第7話 戦艦オグナが危機を呼ぶ Bパート
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「神鋼魔像、ブレバティ!」
慌てて拾った左腕を修復の魔法でつなぎながら飛行し、格納庫に戻ったところ、クーとリーベがそれぞれの愛機に乗り込んだ所だった。父さんは直接イモータル市防衛軍臨時本部~という名前になった研究所の総合管理室~に向かっている。カイはと言うと、結局あの場所から少し市寄りに戻った所の林の中に待機して、敵の様子をうかがっている。
「状況は?」
ドラゴンに乗って起動、認証をかけてから魔道通信機を起動して尋ねると、本部で管制を行っているマーサさんが答えてくれた。
「敵艦はパンター級戦艦『パンター』1隻のみです。市外北方約10キロの地点で9機のAGが発進して、歩行しながら市に向けて進行しています。パンターはAG部隊と分かれて北方へ待避中」
「歩行?」
「はい、飛行の様子はありません。それでも時速50キロのペースですので、あと12分ほどで市の外縁部に接近します」
「魔力を温存するつもりかしら?」
リーベの推測が正しいだろう。
「そう思うよ。一眼巨兵の魔力量は、オリハルコリウムを壊せるだけの魔法を撃つと数発で弾切れになる。少しでも魔力を温存したいんだろう」
「戦艦は?」
「落とされることを恐れて待避してるんだろうな」
「にしても、AG9機って少なくない?」
クーの言ってることは、別に自信過剰でも何でもない。実際、この前の戦闘では4機で27機を相手にして23機撃墜してこちらは中破判定2機なのだ。機体の性能が違いすぎる。それなのにわずか9機で攻めてくるってことは…
「精鋭、ってことだろうな。前回みたいな案山子とは違って」
実際、前回の戦闘に参加した貴族子弟のパイロットは、訓練度自体は高かったのだが、実戦経験が皆無の連中ばかりだった。それも、捕虜にかるく質問した感じでも(捕虜宣誓されているので強引な尋問はできない)、その「訓練」自体がどうも形練習っぽいのばっかりで、模擬戦も形通りにやってたくさい感じがある。僕たちみたいに「魔獣相手に命のやり取りした事があります」って感じがまるでないのだ。リーベでさえそういう経験はしてるっていうのに。だから…
「ヒカリがいる可能性は高い。戦艦がバルバロッサじゃないからリヒトはいないと思うが、例えば例の黒い3兄弟なんかがいたら、かなり手強いと思うぞ。あと、その妹のフィーア少尉も、前回の事からすると、もう侮れる相手じゃなくなった」
ヒカリの存在が推測なのは、相手側AGが完全に魔力隠蔽してるからだ。僕もヒカリの魔力を感じることができない。
「聞こえるか? 命令だ、ブレバティは全機、イモータル市外北方で敵AGを迎撃せよ。全機が市外に出た時点で玻璃障壁を展開する」
司令室に入ったらしい父さんから命令が来た。
「敵の狙いが読めんが、前回と同じく鉱山狙いの可能性が高い。今度は精鋭部隊を投入してきたんだろう。市に被害を出さないため、市外での迎撃に努めろ。リンにも支援させる。歩兵部隊は前回同様に玻璃障壁内で待機して、戦闘後の処理に参加させる。今回は戦闘工兵を揃えておいた」
父さんの推測も同じだった。まあ、こっちは迎撃側なんだから相手の意図が何であれ、ただ守るのみ。歩兵部隊の使い方も妥当だろう。工兵ってのは本来は塹壕を掘ったり敵要塞の城壁を爆破するのが仕事だが、無生物用の魔法を多く習得している要員が多いので、敵AGの回収にも役立つはずだ。
「了解。ブレバティ・ドラゴン、発進」
「ロプロス、行くよ!」
「ロデム、参ります!」
飛行甲板が狭いオグナと違って、格納庫にもその外にも十分な余裕があるので、特に管制も受けずに全機出撃する。それぞれが基本魔法や防御魔法と飛翔をかけ、クーは変形して市外へ向かう。僕たちが市外へ出ると同時に玻璃障壁が展開され、同時にリンの立体映像が投影される。
