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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

汗っかきを直してと願ったらついでに血も涙も止められた ~24歳の中二戦記~

作者: ショーテル

 ブラック企業で毎月200時間の残業をしたことによる自律神経の乱れか?

 それとも気付かなかったが高熱でもあるのか?

 もしくは、たった今告白しようとしていることによる緊張か? それにしても出過ぎだ。


 俺は今、会社の同僚の女性に告白しようとしている。しかし、額を初めとして全身くまなく滴り落ちる自らの汗によってそれどころではなくなっていた。顔を流れ落ち、腕にはびっしりと汗の玉が浮いている。服で見えないが腋と足もびしょびしょなのが分かる。最悪。最悪である。


「だ、大丈夫? 鈴木くん……」


「あっ、いや全然! ちょっと、あの、これは」


 さらさらの黒髪を揺らして心配そうな顔をする女性に慌てて返答するが、ちょっと顔を動かしただけで汗が飛び散る有様。とても「付き合ってください!」と言える雰囲気ではない。つーかそれを今言うと「病院に?」と聞き返されかねない。


 いつもは汗っかきと言うほどではない俺が、なんでよりによってこのタイミングで?


 ――誰でもいい! どうか、俺の汗を止めてくれーー!


『その願い、聞き届けました』


 まるで俺の脳内発言に返事をするかのように、女の声が頭に響いた。

 汗を飛び散らせないように眼球だけを転がして周りを見る。と、俺の肩辺りに小さな(身長130cmくらい? とかのレベルじゃなくマジで。30cmを下回ってる)の女の子が浮いている。


「こいつ直接脳内に……!?」

『分かりますか。私はあなたの願いを聞いてやって来た、悪魔です』


 とりあえずネット風に聞いてみたが、小さな(いやホントマジで。ガンプラ並み)女の子は憂いを帯びた表情で微笑んだ。可愛い。一円玉より顔が小さいけど。俺の視力が良くてよかった。


「願い?」

『はい。汗を止めたいのですね?』

「おお! そう! そうなんです! お願いします!」

『汗という人間としての生理を止めたい。それはつまり、人間であることを辞めたいということですね。分かりました。よーし』

「待って今不穏な言葉が聞こえた」


 小さな(何度も言うけど比喩じゃなく小さい。胸ポケットに収まりそう)女の子は頷くと、更に小さすぎて目のピントが合わないくらいの指先で俺を指した。


『これでアナタはアクマになるんだ……!』

「急にトーンがおどろおどろしくなった!」


 女の子の指から赤い光が放たれた。視界が真っ赤に染まる。

 ドクン、と俺の体が脈動する。


「あ、あ……」

『さあ、逝きなさい。生きなさい。往きなさい。アナタの体は汗を止め、涙を枯らし、血を失い、それでもなお蠢き続ける。全てを破滅させるために……!」

「血と涙は頼んでねえよ!?」


 ふと両腕に痒みのような違和感。見れば、ぞわああああ……という効果音を立てて黒い線のような模様が手の甲から二の腕の方にかけて走ってくる。右の頬にも痒み。まさか、この黒い模様は顔にまで?

 という変態(体が変異するという意味だ。俺の性癖の事ではない)の最中、俺が告白しようとしていた目の前の女性がドン引きしながら声をかけてきた。


「す、鈴木くん。私、そろそろ帰らないと。ごめん、お話はまた今度聞くね!」

「あっ! ちょっとま……!」


 彼女は走り去っていく。きっと変な奴だと思われただろう。俺は涙目になって、浮いている小さな女の子を睨んだ。


「おい!?」

『悪魔と人間は相容れぬもの。あなたの発する邪気は普通の人間には異質に感じられてしまうのです。さあ、人間世界に別れを告げなさい』

「汗を止めたいと願っただけでこの仕打ち! 神は死んだ!」

『いいえ、神はあなたが滅ぼすのです。――参りましょう! 果て無き煉獄の戦いへ!』

「いつの間にか宿命を負わされてる!?」


 慌てて会社のトイレに向かい鏡を見ると、右の頬にも妙な模様が出来ている。


「ぎゃーーーー! 電車乗れない!」


 俺は慌ててドラッグストアに行き、マスクを買った。まるで虫歯のように手で頬を覆って隠しながら。


 その日、俺は悪魔になった。



 ――――――――――――



 カチャカチャカチャ。ッターン!


