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徒然なるままに  作者: 水無月旬
エピローグ
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エピローグ

『おお、ぐちか。どうした?お前から電話なんてめずらしい』

 楓太は携帯電話を耳にあてながら校舎の廊下をすたすたと歩く。この時期の廊下の空気は教室と違って冷たさが増している。


「こないだの劇の感想を言ってやろうと思ってな」

 電話の相手は楓太の中学時代の友人中森篤だ。戸嶋南高校で演劇部に所属している少し五月蠅いやつ。この間は結局大会に見に行ったことを彼に言っていなかったのでその電話だ。


『結局見に来てたのか?』

「ヘブンのおでんは俺が変わりに食っといてやった」

『そうか、で、どうだった?』


 楓太は電話越しだからか、少し口元をほころばせる。

「ありがとな」

『へ?なんだ?お前なんか悪いもんでも食ったか?』


「なんでもー、ただ癪だからお前には何も言わないでおく」

 電話をしながら下駄箱で靴を変えて外に出る。日がちょっと傾いており西日が眩しい。


『ふーん、まあなんかいらっと来たから、電話切るな』

 大して怒ってもいないような口調で中森は言った。

「へいへい、面白かったよ劇。まあ負けないけど」

 楓太はさらっとそんなことを言う。『負けないけど』というセリフが中森にとってはなんの事かわからないと思うが、別に今更変な奴と思われても結構だ。


『お前変わったよな』

 電話の向こうの中森がどんな顔をしているのかなんとなく想像できた。自分も同じような顔をしているからだと楓太は思った。

「どんなところが?」

『前よりおもしろそうになったよ』

 そう言って彼は電話を切る。何だあいつのくせにすかしやがって。

 楓太も大概である。


「曇りなき 心の月に さきだてて 浮き世の闇を 照らしてぞ行く」

 楓太の背後で声がした。渋い声を出しているが女のものだしかも作っていも声のかわいらしさは隠せていない。誰かはすぐわかる。

「海さん、今から向かうんですか?」

「楓太殿今日も拠点へ向かうぞ」

 仙台藩初代藩主伊達政宗殿こと天野海は今日も今日とて時代劇に心酔しているようだ。


「俺は戦国時代も嫌いじゃないですよ。自分は長曾我部元親が好きです」

 海はいつもお得意の笑顔を楓太の前で見せる。


「君とは気が合うかもしれないね。それじゃあ行こうか」

「うん」


 楓太は海と並んで歩く。迷わず自分たちの居場所へと行く。楓太は不思議とこれが昔から見てきた風景だったような気がしている。


「そういえば、結局前に追試になったのは、何が原因だったの?」

「……。まだそれを言うのかい。小さい人は演技の声も動きも小さくなるって言うんだよ」

 誰がそんなことを。提唱者にでもなったんですか?


「まあ海さんが言ってくれなきゃいいよ。新田先輩に聞くから」

「ああああ!それだけはやめてえええ!」

 どんだけ恐ろしいんだあの先輩。楓太は絶対新田だけは敵に回さないようにと、悶える彼女を見てそう思った。


 海と話しながらいつの間にかあの扉の前に来ていた。海と話す時間はいつも短く感じてしまう。

 楓太は目の前にあるホールの扉を見つめた。木部に不本意に連れてこられてから今まで長いようで短かったな、と感傷に浸る。


「どうしたの?」

 海が少し止まっていた楓太の方を見て声をかける。

「ううん、何でも」

 いろんな事があったし、これからも色々な事が起こる。でもすべてはここから始まるんだ。

 楓太は扉に手をかける。


「いでっ!!」

 取手を掴むと、掴んだ手にものすごい痛みが走る。びりびり来た。びりびり?なんかこう真冬に来るあの感覚が。

 なんだかデジャブ…。


「くそおおおお!彼方先輩いいいいい!」

 楓太は大声で叫び、勢いよく扉を開ける。

「彼方先輩!今日という今日は見逃せません!人がせっかく物語の主人公らしく感傷に浸っていたというのに!」

「おお、今日は君がひっかか…実験の被験者になってくれたのは」

「ひっかかったねっ!」

 楓太が思い切り開いた扉の先には堂々と扉の前で仁王立ちになっている渡辺彼方と遙がいた。


「今ひっかかったと言おうとして都合よく捻じ曲げましたね!遙先輩に至っては隠してません」

 楓太は形相を二人に向ける。

人のシリアスを返せっ!やはりこの人たちはやってくれる。


「あ!彼方先輩!そういえばどうなりました?例のコイルガン!」

 海が楓太の後ろから目を輝かせ彼方の方へ寄っていく。だめですよ毒されちゃ。海さんもそのうち危ない実験の被験者に。


「あの実験は見送りだ」

「見送りだっ!」

 それを聞いた海は残念そうな顔をする。

「えーなんでですかー?」


 海は新田の部屋での会話を聞いてない。楓太はあのコイルガンが危険だという正当(・・)な理由で錫村からやめるように言われていたのを聞いていた。あの彼方先輩が素直にやめたのか、と楓太は内心驚いている。


