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徒然なるままに  作者: 水無月旬
第二幕
8/21

4マッドサイエンティスト兄妹

 そんなこんなであの日から既に1週間もたった今日、溝口楓太は革命期の軍人ナポレオン・ボナパルトに図書館に連れられている。


「そういえば」

「ん、なに?」

「前に木部先輩と錫村先輩が、海さんが天才だとか言っていた気がするけど、あれってどういう意味なの?」

 楓太がそう聞くと天野海は首を傾げる。


「え、違うの?でもこのあいだ追試を受けていたみたいだけど」

「あ、それ聞いちゃうかぁー」

 彼女は笑い飛ばすかのごとくそう言った。


「いやー追試は数学だけだったんだけどね」

「数学苦手なの?」

 楓太の質問に対して海はまさかの否定をした。

「いや、得意だと思うよ、たぶん。数学好きだもん」

 その答えは事実とあまりに矛盾しているのではないかと思ってしまう。グリンピースを食べずに残してグリンピースが好きだと言われている気分だ。


「…どういうこと?」

 話しているうちに、ホールの前まで来てしまった。ドアは閉まっている。だがきっと誰か既に中にいるだろう。


「実は…テスト中寝ちゃったんだよね」

「は?」

 楓太は素の返事をする。まさか高校生にもなってテストで寝るなんてことはないだろう。


「一年生は数学がテスト最終日だったでしょう?テスト期間は部活動できないから、前夜にテスト終わったら演劇ができるって思って台本読んでたら、わくわくして寝れなくて」

「小学生か!」


 彼女はしたべろを出してかわいいそぶりをみせる。なんてあざとい。

「でも木部先輩がまたって言ってたけど前回は何したの?」

「ま、まあ、その話はおいといて。さあ、今日は誰かいるかな?」

 彼女はドアノブに手をかける。

 あやしい。こんど木部先輩に聞いてみよう。


「あいでっ!」

 ドアに手をかけた瞬間海は女の子らしからぬ低い声で叫んだ。

「どうしたの!?」

「い、いや。なんか急に静電気が…くそーっ!冬の悪意にやられたっ!乾燥と寒さ、クリスマスにバレンタイン。冬は私の敵なのか、そうなのか?それならば私だって…」


 一人でマシンガンのように喋りだす海の横で楓太は恐る恐るドアに手をかけるが、何も起きない。すんなりと開ける。

「なっ、君には雷耐性があっただと…」

 なんか少し厨二入っているな。と思ったけれど口には出さない。もうどこまでが演技でどこまでが本性なのかわからなくなってきた。


「おはようございまーす」

 ドアをくぐると、入るや否や海はそう挨拶をした。楓太は最初は昼間なのにおはようございますを言うという感覚になれなかった。

「おはようございます」

「「おはようございます」」

 中には錫村と新田がいてそう返す。

 これはここでは普通の挨拶なのだ。


「他の皆さんは部活ですか?」

 海が新田に聞いた。錫村はいつもの通りパソコンをいじっている。なんだか彼には近寄りがたい。けっして悪い人じゃないと思うんだけれど。


「いや、どうだろう。まだ放課後になったばかりだからね。ただ、さっき彼方(かなた)は一回来てまたどっかに言ったよ」

「彼方先輩今日は来るんですね」

「俺にはあいつが何考えているのかよく分からん。さっきもドアの所でこそこそ何かやっていたようだが」


 ドア?楓太は少し疑問に思った。そして1分前の出来事がよみがえる。楓太は気になってドアの方に向かうと、それよりも早く海が反応した。

彼女はドアの方を振り返り、ドアの取っ手近くを調べる。


「ああっ!彼方先輩いいいいい!」

「どうかしたの?」

 楓太が近づくと、海は楓太の方になにやら右手に掴んでいるものを見せた。何か小さいデジカメサイズの黒い機械を持っていた。


「なに…それ?」

「きっとさっきの冬の悪意は彼方先輩だ!」

