5文藝部の変わった少女
「一縷も呼んできてほしいんだ」
そのまま海と図書館地下のホールに戻ると、新田に次は笑顔でこう言われた。
「えー」
海は口をとがらせる。まあ気持ちはわかる。
「君も一緒だけど?」
「へっ?」
新田は明らかに楓太の方を見ていた。
「一縷もまだ顔を合わせていないでしょ?近いから行ってきてくれないかな」
近いなら自分で行ってきてください。というか何故自分たちが物理室へ行っている間に行ってきてくれなかったのか、楓太は思った。
「今、二人とも近いなら自分で行けよって思ったでしょ?」
「ギクッ」
「おまけになんで自分たちが彼方と遙を呼んでいる間に行かなかったのかって思ったでしょ?」
「ギクッ」
(海さん声出てるって)
「いいのかな海後輩。あのこと木部に言っちゃうけど?」
あのこと?
「ああああーあああーああ!行きます!行きます!ぜひとも行かせてください!」
え、何!?楓太はものすごく「あのこと」を聞きたくなった。そしてそれと同時に新田への恐怖がまた募る。
生徒会長様は生徒の弱みを握ってこの学校を統治しているのか…。
「じゃあお願いね。そういえば、これ賢治から一縷に」
新田は手に何か紙束を持っていた。それをこちらに差し出す。
「なんですか?」
楓太は聞きながらその紙束をペラペラとめくり中身を見る。
それは見たところ台本のようだった。三組ある。
「うわぁー新しいやつですか!」
「一縷にあったらそれ渡してね」
「らじゃぁー」
そう言って海はご機嫌でホールからスキップで飛び出す。楓太はその紙束を一瞥してホールの外に出る。最後に見た新田の顔はにこにこしていて怖かった。
「いったいこれは」
「望先輩の栄養剤ってところかな」
海はにこにこ顔をほころばせながら廊下の突当りにある階段をのぼっていく。そんな彼女の天真爛漫な笑顔を見て自然と楓太の顔もほころぶ。
「といっても望先輩はすぐそこにいるんだけどね」
階段を上り切った後、海は向こう側へと指をさした。
彼女の指先を見ると、図書館の受付の奥の方だった。窓が張られている部屋なので中が良く見えるようになってる。中に生徒が何人かいるようだ。図書委員会かな?
「望先輩は文藝部なんだ。文藝部はこの奥で活動しているから、演劇のすぐ近くなんだよね」
海はずかずかとその奥に入っていく。少し複雑な構造をしていて、図書館に入ると左手に何故かソファなどが置いてあるくつろげるスペースがあって、そのスペースから文藝部の部屋に入れるという。楓太は一度も入ったことがなかった。
「望せんぱーい」
「あ、海ちゃんいらっしゃい」
返事があったのでその声の方を見るとその声の主はかわいらしい声の通り小柄な女子だった。よわよわしく乾いた声でどことなく幼い感じがする。これで年上か?身長は小さめの海よりもまた一回り小さい。中学生入学したてみたいなそんな感じだ。
「望先輩は今何していたんですか?」
「ああ、今は来月号に出す新しい物語の構想をまとめていたの」
その先輩は目を補足してパソコン画面を覗きながら話す。自分のパソコンのようだ。あらゆるところにかわいらしいステッカーが貼ってあるノートパソコンだ。
「あの」
「なあに?」
その先輩は見知らぬ楓太に対して一切抵抗せずに返事をした。
「目、悪いんですか?」
楓太は目が悪そうにパソコン画面を覗くのがどうしても気になったのだ。
「ああ、今コンタクトしているんだけどね、また目が悪くなっちゃったのか、なんか合わないみたいで」
「そうですか」
「じゃあ先輩、また面白いの期待していますね!先月号の『クラゲとモグラと時々おこじょ』面白かったです」
なんだそれは。
「ああ、あれね。あれ実は『吾輩は群馬県の海である』の続編というか世界観を似せて書いたんだけど、わかった?」
「はい!もちろんです!あれも哲学チックと言いますか、色々考えさせられるお話ですよね」