「みんな、頑張ってね♪ 今日も一生懸命歌うよ。曲名は『立て!闘将…』」
うわ、いかにも格闘戦能力が上がりそうな歌だ。長浜ロボットロマン三部作の最後を飾るロボットアニメ版ロミジュリな空手ロボの主題歌だよ。もっとも、ロミジュリを下敷きにしたロボットアニメには後にもカルト的な有名作があるけどね。
しかし、確かにこれは燃える音楽なのだ。戦意も上がって、いざ敵部隊に突撃! と見やった所で、危惧が的中していたことを知る。
敵部隊の先頭に立つのは、見たことのある黒いAGが3機。「ノイエ・シュバルツ・ゲシュペンスト」3兄弟だ。そのすぐ後ろに、これは初見になるが深紅と白の一眼巨兵。額には1本の角がついており、槍斧ではなく大きな結晶をはめ込んだ杖を持ち、背中には通常の一眼巨兵よりも遙かに大きな背嚢を背負っている。胴体と腕、脛が赤く、二の腕、腿、頭が白い。どこかで見たようなカラーリング…とは誤魔化すまい。これは正に弐号機、ライガーの色使いそのもの。つまり…
「ヒカリ、か」
僕のつぶやきに、聞き慣れた声の、聞き慣れない笑い声が応える。声自体は生まれた時から聞いているものなのに、こんなクスクス笑いは今まで一度も聞いたことがない。
「1週間ぶりですわね、おにいさま。あたし、このたび正式にSS所属になりまして、少佐の階級と専用機もいただきましたの。急ごしらえではありますが、魔力蓄積量は量産型一眼巨兵の2倍はあります」
この前までと同じような無感情なしゃべり方。しかし、その前後にクスクス笑いが混じることで、奇妙に小悪魔的に聞こえる。
「無意味とは思いますが、一応降伏勧告をいたしましょう。おとなしくイモータル市と戦艦オグナを渡せば、それ以上の要求はいたしません。ブレバティを持ったままでの退去も認めましょう。…失礼、弐号機だけは置いていってくださいね。あれは、あたしの物です」
何と、この部隊の指揮官はヒカリらしい。ここは僕が答えてもいいのか、と思っていたら、リンの映像の歌声の音量が下がり、その隣に父さんの映像も投影される。マルチスクリーンだったのか。
「まあ、そんな要求が通るなどと最初から思ってはいないだろう。お前の方こそ貧乏籤でも引いたか。いくらお前やゲオルグの子供たちでも、一眼巨兵わずか9機でブレバティ4機に対抗できると思うのか?」
「目的がイモータルの占領でしたら、無理でしょうね」
「何っ!?」
父さんの問い返しに答えるヒカリだが、その言葉の意味は実は明確だ。まず、今回の作戦目的は僕たちを倒さずに実現できるってこと。そして、さっきの降伏勧告に含まれている要求は、冗談のように追加したライガー以外では2点あり、一つは今「無理」と言った「イモータル市」であり、もう一つは…
「魔力波妨害、飛翔」
5機の量産型一眼巨兵が一斉に呪文を唱えて飛び上がり、空中の僕たち目がけて突撃してくる。
「フィーア、作戦通りにね。瞬間移動」
3兄弟のAGがヒカリのAGをつかみ、その瞬間に瞬間移動の魔法が発動する。魔力波妨害をかけられているので、ここでは追跡ができないが、どこに転移したかは想像がつく。
「ノゾミ・ヘルム、覚悟ぉっ! 魔力弾ぉ!!」
「玻璃障壁っ!!」
この声はフィーア少尉か。両手を突き出し、その前に円形の玻璃障壁を各3重、計6枚張ると同時に、体に密着させていた魔力防壁と物理防壁の形状を変形させ、玻璃障壁まで覆うように拡張する。
至近距離まで肉薄した一眼巨兵から魔力弾が放たれ、同時に槍斧の斬撃が襲ってくる。フィーア少尉、戦い方が上手くなってるな。詠唱を終えても発動させた魔力弾をすぐに放たずに、至近距離になってから斬撃に合わせて撃ってきた。
パリィン! パリィイン!!
