あと四回もこんなことがあるのだろうかと思うと、もう結婚式なんて出たくないという気になってくる。
つまらなく周囲に視線を巡らせた。
周囲の大人たちは賑やかにお喋りをしている。
その話はどれもエドモンドが興味を持つものではなく、ますます退屈でため息が零れそうだった。
そんな時、ふと少し離れた席に座っている人物に目が留まった。
あの席は確か父親の仕事関係の人達だと言っていたはずだ。
そんな大人たちの中に、一人だけまだ少女と呼べる年頃の人物の姿があった。
薄い桃色のドレスが、周囲に咲く花のようだった。
レースを重ねた裾が少女らしく可愛らしい。
半分だけ結い上げた髪は、時おり吹く春の柔らかな風に揺れて、まるで蝶が舞っているようだった。
エドモンドと同じように大人たちの中にいたが、まっすぐに背を伸ばしている。
静かに座っている彼女の横顔を、エドモンドはじっと見つめた。
そんな視線に気づいたのか、ふわりとした髪が揺れて横顔が静かにこちらへと向く。
春の木漏れ日が白い肌に注いだ。
「!」
笑った。
目が合った瞬間、その少女はエドモンドに微笑んだ。
桃色の唇が弧を描き、目を優しそうに細めて。
エドモンドはその笑顔から目が離せなかった。
きっと。
どの花よりも綺麗だ。
お日様のようにきらきらしていて。
夜空の星よりも輝いている。
エドモンドの知っている全ての賛辞の言葉を尽くしても表現できないくらい、綺麗だと思った。
頬に熱が上がったまま、その少女を見つめ続けた。
エドモンドが初恋に落ちた日だった。
だが、またその少女に会いたいと思ったエドモンドの願いは、簡単に叶うものではなかった。
同性だったのならまだしも、子供とは言え男であるエドモンドが気安く会うことはできない。
姉たちと一緒ならば可能だったかもしれないが、すぐ上の姉も婚約が決まったばかりでそれどころではなかった。
また結婚式になれば会えるかと思ったけれど、その後の四人の姉たちの結婚式でその少女を見ることはなかった。
エドモンドが初恋の相手と再び会う機会は訪れなかった。
それはエドモンドをひどく落胆させた。
もうあの笑顔には会えない。
それはエドモンドにとって、明日太陽が昇らないくらい悲しいことだった。
たった一つだけエドモンドが知り得たのは、あの時の少女の名前がセシリアということだけだった。
しばらくしてエドモンドも学校へ通い、新しい出会いも多くあった。
友人も増えて交友関係も広がり、毎日色々なことを学び成長していく。
背も伸びて幼かったころの面影も薄れていくと、姉たちは昔の方が良かったなんて口々に言っていた。
けれど、背が高く整った顔立ちは評判が良かった。
姉たちのおかげで女性の扱い方も慣れていたので女性受けも良い。
年の離れた兄を尊敬していたこともあって、同世代の友人達と比べても落ち着いていており、そこも人気に拍車をかけた。
けれど、エドモンドの中にはいつまでも初恋の少女がいた。
たくさんの出会いがあり、女性から声をかけられることもあったが、あの少女以上にエドモンドの心を惹きつける人なんていなかった。
春の木漏れ日の中で見たあの笑顔が忘れられない。
何年たっても鮮明に覚えている。
エドモンドはあの優しい笑顔をよく思い出した。
けれど、あの少女はエドモンドより年上だった。
エドモンドの四人の姉たちはすでに結婚して子供もいる。
もしかしたら、あの少女も結婚している年齢かもしれない。
そう思うたびに胸が苦しくなった。
初恋は叶わないという言葉を知ったのは、いつの頃だっただろうか――。
そんなとき、初恋の少女――セシリアが婚約を取り消されたという話を聞いたのは本当に偶然だった。
その理由を知って、相手の男を叩きのめしたい思いになった。
自分が何年も思い続けていた女性を捨てるなんてと、エドモンドは顔も知らない男に怒りを抱いた。
しかし、すぐにそんな場合ではないと思い立った。
彼女はまだ結婚していない。
自分が彼女を絶対に幸せにしてみせる。
彼女を捨てた愚かな男なんか忘れさせると、そう決意したエドモンドはある場所へ向かった。
「兄さん! 頼みがあります!」
エドモンドが飛び込んだ先は兄の書斎だった。
弟の話を聞いたエドモンドの兄は、思わず口を開けて唖然とした。
「まだ彼女のことが好きだったのか?」
弟が今も初恋の相手を想い続けていたことに驚いた。
もう十年以上前のことだ。
とっくに昔話だと思っていた。
「彼女と結婚したいです。どうか、彼女の父親と会う機会を作ってください」
エドモンドの兄は最近家督を継ぎ、家業も任されている。
セシリアの父と会うには、兄を通した方が筋が通る。
「いや、だが彼女の父親がなんと言うか……」
エドモンドの兄は、セシリアの父親が娘を大切にしていることを知っていた。
普通に考えれば、娘より年下の若造が結婚の申し出をしても、了承するとは思えない。
どう見てもエドモンドの分が悪かった。
「必ず自分で説得します。けれど俺では彼女の父親と会うことさえ難しいから、どうか力を貸してください」
しかし、エドモンドは諦めなかった。
叶わないと思っていた初恋の最後の可能性なのだ。