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徒然なるままに  作者: 水無月旬
第二幕
7/21

3顔合わせ

 楓太はホールで他の会員を待っている間、参考にと木部が渡してくれた台本をいくつか読ませてもらっていた。普段から小説になじんでいる楓太にとってはなんだか新鮮で、セリフだけの文章は、絵がない漫画のように見えて、すらすらと読める。ト書と呼ばれる舞台設定や人物の動きなど、それだけが記されていて、自分で世界を想像するのが面白く感じられた。


「どう?」

 木部が聞いてくる。

「はい、面白いです。特にこのショートショートの台本が」

「なるほど、君はそういうのが好きなんだね」


 ショートショートとは小説でおなじみの短編というやつだ。長編とは違って落ちが明白なものが多く、そして面白い。


「短いのもいいよね。うちはあまりやらないけど、練習台本としてはたまにやるかな?」

 楓太は想像した。あれだけ面白いものが作れる人たちが、今この手に取っている面白い物語を作ったとしたら…。


「そういえば、台本って自分たちで作ったりもするんですか?」

「ん?作ってるよ。例えば昨日のとか」

「へー、そうなんですかぁー」


 昨日のってなんだ?

 楓太は少し考えて、この眼の前にいる先輩が今何を言ったのか理解できなかった。


「え!?昨日って…まさか!」

「大会台本だけど」

「昨日の『クリスマス中止のお知らせ』ですか?」

「だからそういってんじゃん」

 木部は平然と答える。


「え、だ、だれ?じゃなくてどなたが?」

「いや、私もよく知らないんだよね」

「は?」

先輩なのに有り得ない返事をする楓太。


「私も見たことないんだけど、こんな同好会に台本を寄付してくれる同級生がいるみたいでさ。よっぽどの恥ずかしがり屋さんなのかすずけんにしか顔を見せないんだって。すずけんがその人から台本をもらってきてくれるの」

「ゴーストライターってことですか?そんな方がいるんですね」


「こっちとしては面白い台本くれるから別にいいんだけどね」

 楓太はその話を聞いて、その人にあってみたいとただ純粋に思った。


 そうして待っていると、見知らぬ先輩方がホールの中に入ってきた。

 入ってくると、楓太は木部から紹介され、その後の反応が皆楓太を少し見てにやつくのだ。どうせあのことだろう。もう気にしないようにした。


 最初に入ってきたのは二人の男子の先輩だった。

「おれは鳥島彗(とりしまけい)()、よろしく。こいつは新田(にった)(あらた)。新は知ってるだろ?」

「あ、はい。お願いします」


 名乗ったのは、軽音部の先輩だった。というよりギターを背負っているので、そうなのだろうと思った。鳥島は髪がツンツンにはねていて、やや制服も着崩している。表裏のなさそうな人だと感じた。


「よろしく」

 次は背の高い先輩が手を差し出す。新田という先輩だった。楓太はゆっくりと手を出す。

「よろしくお願いします」


 楓太は彼を知っていた。新田新。まさか佐良津東高校生徒会長様がこの同好会に入っているとも思わなかった。眼鏡をかけていて、いかにも優等生という感じの人だった。高身長で、すらっとしたスタイルで、一年の女子の間でも人気があるとかないとか。


「おそいっ!」

 木部は彼等の前で腕を組んで仁王立ちをする。

「いや、だって今日は部室が使える日だし、これだけは譲れねぇよ、なあ」

「そうだなぁ、クリスマスライブも近いし、最近指もなまってたし」


「先輩方は軽音部に入っているんですか?」

「おう。俺がギタボやってこいつがベースやってんだ」

 楓太は声には話出さなかったが、正直驚いた。あの悪い噂を聞かない生徒会長が、まさか軽音部にまで入っていたとは思わなかった。いや、これはただの軽音部はチャラいという楓太の単なる偏見だ。


