たとえ助からないとしても、
「かわいそうなマークさま」
初めてかけられた言葉だった。学園の中庭で、昼休みにその言葉をかけてきたのは、デイジー伯爵家令嬢だった。
挨拶もなしにかけられた言葉は侮辱的で、憤慨してもいいはずなのになぜかストンと心に入り込んだ。
「かわいそう……? 私が……?」
唖然としながら口から零すと、デイジー伯爵家令嬢は憐れむような顔で私を見た。
だって、愛されてないんだもの。
その言葉が私の心に暗く深く染みこんだ。
私は、婚約者に愛されていない。
マーガレット公爵家長女のミラージュを、私は幼いころから見ていた。
誰に対しても媚びない態度。もちろん、私や父上に対してもそうだ。
普段は無気力なくせに、やらねばならないことには全力で取り組む姿勢はとても好ましかった。
だから、子煩悩で知られる公爵から婚約の打診があったとき、一も二もなく頷いたのだ。私が公爵に認められたことはとても光栄だったし、ミラージュを傍で見ていたいと思ったから。
だが、婚約者になっても何も変わらなかった。
私に興味を持たないミラージュ。それでも、私は彼女を愛していた。
愛していたからこそ、愛されたかったのだ。
皇太子失格だと思われるかもしれない。いや、実際そうだろう。
王族の婚姻に愛なんてものは必要ない。大切なのは義務をこなすこと。
だが、ラズベリルに言われた言葉で私は、自分を憐れんでしまった。
愛する人に愛されない自身を、かわいそうだと。
そこから転落するのは早かった。
私を共に憐れんでくれる人がいる。
私を慰めてくれる人がいる。
その言葉はとても優しく暖かった。そしてラズベリルの言葉に私は溺れた。私はこんなにも、弱かったのだ。
堕ちていくのは心地よかった。
そうだ、私を愛してくれないミラージュなんて要らない。
私にはラズベリルだけ居ればいいんだ。
ラズベリルの言葉はまるで麻薬のように私に染みわたり、それが本当の私の意思のように思え――
「お前みたいな女を婚約者とは思わん! ミラージュよ、婚約を破棄させてもらおう」
「私が何か…?」
ミラージュが取り巻き連中を使ってラズベリルにした嫌がらせを論い、反省を促してもミラージュは認めない。
取り巻き連中が認めているにも関わらず、だ。
私は呆れた。なぜこんな女を、過去のこととはいえ愛したのか、と。
そんな時、ふと思い出したのだ。
「ミラージュさまが居なければ、私がマークさまと結婚できますのに」
そうだ。ミラージュが居なければいい。
もともとは学園から追放するだけで良いと思っていた。が、それではまた私とラズベリルの邪魔をするに違いない。
衛兵が別室に連れ出したミラージュを、私兵に領地へと連れて行かせることにした。
邪魔が入らないように、急いで刑の準備をする。
そして三日後。私は上段からミラージュを見下ろしていた。
傍らにはラズベリルがいる。震えながらミラージュを見つめるラズベリルをそっと抱き寄せて頭を撫でた。
私に撫でられるのが好きなのか、猫のように目を細めて私に擦り寄るラズベリルが愛しくて仕方がない。
だが、もうすぐというところでミラージュの兄であるパトリックが私の目の前に現れた。
王の刻印が入った手紙を受け取るとパトリックは慌て走り去って行ったがもう遅い。ミラージュの落ちた首を見ても、その首を抱きかかえ泣きわめくパトリックを見ても、私の心は凪いでいた。
王からの手紙が叱責だということはわかっているので、読まずに破いて捨てた。
何も気づかずに首を傾げるラズベリルを伴って宿へ戻ると、ラズベリルに気づかれないようにワインに粉薬を入れて渡す。
戻れば、二人は離されてしまう。
それくらいなら、私は――
ワインを飲んだラズベリルの顔が苦しみに歪み、私を見る。
私はそんなラズベリルを抱きしめ、頭を撫で続ける。ラズベリルが暴れて私から逃げようとするが、そんなのは許さない。
ラズベリルは私から逃げてはいけないのだ。私と永遠に、共にいると誓ったのだから。
そしてラズベリルが事切れると、私も薬を煽った。
いまわの際に想うのは、ミラージュの事だった。
最後まで、私はミラージュに愛されなかった。何がいけなかったのか。どうすれば愛してもらえたのか。
もう今となっては、その答えは返ってこない。




