新生活と新友人 2
次の日、教室に入ると実はゲームでしたと言われてバカにされるのではないかという根拠の無い不安感にさいなまれながら、翡翠は自分の席に着いた。
すぐに髪をゆるくウェーブがかかったショートボブに整えたまよりが翡翠の席にやって来た。
「おはようございます。」
「はっ、おっおおおおはようございます。」
「そういえば、SNSのグループに登録させていただきたいんですけど、よろしいですか?」
「あぁ、それ、わたしもお願いしようと思っていたところなんですよ。」
「よかった。」
にこやかに微笑んだまよりの前で自分のスマートフォンを取り出すと、目の前のまよりが怪訝そうな表情を浮かべていた。
自分のスマートフォンの待ち受け画面を見ていることに気がついた翡翠は慌てた。
「こっ、ここここれはあのですね。あれなんですよ。」
「きれいな顔ね。お人形だよね?」
「は、はい。日本のとある人形作家の方の作品なのですが、昭和のこの頃の作品はとても神秘的で可憐ですごく好きなんですよ。
この子はある作家の方に娘さんとして迎え入れられたお人形なんですよ。わたしは作家さんの方を先に知って、東京にいた頃に文学館でこの方の書斎を再現されていた時に一緒に出展されていたところを写真に撮ったんです。」
我知らず早口で翡翠は語り尽くし、まよりはそれを微笑んで見つめていた。
「そうなのね。いい写真ね。」
「ありがとうございます。」
お礼を言った翡翠はまよりに自分のアドレスなどを伝えて、ふと気がついたように辺りを見回した。
「あの虎城さんはまだいらしていなんですか?」
「しろは……いつもギリギリだから。あの子は朝が苦手なのよね。」
「そうなんですね。」
「夜更かしなのよねぇ。」
バタバタと駆け足が聞こえて、上靴のゴム底がキュキュッとなる音が教室の外から響き、セーラー服のプリーツスカートの裾を翻して虎城しろが入ってきた。いつものポンパドールに前髪を止めるためのバレッタの代わりに細いシルクのブルーリボンが揺れていた。
「ちぃ〜っ!!」
「おはよう、しろ。」
「おはようございます。」
「なになになに。何してた?」
「いま、翡翠さんから個人情報を引き抜いていたのよ。」
「ひどい!!そういうことだったんですか?!」
「ウソですよ。アドレスとかをもらっていたんです。」
「あ〜。いいなぁ、わたしももらう!」
「はいはい。わかりました。どうぞ。」と翡翠がスマートフォンを差し出そうとしたところで授業開始前のチャイムが鳴り、春辰宮と虎城が席に戻った。
朝のホームルームの途中、翡翠のスマートフォンが震えた。机の下でこっそりとスマートフォンを手に取ると見たことのないアドレスとSNSへの招待があった。アルファベットをよく見つめるとどうやら春辰宮まよりと虎城しろの名前を少し改変したものだった。
翡翠は机の横のカバンからものを取り出すふりをして後ろを振り向くとまよりは小さく右手を降り、しろはすでに机に突っ伏して、組んだ両腕に顔を埋めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼休みになり、翡翠は母親の用意したお弁当が入った北欧の童話のキャラクターがプリントされたランチョンバッグを手にして、迷っていた。
友達になったなら、ランチを一緒にするべきかな。
でもいきなり誘うのも二人の都合もあるし、まずどうやって声をかけていいのだろうか。
などととさんざん迷って、なんでもないようなふりをして立ち上がり、振り返った。
「ばぁ。」
「ぶぎゃあ!」
真後ろに立っていたことに気がつかなかった翡翠はしろの変顔に悲鳴をあげた。
机の上の筆箱を落とすの勢いで後ずさりったそのあまりの驚きように、しろも大声を上げて笑った。
「ふぁっ……ハハハハハッ。いや、ごめんねぇ。まごまごしているのがおもしろくってさぁ。」
「面白いって、あなた。ずっと観察していたんですか?それってひどいじゃないですか!?」
「ごめんごめん。おこんないで。あっちでまよりが待ってるから行こ。」