「そこの少年。一つ聞こう」

 ギターを背負った鳥島という先輩が腕くみしながらこちらを見てくる。楓太は何を言わず自分を指差すと鳥島はそのまま頷いた。


「君は自分をどう表現する」

「へ?」

 拍子抜けの声を出した。

「ここは演劇同好会だ。知っての通り劇をつくる部だが、作り方には色々ある」

「……色々といいますと?」


 先輩は斜め上を見て一回頷く。

「まあ、色々は色々だ」

「………はい」


 先輩は歩きだし、講義室みたいになっているそのホールの机と机の間の階段を一段一段下がっていき、前のステージの上で立ち止まる。


「演劇とは限りない表現の世界。声を届け、動きを魅せる。頭で考え、肌で感じる。小説とは奇なりて音楽とはまた違う世界をつくる、限りない表現の世界。それが演劇だ。さあ、もう一度問おう。君は自分をどう表現する」


 限りない表現の世界をさらりと二回言った。彼は満足そうな顔をしている。

 だが楓太は、そのくさいセリフが何故か意味があるようにさえ伝えてくるその先輩の話し方に驚いた。まるで、既に台本があって彼は一人の役者としてそのセリフを言ったような感じがした。楓太は急に武者震いを感じる。


「え、えっと…」

 すぐに応えることはかなわなかった。どう応えていいかわからなかった。どう自分を表現するか、なんて今まで考えたこともないことだった。


「楓太君が困ってるじゃない。それにあんたにはロックってのがあるんじゃないの?」

「ロックにはロックの表現がある。いいか、ロックってのは…」

「はいはい、それはわかったから。さりげなく私の話避けようとしないで。元々今日は昨日の反省会をするから、できるだけ早く集まろうって話だったでしょう」

 木部は熱く語る鳥島を軽く受け流す。演劇部の部長って大変そうだ。


 反省会?それって昨日の事かな。楓太は向かい合う二人を見ながらそう思った。

 ガチャ。近くの扉が開く音がして、皆が一斉にそちらを見る。広い場所だが、音が良く響く場所だった。


「まあまあ、いいじゃん、いいじゃん」

 開きかけたドアで姿が見えなかったが、女の声だった。妙に変ななまりがある。

 ドアが開ききる。目の前に現れたのは、赤い縁の大きい眼鏡が印象の女子だった。


美香(みか)もおそい!」

 木部はぶつけるように声を出して言ったが、内心そんな怒っていないようだ。

「ごめん、ごめん。部活が抜け出せなくて。あれ?こちらの彼は」

 美香と呼ばれた女子はあたりを見渡すとすぐに楓太を見つけ近寄ってくる。人見知りな楓太は無意識に半歩下がる。


「溝口楓太君だよ。一年生。今日からうちの部員」

「うそ!?まじ?」

 先輩はどんどん楓太の方に近づいてきて、楓太は少し背筋に寒気を感じ、数歩下がる。なんだか避けなければいけないような気がした。


「あ、昨日のこ?」

「そう」

「新入部員とか海以来じゃん!えーと、溝口…」

「楓太です」

 迫りくる先輩に木部に助けを求めるように見つめるけれど、木部は呆れたような顔で見ているだけだった。


「私は美術部の柊美香って言うの。どう呼んでくれてもいいけど、そうだなぁ。君は名前で呼んでもいいことにするよ」

 それは呼んでほしいのか、そうでないのか、どっちなんだ?


「そ、それでは…美香先輩」

「うんうんいいね君、気に入った。昨日は残念だったけど、なんだかんだ幸先がいいね。どんどん勢力が拡大していくよ。いずれは校長先生を手玉に、へっへっへ」


 妙に彼女の最後の声が下衆かったので、楓太は一瞬で彼女を危ない人だ、これは関わってはいけない人だ。「ねーねーままーあれなーに?」「見ちゃいけません!」の人だと理解した。どう反応したらよいかわからす薄ら笑いを浮かべる。


