第3話 再会、兄よ… Bパート
アイキャッチ
「神鋼魔像、ブレバティ!」
「艦長、大至急艦橋においでください。敵艦が接近中です」
「コール、すぐ行く!」
父さんが答えた。だが、敵艦接近だと!? 何でこのタイミングで?
「お前も来い」
「了解。だけど、何でこのタイミングなんだ? この艦を狙うなら、さっきの戦闘をそのまま継続した方が良かったはずだ」
疑問を口に出す。折れた主翼は僕が応急修理してしまった。あのまま戦闘を続けていたら、修理している余裕なんか無かったろう。リヒトの愛機は魔力がほぼ空だったはずだから戦力にはならないので撤退したのかと思ったのだが、このわずかな間に魔力の補充が完了するとも思えない。あの機体が戦力外のままなら、今このタイミングで攻撃をかけてくる理由が分からない。
「まず状況を把握しないと判断できん」
言いながら、エレベーターで艦橋に降りる。
「艦長、艦橋に入室!」
警備兵のかけ声と共に艦橋に入ると、正面の窓~つまりスフィンクスの目~の間にある大型水晶スクリーンに、魔力波探知機の探知結果が表示されている。前世のレーダー表示のPPIスコープのように、オグナの位置を中心に地形図が重ねられ、敵艦の位置が表示されている。22時(北西)方向から直線的にこっちを目指している。
「距離40万メートル。時速300キロで接近中。敵艦有効射程圏内まで約2分」
「総員第一種戦闘配置。魔力防壁展開」
マーサさんの報告に対して父さんが戦闘配置と魔力防壁展開を命令する。魔道戦艦も魔道具の一種ではあるが、複合魔道具になる。全体の起動は起動専用の魔道具を使って艦長が行うが、艦体各部の機能の操作は、それぞれの担当者が行う。例えば主任オペレーターのマーサさんは、艦内と艦載機への通信と管制が主な担当なので、通信機の操作と指示に専念する。魔力防壁装置や魔力弾砲塔にもそれぞれ専任担当がいて、それぞれの魔道具の操作を行っている。
「艦長、主翼は外装の修復はできていましたが、内部の魔法石が紛失していて艦体浮揚に必要な魔力を確保できません」
「飛べん、か。動けなければいい的だな」
「本艦にはまだ主砲が搭載されておりません。砲撃戦を挑むことも困難です」
「ちょ、主砲が無いって、どういう事!?」
マーサさんの報告のうち、主翼の状態については一応予測の範囲内だったけど、その次の言葉には驚いて思わず聞き返してしまう。
「艤装70%の状態で無理矢理引っ張り出してきたんでな。飛べるし、転移もできるし、近接防御火器は載ってるが、主砲はまだだったんだ」
「公試運転どころか艤装すら完了してなかったのかよ。無茶すぎるだろ…」
「俺に使える物がほかに無かったんだからしょうがないだろ。この状態で『バルバロッサ』を相手にするのは正直きついが、手段は無いわけじゃない」
「『バルバロッサ』?」
父さんの口から出た固有名詞に非常に嫌な予感を覚える。
「『紅の男爵』の赤い戦艦の名前だ。有名だが知らなかったのか?」
「…皇帝の旗艦は『ブリュンヒルト』とか言わないよね?」
「惜しい、皇帝じゃなくて皇太子の旗艦だ。皇太子親衛艦隊総旗艦『ブリュンヒルト』。『バルバロッサ』の同型艦で白銀の美しい戦艦だぞ」
「銀河英雄さんですかい!? 同型艦には『ベイオウルフ』とか『トリスタン』もいるんだろうな!」
「残念、3番艦は黒色の『ティーガー2』だ。4番艦以降の艦名はまだ不明だが、お前の予想はきっと当たるだろう」
「なぜそこで中途半端に戦車になる!?」
「知るか、帝国に聞け」
色々と精神的なダメージを受けてしまった。まさか皇太子まで転生者じゃないだろうな…って、そんな事考えてる場合じゃないか。
「僕は初号機で…」
「お前とヒカリの機体はまだ魔力が足りんだろう。屋敷に持って行って急速充魔機を使え。オグナ自体が周囲の魔素を取り込みまくってる最中だから、中に置いておいても充魔効率が悪い」
「っく、了解」
