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時を超える鳥たち  作者: ハインド
第1章 ハワイ事変編
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第1話 相方殺し(ムーマー)


 透き通った海、どこまでも続く蒼い空。そこを我が物顔で今日も弓が矢を放ち、帰りを待つ。


[甲板クリア。着艦せよ。]


 ゆっくりとスピードが落ちていく。それに比例して段々と重力に逆らえなくなり、スーッと高度が落ちていく。誘導灯を確認しながら操縦桿とフットペダルとスロットルを巧みに操り、機体を空母へ近づけていく。

 キュァッ、ガコン、ガシャンッ、ギュイィィィッッ。

 車輪が甲板に触れ、機体から伸びるフックか甲板のワイヤーに引っかかり減速、前輪が落ちるように甲板に触れ、急減速。中にいた男たちは一斉に首を前に持っていかれた。


「機体異常なし、機器異常なし。哨戒任務終了」


 パイロットの男は一通りの確認を済ませると機体を降り、スタスタと甲板上から去ってしまった。哨戒機から降りてきた男たちは今にも吐いてしまいそうな顔をしていた。


「哨戒機でなんて機動しやがる…。新人(ヒヨッコ)の時以来だぜ、飛行機で吐きそうになったの…」


「全くだ。あいつの操縦する機体には二度と乗りたくねえ…。流石は相方殺(ムーマー)の異名を取る…っううぷぅ!」


相方殺(ムーマー)ってのはいった……うわ!こっち向かないで下さい!」


「ほーら、海側向いて、そうそう偉い偉い」


 一人が海に向けて吐く男を介抱する。


相方殺(ムーマー)てのは、奴がまだ複座のパイロットだった時に付いたあだ名だ。複座の通信士が奴の行う無茶苦茶な機動に耐えられず気絶したり機内で吐いたりしてな。次々と相方を辞めさせていったことに起因する。奴自身の才能はすごいのだが…。辞めたのは確か、10人だったかな?」


「……12人だ………おろろろろろ…」


「まぁ凄いのは、今日のでよく分かりました」


「だが奴の才能は本物だからな。その内戦闘隊復帰もありうるな。そうしたら奴に勝てる奴は恐らくこの空母にはいないさ」


 男は嬉しそうな表情を浮かばせる反面、眉をしかめその男の名を口にした。


「アルベル・バーン中尉にはな…」



 空母内の薄暗く何とも言えぬ冷たい廊下を、アルベルは先ある指令室に報告のため向かっていた。向かう途中にはいくつも部屋がある。もうすぐ母港への帰還という事もあってかそこかしこから笑いや明るい声が漏れていた。まだ着いた訳でもないのに気が早い人たちだ、と思うアルベル。指令室の前に着き、指令室のとても厚く重い鉄製の扉を開けて、敬礼をする。


「アルベル・バーン中尉、哨戒任務より帰還。報告に参りました」


 指令室は煙草の煙とピリピリと突き刺さる様な緊張感に包まれていた。その空気の中艦長が対応した。


「ご苦労中尉。で、どんな様子だった?」


「はっ、北西方向ハワイ方面雲量24%。3日以内の磁気性積乱雲の発生確率10%以下。その他不明航空機等以上はありませんでした。空は平和そのものです」


 アルベルが報告を終えると指令室を支配していた緊張が一気に消え去った。指令室のあちこちから笑い声や安堵の声が上がる。


「了解した。では私は艦橋に戻り、航海の指揮を執る。諸君、あとは任せたぞ。ハワイに着けば休暇が取れる。それまで頑張ってくれ!…バーン中尉、ついて来たまえ」


 艦長が指令室から出る。続けてバーン中尉が指令室から出る。厚く重い鉄製の扉が重厚な音を出して閉じる。


「さて、アルベル・バーン中尉。実は君に辞令が来ているのだ」


 艦長は雑草のように生えてしまった無精髭をジョリジョリと気にするように触りながら話しを始めた。


「辞令でありますか?どこかの艦隊で哨戒機が不足したのでありますか?」


「いや、哨戒機ではなく不足し始めたのは、戦闘航空隊だ。しかも複座。それで今回の合同艦隊演習と同時に行われる部隊再編成で君を別部隊での戦闘航空隊復帰とのことだ」


「しかし、自分には機体も相方もいません。その私が何故…」


 このときアルベルの頭はどのように断るかで一杯だった。勿論、辞令は中央司令部の命令で断ることは出来ないのだが。


「機体はなんでもアメリカ海軍の次期主力戦闘攻撃機選定用の試験機に使う技術を詰め込んだ改造機で、複座の通信火器管制官はアメリカ陸軍の対地攻撃専門のヘリ部隊からの移動とか。何であれ、君の部屋に辞令書は届けておいてもらった」


「そんな…」


 最早逃げることは出来ない。顔に出ていたのか、はたまたそんな雰囲気を発していたのか、艦長が突然アルベルに向かって大声を上げる。


「アルベル・バーン中尉!ハワイ到着後、この空母カール・ヴィンソンを離れ海軍司令所へ迎え!これは命令である!」


「はっ!アルベル・バーン中尉、異動命令受諾いたしました!」


 アルベルはきっちりとした敬礼で答えた。心の中は戦闘航空隊に戻りたくないという気持ちで一杯であったが…。


 受けざるを得なかったのである。



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