第15話 トコナツ・ロマンの島 Bパート
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「神鋼魔像、ブレバティ!」
「油断だな」
僕の喉元に剣を突きつけたフィーアがニヤリと笑って言った。
「確かに、これは一本取られたね…主導権が欲しいならあげるよ」
肩をすくめて負けを認める。今の笑顔はなかなか似合っていたし…ニヤリ笑顔が似合うってのも、年頃の女の子としてはどうかと思うけど。
「少しは驚け」
僕の反応を見て詰まらなそうな顔になったフィーアが鞘に剣を納める。
「君はバカじゃないし、ルードヴィッヒにも忠実で、ヒカリの親友でもある。僕が驚く理由なんて何も無いだろ」
この島から脱出できるまで僕と敵対する理由はない。ルードヴィッヒが不殺を望んでいるのに敵を殺すほど不忠じゃない。まして、敵ではあっても兄を殺したら親友に合わせる顔なんてないだろう。
にも関わらず剣を向けてきたのは…単なる照れ隠しだろうな。Gに驚いて川に落ちるなんて一人前の騎士としては恥ずかしい限りだろう。が、14歳の少女と考えると可愛いものだ。
「笑うなっ!」
おっと、顔に出てたらしい。僕も修行が足りないな。
「これは失礼。お詫びにカボチャ汁をご馳走しましょう。まずくはないと思うよ」
顔を真っ赤にして怒るフィーアをなだめながら鍋の所に戻って食事にする。土鍋を作るのに使った残りの粘土で器とレンゲもどきも作っておいたので、カボチャ汁をよそう。
「…おいしい」
「それは良かった。お代わりは結構あるから、お好きなだけどうぞ」
空腹は人を苛立たせる。腹が膨れれば、それだけで気分も穏やかになるというものだ。満腹になるまで食べても、まだ少し余っていたので、明日の朝食用に冷凍してとっておく。
「この後はどうする?」
「5時間交代で睡眠をとるということでどうかな? さっき洞窟の中に仮の寝床は作っておいた」
寝床といっても木の葉とかを寄せ集めただけのシロモノだけどね。
「異存はない。私が先に見張りに立とう」
「いや、疲れたろうから君が先に休んでくれ。レディ・ファーストだ」
「私は騎士だ。女扱いはやめて貰おう!」
貴族のたしなみとして女性には先に休んでもらおうと思ったのだが、フィーアには気に入らなかったらしい。
男と対等にやっていきたいタイプなのは普段の言動から分かるけど、ちょっと気負いすぎだな。
「僕も騎士さ。同じ騎士同士なら女性をいたわるのが騎士道というものだろう」
僕の反論に口を一文字に結んでむすっと黙っていたフィーアだが、少し表情を改め、声のトーンを落として言う。
「…実は、お前が先に寝てくれた方が私にとってはありがたいのだが」
「ふむ?」
「見張りを怠る気は無いが、今の時間なら水浴びくらいはできるかと思ってな」
おっと、これは気付かなかった。熱帯気候なのだから普通の皮鎧だと汗もかいたろう。さっきは腰のあたりまで水に浸かったようだが、上半身はそのままだ。
僕の場合はパイロットスーツが高性能で、内部温度をほぼ20度前後に保つように常時発動系の魔法がかかっているから気にもしてなかった。
日は落ちたがまだ水温は高そうだ。さすがに夜中になったら水温も下がっているだろうし、今とは違う夜行性の魔物が出てくる可能性もあるから、水浴びするなら今の内だな。
「なら、休むのは少し先にして、さっきみたいに幻影で遮蔽をかけて僕が見張りをしよう」
「…変な事はしないだろうな?」
…まあ、信用されるような関係じゃないから、当然の反応だよな。さっきは下を脱ぐだけだから隠すことはいくらでもできた。今回は、幻影が消えたら全裸だろうからな。
「さっきと同じように君から見える所に居るよ」
「もし見たら…」
「騎士の名誉にかけて見ないよ。第一、見たりしたら後が怖いしね」
「後?」
「ヒカリに聞かれた日には、死ぬよりヒドい目にあわされそうだ」
「プッ」
思わず吹き出すフィーア。情けない答えだが、このくらい言えば納得してくれるだろう…本当にそう思ってることも事実だし。
「確かにそうだな。幻影は自分でかけるから、見張りを頼めるか?」
「お任せあれ」
フィーアから見える位置に立ち、彼女とは反対方向を見るようにする。「見張り」とはいっても、魔力感知と探査と魔力波探信で全方位を探れるから、視線を彼女の方に向ける必要はない。
彼女が張った幻影の魔力が少し邪魔だが、他の魔力とは識別できるから、小さな虫はともかく彼女に危害を加えられそうな大きな魔力さえ感知できればいい。
それから、川の中は魔力波探信は効かないので、超音波探信も併用する。
聴音も一応は使えるけど、この魔法は雑音も多く拾うから、専門の聴音員でないと使いこなせないのだ。
まあ、今のところ彼女に危害を加えられそうな魔物も動物も魚もいない。Gも探査対象にしているが、とりあえずは近場にはいないようだ。
パシャパシャ。水音が響く。そして聞こえてくる鼻歌。去年流行ってた帝国のヒットナンバーだな。
…緊張してるな、僕。考えてみれば、今まで同じようなシチュエーションで水浴びしてたのはヒカリとクーで、僕の隣にはカイがいた。
