3 小春日和
晩秋から初冬にかけて、時折暖かく春のような穏やかな晴天となる日がある。実はそれを小春日和ということを知っているだろうか。今日はそんな天気だった。
春眠暁を覚えず、と言ったようにうとうとする午後の授業を乗り越え、楓太は今日も今日とてあの場所へと向かう。
今日は天気のこともあるだろうがいつになく気分のいい日だった。先日の鍋パで楓太はまた演劇を頑張りたいという気持ちが募った。そしてそれからの数日の稽古はなかなか調子が良いと生意気にも自負している。
「あっ」
そしてもう一つ嬉しいことが眼の前に、楓太の前方を歩いている同じ演劇同好会所属の天野海が歩いているのが見えた。
楓太は迷わず声をかける。最初の方はあの事もあって話しづらかったのだが、彼女の方からよく声をかけてくれるので、くよくよとしている自分がばからしく思えたのだ。
「海さん!」
……返事がない。
ちょっと小走りで寄ってみると、何か考え事をしているようにも見える。もう一回近づいて声をかける。
「海さん!今から向かうの?」
「わあっ!」
「わあっ!?」
声をかけ驚いた海につられて楓太も驚く。そんな驚かせるつもりで声をかけたわけではない。
「あ、楓太君か。ごめんねー」
彼女は少し安心したように笑いながらそう言うが、楓太は彼女がいつもの彼女とは違うことにすぐ気が付いた。
「どうしたの?一回声かけても返事なかったけど」
「あ、うん、ちょっと考え事しててねー。気にしなくても大丈夫!」
彼女は片腕でガッツポーズを作ってみせる。
それでも楓太は不安だった。第一彼女が考え事をする事自体おかしいのだ。
楓太は彼女の事について知っている事は多くはない。けれどそれまでの彼女は、天真爛漫で人当たりが良くて、先輩方にも大事にしてもらっていて、そして何より演劇が大好きなのだ。そんな彼女が大好きな部活の前に考え事で元気がないなんておかしい。
「考え事?どうかしたの?」
楓太は先日の先輩方の手前、彼女の話を聞こうと思ったのだ。
「ううん、なんでもないの。さあいこ」
「え、でも」
「いいから」
彼女の横を並んで歩こうとする楓太を避けるように彼女は少し早歩きになる。
「でもそう言うことって言った方がいいよ。今から稽古なんだし、そんな状態じゃ」
「君には関係ないっていってるの!!」
彼女から急に怒号のような声がはなたれる。
「え」
楓太は今目の前で何があったのか。自分が彼女に何を言われたのか理解することができなかった。
「あっ」
彼女は戸惑っている楓太の顔を見て、とてもまずいことをしたというような表情をした。
「ご、ごめん」
楓太はとっさに謝る。彼女が何故怒ったのか、それを知ることができないが、ただ自分は少し彼女に対ししつこくしてしまったということはわかった。誰にも、言えないことというのはあり、それは今は楓太に言えないことだったのだ。
「う、ううん。わ、わたしこそ急にごめん」
彼女は謝る。
楓太はその後に何を言っていいかがわからなかった。もうさっきのように気軽に話しかけられる空気ではない。
「ごめんね。私先に行ってるから」
そう言って彼女は逃げるようにこの場から去って行く。向かう場所は同じなのに。
楓太は少しの間ぽつんと廊下の真ん中に立ったまま放心していて、そして部活動の事を思いだし、水道で一回顔を洗う。
今日は昨日までみたいに上手くできる気がしない。