出撃を申請しようとしたら、止められた。魔道エンジンは周囲の魔素を取り込んで魔力に変換する。オグナの強力な魔道エンジンが全開で魔力変換を行っていれば、当然魔素はそちらに多く取り込まれてしまい、ブレバティの取り込む魔素は減る。そうした魔素の取り込みを補助する急速充魔機という魔道具もあるのだが、オグナにはまだ未搭載だった。そりゃそうだ、主砲すら積んでないんだから。で、AG研究をしていたウチの屋敷には急速充魔機があるから、そこで魔力補充する方が早いわけだ。
「ついでに、屋敷に戻ったらツバサとツバメも保護しとけ。リーベと一緒に買い物に行ってたらしくて、さっきは居なかったんだが、もう屋敷に戻ってるはずだ。あ、母さんはもう本艦のサブCICで副長として指揮をとってるぞ」
弟たちと母さんの現状も教えてくれた。あとリーベも屋敷にいるのか。リーベは僕たちの従姉妹で、母さんの兄の子だそうだ。現在14歳のやはり危険な子供たち。伯父さんは僕たちが生まれる前に亡くなったそうで、母親も亡くなった5年前に母さんを頼ってウチの村に来て、それから一緒に住んでいる。もう5年にもなるのに、今ひとつ打ち解けてない感じがするのだが、幼い頃から一緒に暮らしているツバサやツバメはよくなついている。…とか思っていたら、父さんが変な事を言いさした。
「…いや、むしろリーベを守ってやってくれ。何も無いとは思うんだが、この攻撃は確かにおかしい。陽動だった場合、屋敷を狙ってくる可能性はある。その場合のターゲットはリーベだ」
「へ? 何でリーベを?」
「そいつは後で説明する。頼んだぞ」
「分かった」
いまいち納得はいかないが、確かにリーベには謎めいたところがある。まさか…いや、今は考えるのはよそう。
「コール 全艦。ブレバティパイロットは全員格納庫へ集合。準備が整い次第、順次出撃せよ。カイとクーは本艦直衛、ノゾミとヒカリは屋敷で充魔を優先せよ」
「了解」
父さんが直接艦内通信機を通じて命令すると、インターコムからカイの返事が返ってきた。僕も格納庫に向かおうとすると、父さんが何かを投げてよこしたので反射的に受け取る。本と…スマートフォン!?
「ドラゴンのマニュアルだ。導入しておけ。そっちはドラゴンのリモコンだ」
「リモコン!?」
「離れた場所から起動して呼び寄せが可能だ。が、とりあえず今は出撃と移動を優先しろ」
「了解」
マニュアルとリモコンを持って格納庫へ急ぐ。エレベーターで降りる時間があるから、その間にマニュアルを導入しておこう。
「我は求める、知の淵源たる書よ我が内なる叡智に新たなる知識を加えたまえ、導入!」
呪文詠唱付きで導入の魔法を唱える。すると、マニュアルの表面に青い光で六芒星の魔法陣が描かれ、そこから放射された光が僕の額に吸い込まれていく。本の厚さや内容の多少によって必要な時間や魔力が変わってくるが、これだけで僕の頭にはマニュアルの内容がすべて入ってくる。エレベーターが止まる前に、導入の魔法も終わっていた。
この導入の魔法こそが、この世界が前世にも負けない高度な文明を築くに至った最大の要因と言ってもいい。いかなる本であろうと、その書かれている内容をわずか数分、長くてもせいぜい十数分の時間で人に覚え込ませることができるのである。つまり、この世界に「詰め込み教育」というものは存在しないのだ。…これ、世界レベルで反則だろう。
このため、この世界には逆に高等教育機関はほとんど存在しない。寺子屋レベルの地域教育で初歩の計算や読み書きを覚えれば、それ以降は全部導入で済むからだ。印刷などの印刷魔法が完成して既に500年以上たっているから、本は普通に世界中に広がっている。導入の魔法も、開発当初は秘匿されていたようだが、すぐに世界中に広がってしまった。今では、魔力感知と並んで、この世界の人類なら誰でも使える初歩魔法である。だから、前世の中学や高校のような教育機関は不要なのだ。より高度な学問については、父さんの魔像研究所のように専門的な研究を行う組織はあり、そこで徒弟的に高度な知識を学んだり研究したりすることはできるが、前世の大学のようなまとまった形にはなっていないのだ。
