第4話 略奪されたヒカリ Aパート
アバンタイトル
ナレーション「戦艦オグナに帰還したノゾミに対して暴走を諫めるマーサ。反省して父親と話し合っている所に、再び敵艦が襲ってくる。そのタイミングに不審を抱きながらも出撃して、敵AG4機を撃破し敵艦も砲撃不能に追い込むノゾミ。魔力切れで屋敷に待避して妹のヒカリと共に従姉妹のリーベを迎えに行ったが、そこで待っていたのは屋敷に潜入していたリヒトだった。そこで、リヒトの口から知らされたのは、自分たちがリーベの兄であるリヒトにとっても従兄弟であり、帝国の皇族でもあるという衝撃の事実であった」
オープニングテーマソング「戦え、ボクらのブレバティ」
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リヒトの言葉に一瞬呆然となった僕だったが、リーベに接近されるほどの隙は作っていない。リヒトも、無理に突破しようとはしていない。こちらに向けて半身になって~ということは反対側にいるヒカリに対しても半身になるわけだが~両側を警戒しながらリヒトが言った。
「久しぶりだな、リーベ。お前を迎えに来たのだが…」
「兄様、ルーが昔のように戻るまで、私は帝国に帰る気はありません」
「ルードヴィッヒ様…皇太子殿下の理想は、お前とて否定はすまい」
「『世界は単一の政体によって統一されねばならない』。その理想は分かります。でも、今のルーのやり方は、あまりにも拙速ではありませんか!?」
「時間がないのだ。今の我々…人類には時間がない。『人類救済計画』の遂行は喫緊の急務なのだ」
…おそらく5年ぶりであろう兄妹の会話なのだが、何というかスケールがでかくて今ひとつ話についていけない。おまけに、何か変な単語が出てきたな。「人類救済計画」…実に怪しげだ。
「なぜ、なぜそんなに急ぐのですか!? なぜその理由を教えてはくれないのですか!? …5年前もそうでした。兄様もルーも、私には分からないことで突然変わってしまった。お母様が亡くなったからではない、何か別の理由で! それは一体何なのです!?」
「すまない。それは、今はまだ語るべき時ではないのだ」
そして「5年前」か…確か、父さんが急にAGの開発に力を入れだしたのもその頃だ。前から研究はしていたが、それまでは僕たちと遊んだり訓練したりと結構時間をとってかまってもらっていたのに、5年前くらいから急にAG研究の方に力を入れ始め、僕たちにも研究を手伝わせるようになった。あれは、僕たちが成長したからかと思っていたのだが、何か違う理由があったのかもしれない。
…にしても「今はまだ語るべき時ではない」って定番の謎セリフだよな~。一体何を隠してやがるのかね。
「それじゃあリーベは納得できないし、説得は無理ではないかと。ここは穏便にお引き取りいただけませんかね? 大したおもてなしもできずに恐縮ですが」
これ以上聞いても平行線だろうと思ったので、撤退を促してみる。いくらリヒトが強いと言っても、僕とヒカリと二人がかりならとっ捕まえてやることも可能かもしれないが、リーベが不確定要因だ。さすがに、実の兄が捕虜になるとなったら、リヒトの方に味方するかもしれない。実はリーベも、5年前にウチに来てからすぐに僕たち4人組と一緒に訓練をするようになったのだ。冒険者になる気はないようで、そっち方面の訓練はしていないが、「自分の身を守る必要があるから」と言って戦闘訓練だけはしているのだ。しかも、それまでにも訓練していたようで、規格外であるはずの僕たちの戦闘訓練に、しっかりとついてきているのだ。何でこんなに強いのか疑問だったが、小さい頃から転生者であるリヒトと一緒に訓練していたせいだったのか。
「ふむ、確かにそうだね。だが、ここまで来て空手で帰るのも何だ…」
言葉を切ったリヒトが話しかけたのは意外な相手だった。
「我が従姉妹、ヒカリ君だったね。君とは不思議な縁を感じるよ」
「どういう意味?」
不審そうに聞き返すヒカリ。当然だろう。
「私の『リヒト』という名は、古アーストリア語で『光』を意味する。君の名前と同じ意味なのだよ。別に父上と叔母上が示し合わせてつけたとは聞いていない。偶然だとしたら、なかなか面白い縁だと思ってね」
「光…」
ヒカリがつぶやく。古アーストリア語というのは、要するにカタカナエセドイツ語のことなのだが…オイオイ、ヒカリよ、何で微妙に嬉しそうな顔をしてるんだ!?
