第1話 一眼巨兵、襲来 Aパート
アバンタイトル
ドガァアアン!
建物が爆発して吹っ飛ぶ。その爆炎の陰から巨大な人影が姿を現す。
「火炎弾」
若い男の声。いや、まだ声変わりしたばかりの少年かもしれない。その声と同時に、巨大な人影を火球が襲う。
ボフッ。
だが、火の玉が当たっても人影は微動だにせず、ゆっくりと火球の飛んできた方向を見やる。そこには、軽装の皮鎧、小手、すね当て、兜を身につけ、剣を腰に下げた14~5歳くらいの少年の姿があった。
「こっちに来いよ、デカブツ!」
そう挑発すると、身を翻して森の中に駆け込む少年。巨大な人影は、怒ったかのように、その後を追って体の向きを変えると、ゆっくりと一歩踏み出した。
オープニングテーマソング「戦え、ボクらのブレバティ」
この番組は、ご覧のスポンサーの…
森の中を僕~この世界での名前は「ノゾミ・ヘルム」~は走っていた。追われている。追ってくるのは巨大な緑色の魔像。その身長はおよそ人の十倍、約18メートル!
「無駄な抵抗はやめろ。おとなしく皇女殿下を引き渡せば、これ以上この村に危害は加えない」
魔像から声が聞こえる。音声を拡大する拡声の魔法を使っているのだろう。この世界の魔法は、発動に言霊を必要とする。無詠唱魔法は存在せず、魔道具もキーワードを唱えなければ発動しない。そして、音声が届く範囲が広いほど魔法の効果も高まる。拡声には魔法の威力や効果を強化する働きもあるのだ。
話しているのは、少年とも少女ともつかない若い声だ。たぶん、14歳くらい。つまり僕と同年代の「危険な子供たち」と呼ばれる、異常に大きな魔力の持ち主たちの一人だろう。15年前の「大爆発」以降に生まれた子供たちは、皆そう呼ばれる。もちろん、僕もその一人。
あの巨大な「上級魔像」~略称AG~を操るには巨大な魔力が必要であり、普通の大人には無理だ。熟練の冒険者とか、騎士団の魔術師部隊所属の高位魔術師ですらそんな魔力はない。動かせるのは、僕たち危険な子供たちくらいなものなのだ。
「そんなことできるワケないだろ!」
挑発気味に言い返しながら、森の中をジグザクに走る。僕も拡声と筋力強化、俊敏強化の魔法は既にかけてある。
魔物退治の修行の帰りがけに、僕の父が領主をつとめる「ピュアウォーター村」を襲っていたAGを見つけて、1発攻撃魔法を当てて注意をそらして、自分の方に誘ったのだ。このまま、村の中心から引き離して、ウチの屋敷まで誘導できれば…これはッ!?
「火炎弾」
「耐火防壁!」
とっさに呪文を叫びながら、横に飛ぶ。直前まで居たところを炎の弾丸が通り過ぎる。AGが放った火炎弾の魔法だ。直撃は避けられたが、輻射熱だけでもかなり熱い。まあ耐火防壁の魔法をかけたので直撃でも軽い火傷で済むだろうが、熱は感じるのだ。
道無き森を強引に突っ切ろうとしていたのだから、木々は立ち並んでいる。進行方向の木々に火炎弾が直撃して燃え始めた。なるほど、逃げ道をふさごうというワケだね。
だが、耐火防壁を使える相手に、それは悪手だよ。もっとも、耐火防壁は耐火系でも上位のかなり高度な防御魔法だから、使えると思ってなかったのかもしれないが。
「魔力隠蔽」
文字通り、自分の魔力を隠す魔法を使う。魔力感知に感知されないようにするためだ。この魔法を使っていれば、魔法の発動の直前には集中する魔力や属性を感じることができる。
だから、魔力の気配を探っていれば、何か魔法が発動することがわかる。さっきのAGの火炎弾のように、火属性の攻撃が来ることも予想できるんだ。
魔力感知は魔法の中でも基本中の基本。魔力もほとんど使わないし、特に集中しないでも常時発動していられるから、この世界の人類なら、魔法を習い始めたばかりの小さな子供だって使っている。だからこそ、その対策の魔法も基本中の基本。