その一方で、本では手に入らない実技の習得のための教育機関が多くなっている。剣術や体術はそれこそ道場がたくさんあるし、魔法も実践的な魔法道場で使い方を学ぶのだ。僕たちは、そうした実技は両親たちに学んだけどね。
例外として唯一存在する高等教育機関が帝国の士官学校である。約5年前に設立されたばかりで、その名の通り帝国軍の士官を育てるための学校だ。詰め込みの知識だけじゃ戦闘の指揮はとれないから、戦略や戦術と、実戦の指揮を教えるということなのだろう。そう考えると、これも実技寄りと言えなくもない。
…というワケで導入が済んだマニュアルの内容は既に頭の中にあるのだが、初号機には予想以上に色々な機能がついていた。飾りかと思ってた背嚢にもちゃんと飛翔や浮遊の魔道具機能がついてたのね。傷がついたから壊れてそうだが。うわ…実戦的な機能も当然多いけど、父さんの趣味むき出しのも多いな。本当に余計な機能をたくさんつけすぎたから、実戦投入で遅れを取るんだよ!
格納庫に入ったが、ヒカリ達はもう自分の愛機に乗っているようだ。僕も急いでドラゴンのコクピットに向かう…待て、せっかくだからリモコン使うか。
「ブレバティ・セットアップ、認証 ノゾミ・ヘルム!」
スマホ型のリモコンを右手に高く掲げて叫ぶ。…ごめん、僕の中の厨二心がうずいてしまったんだ。いいじゃないか、14歳は前世ならリアル中二の年齢なんだから!
リモコンに魔力が吸われるが、ほんの少しだ。これは本当に認証に使っているだけみたいだな。
と、駐機場のドラゴンの目が光り、一歩前に進むと僕の前でしゃがみ込んで右手を差し出してきた。僕が手の上に乗ると、そのまま立ち上がりつつ手をコクピットの前に持ってくる。これを自動で行っているんだから、なかなか大したものだ。
「坊ちゃん、済まないがバックパックの修理はできてないぜ! つい一眼巨兵の残骸を見ちまってなあ」
と、知った声が聞こえてきた。父さんの研究所のヤマムラさんだ。格納庫の隅に置いておいた一眼巨兵の方からこっちに走ってくる。この人、僕のことはいつも「坊ちゃん」と呼ぶんだよなあ。魔像作りと整備にかけては凄腕の研究者で職人であり、ついたあだ名が「魔像職人」。父さんの弟子として、部下として、得がたい人材であると同時に、類は友を呼んでいる好例だろう。
「いいですよ、別に。ところで、一眼巨兵の魔道エンジンってどこにあるか分かりました?」
どうせ飛翔なんか自前の魔法を使えばいいのだから気にはしない。それより、今後の戦闘で一眼巨兵の弱点となり得る急所の場所は知っておきたい。
「胸だな。腹のコクピットの上だ。それにしても。一眼巨兵は本当に詰まらん魔像だぞ。魔道エンジンとコクピットと感覚器以外は何もついてない。魔道通信機すら無いんだ。中身は無垢のミスリウムだけ。確かに頑丈でパワーはあるし、量産効率も高そうだが、それしか取り柄がないぞ」
ヤマムラさんも父さんの同類で、もっと芸の細かいものを作りたいんだろう。それは分かる気もするが、軍用兵器としては「武人の蛮用に耐える」シンプルさは取り柄だろう。魔道エンジンの場所が分かったのは収穫だ。
「了解です、ありがとう。出ますんで、待避してください」
お礼を言ってからコクピットに入ってハッチを閉じ、前と同じようにシートに座ると、操縦桿とペダルを通じて魔力が流れ出し、ドラゴンとのリンクが確立される。
「同調率100%」
確認してから、機体内の魔力残量を探る。だいたい20%弱というところか。少し回復したが、確かに長時間の実戦は無理っぽい。…長時間、ならね。
「敵艦発砲、弾着まで5、4、3、2、1」
突然艦内放送でマーサさんの声が響き、カウントダウン終了と共に艦体に衝撃が走る。