「実の兄の前で妹を口説くなよ! それに従姉妹だろう! あと、ヒカリも微妙に乗るな! そいつは親戚ではあっても敵なんだぞ!」
思わずツッコんでしまった。つい口調が荒くなる。
「従姉妹同士の結婚なぞ、貴族では珍しくもあるまいに」
「お前さんの義兄になるのは、御免被りたいね!」
「まあ、それは先走りすぎだな。私はヒカリ君と色々なことを話したいだけだよ。例えば、ノゾミ君と叔父上との間にある秘密の事などをね。何しろ、私も同じ秘密を持つのだから」
「え?」
「何っ!?」
さっきの話を聞かれてたのか! 驚いたような声を出したヒカリだが、僕には分かる。こいつ、リヒトの話に興味を抱いた!
「聞くな、ヒカリ!」
叫びながらリヒトに飛びかかる。AG戦の経験からすると、近接格闘戦なら互角にやれるはずだ。が、それはリヒトも分かっていたのだろう。ほぼ同時にリヒトもヒカリの方に突進していた。
驚きながらも迎え撃とうとするヒカリ。ただ、ヒカリの格闘戦能力は僕より一段落ちる。それでも並の大人なんぞよりは遙かに強いんだが、僕と互角のリヒトが相手だと不利だろう。ただし、2対1ならまず負ける心配はない。足止めぐらいは十分できるはずだ。魔法戦なら、もっと有利に展開できる。唯一心配なのは、リヒトはあらかじめ身体強化系の魔法をかけている可能性が高いということ。素の状態だと相当に不利になるだろう。だから…
「「俊敏強化、筋力強化!」」
「疾風走破」
僕とヒカリの声がハモり、身体強化魔法が発動する。これで何とかなるはずだ。だが、ほぼ同時にリヒトは風で後ろから押すタイプの高速移動の風魔法をかけてヒカリに向かって突進し、みぞおちを狙って肘を突き出す。ヒカリがそれを両腕でガードした瞬間、次の魔法が互いに発動する。
「麻痺!」
「麻痺っ!」
「拘束っ!」
ヒカリが麻痺を唱え終わるより一瞬早くリヒトの同じ魔法が完成し、ヒカリは麻痺する。この魔法は、せいぜい衣類や鎧程度の上からの肉体接触がないと効果を発揮しないので、完全な近接格闘戦でしか使えないのだ。剣での斬り合いや、AGの戦闘では無意味なのだが、逆にこういう状況では使える魔法と言える。
だが、同時に僕が今度こそ唱えた拘束魔法が発動してリヒトを捕らえる。対抗魔法が使えることは分かっているが、それを唱える時間を稼げれば、僕が追いつける。しかし…
「拘束破壊。沈黙」
「抵抗増強! 何っ!?」
リヒトが拘束を破るのは想定の範囲内だったが、同時に使った魔法に驚かされた。沈黙はその名の通り、周囲の空間の空気の振動を止めて音を出なくする風魔法だ。この世界の魔法や魔道具は、必ず発動に言霊、すなわちキーワードを必要とする。この魔法を使えば指定した空間内では一切音が出ない。つまり、新しく魔法を使うことができなくなる。完全な魔封じになるのだ。
その直前に僕がかけたのは耐魔抵抗力増強の魔法だ。麻痺のような相手に状態異常を起こさせる魔法は、強く集中することで対抗もできる。その抵抗力を上げる魔法なのだ。もっとも、さっきのヒカリのように魔法をかけることに集中している状況ではかかってしまうけどね。これで、気を張っていれば、いくらリヒトの魔力が強くとも麻痺にかかる確率はかなり減る。それで近接格闘戦に持ち込もうと追撃していた僕だったが、この沈黙という選択には一瞬驚いてしまった。なぜ、この状況で互いに魔法が使えなくなるような手を打つ!?
そして、次の瞬間に気がつく。僕の驚きの声が出ている! つまり、沈黙の魔法はまだ効果を発揮していない!!
ほんの一瞬の隙。それでリヒトには十分だった。さっきの僕のトラースキックに対抗するような後ろ回し蹴り。慌てて飛び下がって避けた僕に対して、リヒトはヒカリを抱きかかえながらニヤリと笑って魔法を唱えた。
「瞬間移動」
「追跡…」
リヒトとヒカリの姿がかき消える。慌てて、転移先の正確な位置を探知する追跡の魔法をかけようとした僕の声は、呪文が完成する前に宙に消えていく。沈黙の魔法が効果を発揮したのだ。
時間差での効果発揮。それがリヒトの手品の種だ。魔法は呪文を唱え終わった瞬間に発動する。だが、魔法というのはイメージ力で操作するものだ。発動しても効果を発揮する時間を遅らせるようにイメージすれば、発動後すぐにではなく時間差で効果を発揮させることも可能なのだ。特に沈黙のように空間にかける魔法なら、自分を起点として発動させておいて、指定の時間後に効果を発揮させるようなことも不可能ではない。かなり難しいイメージ操作になるが、リヒトはこの短時間でその複雑な操作をやってのけたのだ!