「おお、鈴木くん。すごい早さで仕事を片付けていくな。これもいい?」


 翌日、悪魔的速度でキーボードをタイピングしている俺の机に課長が更に書類をドン! と置いた。

 課長は俺の返事も聞かずに鼻歌を歌いながら去っていく。


「……くそっ! やってられっか!」


 俺は気分転換にジュースでも飲もうと席を立ち、オフィスを出て通路にある自動販売機に向かった。

 そこに、昨日俺が告白しようとした女性が立っている。


「あ、鈴木くん。昨日大丈夫だった?」

「ああ、ごめん。ちょっと持病の厨二病が」

「なにそれー。面白ーい」


 指先を合わせて微笑む彼女。とてつもなく可愛い。

 ふと、彼女が俺のスーツを見つめているのに気付いた。


「暑くないの、それ?」

「え? ああ、ひ、日焼けしちゃってさ。肌をあまり出さないようにって医者に言われちゃって」

「ふうん」


 俺は今、真夏だと言うのにスーツのジャケットを着込み、腕を覆っている。更に手袋をして手の甲を隠し、おまけにマスク姿。明らかに怪しい。


「暑いから体調には気を付けてね。今の案件ももうすぐ終わるし、そしたらみんなでご飯でも行こ?」


 天使。天使はここにおったんや。


「あー、うん。そうだね。じゃあまた」


 俺は好意を悟られない様にそっけなく返事をしてオフィスに戻る。

 椅子に腰を下ろし、襟を緩めて息をついた。


『素晴らしい。悪魔の自覚が出てきた様ですね。人を寄せ付けない態度、それが周囲の人間を守ることに繋がるのです』


 突然声をかけられ(しかも脳内に)、びっくりして立ち上がり、周りを見る。すると俺のPCの上に昨日の小さな女の子がいた。手に顎を乗せて横になったセクシーポーズをとっているのがニクい。憎い。


「おわ!? お前まだいたの!? ていうかこの模様消してよ!」

『汗もかかなければ暑さも感じないでしょう?』

「それ以外の日常生活に支障きたしまくりなんだよ!」

『僅かに残った人の心が、かつての日常の残滓を求める……。いずれはその悲しみも失われてゆく事でしょう』

「僅かじゃなくて100パーセント俺の意思だっつの!」


 と、そこへ同僚の男がやって来た。


「おい」

「あっごめん、うるさかった?」


 慌てて謝る。今の会話は携帯で話していた事にして誤魔化そうとボケットを探っていると、


「ちょっと付き合え」


 そうぶっきらぼうに言い残して同僚はオフィスを出ていった。


「……なんだ? まさか……」


 思い返せばアイツ、最近思い詰めた様子だった。もしかして会社を辞めたいとかの相談かもしれない。俺は急いで後を追った。


 会社から外に出ると、同僚は俺を手招きして建物と建物の隙間にある、あの、なんていうか、ボイラー? みたいなやつが並んでるスペースっていうか、まあなんか狭くて人目につかないとこ。……に入っていった。俺も続く。

 中では金網にもたれた同僚が気だるげに髪をかきあげている。正直、中学の時の痛い自分を思い出すからやめて欲しい。


「どうした山下。仕事が辛いって話か? やー、でもなー、俺も辞めたいけどさー」

「お前はどこだ?」


 山下(言い忘れたけどこいつ山下ね)は明後日の方向を見ながら腕を組んだ。


「へ? ここにいるけど」

「違う。お前の紋章(アートマ)はどこだと聞いている」


 あかん。あかんやつやこれ。

 社会人にもなって中二病とか痛すぎる。

 なんかルビが見えたし。


「山下、あのさ」

「人間としての生にしがみついているのか……哀れな」


 お前のが哀れだっちゅーねん。

 心の中でツッコミつつ、どうリアクションをするのが正解なのか悩んでいると、


「いいだろう。――お前の体に聞くとしよう!」


 そう言って山下は右手を高く掲げた。バッ! とかいう効果音がしそうな程にキメキメの動きで。


(やべえよ、あいつキマってる。ヤク的なやつでキマりまくってる)


