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徒然なるままに  作者: 水無月旬
第四幕
20/21

6 奇跡

 クリスマスコンサートもいよいよ大詰めになった。

 劇の舞台はさらりと片づけられ、今舞台の上にはドラムセットや大きなアンプやマイクスタンド、そして両サイドにはスピーカーが置いてある。


「おまえらあああああああ暴れる準備はいいかああああああ!」

 鳥島がバンドメンバーとともに舞台に上がりモニタースピーカーの上に乗ってマイクでそう叫ぶ。声が大きすぎて耳に痛い音も出ていた。


「うおおおおおおおお!!」

 鳥島の同級生なのだろう。無駄にはしゃいでいる。


 楓太はなんだかその勢いに圧倒されていた。ロックバンドのライブなんて行ったことがないから、この様なものなのかと驚いた。


「まあ一応学校だから節度を守ってね」

 新田が苦笑いでそう言うと、どこからか女子生徒の黄色い声援が飛んでいる。


 この鳥島のバンドは2年生で軽音部の中でも最後のバンドである。一番うまくて人気のあるバンドなのだろう。


「じゃあいくぜぇ」

 鳥島はマイクを持つのみで、他にドラマーとベースの新田、あとはギターを背負っている先輩がいた。


(あれ?鳥島先輩ってギターボーカルじゃなかったっけ?)

 ピンで歌うこともあるのだろう。

 そうしてドラマーがスティックで拍子を取る。

取り終わった後一瞬で風が吹いた。


「うわっ!」

 楓太は驚いて声を出す。だがその声はかき消されて自分自身でも聞こえない。


スピーカーから大音量の音が吹きだしてきた。それはもう一瞬でこのホールの中に音が満ちる様なそんなような。

 ドラムがどすどすとさっきまでのバンドでは聞かなかったような破壊力のある音が聞こえてくる。両足でペダルを踏んでいるようだ。ベースもベースできつくひずませた低音でドラムに負けず劣らず激しい。ギターも一人にしては音圧をがんがんに強くして利かせている。


 そしてボーカルである鳥島が歌いだす。普段の鳥島から聞かないような変に汚い声。

 あれ?これ見たことあるぞ?これって確か。

「メタルじゃねぇか!!」

 楓太は思わず大声でツッコんでしまうが、バンドの大音量のせいでそれも全てかき消された。なぜだろう鳥島のデスヴォイスはもうすがすがしいとさえ思える。


「これが鳥島先輩の自分の表現なのか」

 楓太は一番最初に鳥島に会ったときに言われた事を忘れていなかった。

『君は自分をどう表現する』

『ロックにはロックの表現がある。いいか、ロックってのは…』

 ロックじゃない…。

 しかしこれはメタルの表現なんだろう。


 新田もいつになく生き生きしているように思える。学校での生徒会長というしがらみから抜け出たような感じでベースを弾きながら体をリズムに合わせて動かしている。

 ここも学校だけれど…。


「すげぇ」

 楓太は単純にそう思った。いまなら鳥島が言おうとしていたことがわかる。彼がどう自分を表現したいのかが見えてくる。


 一曲目が終わった。

「あ、激しいのは一曲だけなんで、苦手だった人すみませんね」

 鳥島は微笑みながら謝った。楓太はまわりの観客につられて笑った。


「実はいまからやる曲はキーボードが入るんですけれど。うちのバンドにはキーボードがいないんですよねぇ。だからスケットメンバーを呼びたいと思います!」

 うおお!と雰囲気につられて叫ぶ観客たち。


「もう私正規メンバーだと思ってました」

「え?」

 そう言って出てきたのは演劇同好会所属二人しかいない一年生の一人、天野海だった。彼女はためらわずステージに上がってきた。急なことで楓太も驚きで声を出した。


「海、ずっとピアノ習ってたんだって」

 楓太の後ろで声がするので振り向くと、錫村がいた。彼は楓太の隣へと座ってくる。錫村は先程までライブの音響をやっていた。音響卓を見てみると今は別の人が音響をやっている。交代して任せてきたのだろう。