十数キロ先だろうか、北の方にヒカリの魔力を感じる。これは、魔力感知の効果ではない。魔力感知でそんなに広い範囲は感知できない。僕たち双子の間の共感能力なのだ。前世でも、双子の間には何か特別な共感能力があるというようなオカルト話っぽい説があったが、こちらの世界では魔法や魔力がある分、しっかりとした特殊能力として存在している。50キロも離れればさすがに感じることはできなくなるが、それより近くならば互いの魔力を感じ取ることができるのだ。ただし、これも魔力隠蔽をしていたりすると分からなくなるのだが。
そうか、双子ならリヒトとリーベもそうだ。リヒトも戦闘中にリーベの魔力を感知して、屋敷の方にいることを知ったんだろう。それで、バルバロッサに囮の攻撃をかけさせて注意を引いておき、リーベに直接接触するために単身で屋敷に潜入してきたわけだ。
慌てて、階段を駆け下りると、途中で僕の足音が聞こえ出した。沈黙の効果範囲から出たらしい。感じられるヒカリの魔力のあたりを指定して瞬間移動の魔法をかけようとした瞬間に、ヒカリの魔力が消えた。再度、別の所に瞬間移動したのか?
「瞬間移動」
かまわず、そのあたりに瞬間移動する。すると、ヒカリの魔力が東の方で、北東に向けてかなりの高速で進んでいるのを感じる。まさか…
「望遠!」
強化された僕の視線の先には、赤色の戦艦の姿があった。
「畜生っ!!」
無理だ。さすがに徒手空拳であの戦艦に潜入するほど無謀なことはできない。今ここにブレバティがあれば…ダメだ、ドラゴンの魔力残量は1割未満。あの戦艦を叩き落とすにはさすがに魔力が足りない。ここに持ってくるだけで魔力が底を尽きかねない。
そうだ、オグナに連絡をして…と思った瞬間、何かの音がした。音楽? それも、この世界の音楽じゃない。前世の音楽だ。元祖スーパーロボットの主題歌のメロディじゃないか!
音源を探ると、ズボンのポケットに入れておいたドラゴンのリモコンから音が出ていた。見ると、水晶画面に「着信:オグナ」の文字が見える。これは魔道通信機も兼ねていたのか!
「コール! すぐにロプロスにバルバロッサを追わせてくれ!! 現在位置はオグナ北方約20キロ…」
空間魔法の発動を感じると同時に、バルバロッサの姿がかき消える。
「バルバロッサの転移を確認しました。クラリッサ、追跡して」
マーサさんの冷静な声が聞こえる。
「ノゾミ君、どうしたの? バルバロッサが突然撤退を始めたのを見た艦長がノゾミ君に連絡するように言ったのだけど」
「ヒカリがさらわれた! バルバロッサに連れ込まれてる!!」
「なっ!? クラリッサ、転移先は確認できた!? …そう」
僕の答えに驚いたマーサさんが、探査担当らしき人に転移先を確認していたようだが、その言葉が急に力を失う。
「転移先は14時の方角約200キロ。国境線の先、帝国領です。残念ながら、ロプロスの追尾可能範囲を超えています」
「そんな…ヒカリ…」
マーサさんの報告を聞いて力が抜ける。
「詳しい報告はこっちで聞くから、リーベたちを連れてオグナに戻れ。おい、ノゾミ、聞いているのか?」
通信に割り込んできた父さんの声を聞きながら、僕はバルバロッサが消えた方角を呆然と眺めていた。
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戦艦オグナの士官室にある大机を囲んで、僕と父さん、母さん、リーベ、ツバサ、ツバメ、クー、カイが座っている。本来は会議室を使うべきなんだろうが、動揺している子供を会議室に入れるよりは、まだ生活感のある士官室の方がマシだろうという父さんの判断で、関係者以外立ち入り禁止にして使っているのだ。
「最初に言っておくが、ヒカリの命の心配はしなくていい。また、ひどい拷問を受けたり暴行される可能性も無いと断言しよう」
父さんが冷静に話す。
「何でよ!? ヒカリは美人よ! 敵に捕まって、ひどい事をされないって保証がどこにあるのよ!?」
クーが食ってかかるが、その事については僕も心配していない。なぜなら…