2人とも、実の妹や姉の裸をのぞき見しようとは思わないし、ほんの4~5年前までは一緒に水浴びしてた仲だ。後ろで裸の少女が水浴びしてたって、緊張なんかはしない。
でも、今、僕の後ろには知り合いではあっても親戚でも幼なじみでもない少女が生まれたままの姿で居る…とか思うと、やっぱ緊張はするよ。
それは、相手も同じだろうけどね。鼻歌なんかで「リラックスしてます」というふりをしてるけど、全神経をこっちに向けて集中してるのが分かる。
いいさ、僕が周囲を警戒していればいい。こっちもリラックスしたふりをしよう。彼女の鼻歌に合わせて歌詞をつけて歌い出す。
「…知っているのか?」
鼻歌をやめたフィーアが聞いてくる。
「帝国ほどじゃないけど、ヤマト皇国でも流行ったからね」
「音楽に国境は無意味か」
「音楽以外も無意味にするのが、お互いに目指す終着点だろう、この戦争は」
「目的は同じなのに、なぜ戦う必要があるんだろうな?」
ああ、フィーアは、まだ真の目的は知らされていないんだろうな。だとしたら、僕が教えるべきじゃないだろう。父さんの言ってた建前を言うところだな。
「手段が違うからだろうね。独裁権力による画一的で効率的な統一を良しとするか、多様性を認めた生存性の高い統一を良しとするか、どちらを選ぶかの戦いさ」
「私は、ルードヴィッヒ様を信じる」
「僕は、連邦の理念を信じる。その違いだろうね」
「…それは、埋められない溝なのだろうか?」
「時間があれば埋められるさ。だけど、ルードヴィッヒも言っていたように、時間が無い」
「本当に、それだけなのか?」
お、鋭いね、フィーア。少し匂わせるくらいはいいかな。
「裏がある、と僕が言ったら信じるのかい?」
「…お前は、敵ではあるが、信じるに値する男だとは思う」
「え?」
驚いて、つい声に出してしまった。やっぱり修行が足りないな。
「意外に高評価なんで驚いたよ」
「あのヒカリの兄だからな」
ああ、そういう事か。
「ヒカリは、あれで裏も多いよ?」
「それは知っている。策謀家で、イタズラ好きで、人を騙すことも得意だ。だが、友を裏切ることは絶対にしない。それは確信できる」
おうおう、よくもまあここまで信じさせたモンだ。あの誑しめ。
「なら、そのヒカリに聞いてみるといい」
「…そうだ、な」
言葉が途切れ、水音だけが少し響く。
「乾燥」
また少し風音がしてから、がさごそと鎧下地を着る音が聞こえて、幻影の魔力が消える。
「助かった。感謝する」
「どういたしまして」
そう答えながら振り返って、ドキっとする。今度は別に剣はない。ただ、月明かりに照らされたフィーアの微笑みが、普段の彼女とは違って、あまりにも無防備で、そして清らかに見えたから。
皮鎧は着けずに、鎧下地のみ。下地といっても長袖長ズボンだから別に色っぽい姿ではない。それでも、乾燥をかけても乾ききっていない湿った緑色の髪が月光を反射する様は、清楚さの中にほのかな色気を感じさせる。
「どうした?」
思わず見とれてしまっていたが、少し不審そうな顔になったフィーアに問われて我に返る。
「…いや、予定通り、君が先に休んでくれ」
「お言葉に甘えよう。5時間たったら起こせ」
「了解」
洞窟内に消えるフィーアを見送りながら、僕は見張りの間に自分自身の理性と感性を少し見直そうと考えていた。
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「やらせはせん、やらせはせんぞぉっ!!」
思わず前世ネタを叫んでしまった。5時間たっぷりかけて見直したはずの理性がどこかに吹っ飛びそうだったから。
交代の時間が来たからフィーアを起こしに来たのだ、が…
寝顔がムチャクチャかわいいとか、反則だろうが!!
普段のキッツいツリ目はどこへ行った!?
せっかく「ラッキースケベ」だけは絶対に発動させないように努力していたのに、ここで理性を吹っ飛ばしたら台無しだろうが! 落ち着け、僕!!
「…何をやっているのだ?」
僕の叫び声を聞いて、ようやく起きたフィーアが寝起きの不機嫌そうな表情から、半ば呆れた顔になって問いかけてくる。
…ああ、良かった、通常モードに戻ってる。何とか平静に対応できそうだ。
「君を起こそうとして大声を出しただけだよ」
「ああ、すまない。熟睡してしまったようだ」
少しすまなそうな顔になって謝るフィーア。熟睡したのは別にいいんだけど、そこまで僕を信用していいのかね? …いや、信用しているのはヒカリの恐ろしさの方なのかもしれないけど。
「休めたのなら何よりだ。今日は見張りの後、遺跡探索もやるんだからね」
「ああ、これからの見張りは任せてもらおう」
「それじゃあ、休ませて貰うよ」
皮鎧を身につけ、剣を吊って洞窟を出て行くフィーアを見送って、木の葉で作った寝床に向かう。パイロットスーツには温度調整機能があるから、少し窮屈だが脱がないでおこう。
剣とヘルメットを横に置き、寝床に横たわろうとして、そこにかすかに残るフィーアの香りに気付く。
青臭いと寝にくいかと思って葉を乾燥させておいたのだが、そのためか彼女の香りが残ってしまっていたのだ。
おいぃ! 身体健全な青少年に美少女(一応)の残り香のある寝床とか、何の拷問ですか!?
