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中篇

かなり後味が悪いです。苦手な方は回避してください。

「貴方が好きです。付き合ってください」


 放課後の音楽室。いつものようにメールでび出された籐伊は、顔を真っ赤に染め上げた学年色の違うリボンを付けた女子に告白された。

 これでもう何人目になるかわからない告白に、籐伊はあきれを通り越して滑稽になってくる。口端が上がるのを抑えるのに一苦労だ。

 籐伊は誰にでもメルアドを教えているわけではない。連絡を取り合うのに必要な最低限の人間だけだ。部活にも入っているわけではないし、クラスメイトすべてに教えているわけでもないというのに、彼女たちはどこからかメルアドを入手して籐伊を呼び出してくる。

 まずそのことが、すでに籐伊の中では受け付けない。

 咲耶のことがあって個人情報の流出もこの時ばかりは役に立つと思ったからこそ放置しているものの、本来であればすぐさま新しいメルアドに変えている。そして最低限だと思っていた人数をさらに絞って登録していることだろう。メルアドの流出は籐伊の、人に対する信頼を崩していく一過程だった。

 誰かが裏切った、もしくは籐伊のことをどうでもいい存在だと思っていた人間が他の誰かに個人情報を気軽に伝えた結果、それを使って盗まれた個人情報の持ち主であるはずの籐伊を呼び出す性根の腐った人間がメールの先で頬を染めながら籐伊を思っていると思うと、籐伊は反吐が出そうになった。呼び出しに応じるのはこういう奴ほど駒になると分かっているからだ。ただ同学年でないのなら、駒にもならない単なる下種だ。話しかけることすら吐き気がする。

 自分のかわいらしさを最大限に利用して、籐伊に必死になって媚を売っている目の前の女子は、籐伊が冷めた眼で見ていることに気が付かない。

「……君、」

「は、はいっ」

 籐伊にこたえてもらえる、彼女の飛び跳ねそうな心臓は、どくんと大きく脈打った。

「僕のどこが好きなの?」

「え、え……と、勉強ができるところとか、優しいところとかで」

「ふうん?君は僕の何を見てるの?」

「え」

 戸惑う彼女に籐伊はことさら優しく話しかける。

「僕より勉強ができる人間はたくさんいるし、優しいと言われても誰彼なしに優しくした覚えはない。それに君とは初対面だよね」

「は、はい」

「初対面なのに僕が優しいと言い切れるんだ」

「で、でもそれは!……あ、あの、他の女子の先輩にすごく優しくしているところを見てて」

「他の女子?僕が優しくしているのは一人きりなんだけど」

「でも。その先輩とはお友達だって、みんなが」

「みんなって誰のこと?」

「みんな……、あの、メルアドを教えてくれた人がそういって、」

「メルアドねえ。僕は必要最低限の人しか教えていないのに、誰から教えてもらったんだろうね。そうでなくても他人の個人情報を知っても誰かにそれを伝えるのも、その得た情報を使うのもどうかと思うけど」

 自分の携帯に知らない人からメールが来たらどう思うか考えることもできないのかな、籐伊はどこまでも優しく言った。

 すいと籐伊は彼女の間近に迫り、怯える彼女の肩を掴む。彼女はこの場から逃げ出すことも許されなかった。

「ねえ、初対面の君に好きだといわれても僕の心は響かない。僕の個人情報を勝手に調べて連絡してくる人間を僕は信用をしない。つまり何が言いたいかというと、君は僕にとって犯罪者以外何者でもないんだけど、そのことを理解してる?」

 もちろん、この場合の被害者は僕だけど。

 籐伊は端正な顔を極限まで近付けて、彼女にしか聞こえない小さな、けれども低く脅すような声色でそう告げた。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 泣きじゃくる彼女の肩から手を離すと、勢い、彼女は廊下に向かって駈け出した。がたたたんっと椅子が倒れて行くのもお構いなしだ。不愉快な人間は去っていく時ですら不愉快なことをしてくれる。籐伊は倒れた椅子を丁寧に戻しながらため息をついた。