澄んだ音色と共に、両手の先の玻璃障壁が砕ける。魔力弾は左の方を2枚砕き、槍斧は右手のを3枚砕いたが、それで斬撃の威力は吸収しきったので右手で刃を掴む。
「魔弾速射ぉ!!」
イメージを練っておいた魔法を、そのまま右手から放つ。連射された魔力弾は、最初の1弾が槍斧を砕くと、残りは一眼巨兵の頭部から上半身へ着弾して吹き飛ばす。
「クッ、一太刀入れることもできないとは! 覚えていろっ!! 瞬間移動」
悔しげに叫んだフィーア少尉だが、即座に転移して消える。最初の時は頭を吹っ飛ばされて戦意喪失していたが、さすがに二度同じ失態をさらすようなことはしないか。もっとも、ヒカリが作戦とか言ってたから、最初から一撃離脱の予定だったのかな。
バゴォン!!
「きゃああっ」
と、のんきに考えている場合じゃ無い。リーベがちょっとまずい状況だ。5機のうちフィーア少尉が僕に向かってきたが、残り4機が2機ずつクーとリーベに向かったのだ。だがクーの方は持ち前の機動力で一気に急上昇をかけて敵の初撃はかわしている。リーベの方は、最初に狙ってきた2機からの魔力弾攻撃は避けたものの、そのあと4機に囲まれて魔力弾を撃たれている。必死に逃げ回っているが、結構な威力の魔力弾を1発くらったらしく、左腕が大きくえぐられている。
「トライデント・ミサァイル!!」
バガッ!!
突然1機の一眼巨兵の胸、魔道エンジン部分から槍の穂先が生え、すぐに上半身が砕け散った。地上、林のところに隠れていたカイが、さっそく新技を披露したのだ。
「すまん、瞬間移動っ!」
上半身を砕かれたAGが仲間に謝りながら消える。あそこまでダメージを受けても引けるのだから、やはり精鋭部隊なんだろうな。
ドォン!!
「魔力散弾ぉ!」
超音速で突っ込んできたロプロス飛行形態が、一瞬遅れて衝撃波と爆音と呪文、そして魔力弾を残して上空へ飛び去る。残った魔力散弾が2機のAGに叩き込まれ、腕や足、背嚢などを吹き飛ばす。
「魔力付与っ、お返しです!」
カイとクーの介入に注意を逸らされた最後の1機にリーベが斬りかかる。咄嗟に槍斧で受けたようだが…
「魔力弾!!」
リーベが左手から放った魔力弾が一眼巨兵の右腕を吹き飛ばす。
「「「瞬間移動」」」
ほぼ同時に敵AGが全機転移して消える。やはり一撃離脱作戦だったようで、僕が助けに入るまでもなく退却してしまった。あと、格闘戦能力が上がりそうだと思っていたリンの歌だが、別に格闘限定でもなかったようで、魔法の威力も上がっていた。まあ、この世界の魔法の特徴から考えると、戦意や士気が上がるだけで威力も上がるのは当然なんだが。
と、そのリンの姿が消えて、父さんの映像が大写しになる。
「ヒカリたちはオグナのドックに転移した。すぐに追ってくれ!」
「やっぱりか、了解! みんな、追うぞ。瞬間移動」
いろいろ万能防御な玻璃障壁だが、瞬間移動による侵入は防げない。と言うよりはむしろ瞬間移動の方が反則な魔法なのだ。比較的新しい魔法で、対抗魔法がまだ存在しない。各国とも必死になって転移阻止の魔法やら結界やらを作ろうとしているが、完成していないのだ。使用者とそれが触れている人や物しか転移できず、転移先も知っている所か見えている所、あるいは何らかの目標を特定できる所(例えば遠話で会話している相手がいる所や、他人の瞬間移動した先を追跡した場合など)に限られるが、それでも強力な魔法に違いはない。僕やリーベがやったように、敵艦直上に転移して奇襲なんていう某宇宙戦艦の敵役総統の名前のついた戦法が簡単にできてしまうのだ。前回の敵部隊に「使えません」とか言ってるヤツがいたように、使える人間は限られるけどね。僕たちや、今回の敵みたいに全員使えるというのは、やっぱり相当な精鋭部隊と言えるかもしれない。これで、使用者以外の物を転送できるようになったら、それこそ爆弾転送みたいな事をやって無敵攻撃ができるようになってしまうだろう。
…ん、何か引っかかったな。瞬間移動は使用者なら転移できる。AGならこれを応用して…いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!