「たまにキーボードがある時に出てるんだ。って言ってもこれからやるのは鳥島が好きなバンドだから毎回出てるんだけどね」

「そうなんですか」


 楓太は新しい海の顔が見られる嬉しさと同時に、なんだか自分にできないことを簡単にできてしまう海がうらやましくて少し嫉妬した。

 そして演奏が始まる。今回はおとなしい曲だった。


「お疲れ様」

「お疲れ様でした」

 楓太はステージから遠い席で見ていたので、錫村の話し声は聞こえた。


「やってくれたね君」

 錫村は怒っても、真面目そうでもないような感じで話しかける。

 ステージを見ながら楓太は応える。目線の先にはステージの上で楽しそうにポップな音を出している天野海がいた。


「すみませんでした」

 楓太は素直に謝った。頭を下げた。しっかりと誠意をもって。台本を変えてしまったとこ、照明の鳥島にそのことを言っていなかったこと。


 基本舞台はゲネと同じ舞台を本番でつくる。それは演劇初心者である楓太も何となくわかっていたし、自分がもし今日みたいなことをされていたら、きっと対処できないだろう。


「まあいいさ。俺には言ってくれていたんだし」

 錫村はそう言う。実は錫村には台本を変えることを言っていた。急なことで、しかも内容が言えないと言ったけれど、彼はそれをOKしてくれた。


「まさか、あんな感じになるとはね」

「一応考えていたんですが、実はあの時も少しアドリブで付け加えてしまったところもあるんですよね…」

 語尾が弱くなる。錫村は怒っているようには見えなかったが、納得してくれたのだろうか。楓太はそれが気になって怖くなる。


「まあよかったんじゃない?」

「え?」

「俺が何か足りないって言った。だから君は足した。何も足さないで無難にこなすよりも、何か足して賭けた方がいいと思ったんだよね。そういう人もいてもいい。だから面白い」

 錫村はすました顔でそう言う。それでもなんだか楓太は彼からそこはかとない熱さ、心の熱さを感じた。


「実は君にだけ言うんだけれど、あの台本元々欠陥があったんだ」

「え?」

「君、大会って時間どれくらいか知ってる?」

 そう聞くので、楓太は大会の時のことを思いだす。中森の高校戸嶋南も、この佐良津東も確か。

「1時間くらいですか?」

「そう1時間。きっかり一時間。でね、最初にあの台本を書いたときの予想時間が1時間10分だった」


 楓太は錫村が何を言いたいのかわかった。

「十分ぶんのセリフを消さなきゃいけなかったんだよね」

「もしかしてあの部分も?」

「うん、消した。それでも問題ないと思っていたんだ」

「もとは、どんなだったんですか?」


 楓太はなぜか一番気になるこのことを聞いても、錫村は応えてくれないだろうと思った。

「まあ教えてもいいんだけれど、ここは教えないでおこうかな」

 彼はそんなことを言う。楓太がきっと彼がしたことを理解していると思ったからだろう。


 彼は、なぜ最初から台本を省略したことを言わなかったのか、大会じゃない時間制限のないこの公演でなぜ台本を戻さなかったのか。答えはそこにある。

 初めから錫村は、楓太に台本を書き加えさせるつもりだったのだ。


 ふと錫村は楓太の方を向いて手を差し出してくる。

「君を試すような事をして申し訳ないと思っている。ただ君はやってくれると思っていた」

 楓太は彼の言葉と差し出された手を見ただけで十分だと思った。自分は認められたのだと、自分自身の力で人に認められることができなのだと思い、嬉しく思った。


「次も面白い台本楽しみにしていますね」

 楓太は差し出された手を握り、そう応える。

 錫村は驚いた顔をした。やっぱりそうだ、と楓太は確信する。


 もともとこの演劇同好会にゴーストライターなんていなかったのだ。目の前にいる錫村賢治こそが、この公演『クリスマス中止のお知らせ』の台本を書いた本人なのだ。


「時間はもう早いもので、次の曲が最後になってしまいます」

 鳥島は少し息を切らせていた。今はギターを背負っていて、ギターボーカルをしている。


「せっかくのクリスマスコンサートということで、クリスマスっぽい曲をやります」

 そう言い終わったあとドラマーがスティックでゆっくりとリズムを刻むと、最初にオルゴール調の綺麗な音をキーボードの海が弾き始める。

 これ聴いたことがある。楓太は最近人気のあるバンドの曲だとわかった。


 鳥島がすっと歌い始める。先程から聴いていたが彼の歌はとてもうまかった。それにバンド全体の調和もすごかった。鳥島と新田は演劇もやっていて忙しいはずなのに、なぜここまでのことができるのか、楓太は不思議に思った。


 聖夜の一人の恋を歌ったその曲はストレートに楓太の胸を打ち付けてくる。先程の劇の自分が演じた場面を思いだしてきてなんだかどうしようもない気持ちになった。

 その曲は5分くらいで、聴きほれていたらいつの間にか終わっていた。

 長いようで短かったクリスマスコンサートが終わったのだ。



 外気の冷たい風が、ほてった顔を冷やしていた。

 クリスマスコンサートが終わり、片づけを終えた演劇同好会は空き教室を借りてクリスマスパーティーを開いていた。といっても、ホームパーティーのようなもので、学校近くのスーパーからお菓子や飲み物を買ってきて、簡単な打ち上げみたいなようなものだ。


 楓太は抜け出して校舎の外に出ていた。というよりも学校の屋根のない渡り廊下に立って空を見ていた。

 なぜ抜け出してきたのかというと、実は先程の劇のことで先輩たちからいろいろと言われまくっていたのだ。それはもう色々と。


 大概の先輩がとても褒めてくれた。恥ずかしくなるくらいに。鳥島は少しだけ怒っていたが、それも楓太は理解している。ただ一番困ったのは、女子の先輩、柊と一縷があの時の少年はアカネの事を好きになっていたのか、なっていないのかという話で盛り上がっており、その矛先がもちろん演者の楓太の方に向かってきたのだ。


