2枚目
導入あれこれ
◇
転生
神様
マニュアル本
マニュアル本が、某転生スライムのシエルさんみたいな感じに
「はい、君は神様になってね」
はい?
唐突にそんな事を言われて間抜けな声を出してしまう。と、そんなリアクションを返してからようやく現状に気がついた
何もない
いや、ここが白一面の、壁や天井も地平線も見当たらない部屋で、目の前のおっさんが面接とかで使いそうな長机の上で書類に判を押しているので、何もない訳じゃないがそう言う事ではなく
自分の記憶も、身体も、と言う事は出したつもりの声もあるはずが無かった
「ああ、次の輪廻に体も記憶も持ち越せないからね。今ここにあるのは魂だけだ」
と、目の前のおっさんは別の書類に何か書き込みながら語りかけてくる
自分は身体が無いので当然声も出せず、と言うか考える事すら出来ない筈で、更にはおっさんの声を聞く事も出来ない筈なのだが
「君に理解出来る様には説明は出来ないよ。簡単に言えば君を魂だけで思考出来る様にして、君の魂そのものに話しかけてる。と言ったところかな」
理解出来たんだが。信じられるかどうかは別として
いや、「太陽は空で燃えている」って言うのと、宇宙的な説明含めて何が何処でどうやって燃えているのかをきちんと理解する事とは違うか
もちろん自分は太陽が燃えてる理由も具体的な場所も理解してない
「まあそんな事はどうでもいいんだ。それより君って前世は人間でしょ? いきなり神やれって言われてもよく分からないと思うからマニュアル渡しとくね。それ見れば大体の事は分かると思うから」
と、こちらに向けて今さっきまで書き込んで居た書類の束を投げ渡してきた
そんな事されても受け取る手なんてないんですけど…… なんて考えていると書類が自分の中に消えて行った
身体もない筈なのに何故「自分の中に消えた」なんて思うのだろうか。理解出来たら頭が可笑しくなりそうなので深く考えない事にする
「君には理解出来ないから安心していいよ」
なんて苦笑いをしてそうな雰囲気でこちらに語りかけてくる。頭が可笑しくなる事は否定しないんですね? 因みに「雰囲気」と言ったのはおっさんは一度たりとも長机の上の書類達から目を離して居ないからだ
忙しそうなおっさんを見て、記憶はない筈なのに「仕事は大変だ」と言う事を思い出して何故かとても居た堪れない気分になる
「僕も神様なんてやってるけど人も神も変わらないもんだよ。あ、君の記憶は割と都合の良い感じになってるけどあまり気にしないでね」
……深く考えると頭が可笑しくなる気がするのでおっさんの言う通り気にしない事にする
神様で思い出したけど自分が神様になるんだっけ。何故? なって何をすれば良いの? っていうかどうして自分が?
「マニュアル読めば全部わかるけど軽く説明しておこうかな。人だけじゃなくありとあらゆる存在には魂が存在して、生命又はそれに準ずるものが終われば魂は再利用されるんだ。その利用方法は様々な分野に渡るんだけど、今回は「何故か生命が生まれなかった世界」に行って生命を創って貰う為に神を創る事にした。君が選ばれたのは、相応しい性質を持ってる事以外は完全に偶然だよ」
とりあえず自分が神に相応しい性質を持ってるって所に突っ込みを入れれば良いのだろうか。前世は人間だったのだろうけど、神に近づくほどの何かを成し遂げた人物だったのだろうか
「んー。そういう事じゃなくて簡単に言えば善人だからだよ」
わお、凄い偶然感が増してきた。本当に偶々だったんだな。と言うか最初から簡単に言ってくれれば良いのに
「あはは、ごめんね? これは僕の癖と言うか口癖と言うか。まあ神様と言ってもこんなもんだと流してくれると嬉しい」
確かに初見でおっさん呼ばわりしてしまうくらいに神々しさを感じない、と言うか普通の人間にしか見えない雰囲気を醸し出してる
「じゃ、そろそろ行って貰うね? 名残惜しいけど会話する暇も惜しいくらい忙しいんだ」
とおっさんが言った直後に自分の意識は暗転した
唐突すぎるだろ。と意識が戻って最初に思ったが、始まりも似た様なものなのでそう言うものだと言う事にしておこう
◇
チートを手に入れた所で簡単に変われる訳もない
「ごめん! 間違って殺しちゃった」
「はあ」
「来世ではチート能力付けてあげるから許してチョンマゲ」
「はあ」
なんてやりとりをして生まれ変わった訳ですが、気が付いたらでっかい樹の根元にぼっ立ちしていた件について
いやほんとさっきのやりとりをした直後の話
そもそも前世の事を全く思い出せず、かと言って一般常識は持ち合わせているみたいだけど、自分が今さっき作られた存在だとしても不思議では無いくらいに何も覚えて無かった
そんな状況なら不安とか覚えるものなんだろうけど、心
◇
ニートがチートを得た所でヒーローになれる訳がない
「ごめん! 間違って殺しちゃった」
「はあ」
「チートあげるから許してちょんまげ」
「はあ」
唐突過ぎて訳も分からない。食う寝る出すだけの生活を続けていたが、ある日目覚めたら卓袱台囲んでお爺さんさんとお茶してた
ここのポイントは「お茶してた」って所だ。布団に横たわって目を覚ました訳ではなく、気づいたら座布団に正座して両手で湯呑みを抱えお爺さんと卓袱台を囲んでいたのだ
目が覚めて最初に見たのがお爺さんだったので、密かな夢だった「知らない天上だ」と言えなかった事が悔しい。知らない場所で目が醒めるなんて機会は早々ないだろう