「そうよ、だから反省会をするんでしょう。今回の大会をどう、次に生かせるかが問題になってくるんじゃないの」

「そっか、それもそうだね」

 美香は急に冷めたような返事をした。楓太はそれが気になって、質問せずにはいられなかった。


「あの、昨日って結局どうだったんですか?一応、大会だったんですよね」

 ストレートすぎるかな、と楓太は思ったけれど、もう遅い。楓太はそう聞いた後にひと時ひやっとした空気を感じた。


 応えたのは木部だった。

「あー、昨日ね。だめだったよ」

「だめ、とは…?」

 楓太はそう応えたあと後悔した。だめというのだから、決していい応えが返ってくるはずがないのに。聞いてしまった。


「上位三校までが県大会に行けるんだ」

 木部はあっさりと応えた。

 楓太は絶句した。自分が察するのが遅かった。ただ、楓太は信じたくないという意思があった。


 あれで、三位にも入れなかった…。


 驚く事しかできない。楓太の眼にはあれは間違いなく素晴らしいものに見えた。同じ高校生がやっているものに思えなかった。中森のいる高校、戸嶋南高校の劇を見た時は、自分はあの人たちと同じことは決してできないと思った。けれど、佐良津東高校の劇はそうやって冷静に考える事すらもできなかった。ただひたすら眼で追いかけ、食い入るように見て一時間が過ぎた。それくらい圧巻なものだった。


「もっとも、三位以下は順位がでないから、うちがどのくらいだったかもわからないんだけどね、もしかしたら最下位だったかもしれないし」

 他の高校を楓太は見なかったからわからないけれど、惜しい所には絶対行っていたはずだ。そうでなければ到底理解できるものじゃない。


「そういえば、その反省会の事なんだけど」

 静まり返ったその場の空気を切るかの如く、新田が話し出す。

「なに?」

 応えたのはもちろん木部だ。


「ここ来るとき偶々会ったんだけど、渡部二人と、一縷は今日来れないらしい」

「ええ!?」

 木部はオーバーに見える反応をした。

「しっかし、あいつら兄妹本当に仲いいよな」

 鳥島はうんうん、と頷いていった。


(のぞみ)はきっと、落ち込んでいると思う。ほらあの子、繊細だから」

 美香は優しそうな顔をしながらそう言う。楓太はその顔を見て心を痛める。


「たぶん、渡部たちも本当は…」

 新田は途中で言葉を止めた、また居づらい空気が楓太を覆う。


「そうそう、そーいえば!海よ!海はまだなの?」

 木部は新田に問いただす。

「いや、見なかったけど、どうしたんだ?」

「また追試よ」

 新田はすべてを察したかのようにやれやれと言った。


「いいわ。あの子遅れた罰として独りエチュード10分間耐久やらせようかしら」

「うわっ、マジかよ」

 すべての主導権を握っている部長のにやりとしたその口元を見て、鳥島が恐ろしいものを見るようにしてそう言った。


「あれ?」

「どうしたの楓太君」

 一瞬どこからか声が聞こえたような気がした。このホール内ではなく、遠くのどこからか。

「いえ、今声が聞こえたような」

「こえ?」

 美香は耳に手を当てる。

 もう一度聞こえた。さっきよりも大きかった。そして段々と近づいている気がする。


「これはあれだね」

 木部は顔をほころばせる。

 楓太にはもうはっきりそれが聞こえていた。


「うおおおおおおおお、やばい遅刻、遅刻、遅刻うううううううう」

 どたどたと音も聞こえる。ドアの向こう側からだ。

 音がもう手前まで来たところでやんで、そして思いっ切りドアが引かれる。


「先輩方、申し訳ございませんっ!」

 開かれたドアの先にはもう既に頭を下げている女の子がいた。少し長い髪が走ってきたせいか乱れていて、下を向きながら息を切らせている。


「で、どうだったの追試は」

 木部は少し嬉しそうにそう尋ねる。

 その声に頭を下げた彼女は反応して頭を上げる。やはり髪が乱れていて、ところどころ跳ねている。


 楓太は彼女をただ見ているだけだった。胸がいつも間にか速く鼓動している。

 彼女は少し息を整えた後にOKサインをしながらこう言った。


「ばっちりです!」


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