落ち着け、僕。もう一回、自分の理性と感性を見直すんだ。
…結局、見直し作業に4時間以上かかってしまい、寝付いてすぐにフィーアに起こされた。
一晩くらいの徹夜でどうこうなるほどヤワじゃないけどね! まだ若いし。
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「何だ、これは?」
「入り口と階段だね」
フィーアの問いに対してシンプルに答える。
翌朝、朝食~残りのカボチャを解凍したものと、不味い魔素糧食だ~を食べてから、さっそくジャック・オー・ランタン像の所まで来てみたのだ。
警戒していた魔力反応系の罠らしき物も外部には特に無かったようで、何事もなく像のところに着いたのだが、像の台座の前に入り口が開いており、その中に下り階段があったのだ。
「そういう意味じゃない! どうして、今までこんな露骨な古代遺跡の入り口が発見されていなかったのかという事だ!」
「隠されていたんだろうさ。何らかの『条件』がそろったから出現したんだろう。僕たちのAGが転移魔法陣に捕まったのも、同じ『条件』だろうね」
「『条件』?」
「例えば『魔力保有量が一定以上の知的生命体の存在』とかね」
「…危険な子供たち!」
そう、今までの調査に参加していた人々に比べて、僕たちの魔力保有量は格段に多いからね。もっとも、これは仮説に過ぎない。
「そういう可能性もある、って事だ。AGのような存在が『条件』になっている可能性もある。仮説はいろいろ立てられるけど、今は調査を進めよう」
そう言って入り口周辺の罠を探る。古代遺跡には、動作反応型のセンサーと連動した罠が多い。侵入者対策だな。この入り口には二重に仕掛けてあった。センサーを解除すれば動作はしなくなる。
幸い、ここのセンサーは前に練習に潜ったイモータル山の遺跡で見たのと同じタイプだった。解除法は父さんに習っている。
センサーの感知範囲は円錐状なので、その範囲外からセンサーと罠本体をつなげている魔力伝達線をカットすればいいのだ。
魔力伝達線は壁の中に埋め込まれているが、岩壁だから潜地を使って手だけ潜らせればいい。
壁が魔銀とかだったら大変だったところだけど、そんな遺跡は滅多にないからね。
「これで入り口の罠は解除できたよ」
「上手いものだな」
フィーアが感心したように言ってくる。
「冒険者志望だったからね。こういう事もしっかり習っておく必要があるのさ」
「お前は嫡男じゃないのか?」
「5年間は冒険者をやってもいいと言われてたのさ。この戦争で棚上げになったけどね」
「なぜ冒険者になりたいと思ったのだ?」
おや、妙に聞いてくるな。何か気になることでもあるのかな?
しかし、前世から憧れてたとは言えないし、いつもの建前で答えておくか。
「父さんたちから冒険の話を聞いて育ったからね。ドキドキする地下迷宮の探索、神秘的な古代の遺跡、凶暴な魔獣との戦い、手に入れたお宝。その証拠もいくつも見せられた。それに憧れて、父さんたちの後を継いで冒険者になりたいと思ったのさ。冒険した結果として貴族になっちゃったけど、父さんの本質は冒険者で研究者だと思うよ」
あ、まずった、彼女とガーランド伯の関係を考えると、この話題は良くなかったかな?
「なるほどな」
良かった、興味関心の方が先に立って、あまり気にしてはいないようだ。
「だから、この探索も少しワクワクしているところはある」
「それで眠れなかったのか」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべてからかうように言ってくるフィーア。
うお、そう来たか! でも、ちょうどいいから、そういう事にしておこう。
「子供っぽくて悪かったね! だけど、未探検の遺跡なんて滅多にあるモンじゃないんだから、たまにはいいじゃないか。さあ、入ってみよう」
「誤魔化したな。まあ、いいだろう」
軽口は叩きながらも、他に罠などが無いか慎重に探りながら、階段を降りて遺跡の中に足を踏み入れる。
さて、この先に何が待っているのかな?
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遺跡の機能は生き返ったらしく、階段の天井には照明が点灯している。いくつもの踊り場を経て微妙に長く続く階段。いくつかの踊り場には倉庫のような部屋があるが、空っぽか、ガラクタのような魔道具しか置いていない。
いや、50年前なら通信用魔道具もお宝だったのかもしれないけど、既に前世の家庭電話レベルに小型化されたものが量産されているご時世では貴重品でも何でもない。
さすがにブレバティのリモコンや父さんの腕時計型クラスまで小型のものは珍しいけど、それは単に生産コストの問題で量産化が進んでいないだけで、技術的には既に人類が自力で製造可能なのだ。
「また来るぞ」
「切断光線」
岩壁の中から現れた魔獣「アース・ドラゴン」の頭を切断光線で斬り飛ばす。
アース・ドラゴンは地属性の魔力を操る魔獣だ。ドラゴンという名前だが、どちらかというと東洋の龍のような細長い胴体と小さな手足を持っている。
名前の通り、地中を主な生活圏としており、潜地の魔法と同じように地面や岩の中を潜る能力がある。
普通ならこうした遺跡には魔獣避けの結界が張られているのだが、どうやら機能を果たしていないようで、時折こうした地中から岩盤まで動ける土属性系の魔力持ちの魔獣が壁から現れている。
そうした、はぐれ魔獣を時々倒しながら、長い階段を降りていたのだが…
「ここが最下層みたいだね」