だからなんなんだそれは。群馬県に海はないぞ。
「ああ、楓太君ごめんね。こちらの先輩は文藝部兼演劇同好会の一縷望先輩。楓太君『春の暮つかた』って知ってる?」
楓太は覚えがないので首を横に振る。
「佐良津東高校文藝部の文集の名前なんだけどね、望先輩は部活で小説を書いているんだ」
「図書室にもここにもバックナンバーが残っているから、読みたくなったらいつでも声かけてね」
一縷という先輩はにっこりと笑顔を楓太の方へ向ける。楓太から見て彼女の第一印象はよかった。おしとやかで、心がとても澄んでいそうな先輩だった。
一縷望で『一縷の望み』ってことだよな。なんでそんな名前に。
「初めまして、一年の溝口楓太といいます。数日前から同好会に入会させていただきました」
そう言うと、一縷先輩は素直に喜んだ表情を見せた。
「新入部員?やったね海ちゃん」
「はい!」
楓太はもう一度一縷を見た。一見彼の眼には彼女が演劇部に入っているような感じには見えないのだ。こう、木部や鳥島のようにはきはきとした感じがある訳でもないし、身のこなしが得意そうではない。はたまた彼方のようにそれ相応の変人にも見えないのだ。
こないだの大会に出ていたかな、と振り返ろうとするが、内容が覚えていてもあの時は彼女『アカネ』役である海の事しか見えていなかったのではっきりとは思いだせないのだ。なんて考えていると、また大会のあのことを思い出して顔から熱が出てくる。
「どうしたの?楓太君」
「あ、い、いや。なんでも」
「なんか顔が熱っぽそうな色してるけど」
そう言って海は楓太の顔を覗く。
ち、近い。
「なんでもないって!あ、そういえばさっき新田先輩にもらったやつ、あれはどうしたの」
「あ、そうだった。望先輩、さっき新先輩からこれもらったんですけれど」
海は手に持っていた紙束を彼女に見せる。
「え、何それ台本?新しいやつ!?」
「そうみたいです!ショートですけれど、面白そうですよ」
一縷はその紙束を一つ受け取ってパラパラめくる。楓太はふと見ているとその彼女の眼がとても輝いているように見えた。
「さっそく読んでみますか?」
「もちろん!じゃあ外出よっか」
「え?」
何故かは知らないが、どうやら外に出るようだ。どこへ行くつもりなのだろう。
外へ出ると、少し肌寒い風が楓太たちの頬をかすめる。もう本格的に冬になりそうだ。日の沈みも次第に早くなりだしており、今はまだ明るいが、もうすぐで空に赤みが増してきそうな日の傾き具合だった。
どうやら図書館の建物の脇の道から裏の方へ行くようだ。道はあるようでない舗装されていない林のようなところだった。この裏はこうなっていたのか、と楓太は物珍しそうにあたりを見る。木々の葉で太陽が届きにくい場所なのだろうか枯れ葉と地面の湿ったようなにおいがする。木はそれほど密集しておらず開放的な空間ではあった。
「よしっ!ここでいっか」
一縷は室内にいた時よりも数倍元気な声で言った。先程とのギャップがあり楓太は内心驚いていた。
「じゃあ配役決めるよ。登場人物はちょうど3人。男2人に女1人だから海ちゃんが女で私はこっちの男の人の役をやるから、溝口君はこっちの男の人やってね」
「あ、えっとどうすればいいでしょう」
楓太は台本を持ちながら仕切っている一縷に向かって尋ねた。
「あれ?台本読むのとか初めて?」
「ここ最近は楓太君も入ったってことで基礎の確認で発声や滑舌、ストップモーションとかやっていました」
「あ、そうなんだ」