ドック内のオグナ後方にある広域作業スペースに転移して周りを見回すと、リーベとカイは同時に転移してきていたがクーがいない。
「あれ?」
「あいつ超音速だから、そのまま瞬間移動するより、減速しながら直接こっちに飛んでくる気だろ」
「ああ」
カイの説明に納得する。瞬間移動は転移前後で運動エネルギーを変えると魔力消費量が大きく変わるのだ。僕がバルバロッサの上に転移したときは、相手側の速度が時速300キロ程度だったんで、詠唱を追加することで魔力消費を抑えて補いがついたけど、速度差に比例して消費量が増えるので、さすがに超音速から停止状態まで持って行くと消費量はかなり大きくなるはずだ。なお、運動エネルギーの場合は増速でも減速でも魔力消費量が増えるが、位置エネルギーについては純粋に保有エネルギー量と魔力が等価に変換されるようで、高所から低所への転移の場合は消費量が減るし、低所から高所に転移する場合は消費量が増える。
「あら、おにいさま、意外に早かったですわね」
「フィーアめ、足止めもできんか」
ヒカリとアインの声がする。見ると、4機のAGがオグナの周囲に散って、何かをしている。それぞれオグナの前方左右、後方左右に分かれて、何かを設置するようにかがんでいるのだ。幸い、今日は土曜日なので工員はおらず、人的被害が出る心配はない。この世界、基本は週休二日だし、ウチはホワイト企業なんだよ。
「我々が足止めをかける。少佐は仕上げを頼むぞ」
「「了解!」」
「了解ですわ」
言い終えたアインの黒いAGが空中に飛び上がると、残り2機の黒いAGも飛んで、オグナの艦橋の後ろあたりで合流する。大型戦艦建造用ドックなので、天井も高いから、その程度の余裕はあるのだ。うかつに攻撃すると流れ弾でオグナを傷つけてしまいそうなので、こちらから魔法攻撃はできない。格闘戦をしかけるしかないか。クーの到着は…などと考えながらアインたちの様子をうかがっていたら、あちらから仕掛けてきた。それも、予想はしてたけど、げんなりするような攻撃を。
「ツヴァイ、ドライ、『ジェットストリーム攻撃』をかけるぞ!」
「やっぱり、ソレやるのかよ…」
いやまあ、黒い3人組って時点でソレを仕掛けてくるのは、それこそお約束なんだが、実際のところありきたりすぎてお腹いっぱいである。これって、やっぱりアインを踏み台にしなきゃいかんのだろうか?
とか思ってたら、意外にも並び順がドライ、ツヴァイ、アインであった。いや、盾役が先頭に立って突っ込んで来るのは合理的だけどね。…ところで、何で全員アタッシュケースみたいな物を持ってるんだ? もちろんAGサイズにバカでかい代物だが。さっきオグナの四隅で何か設置してたみたいだが、爆弾か何かでも入っているのだろうか?
「来るぞ、注意しろ!」
もう少し時間余裕があったら、こっちも役割分担して迎撃することもできるだろうが、ここは初撃をしのいで各個撃破に持ち込むしかない。僕がドライを押さえながら、ツヴァイとアインの攻撃を何とかしのぐしかないだろう。
「魔力弾、行くぞ!」
3機が縦一列に並んで僕目がけて突進してくる! と、先頭のドライが僕を右に避け、ツヴァイは左に避け、最後尾のアインが僕に向けて、あらかじめ発動済みの魔力弾を放ってくる。え、お前ら避けるの!?
「ドラゴン・ブレード! 魔力付与!!」
左手に1枚残っていた玻璃障壁でその魔力弾を受けながら、右手でドラゴン・ブレードを抜き強化をかける。
「!?」
アインの放った魔力弾は左手の玻璃障壁にあっさりと防がれた。この威力の低さはどういう事だ? とそれを受けている間にアインはアタッシュケースから何かを取り出した。AGの手のサイズと比較すると、全長1.5メートルほどだろうか。紡錘形をした物体。その形は前世のある筆記用具にそっくりだ。流れるような書き味が売りの油性ボールペン。その商品名は…
「オイ、そっちかよ!?」
思わずツッコんでしまった。だが、アインは答えずに、そのボールペンそっくりの物体をこちらに投げつけると…
「重力加圧」
「なっ!?」
突然、体が重くなる。
「体が!?」
「重力魔法か!」
リーベとカイも同じ目にあっているようだ。マズい!