「山下! ドラッグは人として最低だぞ!」

「もういい。人間であることを諦めきれないのならば、ここで死ね!」


 山下が右手を下ろし、右目を隠すようなポーズをとって目を閉じた。ヴィジュアル系バンドのCDジャケットみてえだ。

 そして山下はもったいぶった仕草で目を開ける。めっちゃ睨んでくるぞあいつ。スゴい目力だ。


「カッ!」

「その『カッ!』て効果音じゃないの? 自分で口に出すものなの?」

「我の肉体に顕現せよ、いにしえの神々!」

「あっ聞いてない」


 突然山下が懐から何かを取りだし、俺に向けてきた。

 なんだろう、と良く見ようと身を乗り出す。そしたら。

 しゅっ、という音と共に俺の顔に霧みたいなものがかけられた。目に激痛が走る。


「ぎゃあああ! いってええ!」

「どうだ、チカラを見せる気になったか!」

「おまっ、バカ! 催涙スプレーでも傷害罪に問われる事があるんだぞ!?」


 涙で霞む目をこすって無理やり瞼を開けた。

 ボヤける視界にドヤ顔でスプレーを振り回す山下の姿が見えた。


「さあ――死合おうか!」

「ちょっタンマ、マジいてえ!」


 足音がする。涙で良く見えないけど、山下がこっちに歩いているらしい。

 やべえ。マジやべえあいつ。いきなり人に向けて催涙スプレーを噴霧する大バカだ。何してくるかわかったもんじゃない。

 通行人に助けを求めようと周りをきょろきょろ見回す。と、肩辺りにさっきの小さい女の子が浮いていた。


『あなたの邪気に惹かれ、魔の者が現れたようですね』

「あっ、ガンプラサイズ妖精! 助けて!」

『涙で視界をふさぐ能力ですか……。矮小な』

「聞いて!?」


 ダメだこの子は頼りにならない。ダッシュで逃げようと思い、振り向こうとしたが――。


「あれ!? 体が動かないよ!?」

『今、あなたは時の流れから外れています。あなたの能力を教えようと私が――』

「怖い! 怖いよお母さーん! 誰かー!」

『……怯えることはありません。これは一時的な――』

「イヤー! ギャー! 金縛りとかマジ無理だから! なむだいじきゅうごきゅうなん! あれ!? なんだっけ!? 救護救難ー! ヤバい思い出せない!」

『落ち着いて!』


 女の子が俺のほっぺたをぺちん! と叩いた。ちょっと嬉しい。

 嬉しさで少し落ち着いたので、女の子に話しかけてみる。


「で、なんだっけ? 能力? 早く教えて」

『二重人格ですかあなたは……。まあいいです。

 ――あなたの能力。それは、あなたの願いから生まれし力。その名も、失われし涙(ロスト・ティアーズ)!』


 おっ、意外にカッコいいぞ!


「それどんな能力!?」

『今のあなたを救う力を秘めた能力です。――さあ、その名を唱えなさい!』

「よっしゃあああ!」


 時が動き出した。止まってた山下が再びこっちに歩いてくる。だるまさんが転んだやってんじゃねーぞ。


「食らえ山下! これが俺の力だあ!

 ……ロスト・ティアーズ!」


 急に俺の視界が晴れた。何故かって言うと、涙が止まったから。

 ……へ?


「ナニコレ」

『これがあなたの力。流れる涙を消滅させる能力です!』

「なんで汗とか涙とか俺の体液限定の能力なんだよぉぉぉ!」

『それが願いでしょう?』

「もーやだー! お家帰る!」


 喚く俺に山下が高笑い。


「ふはははは! どうした! そんなものか!」

「なんで魔王みたいな笑い方なんだよ!」


 ちくしょう、山下の野郎......!

 だんだんムカついてきた。つーかこのままじゃ仕事が終わらない。会社に泊まるのは勘弁だ。

 キレた俺は山下に殴りかかる。


「くそっ、うおおお食らえええ! 毎日十時間のタイピングによって鍛えられた指の力が可能にした殺人パンチ! ~会社への不満を添えて~ ――を!」

「とうとうやる気になったか!」


 山下に駆け寄り、体をひねってタメを作る。

 そして、俺は力を解き放った。


「セイッ!」

「あいてっ! ――パンチって言ったじゃん!」


 殴ると見せかけて山下の脛にローキックをかました。奴は蹴られたところを抑えながら片足でピョンピョン跳ねている。

 フッ、馬鹿め。


「いいか山下。争いはなにも生まない。生み出すのは残業時間だけだ」

「何上手いこと言ったみたいな顔してんだ! 全然上手くねえからな!?」


 俺はドヤりつつ、仕事に戻った。


 その後、あの可愛い同僚が「私はこの世界を救うために異世界からやってきた聖女です」とかホザきだしたり、ちょいちょい街中で山下とエンカウントして中二合戦が始まったりしたがその話は割愛する。


 腕と顔の模様はまだ消えていない。

読んでくださり、ありがとうございました。

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