「まず、第一にヒカリはリヒトの従姉妹にあたる。第二にヒカリは帝国の皇位継承権第9位を持つ皇族だ。それに手を出すような真似をする奴がいたら、それこそそいつの首が物理的に飛ぶ」
「「「「ええええええっ!!?」」」」
クーはもちろん、カイ、ツバサ、ツバメの口から驚愕の声が漏れる。当然だろう。
「リヒトと従姉妹って、どういう事!?」
「皇族ってのは何だ!?」
「コウイケイショウケンって何?」
「ツバメも従姉妹なの?」
ほぼ同時に全員が疑問を口に出したのを、父さんが制する。
「一から説明しよう。母さんの結婚前の名前はクリスティーナ・アーストリア。アーストリア帝国の先々代皇帝フリードリッヒの第一皇女だった。その兄が先代皇帝ハインリッヒ。リヒトとリーベの父親にあたる。お前たちの伯父にあたるので、リーベは従姉妹になるし、リーベの双子の兄のリヒトも従兄弟になるわけだ。なお、現皇帝ウィルヘルムはフリードリッヒの弟だから、母さんは皇帝の姪で、現皇太子ルードヴィッヒの従姉妹となる」
そこで一度言葉を切って、ツバサの方を向いて彼の疑問に答える。
「皇位継承権というのは、次の皇帝になる順番のことだ。その順位が、リーベは第1位、つまり次の皇帝に一番近い地位にあるということなんだ。これは皇太子であるルードヴィッヒよりも高い。だからこそ、リーベが狙われたんだ」
父さんの説明を受けて、当の母さんがゆっくりとうなずく。身長は165センチとヒカリより少し低いが、鮮やかな金髪のロングヘアと碧眼の持ち主で、現在34歳なのだが20代半ばにしか見えず、ヒカリとは親子というより姉妹に見えるくらいだ。
「わたくしは、お父さまと結婚して皇族の地位を捨てる積もりでした。ですが、帝国の皇位継承権の制度は複雑で、外国の貴族と結婚したくらいでは、継承順位が下がっても放棄はできないのです。また、帝国は皇帝の権力が強いものの、それを抑えるために選帝侯会議があり、その議決がなければ皇位継承権の放棄ができないのです。わたくしの皇位継承権の放棄は、現皇帝に反対する勢力の政治的な思惑から受け入れられませんでした」
母さんは、おっとりした話し方をするので温厚な人と思われがちだが、冒険者時代はS級の腕っこきで、実は「破壊女帝」なんぞという恐ろしげな異名を取っていたという人である。怒った時の怖さは父さんなんかとは比べものにならない。ただ、不思議なことに、ヒカリを誘拐されたというのに、そんなに怒っている雰囲気ではない。なぜだ?
…ってか、その前に何で第一皇女様が他国(それも一応仮想敵国)で冒険者なんぞやってたんだよ!? いや、確かに前に「実家のしがらみが嫌で家出して、この国に流れてきて冒険者やってた」とは聞いたけどさ。その「実家」とやらが結構上流階級っぽそうだとは思ってたけど、皇帝家だなんて想定外だよ! などと考えていたら、リーベが自分のことを説明しだした。
「同じように、私の皇位継承権の放棄も、反皇帝派の政治的な思惑から、選帝侯会議で認められませんでした。そこで私は叔母様を頼ってここに逃れてきたのです」
なるほど、そんな地位にあるなら、自分の身を守るための訓練も必要だわな。
「兄は本来皇位継承権第1位でしたが、ルードヴィッヒに皇位継承権を譲るためにホーフェン公爵家の養子に入りました。帝国の公爵家は元皇族が臣籍降下した場合に立てられるので、準皇族扱いになり、下位ながら皇位継承権が認められます。名家ではありますが、もともとは20位くらいの下位にあったホーフェン公爵家は、兄が養子に入ったことで12位まで上がりました」
そこで一度言葉を切るリーベ。気分を落ち着かせるためか、机の上のアイスティーを口に含んでから話を続ける。
「それでもルードヴィッヒの皇位継承権は第2位。私の下です。だから兄は私にルードヴィッヒと結婚するように求めました。そうすれば帝室法の規定によって、ルードヴィッヒの継承権の方が上位に来るからです。でも、私はそれは嫌でした」
うつむくリーベ。少しの沈黙のあとに、思い切ったように話を続ける。
「ルーが嫌い、というわけではないです。幼い頃から一緒に育って、それこそ兄妹のように慕っていました。あなたたちのように」