「ねえ、いつまでそこにいるのかな」

 椅子を片付け終わった後、それでも動く気配のない扉の向こうの人間に声をかけた。

「そこに隠れているのはわかってるんだけど。まさか逃げられるとでも思ってる?」

 がたんと揺れたのは籐伊がそっと教室の入り口まで歩みよって、人が隠れているだろう扉に手をかけたからだった。

「……なんだ、君か」

 震える両手を包み込みながら口元に充てて、必死で怯えを悟られないようにしている彼女に、籐伊は見覚えがあった。

 一番初めにメールで告白をしてきた、彼女。

 男の前では少し鼻にかけた声を出し、下着が見えるぎりぎりのラインまでスカートを短くした、ちやほやとされたがる典型的な女を演じる彼女だ。同じクラスに在籍していて、女子のカーストのトップに君臨できるほどの人物でもある。籐伊が使えると判断した『駒』。

「震えているね、どうしたの」

 人の告白場面を覗くだなんてちょっと趣味が悪いねと、告白以外のことなどありはしなかったとうそぶいた。

「ご、ごめ」

「ん?何」

「ごめんな、さい。わ、わざとじゃ」

 すぅ、と籐伊の眼が細くなる。

 音楽室は三階建ての校舎の最上階、それも一番端に位置していて、用事がなければやってくることなどない場所だった。人通りなど望めない。

 その場所で立ち聞きをしていた時点で、わざと以外何物でもないというのに、怯えた彼女にはそのことがわからない。

 所詮、小物。

 籐伊は目の前の彼女を切り捨てた。

「……犬のくせに」

「……え?」

「ああ、聞こえなかった?じゃあもう一度きちんと言おうか。君はかませ犬だよ」

「かませ……犬?」

 初めて見る籐伊の冷たい視線と痛烈な言葉は彼女の思考を凍らせた。

「ねえ、僕が知らないとでも思った?君が彼女に何してきたのかを。大切な彼女にどれほど酷い言葉を投げつけてきたのかを、どれほど酷い仕打ちをしてきたのかを、知らないとでも?まさか、僕が君たちの愚行に気づかないほどのまぬけだと思っていたの?ふふ。馬鹿だね。その時点で君たちは僕という人間を知らないってことがよくわかるよ。さっきの下級生にも言ったけど、僕のメルアドをどうやって知った?僕は必要最低限の人間にしか教えていないし、クラスメイトにすら全員には教えていない……君のことだよ。どういう手を使って知ったのかは知らないけど、僕は自分が信頼している人間にしか教えていないからね。君なんて論外だよ。……ああ、学校にも登録はしているからそこからかな。お粗末なシステムにお粗末な人間が食らいつくわけだ」

「おそまつ、……私が」

「あれ?気づいていなかったの。君なんてお粗末どう表現していいの。たしかにかませ犬としては優秀だったよ。彼女の素晴らしさを十二分に引き立ててくれる、見事なスパイスだったし。こんな粗末な女が我が物顔でいられるのは、本当に素晴らしい女に引け目を悟られまいとわざと強気に出て見下しているからなんだ、本当に素晴らしい女は粗末で心根が不細工な女でも優しく包むから粗末な女は自分が素晴らしいと勘違いするんだなって。下種の見本みたいで素晴らしかったよ。

「下種……?」

「ああ、言葉が難しい?本当に下種は下種だな。言葉もまともに理解しないのか。今流行りの言葉で言えば君は見事なまでの悪役だよ。彼女を引き立たせるための悪役。下種には相応しいだろう?」

「悪役って、何それ。酷い」

「酷い?何が。客観的にみてみたら?どこの世界の正義の味方がひとりに寄ってたかって出口をふさいで罵詈雑言を浴びせるんだ?さも偶然を装ってぶつかっておきながらぶつけられたと喚き散らすんだ?汚いあんたのせいで制服が汚れたからクリーニング代をよこせとチンピラまがいのことをするんだ?彼女の机にばい菌だとかビッチだとか油性マジックで書いたのは誰だ?体操服にカエルの死骸を擦り付けたのは、教科書にカッター刃を仕込んだのは、ロッカーに墨汁を注ぎ込んだのは、いったい誰の仕業か、俺が知らないとでも思ってるの?」

「わ、私だけがっ」

「そうだね、君だけがやったわけじゃない。けど、君が先導してやっているのを知らないとでも思ってるの?ねえ知ってる?殺人は人を殺した人間がもちろん一番悪いけれど、殺人をそそのかした、教唆した人間も裁かれるんだよ」

「だ、だって。籐伊君が、面倒だって」

「僕がいつ面倒と言ったの。面倒を見ないといけない人がいるとは云ったけれど面倒とは一言言っていないだろ。勝手に思い違いをしたくせに、僕に罪を擦り付けないでくれる?」