 そんな事を思いだしていると。

「だからあれがメタルの表現なんだって!お前はメタルを愚弄するつもりか!」

「だからあれは学校でやるには表現が激しすぎだって先生が言ってたんだからしょうがないでしょうがっ!」

 こっちもこっちで何か騒がしいご様子。


 舞台の方ではギターを背負った鳥島彗太と我が演劇同好会会長の木部奈琴が言い争っていた。どうもこの間のクリスマスコンサートのメタルがコンサートとして不適切な表現だったと学校から苦情が入ったらしい。


「いいかメタルはああじゃなきゃだめなんだ。ちまちまドラム叩いてちまちまギター弾いて、澄んだ歌声でメタルをやって何が楽しい」

「じゃあ、あの後あんたがやった曲はなんのよ、あれはちまちまやってるんじゃないの?」

 メタルが終わって海が入ったあとの曲の事を言っているらしい。確かにあれらは少し大人しい曲で聴いていて心地が良かった。


「あれはロックの中でも比較的芸術性を求めたバンドでだな。あれとメタルは関係ない」

「ああいえばこういう!」


「じゃあメタルやめれば」

 近くで見ていた錫村が一言いう。

「「………」」

 二人とも黙りこくってしまうほどのぐうの音も出ない正論である。

「やれやれ」


「ほらほらやかましいこと言ってないで海後輩と溝口君が来たみたいだよ」

 新田が手をぱんぱん叩いて仕切り始める。それを見て先程から隅でパソコンをいじっていた錫村が手を止める。この先輩はパソコンとヘッドフォンが標準装備のようだ。


「今日は何すんの?」

 柊の声だった。楓太が声の方を向くと、いつもと違う柊の姿に驚いた。

 柊がつなぎを着ていたのだ。そのつなぎは赤色で、ところどころに色々なインクの色が付いて汚れている。そういえば美香先輩は美術部だったな、と楓太は思いだす。部活の恰好でそのまま来たのだろうか。


「どうしたの?そんなに私のこの姿が以外?」

 楓太は彼女を見ていると、目が合い、なんだかにやにやしながら楓太の方を見てくる。


「いや、失礼かもしれないんですけれど、似合っているというかかっこいいというか」

 素直な感想だ。公演の前もそうだったが、彼女が仕事をしている姿はかっこいい。将来上司になって一緒に仕事をしたいと思うような感じの人だ。


「君も言う様になったね」

「いえ、それほどでも」

 楓太は軽くあしらう。いつも柊にいじられているので、彼女と話す時はこれくらいがちょうど良い。


(なんだあれ?)

 ふと楓太は柊の後ろでただならぬ負の空気が流れているのに気づきそちらを見ると、そこには一縷がいた。


「どうしたんですか?」

 楓太は慌てて声をかける。一縷はただならぬご様子であった。彼女の顔を見ると、元々白い肌がいつになく青白く、かわいらしい目元には隈ができている。


「あ、楓太君。こんにちは」

 声も少し低い。それでもかわいらしい。守ってあげたい。

「ちょっと、昨日君の演技に感銘を受けて新作を書いていたの。気づいたら朝になってて」

「小説のですか?」

 

一縷はこの部屋の上で活動している文藝部員の一人なのだ。本当かどうかはわからないけれど楓太は自分の演技に感銘を受けたと聞いてなんだか照れくさく思った。

「うん、タイトルは『パンがなければ小麦粉と牛乳とバターとイースト菌を混ぜて焼けばいいじゃない』ていうの。今度『春の暮れつかた』に載せるから読んでね」


 どっちみちパンなんですけど。相変わらずのネーミングセンスである。

「は、はい」

 変な先輩だけれど、彼女の笑顔には弱い。


「ほらほら、そこいい?」

 新田が言い慣れているかのように言う。こんなのこの同好会では日常茶飯事なのだろう。


 いろんな人がいるからいい。木部や錫村が言っていた通り、本当にそうだと思った。

 楓太はまた自然と口をほころばせていた。

 海もまた、そんな楓太を見て笑顔になる。


 言い合っていた木部は落ち着きを取り戻し、一つ咳払いをする。

「じゃあ今日の稽古を始める前に私から一言」

「よおっ!」

 鳥島が冷やかす。

「やかましいっ!」

 怒号を鳥島だけに飛ばす。本当に仲いいなと楓太は見ていてほほえましくなる。


「昨日の公演はお客さんの入りも良く、大成功を収めたといってもいいわ。けれど、新しく入った楓太君を含め、稽古に気を抜かないように!これから1、2、3月も普段通り稽古を続けていくわ。そして4月は新入生勧誘公演!もっともっとこの同好会の名前を売って、いつか正式な部活動に承認してもらえるように頑張りましょう!」


「はいっ!」

 木部がそう言うと、部員全員が貪欲そうでやってやるという顔で応えた。そんな顔がとても良い顔だと楓太は思えた。


 部活承認か。楓太はそれがどんなに大変なのかわからないけれど、自分は今まで通り、いや今まで以上に頑張ろうという意欲が湧く。周りの先輩がこんなにも楽しそうな顔をしているのだ。自分も楽しくないわけがない。


「よろしくね」

 隣で海が声をかける。彼女に認められたということなのだろうか。楓太は喜びに浸りながら頷く。


 木部が少し息を吸い込むと大きな声で言った。

「じゃあ発声からいくよっ!」

「はいっ!」

 全員の声が気持ちよくホールの中に響きわたった。



すみません再掲載です。

読了ありがとうございました!

あとがきは活動報告で書かせていただきます。

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