階段が終わり、ひとつの扉が待ち受けていた。今までの倉庫の扉と同じく、物理的な鍵のようなものは無さそうだ。だが、まだ調べることがある。壁に手を当てて魔法を使う。
「超音波探信」
やっぱり、壁の中にセンサーの線が走ってる。こちら側には壁に偽装した解除装置があり、それに正しい処理をしないで扉を開けるとセンサーが反応して罠が作動する仕組みだろう。言わば魔法の鍵だな。
このタイプだと、うかつに線を切るとかえって罠が発動する場合がある。
「どうした?」
「罠がある。ちょっと調べるので待ってくれるかな。潜地」
手先だけ岩壁に潜らせて線をつまむ。
「分析」
これは成分分析などに使うことが多い魔法だが、魔法陣解析みたいなことにも使えるのだ。魔力伝達線を通して、魔道鍵の方の仕組みを探る。
どんな魔道具だろうと、魔法陣は必ず内包している。人類が魔法を使う時には魔力の他にイメージ化が必要だが、そのイメージ化の代わりをするのが魔法陣だ。
魔法的な意味のある紋章や文字を、一定の法則に従って順番に並べて魔力を通すことでイメージ化の代わりになるのだ。この並べ方を「術式」と呼んでいる。配列に意味があるという点では、前世のコンピュータのプログラミングのフローチャートに似ている。
解析すれば、フローチャートの構造は分かる。ただし、そのチャートを構成する個々のパーツ(=紋章や文字)が何かについては、既知の物しか分からない。
魔法の発動も行うタイプの魔法陣については、発動体となる魔法石も必要になる。大抵は魔法陣の中心にセットされるが、複数の魔法を複合使用する魔法陣の場合は複数セットされていることもある。
なお、魔法使用時にも魔法陣が現れることがある。これは強力な魔法や複雑な魔法の時には自動的に現れるもので、そこに表示される紋章や文字を解析し複製することで、魔道具に使えるような魔法陣を人工的に作り出せるようになるのだ。
ふーむ、ここに使われているのは、ごくシンプルなタイプの魔道鍵だ。肝心の部分は暗号化はされているが…いや、いちいち鍵を作動させなくてもいいのか。
「割込操作」
これは魔法陣や魔法装置の動作に介入する魔法だ。疑似信号を送って、正常な場合とは異なる反応を起こさせることができる。
ここでは、鍵自体を働かせるのではなく、その鍵がきちんと「作動した」という信号を、魔力伝達線を通じて魔道鍵の反対方向に向けて発振する。
魔力伝達線の先で罠の装置が解除され、別の装置が動いたのが分かる。ガタッと音がしたので見ると、扉が自動的に開いていた。
「さすがだな」
フィーアが感心したように言う。
「こんなのは初歩さ。まだ何か罠がある可能性もあるから、入るときも気をつけよう」
たぶん、もう罠はないだろうとは思うけど、一応念を入れて罠を探りながら慎重に中に入る。中は5メートル四方くらいの小部屋だった。案の定、特に他の罠は無かったのだが、代わりになかなか凄い物が見つかった。
「古代の魔像?」
「ああ、それも最上級の神金魔像だね」
フィーアが思わず漏らした声に、僕も少し上ずった声で答える。それほど希なお宝が目の前にある。
全体的にゴツゴツと角張った金属製の魔像だ。全高2メートルほどだが、人間に比べると寸胴で腕は長く、足は短い、ゴリラのような体形をしている。何より、その体を構成する主要構造材は金色に輝く不滅の金属「神金」だ。
「神金魔像!? 本当に!?」
驚愕したフィーアが大声で尋ねてくる。
「僕を誰だと思ってるんだい? 子供の頃から魔像も神金も腐るほど見てきてるんだ。間違えたりしないさ」
父親が魔像研究家だったのだから、家には山ほど古代の魔像の見本だの残骸だのが転がっていた。
おまけに、その父親は神金鉱山のオーナーの一人で、金属素材の研究家でもあるのだから、貴重な神金といえども、端切れ材が子供のオモチャ代わりになっていたのだ。
その僕にしてから、外見上は完全状態の神金魔像なんて見たことがない。
「これだけで、ひと財産確定のお宝だよ。動作するなら信じられない値段になるだろうね」
僕の言葉に、思わずゴクリとつばをのみこむフィーア。その気持ちはよく分かる。
だが、近づいてみたところ、軽い失望を味わうことになった。正面から見たところは完全状態に見えたのだが、後ろに回りこんでみたところ、後部のメンテナンス・ハッチが開いていて、内部の自律思考型制御ユニットが取り外されていたのだ。
「残念だけど、制御ユニットが取り外されてるね。これじゃあ動かない」
「分かるのか?」
「現物を見るのは初めてだけど、父さんから図面を見せてもらったことがある。父さんが昔持ってたのと同じタイプの魔像なんだ」
「何だと!?」
驚くフィーアに種明かしをする。
「父さんの『魔像使い』って異名の由来さ。初冒険でこんなのを見つけたのが父さんの成り上がり物語の始まりなんだそうな。大爆発の時に失ってしまったから、ウチには父さんが起こした図面以外には、頭部ユニットの残骸しか残ってないけどね」
とても大切な相棒だった、と言っていた父さんの、他では絶対に見せないような寂しげな顔が忘れられない。
「そうだったのか」
「まだ先がありそうだ。制御ユニットが見つかるかもしれないから、行ってみよう」
この部屋には、門番代わりに使われていたらしい神金魔像が置いてあるだけだが、入り口の反対側には先に通じる扉があった。
こちらの扉には、特に鍵も罠も魔道鍵もなかったので、普通に開けて入る。今度は、かなり広い部屋、いや、部屋などという表現では追いつかない巨大な空間が広がっていた。
「格納庫!?」