「罪?」

「罪だろ、どうみても。いじめって罪だよ、そんなことも知らないの?」

「私は、籐伊君のためにっ!籐伊君に私を見てもらいたかったからっ」

「だから、何度言えばわかるのかな。僕には大切な人がいるし、だいたい罪を罪と思わない人間を好きになるなんて考えられない。あれほど酷いことをしておいて何も感じないどころか、平然と他人のせいにできる神経の持ち主に恋心なんていだけるわけがない。……君なんて僕にとってクラスメイト以外の価値はないよ」

「酷いっ!!」

 マスカラで縁取られた大きな目に大粒の涙をためながら、彼女は気丈にも籐伊を睨みつけた。

 一瞬、籐伊は彼女のことを見直した。がたがたと震える手を押さえていた彼女はきっと先ほどの下級生の様に最後まで自分が可愛い女であることを十分に利用して逃げ出していくだろうと思ったからだ。

 その一瞬が、彼女にとって好機だった。

 ぱしんと小気味よい音が廊下に響くと同時に頬にするどい痛みが走る。

「……痛いなぁ」

 籐伊のつぶやきは、廊下を走る彼女には聞こえなかった。


 その直後だ。

 甲高い罵声が響いてきたのは。

 とぎれとぎれに聴こえてくる声は先ほどまで籐伊の目の前にいた彼女の、言葉は籐伊が彼女に向かって言ったものだ。

 まずい。

 一気に血の気が落ちる。

 まさかプライドの高い彼女が籐伊に言い様に使われていた恥ずべき事実を誰かに、それも咲耶に言うなどと思いもしなかったのだ。

 激情のまま罵っているのだろう、支離滅裂になりつつある声に籐伊は焦る。だが彼女を刺激しないように逸る気持ちを抑え足音を消して廊下を歩き、彼女のいるだろう階下へ一段一段ゆっくりと降りていく。罵り声は鳴りやまない。職員室のある階に降りたというのに、誰も職員室から顔を出さない。いや、気がつくのが遅れたのだろう、丁度扉が開き、先生が慌てて出てきて籐伊と顔を見合わせた。

「なんだ、高橋か。叫んでいるのは女子だろう、お前何か知らないか?」

 階下の喧騒に気が付かないのは、すでに声を荒げていないからだろう。籐伊は目線を階段に向けた。

 咲耶だ。

 幽霊のように青白く顔色を無くした咲耶が、粗末な彼女の背の後ろで怯えている。

 ああ、可哀想に。

 籐伊には咲耶の前で恐怖に怯えて歯をかち鳴らしているクラスメイトなど眼中になかった。

 ただ、彼女が発した言葉で咲耶が蒼白になるほど傷ついたのならば、許すことはできないと感じていた。

「咲耶」

 大丈夫か。

 階段に一歩踏み入れようと動いたその瞬間、咲耶が両手を前に突き出して目の前の彼女を押しのけた。力が入らずぺたんと彼女が座り込むその横を駆け抜けようとした咲耶に、籐伊は叫ぶ。

「咲耶、危ないっ!」

 覚束ない足取りで急いだためか、もつれた足は建て直されることなく階段から転げ落ちる。

 ―――――――どごっ がんっ ががが、がこんっ どさっ

 ひねった体はありえない方向に転がり落ちて、不気味な音と埃をまき散らしながら、止まった。

 籐伊は階段を駆け下りて倒れた咲耶を抱き上げようと首に手をまわそうとして固まった。

 じんわりと赤い何かが咲耶の乱れた黒髪の内側から流れ出ている。

 さく、や。

「……咲耶、咲耶。俺の声が聞こえるか」

 ぴくっと瞼が動いたものの、薄い目を開いたまま咲耶の体は動かなくなった。

「咲耶、咲耶?返事して」

 血の気のない頬をぺしぺしと軽く叩いても、耳元で大声で叫んでも、咲耶にはもうなにも響かない。

 教師が駆け寄って状況を把握すると、呆然自失の籐伊の横でてきぱきと指示を始める。救急車の容赦ないサイレンが鳴りやんで隊員がやってきても、担架で担がれ救急車に運ばれても、目の前で起こった惨劇を籐伊は信じることができずただ立ちつくすことしかできなかった。

 

 

 

 

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