第20話 迫撃! ノイエ・シュバルツ・ゲシュペンスト Aパート
アバンタイトル
ナレーション「新部隊の指揮官は魔術師艦長と名乗り、あくまでもヘルム男爵とは別人と言い張った。指揮権引き継ぎの打ち合わせの際に、魔術師艦長は地球帝国との戦争の決着をつける方法は総統ルードヴィッヒを倒すことだとノゾミに伝える。そして、新部隊結成と共にロールアウトした新型機や新兵器の慣熟訓練がテストが行われるのだった」
オープニングテーマソング「戦え、ボクらのブレバティ」
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イモータル市から北方に100キロほどの山あい。イモータル山から延々と続く西デューラシア大陸中央部を分ける山岳地帯であり、地形が険しく自然条件も厳しいため、人の住む町や村は無い。その一角、どんな造山活動の影響なのか知らないが、山が割れて深い谷ができている。前世のグランドキャニオンを思わせる深い谷の底にドラゴンを立たせて、僕は人を待っていた。
AGの身長以上の深さがあり、なおかつ複雑に入り組んだ岩壁を持つ谷はAGを隠すには最適。なおかつ、このあたりは自然の魔力溜まりが多く存在する。魔素が自然に魔力に変換されて溜まっているので、魔力感知によって魔力を探ることが非常にやりにくいのだ。密会の場所としてもこれ以上の所は無いだろう。
コトリ…
石の落ちる音。
瞬時にドラゴンを走らせ、その音源に肘打ちを叩き込もうとした僕は、相手の姿を見てそれを寸止めする。
漆黒のAGが1機。魔力隠蔽で探知を防ぎ、幻影までかけて姿を消していたようだが、ドラゴンを見つけて幻影は切ったようだ。
僕が攻撃しようとしていたにもかかわらず、防御しようともしていないのは、決して対応ができなかったからではない。僕の攻撃が本気ではない事を見抜いていただけだろう。
「お待たせしてしまったかな?」
「いや、こちらが早く来ていただけで、時間通りだよ」
待ち合わせの相手、アイン・ガーランド中佐の問いに答えながら、ゆっくりと構えを解く。帝国軍第一艦隊司令長官ゲオルグ・ガーランド大将の長子にして、フィーアの兄。そして、これから行う秘密作戦におけるパートナー。
「それじゃあ、さっそく打ち合わせを始めようか」
そう言いながら、僕は頭の中で魔術師艦長の命令を再確認していた。
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「『R-1号作戦』って、惑星破壊級の核ミサイルでも開発する作戦なのか?」
司令官執務室で余人を交えず二人きりでの打ち合わせの際に、この戦争を終わらせるための最終作戦の名前を聞いて、僕は思わず魔術師艦長に問い返していた。なんたら警備隊7番目の隊員のお話で、どこぞの惑星を吹っ飛ばしたら星獣が怒って逆襲してきたミサイルと同じ名前じゃないか。あ、そういえばロボット大集合ゲームのオリジナル主人公ロボの中にもこういう名前があったな。
「違うな。このRは鎮魂歌から取ったんだ。たった一人に全ての責任を負わせて、そいつを討つことで世界を一つにするって作戦だからな」
「そいつが元ネタなら『R-0号作戦』にすべきだろう!」
ネタ元が分かったので更にツッコんでしまった。サブタイトルはさしずめ「反逆のルードヴィッヒ」…あれ、そんなに違和感が無いのはなぜだ?
いや待て、それ以上にツッコむべき所があるだろう!
