第15話 トコナツ・ロマンの島 Aパート
アバンタイトル
ナレーション「地球帝国の虜囚となった北コロンナ合州国大統領をはじめとする政府要人を救出すべく護送中の魔道戦艦を洋上で襲撃したノゾミたちだったが、リヒトやヒカリを含む予想以上の大戦力に迎撃される。それでも敵の護衛を排除して大統領たちの救出には成功するが、追撃してきたフィーアとノゾミのAGを突然謎の魔法陣が捕らえる。意識を失っていたノゾミだったが、気がつくと通信も瞬間移動も阻止する結界に囲まれた島の浜辺に倒れていたのであった」
オープニングテーマソング「戦え、ボクらのブレバティ」
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密林。鬱蒼たる熱帯樹とぼうぼうの下草。その陰には名も知られぬ虫や獣がうごめいているのが感じられる。この世界の生物はすべからく魔力を持っているから、魔力感知で感知できるのだ。だから、変な動物や虫に奇襲される心配はない。奇襲することができるのは、魔力隠蔽で魔力を隠せる人類だけだ。そして、どこかで必ず奇襲があることを僕は確信していた。
道無き密林の中を、飛行中に見えたジャック・オー・ランタン像の方角目指して歩いているところだ。謎の魔法陣が現れたときに、あの像が光っていたことから考えても、今回の現象はあの像に関係があることは間違いないだろう。島を覆う謎の結界を越えることはできないが、結界内なら瞬間移動は使えた。だから、いきなりあの像まで瞬間移動で転移したり、あるいは飛翔で飛んで行くこともできるのだが、それはせずに歩いて向かっている。あの像の周りにどんな魔法的な罠が張ってあるか分からないからだ。迂闊に近づいて、また変な魔法陣に捕まりたくはない。
時折、獣や虫が襲ってくることがあるが、軽く衝撃波で吹っ飛ばせば逃げていく程度の相手ばかり。感知できる魔力量からすると、僕に危害を与えられそうな大物の魔獣は居なさそうだ。麻痺毒などがある虫に刺されたら困るだろうが、僕が着ているのは全身を覆うパイロットスーツ。フルプレートアーマーにも匹敵する強度があるので、虫の針程度なら通すはずもない。顔面下部だけは素肌をさらしているが、そこに飛んでくる虫は撃退できる。
それでも、僕が最大限に警戒をしながら歩を進めているのは、この状況で襲いかかってきそうな相手がいるからだ。魔力感知は当てにならない。こちらから魔力波探信~魔力波を放って相手の位置を探る魔法~を打っても、障害物が多すぎて見つけることはできない。あいつめ、いつ来る気だ?
ガサッ。
それまで、何度となく聞いた木の葉がすれる音が背後から聞こえてきた。だが、これこそが僕の待っていた襲撃だ。
キィン!
