1放課後
ここ最近天候が崩れやすい日が続いていたのだが今日は青空が不思議なくらい広がっている秋晴れの日であった。傾いた太陽が窓際を照らす。楓太は日がな一日、いつもと同じ学校生活を送っていた。6時限で終わる火曜日だったので、いつもより少し早めに放課後が訪れる。
帰りのホームルームも終わり皆掃除の為に椅子を机の上に乗せ、机を教室の後ろの壁際に寄せた。楓太は今週の掃除の当番がないので、荷物を持ち教室を出ようとする。
「溝口!」
後ろの方から自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向いてみる。
「今日暇?これからカラオケ行こうぜ!今日部活ねぇんだ」
声をかけてきたのはクラスで最初に友人になった斉城魁人だ。テニス部に入っていて、いかにも高校生活をエンジョイしているような奴だ。話しやすく、単純に良い奴である。
「わるい、また今度でいい?」
「なんか用事?」
「まあちょっと」
楓太が魁人と話しながら教室を出ようとする。魁人も掃除が無いようで、リュックを背負いエナメルバッグを肩にかけている。
「まあ、それならしょうがねぇな。でもテスト始まる前には行こうぜ。最近行ってなくて、こう、発散してねぇんだよ。このままじゃ次のテスト乗り入れる気がしねぇ」
楓太は内心安心した。こういう所をしつこく詮索してこないのも魁人の良い所だ。
「あーわかる。まあ魁人の場合毎回テスト乗りきれてないけどな」
「お前は一言多いんだよっ」
魁人に腕を首元に乗せられる。
「なんだよっ」
二人でじゃれ合う。こう言うのは嫌いじゃない。
「あ!見つけた!」
教室を出ると、教室前の廊下で楓太を指差してそう言った女子生徒がいた。楓太はそちらを向いて、一瞬動きが止まる。その前にカラオケの話をしていたことなど一気に吹っ飛んだ。
「う、海さん!?」
楓太の前に立っていたのは天野海という女子生徒だった。佐良津東高校演劇同好会に所属している。楓太が演劇の大会で誤って告白してしまった相手である。彼女は茶色のカーディガン姿にジャージを腰に巻くという独特なセンスの服装をしながら仁王立ちをしていた。
「いかにも!さあ楓太殿よ!我と供に馳せ参ずるぞ!」
そう言いながらどんどんと楓太の方へ近づいてくる。
「だ、だれ?」
魁人も驚いている。あたりまえだ。楓太はただ立ち止まって、彼女を見ていた。
海が楓太の目の前まで来ると、彼女は急に楓太の右手を取った。
「え?」
「勝利は、我が迅速果敢な行動にあり。さあゆくぞ!」
その引っ張る力は思ったより強く、楓太は引っ張られてしまう。
「み、み、み、溝口!まさかお前!それが理由だったのか!」
「え?」
楓太は女子に手を引っ張られている自分を再確認する。
「ちょ、違うって」
魁人の方を見ると、彼の形相は思ったより怖い。
「くっそおおお!先越されたかあああ」
「戦いにおいては勢いがすべてだ。期は満ちた」
楓太は何が何だかわかっていなかった。さっきから海がなんだかどや顔で武将みたいな喋り方をしているし、魁人も魁人もなんだか盛大な勘違いをしているようだ。
引っ張られるがまま楓太は海に連れられそうになる。
「ちょっと、どこいくんですか!?」
「決まっている。拠点だ」
………。
「へ?」
「拠点だ!」
海は廊下の中央を楓太の手を取ったまま歩いていく。おかげで魁人以外の眼にも同じように見られているようで悪く目立っている。
「ちょ、ちょっと、自分で歩けるって」
そういっても海は話を聞こうとしない。いったいどうすればいいんだ!
もうここに来てから1週間が経とうとしている。今日もこの図書館の下の演劇同好会活動場所へと来た。だが今日はいつもと違う。授業が終わってホームルームが終わって、一人でここに来たわけではなく、二人だった。海と二人で…しかもまだ海は自分の手を握っている。
楓太は意識しないように意識したが、それはもう意識していることになっていると気づいたとき、もうどうしようもないと思った。
「さっきからなんでそんな喋り方なの?」
楓太は気を紛らわそうと自分の手を引く海に尋ねてみる。
「いやぁ。歴史はいいね!歴史は!」
「はい?」
「こう、男のロマンが溢れているよ。楓太君も男なんだからわかるでしょ?」
前を歩いていた彼女は振り向き、自信満々にそう聞いてきた。無邪気な笑顔が可愛く見えたが、いや、そう聞かれても。
「き、嫌いじゃなかったかな。中学の時は覚えるのもそんなに苦じゃあなかったし」
「いいなぁ~時代劇とかやってみたいなぁ~」
楓太はそう話す海の顔を覗くと、目が輝いて見えた。
「今度時代劇の台本お願いしてみようかな。ん?私に何かついてる?」
楓太は慌てて目を反らし、恥ずかしく思う。
本当は目をきらきらさせていた海に見惚れてしまっていた、なんて口が裂けても言えない。もう一度だけそんな失敗をしているのだ。
「あ、い、いや。そ、そういえば、さっきのってナポレオンの名言だっけ?」
「あ、わかっちゃった?」
海は頭をかく。
「楓太君は意外と物知りなんだね」
「それほどでもないよ。偶々知っていただけ。というか意外って」
頭悪いと思われていたのかな。楓太は不安になる。
「そっか」
楓太は天野海と話している時、あの先週の唐突な出会いを思いだした。