 楓太はそう聞いても、先程から先輩と海がいう『かなた』という人物に覚えがなかった。


「そういえば海後輩、彼方に用があるなら今日はここに来るように言ってくれないかな。部員全員に連絡することがあるって。たぶん彼方ならいつもの場所にいると思うからさ」

 楓太はさっとスマイルしながら頼み事をする新田の方を見て少し身構えた。今、海はその先輩に用があると一言も言っていないのに、そう頼まれた。つまりそれは、いつもの場所とやらにいるから連れてきて、と遠まわしにそう言ったのだ。流石噂の生徒会長様。上に立つ人はまず人を使えてからということなのだろうか。実際そういう意図があったのかどうかはわからないが楓太は最初から新田が只者ではないと思わされていた。


「じゃあ行くよ、楓太君!」

「え?」

「彼方先輩の所に!そういえば楓太君はまだ面識はなかったんだっけ?」

 楓太はここ何回かこの稽古場に来ていたが、未だ「かなた」という先輩はいなかった。


「たぶん」

「じゃあ一石二鳥だね。たぶん遙先輩もいるだろうから、稽古始まる前に顔合わせておいた方が良いと思うしね」


「じゃあお願いね」

 海は新田に向けて敬礼をして言った。

「了解しましたっ!」



 いつもの場所とは、どうやらこの場所の事らしい。楓太はおぞましい雰囲気が漏れ出している「物理室」と書かれた教室の前にいた。おぞましいとは、その風貌から既に感じられ、あまり掃除の行き届いていない様子や、立てつけの悪そうな引き戸が楓太の目の前にあった。


「失礼しまーす」

 海は堂々と恐れることなく戸を開けた。がらがらと戸が音を立てる。


ドッシャーン!!


「うわっ!?」

 それと同時に、鼓膜が破れる位の爆発音が耳に響いた。少し音が聞こえず、きーんという耳鳴りがあとから続く。


「先輩、何やってるんですか!」

 海は驚いたような反応をしつつも、なんだか興味深そうに物理室の中に入っていきその中にいる誰かに話しかける。


「海後輩、よく来たね」

「おおーうみーっ」


 物理室の中ははっきり言うと異世界に来たようだった。分厚いビニールのカーテンで囲まれた小部屋のような空間が広がりその中には楓太には何かわからない機械類が無造作に置かれている。

 物理室は校舎の中でも端の方で、一年の間は物理がないから、楓太が物理室に足を踏み入れたのは初めてだった。海とは違い少し抵抗感を抱きながら物理室に入っていく。


 中に入ると二人の男女がいた。二人とも制服のワイシャツの上から白衣を着ていて変なゴーグルをかけている。耳栓をしていたようで二人はそれを外す。


「また変な実験やってるんですか?さっきホールのドアの前に仕掛けられていた変な装置も先輩ですよね!」

 海が少し怒りながらそう尋ねる。変な実験?


「変なではない。これはいたって高尚な科学の実験だ」

「実験だっ」

「先程同好会に仕掛けていった装置は時間経過とともに意図的に静電気を発生させる機械なのだよ」

「なのだよっ」

 目の前にいる先輩は先程見た装置と同じものを手に取って説明している。その装置には『試作』と書いてあった。


「2種類の誘電体を中でこすり合わせて静電気をため、ドアにその電力を伝わらせておいたんだ。あそこのドアは表裏の取っ手が金具一本でできているから裏側に装置を置いておけば入ってくる人を驚かせることができる!」

「できるっ!」


「ちなみに電力で動いているから静電気を発生させることはできるけど驚かせるだけだったら電力をそのまま使った方が効率はいいんだけどね」

「ねっ」

 白衣を着たその男性は決めポーズみたいなやつを決めながらそう言った。わりと様になっている?それよりその後に少しかわいらしい声が何回か続いている。

「おかげでひどい目に合いました!ちなみに今のはなんの実験だったんですか?」

 海は近くの机に置かれた色々な資材を眺める。そこには多くの電気回路、機械の基板みたいなのが見られた。見るからに昔っぽい分厚いモニターのデスクトップパソコンも完備されている。