「…としか呼べないな、これは」
フィーアが「格納庫」と言ったのも無理はない。何百メートルあるかも分からないような広大で、高さも30メートル以上はある空間に、全高18メートル級の巨大な人型が30体ほども立ち並んでいたのだ。
何で高さが一目で分かったかというと、その人型の一番手前に、見慣れた巨体が並んでいたからだ。フィーアの一眼巨兵と、僕のブレバティ・ドラゴン。
それと同サイズの人型。外見は先の神金魔像をそのまま拡大したようなゴリラ体形で、角張った姿をしている。間違いなく、古代の巨大魔像だ。
「前に父さんに聞いたことがある。古代の巨大魔像だ。自律行動も可能だけど、遠隔操作もできるはずだ。どこかに制御室があって、そこからコントロールできると思う」
「制御室?」
「この先にあるかもしれないから、探してみよう。だが、その前にお互いの愛機をチェックする方がいいな」
「ああ、そうだな」
それぞれ、自分の愛機に乗り込んで起動し、動作を確認する。うん、問題ない。
「こっちは大丈夫だ」
「私の方も問題ない」
僕の声にフィーアも答える。これで、だいぶ楽になるな。
「だいぶ魔力を食われたな。リンクは切らないで待機状態にしておこう」
「そうだな」
「まずは、この『格納庫』の中から調べてみよう」
再び愛機から降りて、「格納庫」の中を探索してみたところ、巨大魔像と、その整備用の魔道具らしき物以外に、目立つものがひとつ見つかった。
「何だこの巨大な魔法陣は?」
「八芒星…例の僕たちを捕まえた転送魔法陣に似てないかい?」
「あっ!」
「推測だけど、ここが受け入れ部分なんじゃないかな。分析」
ミスリル塗料で描かれた直径10メートルにも達する大型魔法陣には、壁際の魔道エンジンや畜魔装置とおぼしき魔道具から魔力伝達線が引かれている。
解析してみると、いろいろと理解できない紋章や言葉、術式があるけど、メイン部分は瞬間移動に近い術式が刻まれている。
「やっぱり、空間転移系の魔法陣だね。詳細は分からないけど、自分の体以外の物体を瞬間移動できるとすると、現代の魔法技術では再現できていないタイプの魔法だ。かなり貴重な研究材料になるだろうね。複写は使えるかい?」
フィーアに問うと、不思議そうな顔で問い返された。
「それはもちろん使えるが…何をするんだ?」
「おいおい、僕は自分で複写を使って紋章や術式を記憶して帰って父さんに渡すけど、君もガーランド伯に渡さないといけないだろう」
それを聞いて、唖然とした顔になって言い返してくるフィーア。
「脱出できるかどうかも分からない時に、そんな事をやる余裕が…」
「あるさ。これだけの貴重な魔法技術は、『次』の戦いには絶対に欠かせない。僕は何があろうともここから脱出して帰る積もりだし、その時に手ぶらで帰る気はないよ」
その反論を途中で断ち切って言い返す。
「『次』だと?」
「ルードヴィッヒが言っていただろう。僕たちが今戦っているのは、結局のところ『次』に備えて人類を統一しておく、言わば前準備に過ぎないんだよ」
「な、あれは…」
「ルードヴィッヒを信じてるんじゃなかったのかい?」
「…」
黙り込むフィーア。「敵」については、半信半疑どころか、結構疑っていたのかな。
「こうした魔法技術の研究は将来的には絶対に人類全体の役に立つ。だから、両方の国に持ち帰って研究する必要があるんだ」
「敵味方の両方でか?」
「これについては、敵とか味方とか、そういう事を考えている場合じゃない。どのみち、この戦争はあと半年もたたずに終わる。いや、終わらせる。そうすれば、もう敵じゃない。どっちが勝っても味方になるんだ」
「それが、この戦争なのか?」
もう、フィーアもかなり真実に近づいているな。だめ押しをしておこう。
「そうさ。だから、なるべく殺し合いはしない、したくない。フェアに、とは言わないけど、後まで恨みは残したくない」
「…なるほど、な。なんでヒカリが親兄弟と別れてもルードヴィッヒ様についたのか、ようやく分かった気がする」
そう答えて、軽くため息をついたフィーアが、自分でも解析しようと膝をついて魔法陣に手を伸ばす。
「複写」
「分析、複写」
それぞれ、魔法陣を記録して、僕たちは探索を再開する。
「扉は5つ見つかったな。手分けして調べるか?」
「いや、さっきの魔法陣みたいな物がほかにもあるはずだ。一緒に探索する方がいいだろう。それに、君は罠を見つけたり解除したりできるのかな?」
「…無理だな。一緒に行こう」
「それじゃ、まずこの右側の扉から行くかな」
ある意味、未知の魔法は金銀財宝よりも素敵なお宝だ。緊張感もあるけど、それ以上にワクワクしながら、罠がないことを確認して最初の扉を開いた。
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「結局、生きていたのは正体不明の魔法陣が3つか」
5つの扉のうち、一番奥のものを除いて4つの調査が終わったが、それぞれに魔法陣が設置してあったものの、1つは既に壊れて機能していなかった。
「全部、防御結界だろうけどね。術式の感じから、右側1番が瞬間移動阻止、右側2番が通信阻止、左側1番が島全体の防御結界だろうね」
フィーアの言葉を受けて、僕が今までの調査結果を確認する。どれも直径100メートルはありそうな巨大な魔法陣だった。この島全体を囲っているんだから、当然かもしれないが。
「左側2番の壊れた魔法陣は、この遺跡の魔獣避けだろうな。術式の組み方は違うようだが、あれは現代の魔法でも似たものが再現済みだ」