僕とカイ、クーを見ながら言うリーベ。それを聞いて、微妙に顔をしかめるクー。僕は、そんなクーに気づかないふりをしながらリーベの言葉にうなずく。…微妙なんだよ、この話題は。そんな雰囲気には本当に気づかない様子でリーベは話を続ける。
「ただ、5年前、兄が急にホーフェン公爵家の養子に入ると決めた頃から、ルードヴィッヒはおかしくなってしまいました。それまでは穏健な融和派だったのに、突然強硬な武力統一主義に転向してしまったのです」
「神童皇子の強硬派転向な。連邦でも話題になった。その一年前にはウチの皇女様との婚約って話もあったくらいなのに」
父さんが補足した話題をリーベがさらに補う。
「それも、私が帝国から逃げた理由の一つです。ホムラ様とルードヴィッヒは本当に仲が良かった。まだ幼くとも、本当に慕い合う関係に見えました。あのまま、帝国と連邦が融和を進めていれば、こんな戦争など起きるはずもなかったのに…」
僕もほんの数年前までの緊張緩和を思い出す。もともと帝国を仮想敵国とする軍事同盟から始まった十カ国連邦だが、それが功を奏して細かな国境紛争はともかく大規模な軍事衝突は50年以上起きていない。それだけ平和な期間があれば、貿易などの経済交流や文化交流も進む。ヤマト皇国の第一皇女であるホムラ様が帝国に留学されたのもその一環だった。ホムラ様もリーベやルードヴィッヒと同じ年齢~つまり僕たちとも同じ~だし、仲良くなったのだろう。絶句したリーベをフォローするように、父さんが言葉を継ぐ。
「だが、ルードヴィッヒは強硬な武力統一派に転向した。『世界は単一の政体によって統一されねばならない』という大義を振りかざし、その早急な実現のためには武力統一もやむなしと言い放った。言うだけでなく、それを実現するために自分の私兵『皇太子親衛隊』を作り、それの戦力を着々と高めていった。開発されたばかりの魔法、最新鋭の魔道具を駆使して、それまで存在しなかった魔道飛行戦艦や、世界初の量産型AGを作り上げ、戦力化し、ついに連邦に戦争を仕掛けてきた。たった5年間でだ」
「それで、ついたあだ名が『狂太子』」
「だが、俺の見るところルードヴィッヒは狂ってなどいない。恐ろしく冷静に、冷徹に世界統一のための計算をしている」
父さんの総括を受けて、僕がルードヴィッヒのあだ名をあげたのだが、父さんはそのあだ名を否定した。
「そうです。ルードヴィッヒが狂っているなら、まだ止める手立てはありました。しかしルードヴィッヒは狂ってなどいません。なのに、なぜあんなにも『急ぐ』のか、私には理解できないのです。そして、なぜ兄が、リヒトがルードヴィッヒに協力するのかも」
そして、一度言葉を切ると、僕の方を見て一瞬ためらったあとに言葉を続けた。
「それ以上に、私はあの二人の異常さが怖い。ルードヴィッヒも、兄も、幼い頃から信じられないほど頭が良かった。私にはまったく理解できない大人の話を、簡単に理解していた。魔法だって、普通の子供とは比べものにならないくらい上手に扱っていた」
隠していた思いを吐露しているからだろうか、言葉遣いが変わっている。目を伏せて話を続ける。
「最初は分からなかった。二人とも頭がいいとしか思っていなかった。けど、少し大きくなってほかの子供と会うようになって、兄とルードヴィッヒの異常さがはっきりと分かった。ホムラ様も頭のよい子だったけど、まだ普通の範囲内だった。でも、兄とルードヴィッヒは違う。あれは、あの人たちは、子供の皮をかぶっているだけの大人としか思えなかった」
そして、言葉を切ると、自分の言葉づかいが変わっていることに気づいたのか、視線を上げ、口調を改めて話を続ける。
「異常な天才児というのは、今まで何人も生まれてきました。世界に変革をもたらしてきた天才。歴史に名を残す偉人。幼い頃から頭角を現し、世界を変えてきた人々。後には天才、偉人と褒め称えられる人たち。でも、彼らの伝記を読むと、幼い頃にはその異常さを恐れられ、異端視されてきたことが分かります。彼らは、こう呼ばれてきました。『鬼子』と」
そして、一度言葉を切ってから、改めて強く言い切った。
「兄は鬼子です! もちろん、ルードヴィッヒも!!」
アイキャッチ
「神鋼魔像、ブレバティ!」