「耐光防壁!」
「連射光線」
僕は咄嗟に左手の玻璃障壁を拡大して、僕たち3人を囲むドーム状に成形し、同時にそれに重なるように耐光防壁を張り、前と同じように魔力防壁と物理防壁の形状も変形させる。魔力消費量がかなり上がるが、今は魔力を惜しんでる場合じゃない。
僕の呪文と魔法操作の方がアインの呪文完成より一瞬早かったようで、連射光線は玻璃障壁に完全に防がれる。周りを見回してみると、僕たちを三角形に囲むようにしている重力結界は例のボールペンもどきを頂点にしているらしい。あと2つのボールペンもどきはツヴァイとドライが投げたのだろう。この重力結界の範囲内は5Gくらいの重力になっているはずだ。さすがに体重5倍では簡単に動けない。
「さすがだな、ノゾミ・ヘルム」
アインに感心されたが、こっちとしては当然の対応だ。結界内が加重されている以上、相手も格闘攻撃をしかけてきたら加重範囲内に入ってしまう。その影響を受けないで攻撃するなら魔法しかない。それも、あまり重力の影響を受けないような光系か雷系か闇系を使うだろう。その内、闇系は攻撃力は高くない。リヒトなら雷系を警戒したが、前に戦った時の様子からしてアインは光系が得意と読んで、そっちを防御したのだ。
これで一応防御はできるのだが、玻璃障壁で守っている以上、こちらからの攻撃もできない。解除するなり一部を開けることは可能だが、そこから魔法で攻撃するにせよ、こちらの攻撃と同時に相手の攻撃も受けてしまう。あのボールペンを壊せば重力結界も壊れるだろうが、それまでは一方的に攻撃をくらうことになる。
「足止めお疲れ様でした、アイン少佐。こちらの設置も完了いたしましたわ」
あのボールペンもどきをオグナの周りに設置していたのであろうヒカリが、それを終えて飛び上がってきた。
「何でボールペンなんだよ!?」
思わずヒカリにツッコんでしまったのだが…
「重力関係の兵器なので、『光の巨人』を打ち破るほど強力な『宇宙恐竜』を倒した鉛筆型無重力爆弾の吉例にあやかって筆記用具になぞらえた、とガーランド博士はおっしゃっていましたわ」
「あのオッサンは! っと失礼」
律儀に由来を明かしてくれたヒカリだが、そのあんまりな理由に思わずオッサン呼ばわりしてしまい、その直後に目の前にいるのは当のガーランド伯の息子だったことに気付いて非礼を詫びる。いくら敵でも、他国の貴族に言っていい言葉じゃない。
「謝る必要はない。その心情は誰よりも我々が理解できる」
だが、アインはむしろ僕に同感しているようだった。やっぱり、こいつとは敵じゃなかったら良い友達になれそうな気がする。
だが、とりあえず今は敵だし、オグナを壊されるということは…
「ヒカリ、オグナはウチの財産なんだぞ!! 直すのだって自腹なんだからな!」
そう、私領軍の装備なので国家からの支援があるワケじゃないのだ。いくら父さんの収入があるからといって、戦艦の大規模修理なんぞを何度もやる羽目になったら支出が洒落にならん。
「あら、だからですわ、おにいさま。不良娘が家のものを壊したのでしたら、ただの家庭内暴力。誰を恨むワケにもいかないでしょう」
…なるほど、だからヒカリが指揮官なワケだ。国家間の恨みの種になりそうなことは極力減らしたいってことかい。
「自分で不良娘と言うか?」
「親不孝は自覚しておりますので。それでは、皆さん、力を貸してください。同調」
「「「同調」」」
同調とは、複数の人間が同時に同じ魔法をかける時に同調するための魔法だ。これを使うことで、個々の魔力量が低い人間でも、魔力消費量の大きい魔法を使うことができる。詠唱などが多少ずれても補正されるのだ。昔は、大魔法を使うには、この魔法で複数の魔術師が同調して行使するしかなかったのだ。それを魔力容量の大きいAGで使うというのだから、オグナ自体の大きさをカバーするために魔力消費量が大きくなることもあるにせよ、どれだけ大きな加重をかける積もりだ?