「…それだと、ルードヴィッヒが死なないといけないんじゃないかい?」
「そうだ」
その返答に思わず目をむいて問い返してしまった。
「いいのかよ!?」
「実例がここにいる」
自分を指さす魔術師艦長。
「なるほど、そういう事かい」
「その方が、あいつも何かと動きやすいだろう。生きてたらどうしても軍事裁判だの何だのって事になるからな。それよりは、まったく別人の有能な戦士や指揮官として働いて貰う方が建設的だ」
「で、ルードヴィッヒを『殺す』のが僕の役目だと」
「悪の大ボスを倒すのが英雄の役目だからな」
「へいへい。で、ラスボスまで到達するための道案内をガーランド伯がやってくれるんだって?」
「うむ、それでだ、まず『寝返り』のための下準備として、お前とアイン中佐が打ち合わせをして、ゲオルグを密かにイモータルに連れてきてくれ」
「…つい先日帝国に捕まった人がいたんだが、ああ、今でも捕まってる事になってるけど、その人が全部打ち合わせを済ませてくれば良かったんでないかい?」
「まだ、そこまで作戦計画が立ってなかったんだ。誰がやるにせよ『寝返り』だからイメージがよくない。R-1号がゲオルグ、R-2号がリヒト、R-3号がホルスト大将…みたいな感じでいくつか計画を立ててたんだが、みんな押しつけ合っててな。結局はゲオルグが泥をかぶる事になったらしい」
「なるほどね。で、誰かさんが2回も行くのも何だから、今度はあっちに来て貰おうと」
「誰かさんの場合は気心の知れた娘がいたから、ぶっつけ本番でやれたんだが、ゲオルグの場合はそうもいかんからな。お前らが打ち合わせをして、他にバレないように密かに連れてきてくれ」
「了解。それでアインとの打ち合わせの場所は?」
「イモータル北方の山岳地帯だ。詳しい座標は…」
そこで、場所と時間を聞いた僕は「新兵器シルバーホイールの山岳走破能力テスト」の名目で、ドラゴンに乗るとシルバーホイールにまたがって、この地へ走ってきたワケだ。
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「作戦と言っても話は簡単だ。父上…いや、ガーランド大将が魔道戦艦で陣頭指揮を取るから、流れの中で『誘拐』する形にして欲しい」
つい普段の調子で父親を呼んでしまったようだが、作戦中は親子の関係ではないと思ったのか他人行儀な呼び方に切り替えたアイン。僕も他人の手前、父さんとの間合いの取り方は少し考えてはいたんだが、今は「他人」が指揮官になっているので、ある意味ではやりやすくなっている。
しかし、言ってきた事は無理難題だな。
「それを無理なくするのが難しいだろう。既に『瞬間移動妨害』があるから奇襲するワケにもいかないし」
「そこだ。全体の枠でガーランド大将がやる役を、今回は我々三兄弟がやる。これも一種の予行演習ということかな」
「つまり、護衛の君たちが寝返ることでガーランド大将を誘拐して、こちら側に連れ去るというパターンか」
「そうだ。そして、ガーランド大将が漏らした情報を元にルードヴィッヒ様を奇襲するという形になる」
「…泥をかぶるのが君たち兄弟にならないか?」
「父上とても泥をかぶる事は同じだ。囚われたとはいえ、敵に秘密を漏らすなど言語道断…と言われるだろうな。そんな世評を気にする人ではないが」
「…あの人、世評とか本当に気にしないタイプだよな」
「貴公の父親もそうだろう」
何か、お互い身につまされる話になってきた。
「そうなんだよ! 本当に世評とか気にしないんだから!! …いや、今回の仮面の件では少しは気にしてる様子も見せたけど、その後の言動を見るとフリとしか思えない。実際は世間体とかを気にしてるんじゃなくて、単に面白いからやってるだけとしか思えないんだよ!」
「面白いからやっているだけというのは同感だ。我が父上にしたところで仕事は真面目にやっているのだが、そこに趣味を織り交ぜてくるからどうにもならん。我々もフィーアもいい迷惑だ。ブラックフォックスの件では貴公とても巻き込まれたではないか」
「あれは本気でガーランド大将をぶん殴りたくなったよ。父さんにはこないだ本気で顔面に鉄拳叩き込んでスッキリしたけどね。ガーランド大将にも何か復讐したい所だけど…」
「やるかね?」
ん? アインの声が珍しくいたずらそうな調子を帯びたぞ。
「どうやって?」
「今回の作戦で、少し肝を冷やして貰うというのはどうだろうか?」
「というと?」
「貴公と我々が組んで本気で父上を謀殺しようとする、というシナリオはどうだ?」
「殺したいほど恨んでるワケじゃないから、説得力が足りないんでないかい?」
「そこでだ、貴公がまだ父親の『死』の真相を知らないということにしたらどうか?」
