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徒然なるままに  作者: 水無月旬
第一幕
3/21

2勧誘


 授業が終わるのが待ち遠しかった。ただ、放課後が来なければいいのに、という気持ちもあった。昨日の寝つけが悪く、眠く感じる午後だったが、昨日の出来事を思いだすと学校では緊張して授業中の眼は嫌というほど開いている。


 まだ心の中の整理は何一つ終わっていない。終えているはずがなかった。これから、本当なら行くはずだった場所へと行けないという思いが募り、楓太に考えるということをさせてくれない。


 楓太は部活をやっていない。佐良津東高校は全生徒の部活動所属が強制の学校だったので仕方なく写真部の幽霊部員となっている。


 その自分が昨日、ほんのひと時でも同好会に入りたい、演劇をやりたいと思ったことが今でも不思議に感じる。無意識に強く握っていた右手を開いてみると、手汗をずいぶんとかいていた。

 それでも気持ちをはっきりとさせなければいけない。自分は今までの善良な帰宅部員へと戻るのだ。昨日の事は忘れよう。自分は昨日劇なんて見ていないし、好きでも何でもない。


 そんなことを考えていると、6限の授業が終わるチャイムが鳴り、黒板の前でつまらない授業を聞かせていた先生はすぐさま去って行った。


「さて帰ろう」

 ホームルームが終わった時、何とはなしに口に出した。


「あ、あのー。溝口君っているかな?溝口楓太君」

 教室のドアの方で声がした。女性の声だ。

 楓太は一瞬自分の名前を呼ばれたような気がしたけれど、たぶん聞き間違えだろうと思い、無視をした。


「あ、いたっ!」

 また同じ女性の声がした。

 帰り支度にカバンの中の整理をしていた楓太は、目の前でさっきより大きな声が聞こえたので前を向いてみる。


 すらっとした自分と背丈が同じくらいの女子生徒が目の前に立っていた。

「うわっ!」

 楓太はただ純粋に驚いた。髪を目立つポニーテールで縛っている特徴的な人だった。顔は美的で学校の制服を着ているが、高校生には見えなかった。


「そこまで驚く?」

 やや困ったような顔を見せる。楓太は彼女の顔があまりに整っている為、少しまじまじと見てしまっていた。

 あれ?どこかで見た人かな?

 楓太はなぜかその時既視感を感じ、目を細める。彼女をどこかで、しかもつい最近見たような人だと思ったのだ。

「こんにちは。溝口楓太君だよね?」

「は、はい」

 何故自分の名前を知っているのか、ということを気にならないわけがなかった。


「私、木部奈琴って言うんだけど」

 木部奈琴…。

 ん?あれ?何かとても聞いたことのあるような名前のようなそうじゃないような。結構珍しい名前だし。


「君、演劇やりたいって言ったよね?」


「え?」

 楓太は目の前にいる彼女の目を見た。にこにこと何か裏がありそうなほど見せるその満面の笑みを見て、楓太は、これは何かまずい、とりあえずやばい、ということを頭より先に直感で読み取った。

「木部奈琴、演劇…」

 楓太は言葉を羅列して、そして彼女の顔を見て、そして思いだす。


『アカネ役の天野海さん』

『僕はあなたが好きだ!』


 あの光景がフラッシュバックされる。

「あ」

 楓太はそう発した瞬間、机の上においてあるカバンを取り一目散に逃げた。


「逃げたなー!」

 後方でその女子生徒はそう叫ぶ。楓太はお構いなしに逃げた。


(なんで、なんで、なんで、なんで!)

 考えている暇などなかった。とりあえず逃げたい。かかりたくない。そう思って楓太は真っ先に下駄箱へと急いだ。


「なっ!」

「こんにちは、楓太君。急に逃げるなんてひどいなぁー」

「どうして」

「私は君より長くこの学校にいるのよ」


 楓太が下駄箱にたどり着くと、何故か先程の女子生徒は下駄箱へ先回りしていたのだ。

「君が逃げることもわかっていた」

「なんです、何か用ですか?」

 楓太は逃げるのをあきらめて、開き直った。


「君が演劇やりたいって言っていたから、迎えに来ました!ほら、部室の場所とかわからないでしょ?」

「き、聞き間違えです」


 楓太がそう応えると、彼女はポケットの中から何かを取りだした。携帯電話のような何かの機械のようだ。彼女はそれについているボタンを押した。


『私も同好会に入りたいです。今日の劇を見てそう思いました』

 自分の声だ。すぐに分かった。

 そしてそれが何なのかもすぐに分かった。


「なっ!?」

「これねー、今後の演技の参考になると思って、うちの部員が偶々録音していたものでねー」


 もう一度ボタンを押す。


『僕はあなたが好きだ!』

「あああああああああああ!」

 楓太は悶え苦しんだ。


 楓太はひたすら悶えた後、少し冷静になって、彼女の持っているそのボイスレコーダーを取ろうと手を伸ばす。

 彼女は手を引いた。一瞬で楓太の行動を読み取って避けた。

 また楓太は手を伸ばす。

 避ける。

 伸ばす。

 避ける。


「言っておくけど、もうこの音声はコンピュータにバックアップ取ってあるけど」

「なっ…」

「一緒に来てくれるかな?」

「は、はい…」

 楓太は俯いたまま応えた。


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