「左舷前方に着弾、損傷軽微。敵艦との距離20万メートル」
まだ遠距離だから威力もそう強くはない。有効射程圏内とはいえ、魔力弾は遠くに飛ぶほど魔力を損耗する。至近距離での威力が一番強いのだ。
「ポセイドン、出るぞ!」
「ロプロス、行くよ!」
「ライガー、いっきまーす!」
みんな出撃する。僕もハッチから飛行甲板に出て、基本的な魔法をかけてから通信機でオグナの艦橋を呼ぶ。
「ドラゴン、準備整いました。出撃よろしいですか?」
「進路クリア、出撃よろし」
「了解。ドラゴン、発進!」
飛翔の魔法を操って飛び出す。北西方向を見ると赤色の戦艦が見える。距離は約20キロか。このまま直進してくるなら、あと4分で至近距離まで来てしまう。また発砲した。魔力弾が飛んできてオグナの左舷前方の側胴に当たるが、シールドで威力が落ちており、装甲を貫通するには至らない。
「望遠」
遠くを見るための魔法をかけて観察してみると、オグナとは違って流線型をしており、艦体後部上方に艦橋があって、その前部中央に主砲らしき三連装砲塔が3基あり、その左右に飛行甲板がある。その艦体側面には近接防御火器が並んでいる。…名前は銀河英雄さんのまんまだが、デザインはむしろ機動戦士の続編によくある戦艦タイプっぽいな。飛行甲板には既に右舷側4機、左舷側3機の合計7機ほど一眼巨兵が立って戦闘準備を整えているようだ。
一眼巨兵の7機くらい、たぶんポセイドンとロプロスで何とかできるだろう。でも、動けない上に主砲も無いオグナがあの戦艦を相手取るのは少し大変そうだ。父さんは何か隠し球があるような事を言ってたけど、ここは少しでも手伝っておくのが親孝行ってモンだろう(黒笑)。
僕は、ブレバティ・ドラゴンの機能を思い返し、まず剣を取り出すことにした。
「ドラゴン・ブレード!」
キーワードと共に、ドラゴンの胸のXマークの飾りが外れ、下から柄が、上から刃が伸びていく。…父さん、どこの超電磁マシーンですか、これは?
内心で愚痴っている間に刃渡り8mほどの湾曲した刃が完成した。…刃の形は日本刀だな。まあ、ヤマト皇国の騎士正装の佩刀は日本刀なんで、お国剣術も引き切るのが主体の曲刀剣術が主流で、僕は当然それも習ってるから、使いやすいと言えば使いやすい。右手でつかみ軽く振るってみる。悪くなさそうだ。よし、やるか!
「マーサさん、すみませんけど、また命令違反しますよ。今度は冷静に、ですけどね」
「え、ちょっと、ノゾミ君!?」
「ちょっとだけ敵の戦力を削っておきます」
まだつながっている通信でマーサさんに宣言する。前の反省から、通信は切らずにそのままにしておこう。イメージを頭に浮かべて集中しながら詠唱付きで魔法を唱える。
「我は求める、我が身よ時と空間の狭間を通りて瞬時に彼方へと移りたまえ、瞬間移動!」
次の瞬間、僕は敵艦の右舷飛行甲板上にいた。即座に、一番手近にいた一眼巨兵の胸をドラゴン・ブレードで貫き、引き抜いた返す刀で右腕を落とし、片膝立ちにしゃがむとそいつの両足を薙ぐ。たちまち、胸の魔道エンジンを破壊され、両足を失った一眼巨兵が甲板に転がる。これで戦闘不能だろう。
ちなみに、魔道エンジンは、名前こそエンジンだが、実際は「魔道エネルギー変換システム」とでも呼んだ方が正しい魔道具で、別に壊しても爆発するようなものではない。また、壊すとそれ以降の魔力変換ができなくなるが、それまでに体内に溜めてある魔力を使えば動けるので、それを壊したからといってAGが動けなくなるわけではない。それにもかかわらず、まず魔道エンジンを壊したのは、敵の継戦能力を奪うためだ。魔道エンジンは精密な魔道具だから、壊してしまえば修理に時間がかかる。両足を切っておいても修復の魔法をかけられれば修復されてしまう可能性が高いが、魔道エンジンはそうはいかない。普通の状態なら、いくら魔力が残っている状態でも修理完了までは戦闘復帰はできないだろう。