「それなら理由にはなるけど、ウチの部隊の編成のことを考えると、ちょっと無理くさい感があるなあ。あと、そっちの理由はどうする?」
「積もり積もった恨みだけでも相当なものだが、それに加えて今回の裏切りの件でガーランド伯爵家の存続に危機感を抱いた、という事でどうだろうか?」
「もう少し世間体を気にしろ、と」
「そうだ。多少辻褄が合わなくても構うまい。一瞬でも父上の肝を冷やせればそれでいいのだからな」
ふむ、それなら何とかなるかな。あ! それなら使えそうな面白い報告が空間魔法研究所から来てたな。
「瞬間移動妨害を停止させることはできるかな?」
「あらかじめ仕込んでおけば可能だ。何かあるのか?」
「例の無人島で見つけた魔法陣の解析がひとつできてきたんだ。目的の人物だけを遠隔地からロックオンして瞬間移動させる魔法陣の修復に成功して、使用方法が分かった」
「なるほど、それを使えば…」
「殺された、と思った瞬間には別の所にいるってワケ。既に研究所ではテスト済みで、イモータルでも実用試験の準備中だよ」
パイロットの強制緊急脱出とかに使えそうな魔法陣なので、ウチの部隊でも実用試験の準備を進めているのだ。
「ルードヴィッヒ様の時にも使えそうだな」
「それだ! 名目は『R-1号作戦』用の魔法陣の予備実験。本人に知らせないのは、知らない人間の反応を確認するため、という理由付けでどうだろう? これなら、後から文句を言われても『実験だ』と返せば済むだろ? それに反論したらブーメランになるような事ばっかりやってる人だし」
「なるほど、面白い。これで肝を冷やしたら、少しは懲りてくれるか…いや、そんな人でない事は嫌というほど思い知ってはいるのだがな」
「…だろうねえ。ウチのもそうだし」
少し疲れたように愚痴るアインの声に、心の底から共感する僕なのであった。
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「作戦の具体的な日時と進行手順は以上でよろしいか?」
「問題ないと思う。あとは現場でのアドリブで何とかするしかないだろう」
「作戦」の打ち合わせは無事に終わった。数日後にはガーランド伯を我が家に「ご招待」という事になるだろう。
「ところで、最後にプライベートな事について尋ねてもよいだろうか?」
ついに来るべきものが来たか…
「フィーアの事かな?」
「そうだ。貴公、本当によいのか…アレで?」
腹違いとはいえ実の妹をアレ呼ばわりかよ。他は礼儀正しいのに、なぜかフィーアにだけは隔意がある所を見せるな、アインは。
…と、思ったけど、よく考えたら僕もリヒトに同じことを聞くなら実の妹をアレ呼ばわりするだろうな、という事に気付いて内心苦笑する。
「アレがいいんだ」
「…そうか。貴公ならば、きっとフィーアを幸せにしてくれるのだろうな。だが…」
そう評価してもらえるのは嬉しいな。でも、別に反対する積もりはないようだが、何か引っかかりもあるらしい。
「だが?」
「フィーアには大きな秘密があってな。まだ本人も知らないのだが。こうなっては知らせるしかないだろうな。私の口から伝えるよりは、本人から聞いてもらった方が良いだろう。それで振ったとしても恨みには思わん」
「秘密!?」
何やら聞き捨てならないのだが、まさか、本当はどこかのお姫様とかいうんじゃないだろうな?
「ああ。フィーアは我々の腹違いの妹という事になっているのだがな。幼少の頃は別に気にもせず普通に妹として扱っていたのだが、5歳にもなれば『腹違い』の意味は分かってくる。今にして思えば、母上の娘ではないにも関わらず、我々よりもむしろ可愛がられているのを見て嫉妬したのだろうな。それで、邪険に扱うようになった」
だいたい予想してたような家庭環境だったらしいな。母親に可愛がられていたというのは少し意外だったが。
「それで?」
「だが、11歳の頃、士官学校入学前のことだ。それが違うということを我々は父上から知らされたのだ。フィーアは、父上と母上の両方の遺伝子を受け継いでいる、と」
「何!? ちょっと待て、お前らとフィーアの産まれた月は10か月以上離れているのか?」
フィーアもアイン達も危険な子供たちだ。15歳より上ということはない。だが、フィーアがリュー君のように1歳年下には見えない。
「3か月だ」
あり得ない事だ…自然では。だが、この世界には高度に進んだ魔法文明が存在する。それこそ、前世を上回るような分野だってあるのだ。
「それじゃあ!?」
「そうだ。フィーアは体外受精によって人工子宮から産まれたのだ」
そうか、それがフィーアの「秘密」だったのか…って、あれ?