「「「「重力加圧!」」」」
4人の呪文がハモると、オグナの周りに、例のボールペンを頂点として光がわき上がり、五芒星の魔法陣が形成される。イモータルを囲う玻璃障壁は六芒星魔法陣だったが、防御系の魔法なら六芒星、攻撃系の魔法なら五芒星の魔法陣を使うのが一般的なのだ。六芒星の方が「安定」で守備的、五芒星は「不安定」で攻撃的だからだろう。マズい、このままだとオグナが押し潰される!
ドガァン!
え!? 加圧の魔法だったら、瞬時に爆発って変だろう、と思ったら壊されたのはドックの天井。そこに居たのは…
「させないよ! 火炎弾狙撃」
人型形態のロプロスから精密射撃の魔法まで併用した火炎弾が放たれ、五芒星の一角にあるボールペンを直撃し、粉々に破壊する。もともと安定性が低い五芒星の魔法陣は瞬時に消滅し、その中に蓄えられはじめていた魔力は空中へ霧散していく。
「クー!! また派手な登場ですこと」
一瞬驚いたような声を上げたヒカリだったが、すぐに無感情な声に戻る。もっとも、その響きの中にかすかに苛立たしい感情が残っているのは、他の誰に分からなくても僕には分かる。
「やむを得ませんわ。ツヴァイ大尉、彼女の相手をお願いします。あたしたちは作戦Bに移行します」
「了解だ! この前の借りを返してやるぜ!!」
ヒカリの指示に従い、右角の黒いAGがロプロス目がけて飛び上がり、炭素結晶でコーティングされた槍斧で斬りかかる。
「雷撃!」
アインたちの注意がそれたのを見た僕は、玻璃障壁の一部を開けると、その隙間から雷撃を放って僕の前にあったボールペンもどきを破壊し、重力結界を崩壊させる。さあ、これで反撃だ! と思ったのだが…
「雷撃っ!!!」
「「雷撃」」
ヒカリの呪文にアインとドライが同調し、紅白のAGが構えた杖にはまっている結晶体から巨大な雷がほとばしる!! それはオグナの右後部推進ユニットを直撃し、オリハルコリウムの装甲を物ともせずに貫通して真っ二つにへし折り、そのままドックの床をえぐって大きなクレーターを残す。
普通は体の一部を魔法の発動起点とするのだが、魔法の杖のようないわゆる「発動体」を持っている時だけは、それにはめられている結晶体を発動起点とすることが多い。発動体を使うことで、さらに魔法の威力を増すことができるのである。ヒカリは魔法戦タイプだから、AGにも発動体系の杖を持たせたのだろう。
「やったな!」
重力結界から逃れた僕たちも飛び上がってヒカリたちに斬りかかろうとしたのだが…
「これで時間稼ぎにはなります。作戦目的は達成しました。引き上げましょう。ツヴァイ大尉も撤退してください。瞬間移動」
「「瞬間移動」」
「ちっ、勝負はまた今度だ! 瞬間移動」
「待ちなさいよっ!」
僕の斬撃をかわしたヒカリは、あっさりと瞬間移動で撤退する。アインとドライも消え、最後に残ったツヴァイも捨て台詞を残して転移した。
「逃がした、か」
後に残ったのは、右後部推進ユニットを無残に破壊されたオグナと、天井と床に大きな穴があいたドック。修理には結構時間を取られるだろう。今回は、こっちの完敗だな。
苦い思いを噛み締めながらも、ヒカリたちが去って行ったであろう北方を見やり、今回の敵の狙いが何であるかを考える。なぜ、オグナを狙った? 今回の攻撃で、帝国への反撃が1~2週間は遅れるだろう。その程度の時間稼ぎに、一体何の意味がある?