そうなのだ。楓太は演劇同好会に入ってからは毎日顔を出すようにしていた。先輩方も部員が少ない大切な一年生ということで指導はとても丁寧にしてくださっている。その中で楓太がやったことあるのは『発声』『滑舌』『ストップモーション』。『発声』は主にロングトーンという「あー」という声を息継ぎせずどれだけ出せるかという練習だ。お腹から声を出すことが大事だということだ。意識をして声を出すと運動不足の楓太は後で少しだけ腹筋が痛くなる。『滑舌』は演技の途中に噛まなくするよう口の動きを練習するものだ。『ストップモーション』とはこれまた難しいもので、動きのキレを良くするものであるらしく、一定のリズムで色々なポーズを瞬時に作り、止めるという練習だ。これらが楓太は一週間でやってきたことだった。
「うーん本当は素読みからしたいんだけど、今回は試しに読むだけだから、上手くなくていいから感情を込めて台本を読んでいこうか。途中でセリフ噛んでも全然いいからね」
「あ、はい」
楓太は不安を隠さずにはいられなかった。急に感情を込めろといっても上手くできる気がしないのだ。
「楓太君、リラックスリラックス」
そんな楓太の様子を察したのか海は楓太に小さい声で声をかけてくれたのだ。
「じゃあやろっか!よーい、アクション!」
登場人物
タカシ・・・26歳会社員 キャスト 溝口楓太
シズカ・・・タカシの恋人 天野海
ヒロシ・・・通りすがりのおじさん 一縷望
舞台は街の夜景が見える丘の公園。タカシはシズカと舞台中央で夜景を眺める。
シズカ‥わぁ!きれい!
タカシ‥そ、そうだね。
シズカ‥私、1回ここに来てみたかったの。
タカシ‥そ、そうなんだ。と、ところで話があるって言っていたけど。
シズカ‥うん。その事なんだけれどね。
タカシ‥うん、なんでも言って。
シズカ‥私、母子家庭で育ったって言っていたでしょ?
タカシ‥うん。
シズカ‥私のお父さん、私が中学生の時に亡くなったって言っていたでしょう?
タカシ‥うん。
シズカ‥それ嘘なの。
タカシ‥へ?
シズカ‥私、タカシ君に嘘ついてた。私のお父さん本当は私が中学生の時に家を出ていったの。
タカシ‥な、なんで嘘ついていたの?
シズカ‥私のお父さん変な人だから。
タカシ‥変な人?
シズカ‥うん。それでね、今日タカシ君に話があるって言ったのは私のお父さんについての事なの。私のお父さん、最近この町で見かけたって言う話を聞いたの。
タカシ‥この町で?
シズカ‥うん。だからタカシ君にこの町でお父さんを見かけたら教えてほしいなって思って。
タカシ‥でも、俺シズカのお父さん見たことないよ。
シズカ‥うん、だからタカシ君にお父さんの特徴を言っておくね。たぶん、人違いはしないと思うから。
下手から女子高生の制服を着たおじさんが出てくる。タカシは下手、シズカは上手の方を互いに見つめ合っている為、シズカはおじさんの事が見えていない。
シズカ‥お父さんの普段着は高校生の制服、しかも佐良津東高校のを着ているの。
タカシ‥制服!?
シズカ‥それで常に酔っぱらって千鳥足で歩いているの。
おじさんは佐良津東高の女子の制服を着ていて千鳥足で歩いてくる。タカシはそれに気付き驚く。シズカは以降全く気付かない。
ヒロシ‥おれは~ひろし~ガキ大将~なんつって~。
タカシ‥お、お父さんの名前は!
シズカ‥ヒロシって言うの。
タカシ‥他に特徴は?
シズカ‥5分に1回はつまらないギャグを言うわ。
ヒロシ‥コーディネイトはこ~でねぇと!
タカシ‥あ、あれって…。
シズカ‥どうしたの?
タカシ‥い、いや何でもない。
タカシ疲れているように眉間をつまむ。
タカシ‥ちょっと疲れているだけだよ。
シズカ‥そう。無理しないでね。
タカシ‥それでシズカはお父さんを見つけたらどうするの?
シズカ‥ぶっころすわ。
タカシ‥え?
シズカ‥まずスタンガンで気絶させて、ガラス製の灰皿で頭をぶん殴ってそれから…。
タカシ‥たぶんその時点で死んじゃってるんだけど。
シズカ‥そしていろいろした後に最後はあの男の大事なとこをハサミでちょん切って…。
タカシ‥いたいいたいいたいいたい!それ死ぬより痛いって!というかショック死するって!