「ひとぉつ!」
挑発するように言ってから、次の一眼巨兵に斬りかかる。こいつは反射的に槍斧で僕の斬撃を受けたが、ドラゴン・ブレードはそのまま斧の刃を叩き斬り、一眼巨兵の胸まで斬り下げる。これで2機目も魔道エンジンはお釈迦だろう。コクピットを斬らないように脇に刃を抜き、返す刀でこいつも両足を薙いでおく。…戦争なのに甘いと思われるかもしれないが、殺さないで済むなら殺したくはない。
「ふたぁつ!」
言いながら、背後から斬りかかってきた一眼巨兵に振り返りざまに下段から斬り上げる。今度は槍斧の柄を斬って斧と槍先部分を飛ばし、そのまま返す刀で胸を両断する。魔道エンジン部分で上半身と下半身が泣き別れになったのを見て、足を斬る必要はないと判断してそのまま、こちら側の飛行甲板にいる最後の1機に斬りかかる。
「みぃっつぅ!」
「雷撃!」
最後の1機は僕の声に重ねるように気合いの入った魔法を撃ってきた。雷撃魔法は正に電撃の速度で襲ってくるので避けられない!
バチバチバチ!!
雷撃がドラゴンの胸を直撃する。僕の胸にも痺れが走る。しかしっ!
「よっつぅ!!」
雷撃の直撃を物ともせずに、4機目の一眼巨兵を袈裟斬りにする。首筋から左脇にかけて斜めの線が走り、その上の部分が甲板上にずり落ちる。
何の攻撃魔法が来るか予想できなかったので、雷撃防壁は張っていなかったが、代わりにあらかじめ魔力防壁を張っておいたのだ。防御効率は6割しか無い代わりに、こいつは属性に関係なくあらゆる魔法攻撃を防げる。こういう乱戦的な状況では役に立つ魔法なのだ。それにしても、4割の威力でも大したダメージは受けていないのだから、リヒトの雷撃に比べると相当に温いね。
と、こちら側の味方機がいなくなったのを見たのか、艦体中央部の主砲がこちらに向けて旋回する。さすがにアレの直撃を、この至近距離で食らったらタダじゃすまないだろうが、しかし…
「当たらなければ、どうということはない!」
言っちゃったよ、つい。何せ主砲だけあって図体がでかいから動きも鈍い。おとなしく狙われるのを待つ必要なぞ無いので、射線上から逃れて、素早く第三砲塔の横に接近すると、あっさりとドラゴン・ブレードで3本の砲身を切り落とす。砲口径40センチはありそうな大型魔力砲だが、こうなってはガラクタだ。すぐに第二砲塔と第一砲塔も同じ目にあわせる。これで、オグナを遠距離砲戦で叩くことはできないはずだ。
艦体側面にある近接防御火器は、飛行甲板上から主砲塔のあたりは艦体自体が邪魔になって狙えない死角になっている。もっとも、小口径砲なら魔力防壁を張ってあれば致命傷は受けないだろうけど。
反対側の飛行甲板から残り3機の一眼巨兵が艦体中央に上ってくる。相手をしてやってもいいけど、そろそろ魔力残量が気になってきたので、逃げることにしようか。
「残念だけど、そろそろ帰りの時間でね。瞬間移動」
今度は詠唱無しで魔法を唱える。移動先はウチの屋敷。
「何やってんのよ、バカ兄貴っ!!」
着いたとたんにヒカリの罵声のお出迎えだよ。普段は「お兄ちゃん」なのに「兄貴」に変わってるのは機嫌が悪い時の特徴だ。
「ん~、残り魔力が2割くらいあったから、この程度ならできるかと思って。何しろ、ブレバティ・ドラゴンの魔力量って桁違いだから、この巨体を瞬間移動させても5%くらいしか魔力を使わないんでさ」
「…成算はあったのだとしても、勝手な行動は慎んでください!」
ヒカリに説明してたら、まだ通信がつながってたのでマーサさんにも怒られた。まあ、当然か。
「すみませんでした。あとで父さんには直接謝ります」
「しっかりした子かと思ったけど、やっぱり我が儘ドラ坊ちゃんだったのかしらね。でも、実際一眼巨兵4機と敵艦の主砲を無力化してくれたのは助かったわ。ありがとう」
「お礼なんか言わないでくださいよ、命令違反は命令違反ですから。それでは僕たちは命令通り屋敷で待機し、充魔が終わりしだい合流します」