魔法陣自体はミスリル塗料で描かれていて損傷はなかったのだが、機能が魔獣避けのため他の魔法陣と違って常時発動していたせいか、魔法石が摩耗劣化して壊れていたのだ。そのため、魔道エンジンや畜魔装置は壊れていないのに働いていなかったようだ。
「壊れていたのが既知の魔法に近いものでよかったよ。それに、未知の魔法が3つも見つかるなんて、嬉しくなるね」
僕の言葉に、呆れたような表情になるフィーア。
「それは、まあ役に立つものではあるが…実はお前も父親と同じ種族だったんだな」
う、否定したいけど否定し切れない自分がいる。ヲタク気質というのかな…いや、この世界で魔法は実用技術だ、研究者気質と言い直そう。そういう点では、確かに似た者親子だよ、僕たちは。
「否定はしない。あと、ヒカリもだよ」
「フン、それも分かる。あの父上と気が合うのだからな」
…どうやら、ヒカリはガーランド伯とも仲が良いらしい。ヒカリの言動からも推測はできていたが、やっぱりそうだったのか。
「コホン。さて、最後の扉だが、開けてみるかい? 今のところ、見つけた魔法陣への魔力伝達線を切れば、たぶんこの島からの脱出はできそうだけど」
各部屋には、魔道エンジンと畜魔装置も据え付けてあった。結界の維持に結構な魔力を消費しているようで、魔法陣の魔力消費量が魔道エンジンからの魔力供給量を上回っている。
このまま放っておけば、畜魔装置に蓄えられた魔力を使い切った上で自動停止するだろうが、それまでには2~3日はかかりそうだ。それくらいなら畜魔装置と魔法陣をつなぐ魔力伝達線を切断する方が早い。
「開けないという選択肢があるのか? この先を見逃すはずはないと確信できる程度には、お前の性格を理解したと思うぞ」
う、すっかり見抜かれてしまったか。だけど、扉を開けるにしても、その前にできることはある。
「脱出はともかく、結界を先に停止させてから、この先を調査するという手もあるけどね」
「味方との連絡が取れて、退路も確保できるか」
「そうさ。ただし…」
「その時点で、我々の共闘は終わる」
僕が言いかけた言葉を、フィーアが引き取る。
しばし、無言で見つめ合う僕とフィーア。表情を隠した彼女の瞳には、同じように表情を隠した僕の顔が映っている。
「先に言ったことを繰り返そう。人類全体のために、この遺跡の情報は両国がそれぞれ持ち帰るべきだ」
「同意しよう。であれば、調査を先に行う方が良いだろうな」
僕が口にした建前に、表情を変えずに賛同するフィーア。
それ以上は何も言わず、2人で最後の扉の前に立つ。既に罠などの調査はしてあり、階段を降りた最初の入り口と同じタイプの魔道鍵があることは分かっている。同じ手順を繰り返すと、扉が開いた。
「なっ!?」
「これは!?」
部屋自体は、ある意味では予想通りの所だった。大きな水晶スクリーンらしき表示装置にこの島の地図とおぼしき物が映っており、その隣の4つあるサブスクリーンには、先ほど調べた魔法陣そのままのマークと魔力供給量と消費量を表していると推測される棒グラフが表示されて、その変動に合わせて少し動いている。この遺跡の中央制御室なのだろう。
だから、僕たちが驚いたのは部屋の構造ではない。その床に、ひとつの白骨化した人型の遺体あったからだ。
「人型の」というのは、その骨に明らかに既知の人類とは異なる特徴があるからだ。頭部の耳の上にあたる位置に角が生えており、尾骨は長く、背中には羽の骨が残っている。
いや、この世界には獣人の一部や竜人のように角や尻尾、それに羽を持つ人類は普通に存在する。だが、ここにある遺体はそれらに当てはまらない特徴を示している。
角は羊族獣人のように丸まっている。ほかに丸い角を持つ獣人族は存在しない。ところが、羊人族の尻尾は細長いが骨は根元にしかないのに、この遺体には非常に細長い尻尾の骨があるのだ。おまけに羽もある。
細長い尻尾の骨と羽の骨だけなら竜人とも考えられるが、竜人の角は軽く湾曲しているものの、丸まってはいない。
死んでから、どれだけ長い年月がたっているのか、完全に白骨化しており、衣類のようなものも残ってはいない。
「羊族獣人でも竜人でもないな」
「ああ、この尻尾と羽は羊族じゃない。だからといってこの角は竜人でもない。これはまるで、伝説の…」
「「魔族」」
僕とフィーアの言葉がピッタリと重なる。
太古に存在したと言い伝えられているが、その実在の証拠は今まで一度も発見されたことがない、伝説上の存在。我々人類を遙かに上回る魔力を持ち、その圧倒的な力で世界中の人々を搾取していたとされる、冷酷で無慈悲な支配者。それが、魔族。
その姿は、羊の角と、細長く先の尖った尻尾、コウモリの羽、青白い肌と漆黒の髪、そして赤い瞳を持つとされている。
肉の部分が失われている白骨死体なので伝説と完全に一致するかどうかは分からないが、それにしても大発見であることは確かだ。
「これが、この遺跡の主だったのだろうか?」
「可能性は高いね。だとすると、古代遺跡というのは魔族の文明の名残ということになるのかな。まだ仮説の段階だけど」
「…その仮説は父上から聞いたことがある」
「え!? ガーランド伯は何か知っているのか?」
意外な言葉に驚いて、聞き返す。
「詳しくは教えられていないが、古代遺跡で魔族の実在の証拠を見つけたと言っていた。なら、なぜ発表しないのかと聞いたのだが、国家機密だと言われたんだ」
国家機密だと!? 何で古代の伝説の実在の証拠が見つかったからって国家機密にしなきゃいけないんだ? それでは、まるで…いや、そうか!