何しろ、この世界では人類は全員魔力を持っているし、魔法が使える。魔法が日常生活に欠かせないのだ。ほぼ全員が魔力感知を常用しているわけだから、人知れず何かをやりたい時でも、すぐに感知されてしまう。
それを防ぐのが魔力隠蔽の魔法だが、逆に言うと、これを使っているのは人に知られたくないことをしている証拠でもある。肉眼で目視される状態でこれを使っていると、目には見えるのに魔力は感じられないから、即座に魔力隠蔽を使用しているとバレてしまう。これを使っていて怪しまれないのは、かくれんぼをして遊んでいる小さい子供くらいなものだ。
まあ、本来の使用法は戦闘時に魔法の発動を隠そうとする場合と、本当に密かに行わなくてはいけない諜報活動や捜査活動の場合だろう。今は戦闘時だから、あのAGも使っていて不思議はないのだが、きっと殺す気まではなかったのだろう。威嚇を兼ねて撃ってきたというところか。
「今更魔力を隠したところで…温度感知っ!? しまった!」
AGの声が少し焦る。そう、魔力を感知できなくなっても、森の中で人間を探すなら体温を探ればいい。そのための魔法が温度感知だが、森が火事になりかけている状況では人間の体温をピンポイントで探り出すのは結構難しい。
いや、火の温度と体温じゃあ相当な差があるから、識別すること自体は不可能じゃないが、戦闘時にそんな識別ができるのは探知専門の高度な訓練を受けた探知員が、それも探知に専念している時くらいなものだろう。
逃げるだけなら、耐火防壁もかけていることだし、火の中に飛び込んで撒いてしまえばいいのだが、僕はもともとAGを誘導したかったのだから、それはできない。それに、せっかくチャンスが生まれたのだから有効活用しないとねっ!
「火炎散弾!」
文字通り火の玉を大量に散弾状に発射する火炎弾の上位攻撃魔法だ。発動イメージと込める魔力を調整することによって、弾1発あたりの大きさ=威力と、弾の数を自在に調整できる。
今回は、AGとその周りめがけて結構大きめの弾をそこそこ大量にばらまく。弾速はそんなに速くないので、発動を感知できなかったAGも目視で回避行動をとろうとするが、相手の図体が大きいのと、散弾にした効果で何発か直撃する。しかし…
「この威力と数、なかなかやるようだが、無駄だ!」
豪語するように、AGにはかすり傷一つついていないようだ。まあ、見た目からして硬そうだったから予想はしていたけど、普通の魔物相手なら飛竜にだって相当ダメージを与えられる威力のはずなんだが。
もっとも、これはダメージを狙って放った魔法じゃない。AGの周りの木が燃え出している。僕はその火に、すなわちAGに向かって走る方向を変える。僕の周りにはまだ火がないから、AGは温度感知で僕を感知しているはず。
「チッ、氷散弾!」
「耐氷防壁!」
火はまずいと悟ったAGが今度は氷の弾を散弾にして撃ってくる。僕は回避行動はとらずに、防御魔法で対抗しながら直線コースでAGを目指す。
地水火風の基本4属性と、その派生の闇氷光雷の4属性の攻撃魔法は、だいたい防御魔法も作られていて、上位の防御魔法なら大したダメージを受けずに攻撃を受け流せる。
AGが放ってきた氷の弾は結構な威力だったが、ほとんど僕の耐氷防壁を貫通できず、かすり傷を負わせることしかできなかった。
そのまま加速してAGの足下まで走り抜ける。これでもう、周りの火が邪魔して僕のことを感知するのは難しいはずだ。防御魔法は複数の属性を重ねられるから、先ほどの耐火防壁はまだ消していない。
「飛翔」
空を飛ぶ呪文を唱えながら大地を蹴り、AGの膝めがけて手にした剣を叩きつけた…が!?
ガイィン!
金属音とともにはじかれ、手がしびれそうになった。なんて硬さだ!