ヒロシ‥あれ?どこからかシズカの声がするな~。
タカシ‥逃げて、おじさんにげて。
シズカ‥どうしたの?
タカシ‥な、ナンデモナイサー。
シズカ‥そう。
タカシ‥でもなんでそんなことしようとしているの。
シズカ‥あの男は許せない。ただでさえ変な人なのに、出ていく前、私の大切なものまで奪っていって。
シズカ泣きだす。
タカシ‥シズカ…。
シズカ‥私の大切な…プリン…。
タカシ‥え?
シズカ‥即日完売の1時間並んで買ったプリン。お父さんが出ていったあの夜に無くなってた。
タカシ‥いや、もっと悲しむべきところあったよね?
ヒロシ‥プリン食べても知らんプリン~。
タカシ‥俺がプリン何個でも買ってやるからさ、お父さんの事を許してあげようよ。そうしないとあの人がどうされるかわかんないし。
シズカ‥タカシ君が言うなら。
タカシ‥もういいかな。ちょっとそこのおじさん。
シズカ‥あれ?
ヒロシ‥なんだいなんだい。こんなおじさんに見せびらかしてくれちゃって。あっ!
シズカ‥お、お、お…。
ヒロシ‥シ、シ、シ…。
タカシ‥ほら、君の探していた人だよ。
シズカ‥お父さ…誰この人?
ヒロシ‥シズカ…って誰?
タカシ‥え?
ヒロシ‥だれでぇ?この子は?
タカシ‥え?シズカのお父さんじゃないんですか?さっきシズカがどうとか言っていたじゃないですか。
ヒロシ‥シズカぁ?シズカはうちで飼ってる犬だべよ。何処かいなくなっちまってよ。
タカシ‥は?シズカ、この制服着たこの変なおっさんはシズカのお父さんじゃないの?
シズカ‥こんな人みたことがないわ。確かに佐良津東高の制服を着ているけれど、女子のを着ているなんて言ってないわ。男子の制服に決まっているじゃない。
タカシ‥え、えええ!
シズカ‥なにこの人すっごい気持ち悪い。プリン食べられてなくてもちょん切りたいわ。
タカシ‥逃げて逃げて!
ヒロシ‥なんだよー。シズカがまだみつかってねーんだよー。
シズカ‥ねえタカシ君ハサミ持ってる。
タカシ‥いいからいいから!ってなんでこうなったああああ!
「はあぁっ!おもしろかったぁー」
一縷は伸びをしながら嬉々としてそう言った。
「ですね~」
海もご機嫌だ。
楓太は味わったことのない緊張を感じていたけれど、なんだか達成感があった。ただ台本を読んでいただけなのに。
「溝口君、ほんとうに初めて演技したの?」
一縷が先程のおっさんくさい声とは打って変わってかわいらしい声を出した。
「は、はい」
「凄い上手だったよ。海ちゃんもそう思うよね」
「はい!正直驚いてます!演技している時の目つきが一瞬で変わってびっくりした」
え、えぇ。そうかなぁ。楓太はとても照れくさかった。でも半分くらいはお世辞なんだろうなぁ。だって、
「一縷先輩の演技凄かったです!セリフがそんななかったのに何であれだけ」
あれだけ実のある動きができるのだろう。楓太は台本を読んでいる間ずっと目が離せなかった。
海もそう思ったのかうんうんと頷いている。
一縷のやっていたヒロシの役はセリフがほとんどない。かといって動きを注文してくるト書もそんなにある訳じゃない。さっきの一瞬、またはその場で動きを考え、彼女なりに意味のある動きをしていたのだ。
「そうでもないよ、わたしなんて、ただ適当に動いていただけだし」
「それに、千鳥足なんかがすごい本物っぽかったです。先輩かわいらしいのに本当のおじさんになりきっているみたいでした!」
「か、かわいい?そ、そうかなぁ…。恥ずかしかったけどそう言えってもらえて、うれしい、かな」
一縷は熱く語る楓太からの称賛が嬉しいのか体をもじもじさせながら言う。
なんだろう。すごく守ってあげたい。楓太は一縷を見てそう思った。
「戻りましたー」