「了解です。通信終了」
「通信終了」
通信を切ると、ドラゴン・ブレードを胸に収納してから屋敷裏の充魔機の所に移動し、充魔モードにしてから降りる。隣ではヒカリが同じことをやってライガーから降りてきていた。充魔機とは言っても、別に大がかりな魔道具があるワケではなく、地上に半径10メートルほどの六芒星魔法陣が描かれ、その六芒星の頂点に集魔結晶が配置されているだけである。この六芒星の中心は魔素が集まりやすいのだ。充魔機は1つしかないので、中心部に2機並べて駐めている。
屋敷に入ると、すぐにツバサ、ツバメと執事のアルフレッドが来た。まだ29歳だが、ビシっと執事服を着こなしていて、顔もなかなかハンサムだ。独身なので村の若い女性にモテモテなのに浮いた噂はあまり聞かない。父さんが冒険者時代に知り合ったそうで、僕が生まれた時からずーっと我が家の執事をやってる。…14年前なんだから成年したばかりのはずなのに、既にビシっとした執事やってたんだが、一体どこで修行してたんだろう?
「ただいま。ツバサとツバメは出かける用意をしとけ。AGの充魔が終わったら一緒に父さんの戦艦に行くぞ。リーベはどこだ?」
「「お帰り、にーちゃん、ねーちゃん!」」
「お帰りなさいませ、ノゾミ様、ヒカリ様。リーベ様はご自分のお部屋かと思われます」
「にーちゃん、オレたちもあのAGに乗れるのか?」
「乗りたい乗りたい!!」
ツバサとツバメは、初めて見るタイプのAGに興奮気味だ。なお、聞いて分かるようにツバサは父さんの「僕」矯正の対象になっていない。このあたり、微妙に思うところではある。
「乗せてやるから、ちょっと待ってろ。今リーベ呼んでくる。ヒカリはここでこいつらを見てて…」
「あたしも行く!」
食い気味にヒカリが言って来た。単に2階の私室に呼びに行くだけなのに、何か用でもあるのか?
「それじゃあ、アルフ頼む。何も無いとは思うが、一応警戒しててくれ。ツバサとツバメも、何か持って行く物があるなら準備しとけよ」
「かしこまりました」
「「了解!」」
アルフレッドは優雅に一礼し、弟たちはビシッと敬礼する。弟たちの敬礼はテレビの騎士物の影響だろう。前世のヒーロー物に相当するのが、我が国のテレビでは騎士物語なのだ。ちなみに、我が国の騎士敬礼は右手の拳を左胸に水平に当てる、あの某宇宙戦艦式だったりする。王侯に対する場合や儀式の際の最敬礼は、それに片膝をついて頭を下げる形になる。なお、本物の騎士は「了解」を「ラジャー」とは言わないが、そこはテレビの演出というヤツだ…某科学忍者を思い出すなあ。
階段を上りながら、ヒカリに話しかける。
「何か話しでもあるのか?」
「兄貴と父さんは、一体何を隠してるのよ!?」
ストレートに聞いてきたな。しかし、どう答えるべきか。転生のことは話してもいいものだろうか…
「今まで、あたしたちの間には、何も隠し事なんて無かったじゃない! 子供の頃から、ううん、赤ん坊だった頃から、それこそトイレの間以外はず~っと一緒に暮らしてきたんだから。だから、兄貴に秘密なんてあるはず無いのに。それなのに、どうして兄貴と父さんの話を理解できないのよ!?」
トイレの間以外は大げさだが、それほど近い関係だったことは確かだ。ヒカリが混乱して怒るのも分かる。分かるんだが…
「すまないが、今ここで話せるような内容じゃないんだ。あとで父さんと一緒に説明するから…」
「何で今説明できないの!? 何で父さんと一緒じゃないとダメなのよ!! 何をあたしに隠してるのよっ!?」
「それは…」
言えるのか、僕に前世の記憶があることを。今までずっと一緒にいたのに、隠し続けてきた事実を。この世界に生まれた、その瞬間から一緒にいた大切な妹に。思わず絶句して歩みを止める。その瞬間、階段を上りきったところで微妙な違和感を感じた。
何だ、この違和感!?