僕の剣は魔銀製。そう、ファンタジー世界によくある魔法金属だ。よくあると言っても、それなりに希少性も高く高価なので、普通なら14歳の子供が持つものじゃない。
が、ウチの両親は2人とも元S級=超一流の冒険者。魔法の武器や防具も数多く持っている中で、特に魔力付与もされていない魔銀製の剣なんかは予備武器の一つにすぎず、冒険者にあこがれて魔獣退治の修行をしている子供に与えてもよい程度のものだったのだろう。
とはいえ、魔銀であること自体が相当なもので、硬度は鋼鉄に勝り、魔法との相性も良くて魔法剣を使う場合にも便利だから、修行を始めてからずっと愛用している。巨大陸亀の鋼鉄より硬い甲羅だって叩き切ってきたのに、それがまったく通用しないとは…
「これが、帝国の一眼巨兵…」
「無駄だ、このミスリウム合金の装甲に並の剣など通用しない!」
思わずうめくようにして漏らした声が聞こえたのか、それとも先ほどの攻撃がまったく効かなかったことに優越感を覚えたのか、AGが自慢げに言い放つ。だが…「ミスリウム合金」だと? 何だそのファンタジーっぽくないネーミングは!?
だいたい、一眼巨兵の外見からして、実に気にくわないのだ。肩以外は全身緑色に塗られていて一つ目なのは、まあモデルにしたのであろう魔獣「一眼巨人」も全身緑色で一つ目だからいいとしよう。
ちなみに、一眼巨人は人型だが知性はない。と言うか、この世界に人類並の知性がある魔獣は存在しない。
問題は、その一眼が赤色で、眼窩が真っ黒だというところだ。しかも、モデルの魔獣は普通に人類と同じような形の頭なのに、こいつの頭部は半球型なのだ。鼻も耳もなく、口は鎖で縛ったような意匠のマスクがつけられている。この鎖は、胴体部や足にも無意味そうに巻かれている。
胴体は鎧をつけたような意匠になっており、手足よりも濃い緑色に塗られている。肩にはトゲトゲのついた肩当ての意匠が施されており、ここだけは赤く塗られている。背には黒い背嚢を背負っているような意匠が施され、手にしている武器は身長の半分もありそうな大型の槍斧…
ぶっちゃけ、前世のある記憶を思い出させるデザインなのだ。一世を風靡した大人気ロボットアニメ。プラモデルの売り切れが続出し、それを買おうと店に殺到した子供が転倒して死亡する痛ましい事故もあった。初放送から何十年も経過し、直接見ていた世代は既にいい年になっているのに、何作もある続編やシリーズ作品の商品だけでなく、オリジナル作品の関連商品がまだ売れ続けていた作品。
その作品の、あまりにも有名な敵役の量産型ロボット、それをモデルにした豆腐まで売り出された、アレを思い出させるデザインなのである。いや、右肩は盾じゃないけどね。
おまけに、肩だけ赤色だ。帝国の宣伝活動によると、エリート部隊「皇太子親衛隊」~略称SS~の証らしいのだが、こっちはこっちで別のリアル系ロボットアニメの設定を思い出すんだよなあ。
あの量産型ロボットは大好きなんだが、そのパクりじみたデザインは気にくわない。ここは何としても一泡ふかせてやりたいところだ。なら…
「魔銀並みに硬いってか!? これはどうだい、魔力付与!」
魔力付与の呪文を唱え、ミスリルの剣に魔力をまとわせて切断能力を上げ、今度は膝の裏を狙って飛び上がり、剣を振るう。
ガスっ!
鈍い音ではあるが、今度は刃が通った。そのまま刃を押し切って、膝の裏側に深い傷を与えていく。
いくら図体がでかくとも、人型である以上、足を切ってしまえば動きはとれなくなる。膝関節を裏側から切断し、可動部にダメージを与えれば動けなくなるはず。と、そう思っていたのだが…
「マジかよ?」
膝の裏に与えた傷には、ただの切れ目しか入っていなかった。中は表面の塗料の緑色とは異なる純粋な銀色の無垢の金属の切断面が見えるだけ。切断した部分から、魔力が漏れ出すのは感じられるが、ただそれだけなのだ。
関節を動かしやすくするような可動部分がない。こいつは名前の通り、中身の詰まった金属製の像を魔力で強引に動かしているだけの魔像なんだ!