海が先陣を切ってホールの中に入っていき、一縷、楓太も後に続いた。
「ごくろうさま」
新田がそう返事をする。
「もう全員そろったから始めようか」
楓太はホールの中に見なれた先輩方が今日は珍しく全員いることに気が付いた。
楓太と錫村、海以外の部員は他の部活にも所属している為必ずしも全員が集まれることはあまりないらしいのだ。その上ここ最近はこの間の大会が終わったということで、部活の方に精を出している先輩も多い。
その先輩方が今日は全員集まっているのだ。いつも来ている錫村、海、軽音部の鳥島、新田、部長の木部、美術部に入っているらしい柊美香、今日初めて顔を知った科学研究部の渡辺彼方、遙、文藝部の一縷、その全員が来ているのだ。皆、楓太、海、一縷の戻りをホールの席に座って待っていた。海がそのまま席につくので楓太はその近くに座った。
楓太は先輩方が大半のこの空間にいることに少し緊張するとともに、今までとは違ったこの空気に新鮮さを味わいながら、何か新しい活動が始まるのではないかとわくわくしている。
何がはじまるんだろう。と楓太が思っていると、部長らしく木部が席を立ち前のステージに立つのでその方を見た。会員皆が彼女を見ている。
「次の公演が決まったよ!」
彼女が威勢の良い声でそう言った。おお!と鳥島やら彼方やらが喜びの声を上げる。
「で、いつやんの?」
「まあ、最後まで聞いて」
鳥島の質問にそう応える。
「12月14日は午前授業日で午後はまるっきり空いているらしくてね、その日にしようと思っているの」
「あれ?でもその日って」
鳥島はまたも口を挟む。
「そう、その日は僕たち軽音部でクリスマスライブをここでやる予定なんだよね」
「新の言う通り、毎年やっているクリスマスライブをここでやる予定なんだけど、午前授業だから時間が結構余ってしまうようなんだよね。それでこの間の大会でやった公演を彗太、新のとこの軽音部の顧問の先生が見てくださっていたそうで、ぜひその日に公演をしてほしいとのお声がかかりました」
「クリスマス公演っていうことですな」
柊美香が指をさしてとてもワクワクとしたおもむきで言う。
「そうね。今までにクリスマスに公演はやっていなかったようだし、題材もちょうどクリスマスの内容だったし、それに大会とかに出ることも大事だけれど、何より同じ学校の生徒にも演劇同好会の事をもっとよく知ってほしいじゃない。だから出ることにしました」
「っていうことは、大会台本でいくってこと?」
「ってこと?」
渡辺兄妹が同じように手を上げて聞いた。二人とも近すぎる位でお互い隣に座っている。ほんとにいつも遙はああなんだなと楓太は見ていて思った。
「うん。でね、もうそんな日数がある訳じゃないからさっそく稽古に入りたいんだけれど」
「けれど?」
合わないコンタクトで目を細めた一縷がかわいらしい声で尋ねる。こっちが彼女の地声なのだろう。
「『クリスマス中止のお知らせ』の少年の役彗太がやっていたでしょう?でも軽音部の方もしっかりやりたいかなと思って」
「まあ、確かにライブまで2週間ちょっとだし完成度の面で心配かも」
「稽古に出られる回数も心配だからその配役を少し変えようと思って」
「俺は全然かまわないよ。みんなに迷惑かけるかもしんないし」
そう鳥島と話しを進める木部はちらっと楓太の方を見てにっこりと笑顔を向ける。
「その役を楓太君に任せようと思うの」
「へ?」
「頑張ろうね」
まだ木部はにっこりしている。
「やったね楓太君!」
何処か遠くで自分を応援する海の声が楓太は聞こえた。けれどの頭の中が真っ白だ。自分が何を言われたのか理解するまで時間がかかった。
「えええええええええええええええ!!!!」
楓太が叫んだ声は学校中に響きわたっていそうなくらいだった。