「ノゾミ、状況を報告しろ。おい、聞いているのか?」
ヒカリたちが消えて魔力波妨害が解消されたため、父さんからの通信が入ってきた。それに機械的に応答しながら、僕はずっと今回の戦いの意味を考え続けていた。
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「今回の戦闘により、修理中だった戦艦オグナが被害を受けましたが、修理期間が2週間延びる程度の軽い損害にとどまりました。これに対して、敵部隊にはAG2機に大破、3機に中破の損害を与えたため、敵部隊は貴重な秘密兵器を遺棄して退却しました。この秘密兵器は連邦軍と魔法技術庁の共同で解析を行うことになっており…」
翌日のニュース番組では、僕がフィーア少尉のAGの頭を吹き飛ばす映像が使われ、今回の戦闘もこちらの勝利…は言い過ぎにせよ、こちらが優勢であったかのように伝えられていた。大本営発表なんてこんなモンだろう。例のボールペンもどきを捨てていったのは事実だが、重力制御魔法は連邦だって研究を進めているのだから、そんなに魔法技術的には貴重な物でもない。リビングには実際に戦闘した僕たち4人とリン、それに父さんと母さんも集まってテレビを見ていたのだが、実際の状況を知っているのでみんな渋い顔をしている。
「帝国じゃあ、何て言ってるのかね? 周波数調整」
テレビの受信周波数を調整して、帝国の放送を受信する。魔道具としてのテレビには、もちろんチャンネルを変える仕組みは備わっているのだが、それで選択できるのは自国の番組だけ。魔力波は電波よりも遙かに遠距離まで届くので、魔法で魔力周波数を調整すれば、国境から200キロ程度のイモータル市だったら、帝国の番組だって視聴できるのだ。
「今回の大勝利の立役者となりました、ヒカリ・ヘルム少佐の会見の模様をお伝えいたします」
チャンネルを変えたとたんに飛び込んできたアナウンサーの声に、全員が視線をテレビ画面に向け直す。そこに写ったのは…
「「「なっ!?」」」
「「ヒカリ!?」」
「あらあらあら、派手ね~」
写ったのは、抜けるような白い肌に、それとは対照的なダークブラウンの瞳と、深紅の唇。普段すっぴんだったのが、また上手に化粧したもんだ。もっとも、実は化粧の研究に余念がなかったことを僕は知っている。普段はクーに合わせて化粧っ気無しで過ごしてたものの、いざという時の備えは怠っていないあたり、あいつの本質はやっぱり策士なのだ。
そして何より目を引くのは、目に痛いような強烈なピンク色に染められたロングヘア。また派手にイメチェンしたモンだ。髪の長さは代謝促進の魔法を使えば簡単に伸ばせるが、ウィッグの可能性もあるな。どっちにせよ、ここまで強烈だと、元のヘアスタイルに戻しただけで簡単に印象を変えられる。僕自身がいきなり顔が売れて困っているのを考えると、そこまで考えてやってるのかもしれん…しれんのだが、それにしても派手すぎるだろ!
カメラが引いていくと、黒色の帝国騎士服をビシッと着こなして…ちょっと待て!
「帝国の女性用騎士服って、赤いショートスパッツだったっけか?」
「いや、男性用と同じく白の長ズボンだったはずだが」
「上着の裾にも、レースみたいなものが加えられてますわね」
おいおいおい、どっかで見たようなデザインではないですか、これは…
などと思っていたら、画面の中のヒカリはおもむろに腰の剣、帝国騎士の標準帯剣であるレイピアを引き抜いて、剣先を天に向けて掲げると高らかに宣言した。
「ルードヴィッヒ様のために、世界を、統一する力を!」
「「『少女革命』かよっ!!」」
僕と父さんのツッコみがハモる。僕は思わずテレビ画面の中のヒカリに向かってつぶやいていた。
「ヒカリぃ、これは、何か違うだろ…」
次回予告
ヒカリ率いる機動部隊が「愚者の石」と呼ばれる希少鉱物を狙って輸送部隊を襲い、強奪しようとした。だが、ヒカリはそれを偽物だと言って捨てていく。「愚者の石」とは何なのか。父親に尋ねたノゾミは、その返答に慄然とする。
「こいつは、前世風に表現すると『ウラン235』だ」
「核反応魔法…」
「まやかし」だったはずの戦争が、今、思わぬ方向に動き出す。
次回、神鋼魔像ブレバティ第8話「黒い指令 愚者の石略奪作戦」
「これって何か違うんじゃね!?」
エンディングテーマソング「転生者たち」
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