振り向きざまに抜き合わせた愛剣~皇国の騎士装備は曲刀なので愛刀という方が正しいか~が彼女の剣をはじく。
「クッ!」
飛び退って剣をかまえる少女。軽装の皮鎧と兜という以前に見たのと変わらない装備を見ると、帝国の方はまだパイロットスーツを実用化してはいないようだ。鋭く僕をにらみつける緑の瞳を静かに見返しながら、声をかける。
「いきなりご挨拶だね、フィーア。中尉に昇進したらしいから、一応おめでとうと言っておこうか」
彼女がこの島にいることは推測できた。近くにいたヒカリのライガーは魔法陣に捕らえられていなかったが、フィーアの一眼巨兵は僕と同じような魔法陣に捕まっていたんだから、きっと同じような目にあったんだろう。
「なぜ、分かった?」
「魔力も風も感じないのに音がしたからさ」
殺気は感じなかった。最初から殺す気はなかったのだろう。背後から首筋に剣を突きつけて脅し、主導権を取るつもりだったのかな。
「この状況で敵対する気はないよ。君もそうだろう?」
納刀しながら問いかける。ここで斬りかかってくるほどバカじゃないと思うが、万一斬りかかってくるなら居合いで相手をするだけだ。
「帝国軍人として敵となれ合う積もりはない! が、一時休戦には同意する。確認するが、これはお前たちがやった事ではないのだな?」
フィーアも剣を納めて聞いてくる。「確認」と言っているように、今の状態が連邦の主導で行われているのでない事は理解しているのだろう。
「瞬間移動を阻止できる結界だけで軍事バランスが崩壊するさ。こんな離れ小島で実験なんかしないよ。イモータルでやれば、君たちは一網打尽だ」
「それはそうだろうが…お前の父親なら、この位できそうにも思えるのでな」
「僕の父さんにできるなら、き…ガーランド伯にもできるんじゃないかい?」
「フン」
危ない、一瞬「君の父親」と言いそうになった。家族との関係があまり良くなさそうだから、好んで地雷を践むこともないだろう。少なくとも、これからしばらくは共闘しないといけないのだから。それに気付いてか気付かずか、フィーアは軽く鼻で笑ってから、眉をひそめて聞き返してくる。
「だとすると、これは何なのだ?」
「知っているのは、あの石像だろうさ」
木々に遮られて見えないが、背後にあるジャック・オー・ランタン像の方を親指で指さしながら答える。
「古代超文明の遺産、か。やはり、行くしかないようだな」
彼女も同じ結論に達していたのだろう。にも関わらず直行していないということは、彼女も僕と同じ懸念を抱いているということだ。
「歩いて、ね」
「…やむを得んか」
踵を返してジャック・オー・ランタン像の方角に歩き出す。後ろから下草を践む音がついてきていた。
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「思ったよりもはかどらないものだね」
「足場が悪かったからな」
結局、日が暮れてきても像まではたどり着けなかった。まだ夏だし赤道付近なので日は長いのだが、そろそろ野営の準備でもしないといけないだろう。
幸いなことに、ジャングルは抜けたようだ。地盤が岩のようになっている所に出てきた。もう、かなり近くにジャック・オー・ランタン像も見える。ジャングル越しだとよく分からなかったのだが、岩山とまではいかないが、少し小高い岩盤の上に立っていたようだ。…というよりは、岩山を削って作ったようにも見える。
「無理すれば行ける距離だけど、夜について調査を始めるより、ここらで野営して、明日の朝から調査する方がいいと思う」
「同意しよう。そこに洞窟らしきものもある」
「じゃあ、適当でいいなら僕が夕食を作ろう。『食材』も手に入れたことだしな」
僕の提案にフィーアも賛同してくれた。なお、「食材」というのは、野生のジャック・オー・ランタンである。ジャングルの中で襲ってきたのを返り討ちにしたのだ。あんな像があるだけあって、自生地も存在していたのだ。火炎弾のような感じで魔力を炎に変換して撃ち出してくるが、耐火防壁を使える僕やフィーアにとっては脅威になるはずもなく、あっさり切り捨てて、食べられそうな部分だけ持ってきたのだ。他は虫系の魔物ばかりで、あまり食えそうな奴はいなかった。川には魚もいるけど、淡水魚は泥臭いし、分析してみたら毒持ちの魚も多かったので今回はパスすることにした。
本来はAGのコクピットにはサバイバルキットも積んであるのだが、今回僕の手元には愛刀しか残されてなかった。彼女の方も同様らしいので、食材などは自分で手に入れないといけない。カボチャだけというのは少々味気ないが、何も無いよりはマシだ。
「フン、この洞窟内には危険そうな魔力は感じないな。いても小さな虫やトカゲの類だろう。探査…毒や病原体もなさそうだ」
フィーアが洞窟の様子を探っているので、僕は夕食の準備をする。
「成形、高熱炎」
ここまで来る途中で粘土質の土を見つけていたので、魔法で形を整えて高熱で焼いて簡易な土鍋を作ったのだ。
「水創造、塩創造」
水素原子と酸素原子を組み合わせて水を生み出す。水弾だの高圧水流みたいに高速で射出したり高圧をかける必要もなく、ただの飲用水を作るだけなので魔力は大していらない。川の水を浄化してもいいんだけど、使用魔力量に大差はないんで作り出すことにしたのだ。もっとも、純水ができてしまうので味はなくて正直おいしくない。だから、塩素とナトリウムを生成して塩=塩化ナトリウムも作り出す…こいつらは原子量が17と11で水よりは消費魔力量が多いから、本当は海水から塩を抽出する方が魔力は使わないで済むんだけど、海岸にいた時にはコロッと忘れてたんだよ!