「チート何がいい?」
「衣食住に困らないと嬉しいですね」
「いいよいいよ! もっと具体的な案はある?」
「あ、神様が能力を授ける感じじゃなくて自分で創造するのが許される感じですか?」
「うん! まあ限度はあるけどね。儂と全く同じ能力をくれってのは難しい。そこを擦り合わせていこう」
このお爺さんが神様だと疑う事は出来なかった。例外はあるだろうが、人は赤色を見れば赤いと、人を見れば人間だと、知らない物でも「物である」と、見るだけで何なのか多少なりとも理解できる
見た途端理解した。この人は神様だと
「んーじゃあ家が欲しい、只の家じゃなくて任意で呼び出せる異次元空間… 某猫型ロボットのドアとポケットみたいな感じで」
「ドラ◯もんみたいな」
「言い方! せっかく著作権に配慮したのに」
「著作権って。誰に聞かれてる訳でもないのに」
「作品には敬意を払うべきです」
僕は創作物が好きだ。彼らのお陰で僕は生きる希望を持てた。まあ結局死んだみたいだが
そういえば死んで目の前に神が居るという信じがたい状況なのに、驚くどころか受け入れ、あまつさえ神様を友人の様に気安く扱ってしまって居る
よく分からないが、神の御業という事にしておこう
「まあいいや、それくらいならラクショー。もっと機能追加してもいいよ?」
「えっと、じゃあ間取りは適当にお任せします。それで部屋にパソコンを付けて、そこから部屋の間取りを変更する機能とか」
「おけおけ」
「……現代日本にネット繋ぐことって出来ます?」
「良いけど機能は制限されるよ? 新しい世界の情報とか発信するのは無し。君の大好きなネトゲやらグー◯ル先生やらウ◯キ先生を使うのはオーケー」
「マジですか」
「マジデス」
「貴方が神か」
「そうだよー?」
そう言ってくすくすと笑う。目に映る姿はお爺さんなのに、耳に聞こえる声や目に見える仕草は男性的な感じも、女性的な感じもする。天使は両性具有と聞くし、神様もそうなのだろうか。もしかしたら無性かも知れない
「他には?」
「じゃあえっと。食事や生活用品はネットで買えるようにしたいんですけど…そう言えばお金は?」
「うーん、じゃあ君が生命維持に必要な分は無料で、過剰だと判断したらお金を取るようにしよう」
「ですよねー」
「安心して。君の生前は知ってるし、僕等に金銭は必要ない。『道徳ポイント』を使って買い物してもらうよ!」
「なにそれ」
「良い事をすればポイントが貯まって、それをお金として使えるやーつ。実は何もしなくてもポイントが貰えたりする」
「何で!?」
「ほら、君達ってチート持ってるじゃん。それを悪用せず今日も平和に生きましたってだけで十分なのだよ」
「生きてるだけで褒めてくれるとは」
「当たり前の事を当たり前にする。隣人を愛し、生命を慈しみ、自然を大切に…… なんて、どれだけの人が出来て居ると思う?」
目の前のお爺さんはニコニコと笑う
……何も考えたくない
「機能としてはこんな感じですかね?」
「あ、パソコンの中に家に関するマニュアル入れとくね」
「ありがとうございます」
「うむ、よきにはからえ」
「えらそう」
「偉いですし」
「ですよね」
何故か減らず、冷めることのないお茶を飲んで一息つく
見ればお爺さんもお茶を飲んでいた
こちらを見る表情はとても柔らかく暖かいもので、直視していると泣きそうになるので目を逸らす
「知らない天上だ」
逃げるように、逃避するように呟く
「君が行く事になる世界も知らない事ばかりだ」
「……」
「無理にとは言わない。直ぐにとは言わない。けれど、いつの日か君がその目を外に向けられる様になる事を願ってるよ」
「生きていた頃だって……それはきっと、同じ事だった筈です」
「……そうだね」
「何も……何も変わりませんよ」
「そうかも知れないね」
そう言ってお爺さんは、少し悲しそうに笑った
ニートがチートを手にした所でヒーローになれる訳がない
だから僕は安全に引き篭もる事が出来るチートを貰ったんだ
「そう言えば、僕が行く世界はどんな所なんです?」
「剣と魔法のファンタジー」
「雑ぅ」
「でも分かりやすいでしょ?」
「まあ、はい」
それに細かい文明のアレコレを言われたって理解出来る訳もないのだ
成る程、真に頭の良い人は馬鹿にも理解できる様に話すと言うが
いやこれは僕が馬鹿なだけである
「じゃあ、はい」
そう言ってお爺さんが手を振ると、白い数字の0みたいな、何て言うかワープゲートみたいなものが現れる
「ここを潜ると新しい世界だ」
「その、ありがとうございました」
「良いってことよ」
ここは暖かい。神様が居るからかとても安心する。正直な所ずっとここに居たい
でも、駄目だ。既に腐りきった僕だけど、その身をぐずぐずにするのを神様の前で見せたくない。今更ではあるが
ふと気付き、ゲートの前で振り返る
「そう言えば僕は何で新世界に行くんですか」
「うん?」
「ほら、神様が送り出すのって創作の中じゃ色々理由があったりしますし」
「うーん、余り気にしなくていいかな」
「と、言いますと?」
「無い事はないけど、それを説明すると効果が無くなると言うか」
「ふーん?」
言葉の通りかも知れないし、僕には言えない事なのかも知れない。まあ、神様の言う通り。と言う事にしておこう
「それじゃあ、えっと」
「うん」
「行って、きます」
「行ってらっしゃい」
お爺さんの顔を見ているとまた泣きそうになるので、僕は逃げる様にゲートに飛び込んだ