「…なるほど、ね」
「何を一人で納得している!?」
「怒らないでくれ。僕にも確証は無いんだ。だけど、国家機密になる理由はただ一つしか考えられない。魔族が現在も我々人類にとっての脅威であるということさ」
「現在もだと!? だが、世界中のどこにも魔族なんか居ないではないか?」
「この世界には、ね」
「あっ!」
フィーアも僕の言っていることを理解したようだ。
「これが、僕の探していた、この戦争の謎のパズルの最後のピースだ。ルードヴィッヒの言う『異世界からの侵略者』。我々よりも高度な魔法文明を持つ存在。世界中の人類が一体になって戦わなければ対抗できない脅威。魔族だったんだな」
「…そういう事だったのか」
「だから、この遺跡はもっと詳しく調査する必要がある。お互い、早めに味方に連絡する方が良さそうだ。この部屋を調べたら、すぐにさっきの魔法陣の魔力伝達線をカットしよう」
「分かった」
そこで、まず部屋の片隅に直径1メートルほどの小さな魔法陣があったので調べてみた。壊れていないが働いていないようだ。どうやら魔力伝達線が切れていたかららしい。術式は格納庫の魔法陣によく似ている。さっそく分析と複写をしてから、用途を推測する。
「さっきの格納庫の魔法陣が魔像のような大型の物を転送する用途だったのに対して、これは人などを転送する物だったんじゃないのかな。僕たちがここじゃなくて別の所に飛ばされたのは、この魔法陣が働いていなかったからだろう」
「なるほどな。だが、我々だけ捕まった理由は何なのだろうな?」
「それは、この自律思考型制御ユニットを調べないと分からないだろうね」
大型水晶スクリーンの横に、入り口の部屋にあった神金魔像から取り外したとおぼしき制御ユニットが置いてあり、壁から出ている魔力伝達線につながっていたのだ。
「たぶん、この遺跡を本来コントロールしていた制御ユニットが故障したんだろうね。それで、代わりに神金魔像の制御ユニットを取り外して代用しているんじゃないかな」
「なら、これを外して神金魔像につければ…」
「完全状態の神金魔像に戻せるかもね。もっとも、制御ユニット自体がこの遺跡のコントロール用に改造されてる可能性もあるけど」
「そうか。まあ、今はとりあえず機能を停止させる方が先だな」
「そうだね。この制御ユニットを外せば、他を壊さずとも遺跡全体を止められると思うんだけど」
「では、この線を切ればよいのか?」
フィーアが何気なく制御ユニットと壁をつなぐ魔力伝達線を手にした瞬間、大型水晶スクリーンが赤色に光り、部屋中に警報音とおぼしき甲高い音が鳴り響いた。
「「何だ!?」」
「緊急事態、緊急事態、不純物発見、排除、巨大魔像起動」
壁に発音装置でも隠れていたのだろうか、警報音と共に怪しげな言葉が流れてくる。
「古キングランド語か?」
「むしろ、魔法語かな。いずれにせよ、魔族の言葉だったのか」
どちらも根は同じ「エセ英語」だ。日本からの転生者を見込んで作られた世界だからか、不定冠詞がなく、「チルドレン」などの例外を除いて複数形もないほか、前置詞の用法が固定的になっていたり、LとRの発音に違いがないという日本人向けな仕様変更がされている。
古キングランド語と魔法語は基本的にはほとんど同じなのだが、魔法語の方には英語外の語源の単語も含まれている。
「とりあえず、線を切ってくれ」
「分かった」
僕の指示を受けて、即座に剣を抜いたフィーアが線を断ち切る。それで、大型水晶スクリーンの表示も、警報音も消える。
だが、ドラゴンとリンクを継続している僕には、肉眼の目に見える光景の他に、ドラゴンの視覚装置からの光景も二重写しになって見えている。格納庫に並んでいた巨大魔像は制御室の機能が停止した状態でも動き出していた。予想はしていたが、やっぱり自律行動も可能なタイプだったな。
「巨大魔像が動いているな。クッ、数が多すぎる」
つぶやくフィーア。僕と同じように一眼巨兵とのリンクを継続しているフィーアにも、同じ光景が見えたのだろう。
「格納庫に戻ろう。こいつらを止めないと」
「だが、この数を相手にできるのか?」
「最悪、AGで魔法陣を壊せば撤退はできるだろ」
「確かにな。どうするにせよ、AGには乗っておくべきか」
2人で格納庫に駆け戻る。リンクしているので機体から降りた状態でもAGの操作は可能だが、自分の肉体と機体を二重に制御する必要があるので、非常にやりにくい。
「「飛翔」」
2人とも、動き出した巨大魔像を避けるように飛んで、愛機のコクピットを目指す。
巨大魔像の動きは鈍い。ドラゴンと一眼巨兵の隣に並んでいた機体がようやくドラゴンに手をかけてきたところだが、この鈍さなら遠隔操作でも簡単に避けられる。
もとより、この鈍さでは飛翔で飛ぶ僕たちを捕まえることなどはできない。あっさりとドラゴンのコクピットにたどり着いて中に入ると、シートに座る。
操縦桿とペダルから完全にリンクを再構築すると、間近にいた巨大魔像を殴りつける。
バガァン!
