果樹園と遠くの山並み 3
愛里寿と翡翠の間で打ち合わせが終わった次の日の放課後、翡翠とまより、しろは学校帰りに近所のスーパーマーケットの中に入っている小さなイートインコーナーで打ち合わせをしていた。
「さて、今週の土曜日に決まりましたが、ご都合はよろしいでしょうか?皆さん。」
「いいよ。」
「いいですよ。でも、いいのですか。ガソリン代とか。」
思わしげな表情のまよりに翡翠が笑顔で首を横に振った。
「それは気にしなくっていいと言われましたよ。でもそうですね。う〜ん……例えば、昼食をわたしたちで用意するのはどうですか?そうすれば、愛里寿さんも気にしないでしょうし。」
「わかったわ。じゃあ、みんなで作って持ち寄るというの……」
「はいはいはい!!どっかのうちに泊まってみんなで作るってのはどう?どう?いいーでしょー。」
椅子をガタガタさせて提案してきたしろに翡翠は首をひねった。
「確かにその方がおかずのかぶりもないですし、手伝えば早いのかもしれませんが……」
「問題はどこの家に集まるかということね。」
「そうですね。ちなみにうちはダメですよ。引越しの片付けがまだ終わっていませんので。」
「片付けって、もうひと月近くたってるやないかーい!!」
「わたし、片付けは得意なのですが、東京の家とこちらの家では部屋の大きさが違うので、収納に少々苦労しているのです。」
「うちは……ちょっとごめんなさいかな。」
「……そうですか。じゃあ、言い出しっぺのしろさんは……っ、ごめんなさい。虎城さんの家はどうなんですか?」
しろは大きなまなこを半開きにして翡翠を見つめていたが、軽く肩をすくめて首を横に振り、気にしていない仕草を見せた。
「いいよ。ウチが名前呼びして、翡翠ちゃんがウチのことを名前で呼んじゃダメって、そりゃフェアじゃないもんね。」
「……いいんですか?無理しなくってもいいんですよ。」
「それよりウチは翡翠ちゃんがウチのことを名前で呼んでくれるくらいな仲になったことがうれしーからさ!!」
からりとした大きな笑みを浮かべたしろに美羽は下唇を突き出した。
「しろさんはそういうとこやど。」
「えっ!?なにっ?なんで、ウチが怒られなきゃいけないのさー。」
「ふふふふふ。」
両手を胸の前で組んで、二人のやりとりを楽しそうに見ていたまよりは満足げに笑みをこぼした。
「しろのお家は大きいけど、お姉さんが二人いるの。あんまり騒がしくすると二番目のお姉さんから注意されちゃうわね。」
「あ〜。今年、お姉ちゃん受験だからね。自分の偏差値よりも高いとこ、目指してっからずっと勉強してるし。」
「それは避けたほうがいいです。じゃあ、今回は各自で作ってくることにいたしましょう。ところでお二人とも、得意な料理の分野というのはありますか?わたしは唐揚げを作ってこようかと考えたのですが。」
「わたしはサンドウィッチにするわ。具材で苦手なものはあるかな?なければスーパーで適当に見繕って作ろうかな。あと、デザートがわりにフルーツサンドウィッチはどうかな?」
「あっ、ウチはケーキは生クリームだけど、パンで挟むやつはカスタード派だからよろ!!」
「それはいいけど、しろは何を作るつもり?」
「おっ、おー……な、なにがいい……」
「主食と主菜、それとデザートがありますから、サラダか何か野菜があると嬉しいですね。」
「サ、サラダかぁ……みんなでお出かけの時って、どんなもんを持っていけばいいんだっけ?」
「ん〜?なんでもいいよ。」
「例えば、ジャーサラダなんかは見た目も凝ったものができるし、汚れなくってよろしいんじゃないでしょうか?」
「……じ、じゃあの?のじゃあ?」
「アッ……あ、あの、スティックの野菜でも、例えば軽く塩で揉んだり、酢で締めることで彩りも綺麗に……」
しろのあまりの動揺ぶりに流石の翡翠も察して話を変えようとしたが、しろは大きな目をさらに大きくして声をあげた。
「素手で締めるの?」
「でが多い!!酢!ビネガー!!ピクルスみたいなものです!!」
「アハハハッ!!」
「アーッ!!笑うなんてまよりの意地悪!!オコだよ!!オーコーッ!!」
「はぁあ……あ〜、しろはかわいいなぁ。別にポテトサラダやスティック野菜でもいいよ。しろのママに話せば、ちゃんと考えてくれるから大丈夫よ。」
「……うん。ママに頼んでみるよ。」
慰めるようにしろの握りしめた右手をそっと叩いたまよりの提案にしろも頷いた。
ホッとした翡翠だったが、ふと気がついたように二人にの顔を交互に見比べた。
「あっ、そういえば、お家の方の許可はよろしかったんですか?」
「それはもちろんよ。翡翠さんのことはよく両親に話しているし、出かける時には伏見さんと一緒に迎えに来てくれるんでしょ。」
「それはもう、その時にご挨拶させていただきます。」
「はいはい。」
「じゃあ、決定ということで、よろ!!」
「りょ。」
「わかりましたわ。」
「翡翠ちゃん、ノリがわるーいー。」
「どう言えばよろしいんですか!?」
「おけまる。」
「お、おけまるぅ?はじめて聞きましたですよ。」
「トーキョーにいて、そんな程度なの?がっかりだよ。」
「関係ないですよ!少なくてもわたしの身の回りにはそんなことを言う人はいませんでした。」
「ずいぶんとお嬢様学校にいたのね。」
まよりの疑問に翡翠は顎を軽く上げて、右の手で自慢の長髪をふわりと流した。
「そんなことはないですけど、まあ、そうかもしれませんね。」
自慢げな表情の翡翠にまよりはすぃっと目を細め、唇に笑みを浮かべて尋ねた。
「ねえねえ、学校の前で、『御機嫌よう。夏虞夜さま。』、『御機嫌よう、お姉さま。』な〜んてしてたんでしょー、道産子には信じられないわー。」
「そんなことはしていません。うちはミッション系ではありませんし、タイはボタン式でしたので曲がることはありませんでした。」
「なによそれ! 結構前に流行った古い少女小説じゃない?」
「知っているまよりさんたちもさすがですね。わたしは中学入試で合格した時に母から参考書として読むようにと全巻を渡されたんですよ。けっこう面白かったですね。」
「一貫校だったんでしょ?かなり難しかったのではないの?」
「……まあまあでしたね。姉や今回の愛里寿さんも同じ学校でしたので、その点では気楽だったのかもしれませんね。」
「翡翠ちゃんって、頭良かったんだ。」
「もちろんですよ。と言いたいところですが、芸術系を目指す生徒が多くって、ちょっと変わった生徒たちが多かったですね。」
「芸術系って、画家やイラストレーターを目指す人たち?」
「まあそういう子も多かったですが、声楽や器楽、彫刻、文芸といった芸術全般の他にも美術史や美学に興味があるといったマイナーな子達もいましたね。」
「えぇ?芸大みたいね。」
「学校、にぎやかそうでうらやましす。」
「あっ、普通の学科の方が多かったですよ。教養学科というのですが、わたしもそちらでした。ただ姉たちが芸術総合科だったので、自然とそんな感じの子たちとの付き合いが多かったですね。」
「なんか、らしーちゃらしいよね。」
「うふふ。否定できないところが痛いですね。」
「ともかく、そういうことで決まりね。じゃあ、明日は楽しみにしているわ。」
「はい。」
「……うん。ママに頼んでみるよ。」