「乾燥」
樹木は山ほどジャングルにあるので、枝を拾ったり斬り落としたりして、乾燥させて薪にする。これ、シンプルなようで実は風系と火系を組み合わせる複合属性魔法だから生活魔法の中じゃ難しい方なんだよ。他だと噴流の魔法も同じ複合系列なんだが、効果的に大差がない憤進に比べて制御が難しいんで余り使われないんだな。
薪に「着火」の魔法で火をつけて魔物カボチャを煮込んでいると、洞窟の奥や周囲の状況を調べていたフィーアが戻ってきた。
「魔物や有毒物質の心配は無さそうだ」
「ありがとう。煮えるまで、まだ少しかかるから、その間少し休んでいていいよ」
「ああ、そうさせてもらおう…料理には慣れているのか?」
「料理と言えるほど立派なシロモノじゃないだろ。獲物を適当に煮炊きして食べるのは冒険者の心得だからね」
僕やカイたち冒険者志願組は実地訓練でいろいろと経験はしてる。志願組じゃないリーベも訓練の一環として体験したことはある…あれはキャンプみたいなモンだったが。フィーアは庶子ではあっても帝国貴族のご令嬢だから、こういう経験は無いんだろう。
「なるほど…クリスティーナ様も、このような事をされていたのか?」
「母さんは食べる方専門だね。一人だった事はないみたいで、冒険者してた時も従者の人が作ってたみたいだ。父さんと組むようになってからは、父さんに任せてたようだよ」
そういう話を聞いてたから「大貴族のご令嬢」出身だと思ってたんだ。実際は「皇女」だったけど、自分で料理できないって点では似たようなモンだな。
「そうか…ヒカリ、は?」
「あいつは普通の料理もうまいよ」
ついでに裁縫とかもできるし、貴族のたしなみとしてのダンスとかも上手だ…実は完璧超人じゃねえか! キャラはアレだが、実はそのキャラチェンジこそ一番の得意技だ。リヒト、騙されるなよ…って、目の前のこいつも実はリヒト狙いだったか!?
「…」
「…」
何となく黙ってしまって、何とも言えない気まずい雰囲気になる。いやまあ、別にデートしてるワケじゃないんで、これで正しいと言えば正しいんだが。
「少し外す」
「川の近くで花を摘むなら虫除けの結界を張った方がいいと思うよ」
「その位のことは士官学校のサバイバル訓練で習っている!」
気を回したつもりが、余計なお世話だったらしい。ちょっとデリカシーが無かったか。デートだったらマイナス3ポイントだな。話題をずらして誤魔化そう。
「サバイバル訓練があるんなら野営時の料理は習わないのか?」
「魔素糧食で済ます」
「ああ…」
魔素糧食というのは、食べ物を作り出す魔法の名前であり、その魔法で作り出される食べ物の名前でもある。普通の魔法は魔素を一度魔力に変換してから、その魔力を物質やエネルギーに変換するのだが、これは魔素を直接物質に変換する珍しい魔法なのだ。魔力消費量はそこそこ多いのだが、デンプンだの糖類だのを作り出すのに比べれはイメージ化は簡単で魔力消費量も少ない。問題は、とにかくマズいこと。というか、味がないのだ。生きるのに必要なエネルギーや栄養は取れるが、食べるのが苦痛というシロモノなのである。
「すぐ戻る」
「気をつけて」
まあ、フィーアくらいの力がある騎士を脅かす能力がある魔物は、このあたりには居ないだろうから心配があるとも思えないが。
…お、カボチャがいい感じに煮えてきたようだ。味見、味見。うん、適当に塩入れただけの割にはうまい。よく熟したところを選んで切り取ってきたからな。熟したジャック・オー・ランタンは煮込むと甘さが増すんだ。もう火から外していいだろう。しばらくは余熱で…
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
ドボォン!