「最近はコイルを使い金属を飛ばして、そのいりょ…その実用性を図る実験をしているんだけど…わかる?」

 楓太にはさっぱりだ。


「つまり、あれですか?レールガンってやつですか?」

「うーん、それとは少し違うかな。レールガンはローレンツ力を元に金属を飛ばすことができるんだけれど、今やっているのはたくさんつなげたコイルの中に金属を通し、電磁石の力で発射口まで引っ張るんだ。そうするとレールガンみたいに弾丸のように金属が飛ぶ。コイルガンって言うんだよ」


「なるほどです。つまりコイルを通るごとに速度が増していくわけですね?」

「そう。理論上初速度が光速を超えると言われるレールガンより初速には期待できないが、装置の構造しだいでレールガンより少ない電力で同様に発射することが可能になる」

 楓太はただ単純に驚いた。海がこの先輩の説明をすぐに理解できてしまったこと。またこの先輩が物理室でコイルガンなんてものをつくろうとしている事。さっき「威力」とか口を滑らせていたのを思いだす。


「今、試しに発射してみたんだけど、意外と危ないもんだね」

(さらっとすげぇこと言った!)

楓太は彼をマッドサイエンティストというものと重ねた。この人と地球の将来が不安だ。


「まだ装置の見直しが必要だね。もう少し起電力も必要になりそうかな。加速もまだ上げられそうだし、思ったより威力は出なかったよ」

 楓太はそう聞いて身震いをした。今さっき危ないって言ったばかりなのに、まだ威力が足りないってどういうこと?


「できたらみせてくださいね!」

「いいよ。ところで、そこの彼は?」

 楓太はその言葉と同時に白衣を身にまとった二人の目線が自分に来ている事に気付く。

「あ、えっと」


「もしかして君は」

 その男子は楓太の事をじろじろ見ながら近づいてくる。楓太は目を合わせるのがつらくなり視線を外す。楓太は大会の時のことを思い出し、また自分が「あの告白」のことで笑われるのではないかと覚悟した。彼が最大限に近づいてきたところで、立ち止まって言った。


「君は科学研究部の入部希望者だね?」

「は?」

 自然にそう声を発す。


「ようこそ我がラボへ。僕は部長の渡部彼方。そっちが妹の(はるか)

「よろしくねっ」

 女の子の方がにっこりしながらそう言った。先程のかわいらしい声の持ち主は渡部遙というらしい。


「え、い、いや。違いますけど」

「なんだと?それじゃあ何か、研究所破りか?」

 なんだその道場破りみたいなものは。


「彼方先輩違いますよ」

「じゃあなんだというんだ?またテストが近いからと言ってこの僕に教えを乞うつもりなのかい?」

「なのかいっ?」


「僕は研究が忙しいからね、教鞭を取っている時間はないんだ。数学なら道中(みちなか)氏、化学なら宮原(みやはら)氏に教わるといいよ。両方とも良い教師だ」

 楓太は首を傾げる。最初からそうだったが、この人が何を考えているのか動物のようにわからない。


「演劇です!同好会に入ったんですよ!」

 海が割り込んできた。そのおかげでようやく話が通じる。

「一年の溝口楓太です」

「おお、そうだったか。ごめんよ、何せここに誰かが足を踏み入れることが久しぶりだったんでな」


 意外と理解できる人だった!?