ドラゴンの腕の一降りで、簡単に胸から上が粉々に砕けて吹き飛ぶ巨大魔像。主要機器の配置場所がAGと逆で、胸に制御ユニットがあって、腹に魔道エンジンがあるようだ。いずれにせよ、胸から上を破壊すれば、もう動くことはできない。
「フン、意外に脆いな」
僕と同じように1機を破壊して、呆れたように言うフィーア。
「当然さ。こいつらの材質はただのステンレスだ。ミスリウムやオリハルコリウムとは比べ物にならないよ」
最初に見たときから気付いていた。解析するまでもなく、普通のステンレス合金だ。腐食には耐えられても、オリハルコリウムの打撃をくらって無事で済むものではない。
「動きも鈍い。これなら、数が居たところで脅威ではないな」
フィーアの言う通り、今の僕たちにとっては危険な存在ではない。
「15年前なら、それなりに強力な戦力だったのかもしれないけどね」
まだ機動兵器が存在していなかった時代なら、この巨大魔像でも結構な戦力になっていただろう。しかし、人類がAGを戦力化した今となっては、ただデカいだけの木偶の坊だ。
あとは、ただの作業だった。フィーアの一眼巨兵の槍斧がうなりを上げ、僕のドラゴン・ブレードが閃くたびに、巨大魔像は地に倒れ伏していく。
30機が壊滅するまで、5分とかからなかった。
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「結局、何だったのだ?」
「不明な部分も多いけど、どうやら彼は遭難者だったらしい。自分の世界へ戻る手段を失って、この遺跡で救援を待っていたようだ。それで、強力な魔力を持つ者が島の近くに現れたら、自動で捕獲して転送するように命令しておいたらしい」
停止させた制御ユニットを完全に遺跡から切り離して、改めて別の畜魔装置から魔力を通して解析してみたのだ。
残された記録から浮かんできたのは、遭難した魔族の男が、必死に生きようとあがく姿だった。
「それに、我々が引っかかったと」
「魔力の他にも、何か条件があるらしいんだけど、それは解析できなかった。突然警報が反応した理由も不明だ。専門の研究者に任せるしかないな」
時間があったら自分で研究してみたいんだけど、そんな余裕は無いしなあ。
「それで、これからどうする積もりだ?」
「結界の魔法陣への魔力供給を絶って、お互いに味方へ連絡しよう。それから、魔法石を1つ外したい。それで、あの魔獣避け魔法陣を修理できたら、魔獣が遺跡を壊すこともないだろう」
結構丈夫な作りだから簡単には壊されないだろうけど、制御室の対人転送用魔法陣の魔力伝達線は、切り口から見ると侵入した魔獣が偶然切ってしまったようだから、用心に越したことはない。
「できるのか?」
「その程度の修理はできるさ。さあ、行こう」
フィーアを促して、制御室を出る。さっきも言ったように、味方と連絡を取ったら、その時点で僕たちの共闘は終わる。
この遺跡は合同調査の対象になるだろうが、それは両国間の秘密折衝の後で密かに派遣されるであろう合同調査隊がやることで、今すぐではない。
だから、最後に言っておこう。
「フィーア」
突然呼びかけられて、不審そうな顔で僕を見るフィーア。
「君と一緒に冒険できて良かった。不謹慎かもしれないけど、僕は楽しかったよ」
一瞬、何を言われたのか分からないというような顔をしたフィーアだったが、次の瞬間には口の端に笑みを浮かべて答える。
「冒険者志望と言っていたな。少しは願いがかなったということか」
「ああ」
「私もな、少しだけ冒険者をやっていた父上の気持ちが分かったような気がする」
そうか、少しでも彼女とガーランド伯との間のわだかまりが解けるといいな。
「『おみやげ』を渡したら、きっと凄い反応をするだろうね。僕の父さんも同じだろうけど」
「…目に浮かぶな」
そんなことを話しながら、まず通信妨害結界とおぼしき魔法陣の部屋へ移動する。これで、つかの間の休戦の時間は終わりだ。
「それじゃあ、切るよ」
愛刀を抜いて魔力伝達線に刃を当てながら言うと、フィーアがなぜか僕の顔から視線を逸らして答える。
「ああ、切ってくれ。私も…」
「え?」
「私も、楽しかった」
その言葉が聞こえたとき、僕は魔力伝達線を切断していた。
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それぞれ自陣営に連絡をとり、無事であることと遺跡の発見について伝えた。父さんもリヒトもここで遺跡をめぐって戦闘をするようなバカではないから、僕たちの提案通りに魔物避け結界の修理をして、この遺跡は一時封印し、あとは両国の合同調査隊に任せることになった。
僕が魔物避け結界の修理をしてから、2人ともAGに乗り込んで遺跡の外へ瞬間移動する。
もう、上空にはオグナとパンターが待っていた。ご丁寧にも、互いに砲身を向け合って待機している。
「また会おう」
「敵として、な」
「「飛翔」」
唱えた魔法の呪文だけがきれいに重なり、僕たちは互いに自分の母艦を目指して、双曲線を描くように飛び離れていく。
マーサさんの誘導に従って、オグナの飛行甲板に着艦すると、待機位置へ移動する。すべての魔法を一度解除し、ドラゴンを充魔モードに切り替えてリンクを切る。
ようやく帰ってきたという安堵感の中に、微かに残る違う気持ち。それが喪失感であることに気付いた僕は、コクピットの中で思わずつぶやいていた。
「おいおい、彼女は敵だぞ。これって、何か違うんじゃないか?」
次回予告
元気がないツバサとツバメを慰めるため、遺跡で発見した魔法の試験を名目として海水浴に来たブレバティ・チーム。女性陣の水着姿に鼻の下を長くしながらも弟妹と遊ぶノゾミと、その光景を楽しみながら会話する両親。
「この戦争が終わったら、こいつらに弟妹を増やしてやろうか?」
「あら、それは確か以前に聞いた『死亡フラグ』というものではありませんでしたかしら?」
「そんな物は迷信だ。帰ったらパインサラダも食わせろ」
わざとらしく死亡フラグを立てる父に呆れるノゾミだったが、そこに偵察行動中だったヒカリの部隊が現れて戦闘になってしまう。
戦闘になったにも関わらず魔法の実験を続けようと観測用の飛行機を発進させる父に呆れたノゾミだったが、その飛行機の方向舵の動きがおかしいことに気付く。
「父さん!?」
「何だ、これは!?」
牽制と威嚇を目的で放たれた、特に誘導もされていない魔力弾が、父親の飛行機のコクピットを打ち砕くのをノゾミは見てしまった。
次回、神鋼魔像ブレバティ第16話「Dr.ヘルム空に散る!?」
「これって何か違うんじゃね!?」
エンディングテーマソング「転生者たち」
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来週も、また見てくださいね!