…ということは、膝自体を完全に切断しない限り、こいつは動き続ける。今の攻撃で1/3くらいは切断できたが、同じ部分をピンポイントで狙って完全に切断するなんて、まったく動かないで抵抗もしない相手でもなければ無理だ。そして、こいつは抵抗しないどころか…
「なめた真似をしてくれる!」
怒りの声とともに落ちてきた槍斧の刃先を紙一重でかわし、慌てて近くの炎の中に逃げ込む。耐火防壁が効いているので、熱くても火傷は負わない。
「修復」
AGが修復魔法をかけ、膝の傷を直していく。これは武器や防具、城壁などの無生物の損傷を修復する魔法であり、もちろん魔像にも効果はある。あまり一般的な魔法じゃないんだが、使えたのか。
クソっ、これじゃ手も足も出ない。今なら逃げることはできるが、そうすると村がまた襲われる。領主の嫡男としては村を見捨てることはできないし、そもそも小さい頃からずっと育ってきた村でもあり、住民だってみんな顔見知りだ。幸い、さっきは空の倉庫を一つ壊されたぐらいで、怪我人も出ていないようだったが、また襲われたらどうなるか分からない。
やむをえない、当初の予定どおり僕が囮になってこいつをウチの屋敷まで連れて行くしかないだろう。これだけ大騒ぎをしていれば、ウチの家族なら気づいているはず。
父さんはイモータル市にある魔像研究所に行っていて留守だが、母さんはいるはずだ。
ウチには父さんの研究物が山ほどあるから、このデカブツの足一本なら吹き飛ばせるくらいのものは何かしらあるだろう。何しろ、父さんは冒険者時代には魔像使いの異名をとった魔像の専門家で、他ならぬ上級魔像という新兵器の提唱者でもあるのだから。
上級魔像とは、人が乗り込んで動かす巨大魔像のことだ。体内に魔道エンジン、すなわち大気中、というよりは空間中というべきだが、にある魔素を魔力に変換する機構を備え、体を構成する鉱物や体内の空洞にその魔力をため込みながら、同時にその魔力で体を動かす仕組みを持っている。
その魔力量も巨大なのだが、動かすには、その手足の先まで体中に操縦者の魔力を行き渡らせないといけない。実際に動かすときの動力としては魔道エンジンで変換した魔力を使えるのだが、動かす指示を出すための魔力は操縦者の魔力に依存せざるをえないのだ。
このため、全高5メートル程度の魔像なら普通の大人でも動かせるが、18メートル級の巨体だと巨大な魔力を持つ人間しか動かすことができないのだ。
僕も、さんざん父さんの研究には付き合ってきた、というか、付き合わされてきた。試作AGの操縦をしたことだってある。小さいAG、と言っても10メートル級だったが、を相手に模擬戦だってやらされた。
父さんの試作AGは関節部を可動させやすいように、プラモみたいなはめ込み構造にしてあったり、球体関節が組み込まれてたりして、いろいろ芸が細かかったから、一眼巨兵にも似たような可動部があるかと予想してたんだが、そんな繊細な作りじゃなかったようだ。
確かに無垢の金属塊だと動きは鈍そうだけど、その分防御力は高いみたいだし、実用性は高いんじゃなかろうか。父さん、無意味に凝ったことするから、実用化で隣国に先を越されちゃうんだよ…
と、そんなことを考えてる場合じゃない。まだ飛翔も2種類の防御魔法も効いている。
「幻影」
幻を作る魔法で自分の虚像を本体の右20メートルあたりに作ってから、精神を集中して飛翔の魔法をコントロールし、炎の中からAGの足下をかすめるように飛び立つ。森の木々の上をランダムにジグザグ飛行しながら、ウチの屋敷の方角を目指す。
虚像も本体右20メートルの相対位置を保ちながら同じコースを飛ぶ。子供だましの手だが魔力隠蔽しているから、どちらが本体かは攻撃を1発当ててみるまでは分からないはずだ。
「氷散弾」
ってか、すぐ散弾撃ってきやがった。防御魔法を展開してる氷属性で撃ってくるあたり、やはり殺すつもりは無いようで、虚像がどちらかだけ確認する気なんだろう。