「ごめんよっ」

 遙という子が弾んだような声でそう言う。

「ところで、彼方先輩、遙先輩。今日は同好会に来てくださいって新田先輩が。なんだか連絡事項があるみたいですよ」


 楓太はその話を聞いてすかさず聞いた。

「ちょっと、すみません、遙さんは二年生ですか?」

「そうだよっ」


「彼方先輩は?」

「僕もそうだけど」

 ん?彼方先輩は2年生でその妹の遥さんも2年生?ますますわからなくなる。


「なるほど。君はさっき遙が僕の妹って聞いて、それで聞いたんだね?」

 楓太はうなずく。

「ああ、これは一種の設定付けだよ。顔も似ていて苗字も同じだから兄妹っていうことにしているのさ」

「は?」

 本日二度目の楓太の素が出た。


「血の繋がってない兄妹ってなんだか燃えるだろ?」

「は?」

 燃焼してどうする。

「もう、楓太君をからかわないでください。それじゃあただの変態ですよ?」


「わかったよ。僕らは双子なんだ。もちろん血も繋がっているよ。一応僕が兄って事になっていてね、誕生日も星座も辰年である事も一緒なんだ」

「なんだっ」

 誕生日が一緒なら、星座も生まれた年も辰年である事も一緒であるのは当たり前なのでは?楓太は黙っておいた。いろいろと疲れてしまう。


 それにしても双子と聞けば納得がいってしまう。双子である先輩たちはとても気があっていて仲が良いようだ。兄妹仲でも自信のある楓太でもそう思った。確かに彼方は兄らしく、遙は何処までも彼についていきそうな感じがする。


「そうなんですか」

「ふむ。そういえば先程の話なんだが、海後輩に言われては仕方ないな。これの片づけが終わったら、向かうことにするよ。本当はこの後暇つぶしにピクリン酸の合成とかもやろうと思っていたんだけど、まあ別の日にするよ」


「わかりましたっ。ピクリン酸、いかにも怪しいにおいがしますね。ふふっ」

 海がそう反応する。彼女はピクリン酸という物も知っているのだろうか。わからない楓太は後で調べてみるつもりだが、どうせまたキケン極まりない代物なのだろう。

 二人はまたガラガラと戸の音を立て物理室を出る。



 図書館に戻るまでの道の途中では、佐良津東高の生徒が時間を惜しみなく部活動をしている様子が見られた。途中でテニスコートを横切り、遠くのグランドからは野球部の声とカーンと打ち上げられるボールの音が聞こえる。

 楓太は自分の高校の部活動の様子を初めて目にした。普段ならこの時間に楓太が学校にいることはない。


「彼方先輩と遙先輩って結構この学校じゃあ有名なんだよ。通り名もあるくらいだし」

 海は歩きながら楓太に話しかける。

「へー、どんな?」


「終末のエジソン」

 ぶっ、と楓太は吹きだす。

「この世界が滅ぶとき、それはきっと先輩たちの仕業だって」

 確かにあっている気がする。彼等なら将来何をしでかしてもおかしくない。


「けど凄い先輩たちなんだ、彼方先輩と遙先輩。お父さんが有名な大学の教授さんで、彼方先輩は物理が得意で、遙先輩は化学。理数科目は常に学年トップで、もう既に有名大学に入るのが期待されているんだって。だから多少の実験は学校で許してもらっているらしいよ。先輩の研究が一般企業で採用されたって話も噂で聞くくらいだし」


 あれが多少?楓太は思った。下手したら教室一つくらいはふき飛んでもおかしくないくらいだと思ったんだが。

 そして楓太はその話を聞いて、また自分とは違う世界に生きている人の話だと、そう感じた。


「でも、なんでそんな人たちが演劇なんてやっているんだろう」

 楓太はふと口に出した。頭に思っていたことを口に出して言ってしまったと気づくまでに時間がかかった。


 今の発言で、『演劇なんて』という発言で海に嫌われてしまうのではないかと危惧した。

「うーん、それがわっかんないんだよねー。一回きいてみたんだけど、教えてくれなくて」

 焦っていて、話が頭に入ってこなかった。けれど、彼女が気にしていないというだけで安心した。楓太はたまにそういう自分の心の小ささにうんざりする。


「ただ、先輩方演技がすごくうまくて、それに大道具も作ってくれてて、とても助かっているんだよ。彼方先輩遙先輩なしでは同好会はやっていけないと思う。学校の人はいろいろ言うけど、尊敬できる先輩なんだ」



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