「あ、ノゾミ、ヒカリ、お帰りなさい」
「リーベ、来るな!」
そこに僕たちの声を聞きつけたらしいリーベが自室の扉を開けて顔を出したので、とっさに警告を出す。
次の瞬間、廊下の壁が微妙にうねった!
「温度感知! っ衝撃波っ!!」
温度感知の魔法をかけたとたんに、壁際にちょうど人肌くらいの温度を持つ何かが存在することが分かったので、とっさに衝撃波を放つ。
「おっと!」
それをかわすためにコントロールが乱れたのか、無意味と分かって切ったのか、幻影の魔法が解け、人影が姿を現した。派手な赤い騎士服~帝国軍の高級士官用軍服だ~をまとい、顔には上半分を覆い隠す仮面。縦中心線の部分で少し湾曲しており、目の部分に横一文字のスリットが入っている以外には、何の飾り気もないシンプルな銀色の仮面。僕とほぼ同じか、わずかに高いくらいの背格好で鮮やかな金髪。テレビで見た帝国の宣伝番組に出ていたそのままの姿。そして、さっき直接聞いたばかりの、その声。
「『紅の男爵』様が直々にお出ましとは、この田舎屋敷に何のご用でしょうか? それにしても潜入工作には向かない服装かと思いますが」
「「『紅の男爵』!?」」
僕の言葉に驚愕するヒカリとリーベ。きれいにハモったな。
「お忍びで会いたい人がいてね。目的は説得だから変な格好をするわけにもいかないので軍服で失礼するよ」
僕の皮肉に悪びれもせず答えるリヒト。わずかに顔を傾ける。その視線~仮面でよく見えないが、大体の視線方向は分かる~の先にいるのはリーベ!
「ウチの従姉妹に何かご用でも?」
会話をしつつも、わずかずつリヒトに近づく。お互いに剣は持っていない。魔法を使うか、格闘に持ち込むか…。いずれにせよ、リヒトの方がリーベに近い。狙いがリーベなら守るにはどうするべきか。
ただ、こいつの目的はリーベに危害を加えることではないだろう。こいつの「赤い人」としてのお約束っぷりからすると、こいつとリーベの関係は…うう、考えたくない!
「話がしたくてね」
そう言いながら、リーベに向かって走ろうとするリヒト。しかし、僕の魔法もイメージの準備はできている。
「瞬間移動」
次の瞬間、僕のトラースキックがリヒトの顔面を襲う。瞬間移動の魔法では瞬間的な移動はできても、立っている方向は変えられない。リヒトに対していた僕がリーベの前に移動しても、リヒトに背を向ける形になる。そこで、背後に蹴り出すトラースキックで迎撃したわけだ。
「拘束破壊…何っ!?」
どうやら、僕が空間魔法を使うことは感知できていたようだが、場所にかかわらず相手を足止めできる「拘束」を使うと思って対抗魔法を準備していたらしい。後ろ向きのまま瞬間移動で前に出るとは思わなかったのだろう。予想外の事態に驚いたようなリヒトだったが、さすがと言うべきか僕のキックを紙一重でかわし、顔面への直撃を避ける。顔面への直撃自体は避けられたが、僕のキックはリヒトの仮面に当たり、顔から飛ばしていた。僕もすぐに振り返ってリヒトに向き合う。初めてさらされる仮面の英雄リヒト・ホーフェンの素顔。その顔は、僕のよく知っている顔に非常に似ていて…
「リヒト兄様!?」
「オイィぃぃっ!!?」
リーベの決定的な言葉を聞いて、予想していたとはいえ、あまりにもお約束な展開に思いっきり大声でツッコんでしまった。敵指揮官の妹が味方にいるって、あの大人気ロボットアニメのシリーズでは何回もあったし、「機甲戦記」でもあったよなあ。しかも、元皇子のリヒトの妹ってことは…
「『皇女様』ってお前だったのかよ…」
「じゃあ、ウチの村が狙われたのって?」
僕のつぶやきにヒカリが問う。
「そう、帝国の第一皇位継承者を確保するためだ。皇太子殿下ご自身は気にもされていないが、実の妹を政治的カードにされるのは私の気分が良くないのでね」
答えたのはリヒトだった。
「同じく妹を持つ身としては分からなくもないが、むしろ藪をつついて蛇を出してしまったんじゃないかい?」
「どのみち、この戦争が続く限り、そうなる危険性は常にある。それなら、初期戦略目標を達成した今のうちに動いておくべきかと思ってね。それに、なかなかいい手土産もできた。叔父上のAGの性能がここまで高いというのは、少し予想外だったのでね」
僕の揶揄に真面目に答えるリヒトだったが、聞き捨てならない言葉があったぞ、オイ!?
