4 演技に対する気持ち
「プ、プレゼントをわ、渡したいって気持ちは…」
「ちょ、ちょっと止めて!」
木部が少し怒ったように台本を持った方の腕を横に振る。
「今日ちょっと二人ともどうしちゃったの?」
「すみません…」
「次からはしっかりやります」
楓太は素直に謝る。ここでどんな言い訳をしても意味がないと思った。
木部の言う二人とは楓太と海の事だった。ここ最近で詰めているラストの場面である楓太の演じる失恋をしてしまった少年とアカネの対話をやってみたが海の演技に覇気がなく、楓太も楓太で最近やっていなかったセリフの噛みを今日はとことんやっている。
「次からって、今日ここ何回やっていると思っているの」
「まあそんなに責めるな。誰にだって調子が悪い日もある」
錫村が弁護に入る。とは言ってもやはりあまりよくない状態なのだろう。彼もまた気難しい表情を浮かべている。
「まあ、それもそうだけど。でも楓太君の場面は少ないからいいにしても、海が調子悪いとなると今日稽古自体できないじゃない」
楓太は何故海の調子が芳しくないのかを少し知っている。楓太が元だと言ってもいい。だから楓太はこの場で何も言えないのだ。
「じゃあ今日は大道具、小道具の準備をしない?今日は柊もいるみたいだし」
「新がそう言うなら…」
木部は語尾を弱めてそう言った。公演まで期限があまりない。彼女も彼女なりに焦っているのだろう。
「すみません」
楓太はとても申し訳なく思っていた。けれどできないものはできなかった。今日は海の顔をまともに見ることができない。
「まあ、気にしない気にしない。じゃあ今日は舞台づくりを中心にやるよー。舞監の私についてきなさい」
「腕がなるな!」
「なるなぁっ!」
美術部の柊は大会の時からこの劇の舞監、舞台監督をやってきたという。彼女は腕まくりをしてはりきって皆に指示を回す。
渡部彼方と遙は舞台のパネルなどをつくる大道具を担当している。流石研究者の卵と言ったところかものづくりにはかなりの自信があるらしい。
「楓太君と海はちょっと最近の稽古で疲れているだろうから、ちょっと休憩してていいよ」
柊はそう言った。しかし楓太は自分のせいで稽古が中止になっているのにそんなうかうかとやすんではいられないと思った。
「「でも」」
楓太と海の声が重なる。彼女も同じことを考えていたのだろうか。
「いいから。休憩して本調子で稽古に臨むことも立派な仕事」
「はい…」
楓太は柊と目を合わせることはできなかった。今の発言は、悪く言うと足手まといになるとこまるから、と遠まわしに言われているような気がしたのだ。
「少し外の空気を吸ってきます」
海は小さい声で言ってホールから出ていく。
外は寒くないだろうか。楓太は出ていく彼女を見てそう思った。
「うん、こんな感じかな。あとは照明を取り付けてみないと、何とも言えないね」
柊がホールの後ろの方で腕を組みながら仁王立ちをして舞台の方を見ている。
「大会用でしか準備をしていなかったからな。ここでやるとなるとスペースの使い方も難しくなる」
「基本は外の場面が多いからパネルはそんなに組まなくていいと思う。ただ上下でキャストがはけるように立てればいいんじゃないかなっ?」
仕事をしている時の彼方と遙はキャラに似合わずとてもしっかりしていた。楓太はその光景を見ていて、特に遙が彼方の言葉を追っかけないで話している様子が珍く思った。
「………」
楓太は言われるがまま先輩方の仕事を見ながら休憩していた。ただ休憩しているだけではなくしっかり仕事を見なければ、と思った。自分もしっかりとこの同好会のメンバーにならなければいけない。足手まといに思われないようにしなければいけない。
「………」
あれから15分くらい経った。楓太はちらちらホールの扉の方を気にしている。
海の戻りが遅い。外の空気を吸うと言ってでた彼女だが、ここ最近気温が日に日に落ちている。風邪を引いてしまわないだろうか、楓太はそれが気がかりだった。
ただ楓太には彼女を迎えに行く勇気がない。それに彼女が何処へ行ったのかもわからない。やるせない気持ちがいっぱいだった。
「海ちゃんの事が気になるの?」
「わっ!一縷先輩…」
楓太が扉の方を見ていると耳元で急に声をかけられびっくりした。
「ずっとぼうっとしてるんだもん。見てて、驚かしたくなるよ」
いつの間に楓太の近くに来ていた一縷は屈託なく笑う。
「先輩は何をしているんですか?」
楓太は彼女の手元を見ると、洋服を持っているのが見て取れる。
「大会で使っていた衣装が少し傷んでいたから繕っているの。私は小道具と衣装を担当しているの」
「そうなんですか」
そう会話をしながらも一縷は手を見事な手さばきで針と縫っている布を動かしている。
「これは海ちゃんの衣装でね。海ちゃん舞台立つと体いっぱい使って演技するから、作った服だとすぐこうなっちゃうの」
「え!これ先輩が作ったんですか!?」
楓太はまじまじと一縷が手にしている洋服を見つめる。どう見ても作りものには思えない。センスも出来もお店で売っているものみたいだ。
「趣味なの。そんなに凄いことじゃないよ。衣装自作している高校はうちだけじゃないもの」
彼女は謙遜してそう言う。楓太はそれでも凄いとしか思えなかった。楓太はこの先輩たちに敵うものが何一つないなと思わざるを得ない。
「海ちゃんの方が全然すごいよ」
「え?」
「これだけになるほど海ちゃんは一生懸命に真剣に演技しているってことでしょう?皆誰だって舞台に立てば一生懸命やるけれど、海ちゃんはそれだけじゃないの。きっと無意識に演劇に対する気持ちが誰にも負けたくないって思っているの。誰よりも演劇が好きだって気持ちが演技に出ているの」
無意識に。
楓太はまた舞台の上に立っている彼女の事を思いだす。確かに、一縷の言っている事はあっているような気がした。彼女の演技は、見ている人に演劇はこんなに楽しいのだ。だから自分は真剣にやっているんだ。と訴えているように思えるのだ。
だから。
だからこそ楓太は演劇をやりたいと思ったのだ。彼女の演技を見て。
「だからね、君は海ちゃんに負けないと思うの」
「え?」
「あの子の気持ちを受け止めた君には」
一縷は視線をずっと手に集中させながら話す。みるみるうちにほつれていた糸が戻っていく。
「海は、たぶん今あの場所にいると思う。君が行ってあげるべきだと思うな」
できた!と言って彼女は衣装をひろげ確認する。