もう無意味だと分かったんで、虚像を消し、魔力隠蔽も解除する。追わせるつもりなら魔力を隠す必要は無い。どちらも魔力消費量が少ないとはいえ、こんなデカブツに追われているときに魔力を無駄遣いするのも惜しいからね。
飛翔での飛行は最高で時速400キロメートル程度の速度を出せる。風属性の魔法であり、結界を身にまとって飛ぶので、高速でも息が苦しくなるようなことはない。
もっとも、今は動きの鈍そうな一眼巨兵を誘導するのだから、そこまで高速にする必要もないので、時速100キロくらいの適当な速さで飛ぶ。すぐに屋敷が見えてきた。
あ、風属性で高速移動する魔力を感じる。誰か飛翔で様子を見に来てくれたようだ。二人が飛んでくるのが見えた。
一人は僕の双子の妹のヒカリ。双子なので当然14歳。ショートカットの黒髪とダークブラウンの瞳、母さん譲りの整った顔を持つ美少女だ。二卵性ながら、僕とそっくりの顔をしていると評判である。
もっとも、僕の方が目元だけ少し父さん似で鋭いと言われている。男女の違いからか、身長はヒカリ168センチに対して僕は175センチと、最近差がついてきた。
さてお気づきだろうか。美少女な妹そっくりということは、自分で言うのも何だけど、僕は美少女顔なのだ。それこそ、前世なら「男の娘」やっても怒られないレベルで。神様、美形なのは嬉しかったけど、もう少し男っぽい顔が欲しかったよ…
そしてもう一人は…父さんじゃないか! 今年35歳で母さんより1歳年上。身長180センチを超えるごつい大男で、黒髪とダークブラウンの瞳は僕とヒカリに受け継がれたが、がっしりした顎や頬骨は僕に受け継がれず、唯一その鋭い目だけを少し受け継いでる。
男臭い系だが、顔だけなら結構イケメンだ。そのイケメン顔を宝の持ち腐れ状態にしているのは、ぼさぼさにしている黒髪や無精ヒゲで、いかにも「研究一筋」の学者バカっぽい。
まあ、それ以外は魔像研究者というイメージに合わないゴツさの上、サングラスまでかけているから、それらしい格好にしたら前世のヤーさんと言っても通りそうだ。もっとも、元凄腕冒険者というイメージの方には合っていると言えるか。
…ってか、そもそも父さんはイモータル市の研究所に行ってたはずなのに、何でウチにいるの!?
「あ、お兄ちゃん! あれ、一眼巨兵よね!?」
「よお、ノゾミ、久しぶり。品の悪いのを引っ張ってきたようだな」
「戻ってたのかよ、父さん! まあちょうど良かった。あのデカブツ、ヒカリの言うように帝国の一眼巨兵なんだが、魔銀系の合金製らしくて、えらく硬いんだ。何とかできる武器か魔道具出してよ。天下の『Dr.ヘルム』なんだから、そのくらい持ってるだろ」
「その呼び方はよせ!」
あ、まだ気にしてたんだ。だいぶ前だけど、イモータル市の魔像研究所に行ったときに、研究員の人に父さんが「Dr.ヘルム」って呼ばれてるのを聞いて、つい前世ギャグを言っちゃったんだよね。
僕とヒカリを縦半分に切って合体させて人造人間とか作ったりしないよね、って。
父さんがものすごいショックを受けたような顔したんで、しまったと思って慌てて冗談だって言ったんだけど、それ以来かたくなに「Dr.ヘルム」という呼び方は拒否してる。
だけどさ、こんな呼び方聞いたら、前世的にはあの元祖スーパーロボットアニメの敵役を思い出しちゃうんだよねえ。バードス島とかいう所で古代のロボット兵器発掘して世界征服を思い立っちゃった博士を。末尾に「ム」がついただけなんだし。
そもそも、父さんだって巨大魔像研究なんかやってる狂科学者、もとい狂魔術師なんだから。
とは言っても、その元ネタを知らない父さんからすれば、息子や娘を実験台にするような、とんでもないキチガイ博士扱いされたんだから、そりゃショック受けるよな…って、縦真っ二つにして合成までは行かないにせよ、結構実験台にされている気はするんですが。