しろが翡翠の手を引いて連れて行ったところはアトリウムと呼ばれるホールのような自由空間だった。観葉植物のそばに置かれたベンチの一つを確保していたまよりは二人に向かって微笑んで見せた。
翡翠はまよりの左隣に腰を下ろし、しろはその反対側にベンチをまたぐように腰を下ろした。
翡翠の弁当は母親が作った小さな俵のおにぎりが三つに甘い卵焼き、紅シャケ、ブロッコリーとベーコンの炒め物、デザートに昔の駄菓子の真四角な寒天ゼリーが入っていた。
まよりは、制服の膝の上にコンビニのおにぎりと唐揚げがおかれていた。そして翡翠のとの間に濃い味の緑茶のペットボトルが置かれた。
そして、しろは昼食は籐のバスケットにバゲットの間に鯖のフライとレタス、スライス玉ねぎを挟んだサンドウィッチとアルミのスマートなボトルに濃く淹れたミルクティーの香りがあたりにかすかに漂っていた。
翡翠は箸でタラコのふりかけがまぶしてあるおにぎりをつまみながら、スマートフォンでSNSをチェックしていた。その様子にまよりが声をかけた。
「東京のお友達ですか?」
「いえ、姉です。」
翡翠はスマートフォンをスカートのポケットに戻してパックの牛乳に手を伸ばした。
「おお、官僚のお姉ちゃん?なになに。」
「えぇ?え〜と、姉とわたしの共通の友人が車を買ったそうですね。」
「い〜な〜。どんなの?」
「わかりませんね。夕方に写真を送ってくれるそうですから、それを転送してくれるそうです。」
「そうなんですか。その方も東京にいるの?」
「いえ。どうやらわたしの家の近所にいるらしいんですよ。
元々はこちらのご出身の方で、やりたいことがあると高校から東京にいらして、姉と同級生になられたんです。で、その時からわたしともお友達になってくれたんですよね。でですね、就職で地元に戻ってきて、偶然家が近いみたいなんですよね。」
「行ったこと無いんだ。」
「なにぶん、引っ越してきたのは、三月の末でしたから。姉にはこれを機会に少しドライブに連れて行ってもらって、少し外に出なさいって言われてるんですよ。結構ひどいと思いませんか?」
「まぁ、見た目からしてインドア派っぽいですしね。」
「ええ、そうですね。趣味が読書だったり、映画鑑賞や美術鑑賞ですから。」
「あっ、そーだ。なんか、待ち受けがすっごくかわいいって聞いたんだけど、見せて。」
「えぇ……もうそんなことまで知られているんですか?ずっと眠っていたのに情報が早いですね。」
グチりながら、翡翠はスカートのポケットからまたスマートフォンを取りだしてしろにみせた。
「うっはぁ、めっちゃクールでキュート。でもなんか怖いなぁ。」
「球体関節人形と言うのですが、リアル寄りですから若干不気味な雰囲気が漂うのは仕方がないことですね。」
「へぇ。そんなことになってんだ。他にもこんなんのがある?」
「ええ、それほどではないですが、少しずつ作家さんも増えているようですし。中にはグロ味がある人形もあるんで注意が必要なんです。」
「おもしろいですね。球体関節?人形が好きなんですね。」
「えぇ、まあ、キレイなものは好きですよ。」
「翡翠ちゃんはさぁ、私服とかもフリルやゴスっぽいのが好きなタイプ?」
しろはごく自然に翡翠を名前呼びしていたために彼女もそれと気がつかずに返事した。
「あ〜、似合わないから、無理です。実はむかし、そんな感じのお洋服のお店に行ったんですけど、年下くらいの金髪碧眼の美少女が一揃い着て出てきたんですよね。もう一目見て負けを認識しましたね。日本人は日本人らしさを生かしたファッションをするべきだと思いますよ。」
「そうかもね。でも、一応興味はあったわけね。」
「あ〜、あ〜、あ〜の〜、それは一時の気の迷いということで。」
「え〜。まぁなぁ、翡翠ちゃんは和風な顔立ちだし、フリルメガ盛りマックスより、和服の方が似合いそうな気がすんなぁ。」
「まぁそれは言えますね。お正月にはかならず晴れ着を着ていましたから。それより虎城さんはどんなことが好きなんですか?」