「…その『秘密』はフィーアの口から聞かせるんじゃなかったのか?」
「いや、これは確かに大っぴらに吹聴できる事ではないが、秘密ではない。帝国魔道医療アカデミーの研究レポートとしても、被験者は匿名だが一般公開されている情報だ」
「その割には、あまり聞かないな」
「大抵の出産に伴う異常は魔法で治療できるからな。子宮ガンなども治療できるのだから、人工子宮が必要になる事態など非常にレアケースになる。それに、こう言っては何だが、貴公ならこの程度の事で人を忌む事はなかろう」
まあ、そう言われればそうだ。自分自身が転生者という規格外であるし、前世で体外受精だの代理出産だのが行われた事も知っているのだから、人工子宮だと言ったところで大差はない。そんなに忌避感を覚えるような事でもない。
「確かにな。だが、それじゃあフィーアの『秘密』ってのは何なんだ?」
「だから、それはフィーアの口から聞いてもらいたい。私の口から伝えて、それで事が壊れたのではフィーアが哀れすぎる。いや、貴公ならそれを聞いても大丈夫だろうとは思うのだが…」
幾度かの戦いの中で、僕の人格はある程度把握したのだろう。それでもなお、実の兄妹であっても他人の口からは言えないという程の秘密が、フィーアにはあるっていうのか。
「…分かった。本人から聞こう」
「済まない。そして、フィーアを頼む。今更態度を変えるのも気恥ずかしくて、つい邪険に扱ってしまってな…情けない限りだが、それでもアレの幸せを願う気持ちに嘘はない」
思っていたよりも不器用なアインの告白。だが、妹を持つ身として、その気持ちはよく分かる。
…だけど、ちょっと気が早いぞ。フィーアの方の気持ちだって、まだ確かめちゃいないんだし。脈はありそうだという位の自負はあるけど、女心は複雑怪奇だってのは小さい頃からの妹や幼なじみたちの言動を見るだけでも分かるんだから。
「任せておけ、と言いたいところだが先走るなよ。これで振られたらカッコ悪いじゃないか。それに、まずは戦争を終わらせることだ。そのためにも、この作戦からまず成功させる必要があるだろう?」
そう言うと、アインの方も少し焦りすぎたと思ったのか、苦笑して答える。
「確かにな。それでは、次に会うときは戦場だな。作戦通り…っ、これは!?」
「飛行系の魔力!?」
しまった、魔力溜まりのせいで至近距離に来るまで気付かなかった! しかも、かなり弱い。これは…
「飛行船だろうな」
アインが言う通り、飛行船の可能性が高い。前世では初期に水素を使っていたため爆発事故があって廃れてしまった飛行船だが、こちらの世界では前世知識を持つ転生者が作ったらしく、最初から安全なヘリウム飛行船が作られていて結構普及している。浮力をヘリウムに頼れるので飛翔系の魔力は推進に使うのみで、普通に飛行するより魔力が少なくて済むのだ。だが、それだけに探知もしにくい。
「こんな辺鄙な所を飛ぶ飛行船なんて…マスコミか! 望遠」
飛行船は速度が出ないので最近は旅客輸送は飛行機の方が主流になりつつあるが、逆に速度が出ない特性を利用してマスコミによる空中撮影に多用されている。前世ではヘリコプターがその役目を担っていたが、この世界では回転翼による飛行制御がまだ難しいので、飛行船による撮影の方が多いのだ。
テレビ局が秘境探検系の番組の撮影でもやっているのだろうか、と思って飛行船の方を望遠の魔法で見てみた僕の目に、予想外のロゴマークが飛び込んできた。
派手な赤文字、燃える炎のような意匠で描かれた文字は「ピースフル・スポーツ」…我が国最強のイエロー・ジャーナリズムじゃないか!
「よりにもよってピースポかよ!?」
アイキャッチ。
「神鋼魔像、ブレバティ!」