 楓太があの少年がアカネを好きになったという前提であのセリフを考えたのかどうなのか、ということになって、聞かれた楓太は急に恥ずかしくなったのだ。それをまた先輩方が好き放題いじってくる。


 最後の一撃は海が、アカネがあの少年を好きになったという演技をしていたということを言ったことだった。

「熱いねー!ふぅ~」

 柊が茶化す。なんで女子ってこういうの好きなんだろ。そして海も照れているからちょっとどころかかなり困る。嬉しいが、なんだか複雑な気分だ。


「もう!こんな同好会入るんじゃなかった!!」

 そう言って逃げ出してきたのだ。

 教室で暖房が入っていたこともあり、顔がだいぶほてっていた。口から出る息も当然白い。


 実際どうなんだろう。あの少年は彼女の事をどう思っていたのだろうか。

 楓太はそう思いながらほてった顔を冷やす。

 これは恋じゃない。

 楓太は自分が言ったセリフを思い出す。

 そして最後のセリフの気持ちは…そう。


「あ、楓太君」

 楓太が少しその渡り通りで休んでいると、楓太が逃げて来た方から声がした。


「海さん」

 声の方を向くと、白い息を吐きながらこっちを見ている海がいた。


「こっちに来てたんだ。寒くない?」

 はい。と言ってポケットの中からホッカイロを取り出して楓太に差し出した。

「ありがと」

 なんだか特別な温かさを感じた。気のせいかもしれないけれど。


「星きれい」

 彼女は感嘆した。彼女の方を見ると、空を見上げている横顔が見えた。


「今回は私の負けかな」

 彼女はそのままそう言った。

「え?」

「まさか自分から勝負しかけておいて、忘れたわけじゃないよね?」

 忘れる訳がなかった。楓太が今日まで頑張れたのはそのおかげだから。


「でも、負けって」

 あれは完全に自分の敗北だと思っていた。演技そんな上手くないし、ゲネプロ通りに演技をしなかった。

「私驚いたなぁ。やっぱり君を信じてよかった」

 その海の言葉が楓太の胸に響いた。さっきまでのどきどきがもっと強くなっていく。海はしっかり自分の気持ちに気付いてくれたのだと思う。


「そんな、俺だって、やっぱ君には驚かされてばっかりだ」

「君はまだ私の演技を好きでいてくれるのかな」

 海は意地わるそうな微笑みを向ける。あのことをからかっているのだ。それでも許してしまいそうだ。そんなこと言われたらどうしていいかもうわからないじゃん。


「うん、好きだよ」

 楓太はそう言う。別に隠すことじゃないし、隠したいことでもない。どうしていいかわからないからいっそのこと言ってやった。言ってやったぞ。


「お、おお…なんか素直に言われると照れちゃうな」

 彼女は頭をかく。楓太はしめしめと思った。気持ちをゆすぶられている自分も少し海をいじってやろうと、そういう気持ちが湧き上がる。


「まるで演技することを怖がって逃げ出した人の演技とは思えなかったよ」

「なに、これ仕返しなの?」

「ちょっと」

 楓太は笑って見せた。ちょっと前まで見たこともなくて名前も知らない女の子と自分なこんな会話をしているのがとても不思議に思う。


「私も君の演技好きだよ。というか好きになった」

「なっ」

 楓太は突然のことで頭が回らない。海の方を見るとくらくらしそうだ。暗くてよく見えないだろうが、自分の顔はかなり紅潮していることだろう。


「ふと、質問なんだけど君は奇跡とか信じる?」

「奇跡?」

「いろんな人に聞いてみたいと思ってて」

 彼女が急にそんなことを言う。どういうつもりで言ったのだろう。


 奇跡か。

「私は信じているよ。誰だって、出会ったらそれが奇跡。ましてや自分が選んだ場所にいる先輩方や君なんかの出会いは奇跡としか言いようがないもの。君の演技を見た時ね、間違いなく君は私を変えてくれる人だと思った」

 楓太はそれを聞いて目を見開いた。楓太が彼女の事を初めて見た時、彼女の演技を初めて見た時、自分も同じことを思ったからだ。


「この世界は広いけれど。だから私と君が今ここにいる意味があるんだって。そう思った」

 ふと海はそう言った。


 その言葉に楓太はどういう意味が込められているのだろうと、知りたかった。知りたかったけれど、知ろうとしなかった。


「これからもよろしくね」

 海が右手を差し出してくるので、ためらわず右手を出した。

「よろしく」

 あの大会の会場で手を上げた時、稽古場のホールの扉を開けた時、楓太はもうとっくに覚悟をしていたのだ。

 これから嬉しいことがあっても、つらいことがあっても、自分のやりたいことをやるために。


 自分は徒然なるままに生きていくことをやめるのだと。


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