「フィーア!?」
フィーアらしからぬ~と言うと失礼かもしれないが~女性らしい悲鳴と水音。彼女を脅かすような魔力は感じてないぞ!? 罠らしい魔力の発動もない。これは、まさか…
「探査!」
ある虫のみに反応するように指定して探査の魔法をかけてみると、やはり、彼女の魔力の方角にその虫がいた。…だから虫除けをしておけと言っておいたのに。
彼女の方に走っていく。やはり川に落ちたようだ。それ以上の被害はなさそうなので、とりあえず原因の虫に向けて魔法を放つ。
「冷凍」
魔虫でもなく毒虫でもない、全世界にありふれている昆虫。生命力と繁殖力の強さは完全生物と言ってもいいかもしれない脅威の存在。前世でも今世でも世界中の女性の最強の敵…いや男だって苦手にしている奴は多い。黒光りして高速で疾駆する悪魔の虫、Gだ。だが、冷気には弱いので、普通の冷凍魔法で駆除できる。
「アレは処理したよ。大丈夫かい?」
「…礼は言わないからな」
憮然、という以外に表現しようがない表情で川の中に座り込んでいるフィーアに手をさしのべる。掴んだので岸に引っ張り上げながら、一応尋ねてみる。
「虫除け結界は?」
「張ったのに中にいたんだ!」
それだと確かにビビるな。
「なるほど、張る前から潜んでたんだな」
「…少し油断しただけだ」
鍋とたき火の所に戻る。水もしたたるいい女っぷりになっているフィーアだが、いくら熱帯だからって冷やして風邪をひかれても困る。
「乾燥は使えるか?」
「使える」
「なら、僕が周囲の警戒をしておくから、たき火の所で乾燥させときな。誰もいないだろうけど見えないようにはしておくから。幻影」
「…感謝する」
黒いドーム状に幻影を描き出す。外からは見えないし、中から外も見えないが、幻影なので空気も音も通る。
その上で、わざわざ彼女とは正反対の方向を向いてしばらく待つことにする。君子危うきに近寄らず。李下に冠を正さず。誤解を招くような振る舞いはしない。僕は正騎士にして貴族家の嫡男なのだ。紳士たる振る舞いが常に求められる。
…というか、敵の女騎士と二人っきりとか、誰がどう考えたって「お約束」シチュエーションじゃねえか! この状況だったら、絶対に発動する「お約束」ってモンがあるだろうが、僕的には絶対にNGだ。ヒカリの側近にして親友なんて相手にアレが発動してしまったりしたら、ヒカリの奴に後々まで何を言われるか分かったモンじゃない!
そして、早くもアレが起きてしまいそうな状況に追い込まれてしまっているのだ。油断せずに、隙を見せずに、絶対にその発動は阻止しなければならない。
「乾燥」
ゴーッという音がしばらく続いてから止む。カチャカチャと金具の音がする。
「乾いた。もう幻影は消して構わないぞ」
フィーアの言葉を聞いて、ようやく僕は幻影を消して彼女の方に向き直る。
目の前に剣先があった。
「油断だな」
僕の喉元に剣を突きつけたフィーアがニヤリと笑って言った。
アイキャッチ
「神鋼魔像、ブレバティ!」