「叔父上だと?」
「不思議ではあるまい。リーベが君たちの従姉妹である以上、その双子の兄である私も君たちの従兄弟だ。君たちの父上は、私にとっての叔父になる」
「…それは、リーベが僕たちと一緒に暮らすための方便じゃなかったのか?」
だって、そうだろう。リーベは母さんの兄の子って言われてたんだぞ。だが、リヒトの父親ってのは帝国の先代皇帝だ。これを組み合わせると、僕たちが本当の従姉妹だった場合、非常に恐ろしい結論になってしまうのだが。
「方便にしては、似てないかね、我々は?」
「っ!」
ゆっくりと言われた決定的な言葉。そう、似ているのだ。5年前に突然現れたリーベが僕らの従姉妹として家族にも村にもあっさり受け入れられた理由。リーベは、母さんにそっくりなのだ。それは、母さん似の僕たち兄妹にもよく似ているということ。金髪碧眼であることを除けば、三つ子と言っても通るくらい似ているのだ。母さんも金髪碧眼であるため、下手をするとヒカリよりも実の娘に見えるくらいだ。
そして、その双子の兄にあたるリヒトも、実によく妹に、つまり僕たちに似ている。リーベや母さんと同じく金髪碧眼であることを除けば、僕と双子と言っても通るくらいに。
「知らなかったのかね、君たちの母上にして私の叔母上にあたるクリスティーナ様は、帝国の先代皇帝の妹で、今も皇位継承権第7位にあたる皇族なのだよ」
オイオイオイオイ、ちょっと待ってくれ!! 母さんが帝国出身だってことは周知の事実だし、普段の言動から、もしかして大貴族の家の出だったんじゃないか、くらいは薄々気づいてはいた。だからって、先代皇帝の妹だとか、皇位継承権第7位なんて話はちょっと想像の埒外だったんだが!? ってか、母さんが皇位継承権第7位ってことは、もしかして…
「もちろん君たちもそうだ。既に公爵家の養子に出て皇位継承権が第12位まで下がった私よりも、第8位、第9位である君たちの方が継承権は上なのだよ」
「「はいぃぃぃぃぃぃ!?」」
僕とヒカリの驚愕の声がきれいにハモる。いや、某超電磁マシーンの主人公兄弟みたく、実は敵国の王族だったというお約束もあるけど、自分の身になってみると、これはあんまりだろう。思わず僕はつぶやいていた。
「これって、何か違うんじゃないか…」
次回予告
リヒトから聞かされた衝撃の事実に動揺するノゾミとヒカリ。その隙と兄妹の間の不和を突いて、リヒトはヒカリを誘拐する。激怒し、落ち込むノゾミ。そしてリーベの口から語られたリヒトの事情と「狂太子」ルードヴィッヒの野望とは。
「兄は鬼子です!」
「…うん、出てくるよね、その言葉」
そしてヒカリとリーベ、さらに捕虜の女性パイロットを交換しろというリヒトからの要求に応じて向かった捕虜交換の場で起きる意外な出来事。
「いろいろな意味で、いっぱいいっぱいなんですケド…」
次回、神鋼魔像ブレバティ第4話「略奪されたヒカリ」
「これって何か違うんじゃね!?」