「こと?ことかぁ。ウチはスポーツは見るのはそんなんでもないなぁ。する方が好きだけど、ヘタッピーでさぁ。部活入っても足引っ張るだけだと思うから、やめているよ。」
「そうなんですね。じゃあ、趣味はあります?」
「趣味かぁ〜。ゲームもあんまりしないし、なにあったかなぁ?」
「しろはあれでしょ?ギター。」
まよりが唐突に話に割り込んで、しろの情報を翡翠に流した。
しろはギャーと叫び声をあげてまよりの言葉を遮ろうとした。
「なーんでいっちゃうの!?あれは!!下手すぎて人様に披露できるもんじゃないよー!!ん?人様、人前?どっちにしても無理!!」
「そーなんですね。いいことを聞きましたね。小さい頃からされていらっしゃるんですか?」
「……そだよ。小学生の頃からね。おかーさんが若い頃ピアノの先生をしていたついでにバイトでレストランなんかでジャズピアノを弾いていたから、その繋がりで。
あ〜もうっ!人に聴かせるような腕じゃないからね!」
照れ隠しなのか、まよりに秘密を暴露されてムカついているのか、サバサンドにかぶりついた。
その様子をなんとも言えない表情でまよりは見つめていた。
この子、ぜったいどSだ。
翡翠はなにも見なかったと言わんばかりに彼女らから目を離して、食べ終えた弁当箱の蓋を閉じた。
「で、春辰宮さんはどうですか?」
「えっ?」
「そーだよ!そーだよ!まよりはどーなんだってことよ!!」
「わたし?わたしは読書やゲームなんかもしますね。でも、スポーツはあんまり興味がないと思います。結果だけ知ることができればいい感じですね。ん〜なんでしょうか、他にあったかなぁ。やっぱり、無趣味、ですね。なんかのめり込めないんですよね。」
「ずっこくない?ずる〜い!?」
「じゃあ、逆にしろはわたしの趣味はなんだと思いますか?」
「へぇ!?あ〜う〜ん……そう言われるとなんだろーねー?とりあえず、なんでも手をつけるけど、長続きしない感じ?」
「しろ、それだとわたしの印象が悪いことになりますよね。」
「まよりって、すぐになんでもこなしちゃう分だけ、飽きるのが早い?」
「あ〜、そういう人にありがちな感じですね。器用貧乏というか。」
「へ〜、意外と翡翠さんって辛辣ですね。」
微笑みながらまよりは翡翠を見つめた。
名状し難い圧力を感じた翡翠はゆっくりと顔を背けた。
「ともかく、高校デヴューということで、何かを探したいところね。」
「そそそそそれが、いいと思いますわ。わたしは、うん。」
「そっだねー。」
「お二人とも、部活動には入られるのですか?」
「ウチは入らないよー。」
「わたしも入らないかなぁ。今ひとつピンときたものが無くって。」
「そうなんですね。わたしも入る予定はなかったのですが、この学校の生徒は部活に必ず入らなくてはいけないという不文律のようなものはないですよね。」
「あー聞いたことないなぁ。」
「大丈夫よ。わたしたちの中学の先輩も帰宅部だし。いちおう道内でも進学校に入るから、予備校や塾に行く生徒も多いわ。ああ、アルバイトは禁止だからね。見つかったら停学もしくは退学処分されますので、気をつけてください。」
「ヒェッ!」
「これなー。きびしーなー。先輩がゆーには毎年一人か二人は必ず見つかって停学になってるってさ。でもね!欲しいもんも多いし、高校生になったら意外とお金かかるんじゃないかと心配なんだけどなぁ。」
「そうなのよね。でもアルバイトをして、勉強についてゆけなかったら、本末転倒なんだし。」
「あぁ〜。ですよね〜。そんなことになったら、姉に怒られそう。」
「翡翠ちゃんのお姉ちゃんって厳しいんだね。」
「ええまあ、そこそこ歳も離れていますし、わたしが末っ子な分だけに両親が甘やかしていると見えるようですね。まあ、姉に育てられたようなものです。」
「いいお姉さんね。」
「まったくですよ。本当にもう。あっ、そうだ。姉にお小遣い援助を頼んでみましょうか?」
「なんか、悪いことを考えはじめたよ、この人。」