早春のソロドライブ 3
愛里寿の軽自動車はクッションに厚みのあるシートだが、車体もエンジンも軽くて小さい故に高速道路での長距離運転は疲労がすぐに蓄積する。
そのために愛里寿はサービスエリアやパーキングエリアを見つけると積極的に寄っては車から降りて、ストレッチや写真撮影を行っていた。
「む〜。やっぱり曇りだなぁ。しかも徐々に雲が重くなっている。」
有珠山サービスエリアの展望台から見える噴火湾から有珠山に向かって拓けた大地にかぶさるように空は徐々に鉛色の重たい雲に包まれていった。
愛里寿はカメラを構えるも風景が広すぎて、彼女の手持ちの超広角レンズでも風景を収めることができずに良い構図を取るためにウロウロと動き回ってはカメラを構え直してみた。
「無理だ。景色がでかすぎる。」
肩を落として有珠山に焦点を合わせてシャッターを切った。
道南に向かっているにも関わらず、風が冷たく、ウールのポンチョを細い身に固く巻きつけて。サービスエリアの中に入った。愛里寿は売店で北海道産のイチゴを使った限定のチョコレートを買い求めた。
「おやつをゲット。」
運転席に戻った愛里寿はさっそく包装を開き、一つ取り出して噛り付いた。いちごの酸味と強いチョコレートの甘味が口の中に広がった。
満足げな表情を浮かべた愛里寿はバイブしたスマートフォンを手にした。
画面には世にも珍しい名字の高校時代からの友人のメッセージがきたことを知らせていた。
『仕事が終わった。』
『お疲れ様。』
『いままで仕事してたのか?』
『答弁の資料の収集と整理。』
『官僚さまは大変だな。』
『国民の皆様のためです。』
『で今どこにいるの?』
愛里寿は昭和新山に向けてスマートフォンを構えて写真を送った。
『天気よくないね。』
『今日は車中泊の予定。』
『がんばるなぁ。』
『じゃあ、そろそろゆくね。』
『わたしもおやすみするね。』
愛里寿はスマートフォンを置いて、エンジンキーをひねった。長めのクランク音がして、そして何も起きなかった。
「あれ?」
何度か同じ動作を繰り返した愛里寿は再度スマートフォンを手にとった。
『兎月はもう寝た?』
『まだだよ。どうかした?』
『エンジンがかからない。』
『ちょっ』
『ま?』
『なんじゃいその言葉は?』
『まじだ。』
『全然ダメだ。』
『やばい。』
『どーしよ?』
『(;_;)』
『泣くな。』
『ぱぱにそうだんする。ちょっとまってて。』
「むぅ。」
愛里寿はスマートフォンの画面を睨みつけてしばらく待つと、コール音が鳴った。
「はい、伏見です。」
電話のスピーカー越しに熟年の男声が愛里寿の耳に入ってきた。
「もしもし、久し振りです。兎月の父です。兎月から聞いたけど、車が動かないんだって?」
「は、はい。お久しぶりです。愛里寿です。はい。キーを回してもエンジンがかからないんです。」
「じゃあ、キーを回した時にコンソールにランプはつく?」
「はい。」
「じゃあ、キュルキュルキュルって感じの音はする?」
「はい。でも、エンジンがかかる音はしません。」
「ウーン?じゃあ、キーをひねると一緒にアクセルを踏み込んで見てくれる?」
「はい。……だめです。」
「なんだろーね。ロードサービスの会員にははいってるかな?」
「あーすみません、入ってません。」
「そっかー。呼んで呼べないことも無いんだけど、会員じゃ無いとちょっときついんだ。じゃあ、自動車保険の特約サービスはどうかな?」
「あっ!?」
愛里寿はダッシュボードから保険証などが入ったファイルを取り出して、保険会社の封筒を取り出した。会社の電話番号と並んで、ロードサービスのフリーダイヤルが書かれていた。
「ありがとうございます。なんとかなりそうです。」
「よかった。安心したよ。じゃあまた今度ね。」
通話が切れて、愛里寿はフリーダイアルを押した。