「それはどうでもいいから、何かないの!?」
「あるさ! 屋敷裏の溜め池に行け!!」
「…ダジャレ?」
「お兄ちゃん、そこはスルーするのが優しさだと思う」
「親父の特権はオヤジギャグを言えることだ! いいから早く行くぞ!!」
いろいろ文句を言いたい人ではあるが、ぶれない所は尊敬できる。さっそく3人で屋敷裏の溜め池の方に向かおうとしたが…
「何者だ? 風刃」
遠くからAGが父さんめがけて風系攻撃魔法を撃ってきた。さっきからずっと発動を隠していないあたり、やはり本気ではなく威嚇だろう。風系はスピードが速いが、距離があるので父さんも難なく回避する。
「拡声。このピュアウォーター村の領主さ。シュン・ヘルム男爵だ。どうぞお見知りおきを、帝国の犬さん」
拡声をかけてから、父さんが大声で言い返す。ってか、あんた自分が領主とか言っちゃっていいのかよ。一応この村のVIPだろ。名前の通り、澄んだ湧き水ぐらいしか自慢できるもののない田舎村だけどさ。
「シュン・ヘルム男爵だと!? 『魔像使い』本人か!」
AGが驚いてる。やっぱ父さんって有名人なんだ。
「ちょうどいい、皇女様を渡してもらおうか! そうすれば、奥様とお子様方までは要求しない」
また言ってやがる。だが、さっきから気になってたんだが皇女様って誰だ?
ウチの村にはそんな偉そうな人、一人もいないぞ。あと、奥様とお子様方って、母さんと僕たちのことなんだろうが「までは要求しない」って、何の意味だ?
「残念だがお断りしよう。ここはおとなしくお引き取りいただけないかね。さもないと、ここにいるウチの息子、ノゾミがお相手することになるよ」
「ちょっと、父さん!?」
「フン、ご子息、ノゾミ殿と言うのか、には先ほどからお相手いただいているが、大したおもてなしは受けていないのだがな」
ムカっ。勝手なこと言う父さんにも腹立つが、そんなデカブツに乗って生身の子供を相手にしてるような奴に偉そうな口きかれたくないね!
言い争っている間にも飛行は続けているから、屋敷裏の溜め池にはどんどん近づいている。ウチの村はきれいな湧き水が多いのだが、これは数年前に渇水対策として作った溜め池だ…が、いままで渇水なんてほとんど起こったことがないから、きっと父さんが何かロクでもないこと考えて作ったに違いない。例えば池の底に魔像でも隠しておくとか…
「いいさ、父さん、僕が『おもてなし』するから、さっさと『接待道具』出してくれよ!」
「お、やる気になったようだな。よし、『コール ハンガー』『オープン』『リフトアップ』!」
父さんが自分の腕時計型通信機に向かって魔道具使用のためのキーワードらしきものを話す。この世界、魔道技術はかなり高いので、前世の腕時計型携帯電話みたいなものが普通に実用化されてたりする。精霊みたいな自律型の使い魔が存在するせいで、逆にコンピュータ系の自動計算機技術の進歩が遅れているためにスマホみたいな端末は存在しないけど。
と、父さんのキーワードに合わせて、溜め池に異変が起こった。池の水が真っ二つに割れて、割れた部分に流れ落ちていく。何だこの前世アニメで見たような光景は!
うわー、すごく嫌な予感がする。
「げえ、これって!?」
案の定、その割れた池底の間から、腕組みした状態の巨大な人型の像が1体せり上がってくる。あんた、本当に池の底に魔像隠してたのかよ!
お約束だなあ…って、お約束!? ま、まさか!
慌てて父さんの方を見やると、僕の視線に気がついて、ものすごいドヤ顔で言い放ちやがった。
「汎用人型決戦魔像『ブレバティ』だ。これが量産の暁には帝国などあっという間に叩いて見せるわ! さあ、初号機に乗るのだノゾミ、神にも悪魔にもなれるぞ!!」
「『混ぜるな危険』って言葉を知らないのかよぉっ!!」
思わず全力でツッコんでいた。
アイキャッチ
「神鋼魔像、ブレバティ!」