第6話 決戦、イモータル市 Bパート
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「神鋼魔像、ブレバティ!」
僕たちのブレバティ4機はイモータル市の東側の端で、市の防衛部隊の前に並んで立っていた。布陣、と呼べるほどのものではない。何しろ、後ろにはわずか3個中隊、300人の歩兵部隊しかいない。1個歩兵中隊と2個魔力支援中隊。支援中隊というのは攻撃魔法で間接攻撃を行い、近接戦闘をする歩兵部隊を支援する部隊のことだ。より大型の魔力砲を装備した砲兵部隊に比べると威力は劣る。つまり、AGや魔道戦艦を相手にするには力不足としか言いようがない戦力なのだ。
市の常駐部隊は1個連隊である。ということは3個大隊が存在するはずなのだが、うち2個大隊は第1軍に編入されて国境城壁の防衛任務についている。近代軍ならそもそも兵科別連隊になっていて連隊規模で運用するのだろうが、名前こそ近代軍っぽくなっているものの、中身はまだそこまで近代化されてはいないので、中隊規模で兵科が混在しているし、一部だけ別の所に配備されるような事もあるのだ。残り1個大隊がイモータル市防衛の任に当たっているわけだが、ここにいる3個中隊以外の7個中隊は市内で市民がパニックや暴動を起こさないように警備に回っている。通常の警察力だけでは足りない可能性があるので、増援に向かわせた…というのは言い訳にすぎない。どうせ3個中隊が10個中隊だろうと力不足に変わりはないのだから、まだ使える所に配備しただけなのだ。3個中隊だけでも残したのは、一応防衛部隊の面子も立てる必要があると父さんが考えたからにすぎない。
今、このイモータル市防衛の指揮は父さんがとっている。命令系統で言えば、ウチの私領軍とイモータル市警備隊は別系統に当たる。しかし、この非常事態にいちいち別行動を取るなどというのは非効率極まりない。そこで統合参謀本部の指示を仰ぎ、一時的に父さんがイモータル市防衛の全権を掌握して統一指揮をとることになったのだ。防衛隊の指揮官は市内警備の方の責任者になっている。指揮権を取られて怒るかとも思ったのだが、むしろホッとしたような顔をしていた。何しろ、市自体の防衛力が非常に低いのだ。
イモータル市は、今でこそ「市」と呼べるほど大きくなったが、元はイモータル山の魔獣狩りをする冒険者のための宿泊施設や武器屋などがある小さな町でしかなかった。風光明媚なイモータル山を見て温泉に浸かるための観光宿もあったが、物見遊山や湯治の客はそんなに多くはなかったのだ。
それが、父さんがイモータル山の地下迷宮~謎の古代文明が残した遺跡だ~での冒険中に神金鉱山を発見してから事情が一変した。鉱山開発のための人夫が集まるのと同時に、父さんの魔像研究所が置かれ、一気に市街地が拡大したのだ。
そのためか、この世界の街にしては珍しいことに、市街地を囲う城壁が存在しない。魔獣が存在する世界だから、普通は魔獣避けに小さな村でも防壁がある。ピュアウォーター村でさえ、村の中心部を守るための防壁はあるし、そこから外れた所にあるウチの館の場合にも専用の防壁が築かれているのだ。もちろんイモータル市にも防壁の建設予定はあるのだが、市街地がどんどん拡大しているので、結局作れないままでいるのだ。
普通は、イモータル市ほどの規模の街なら、強固な城壁があって、砲郭には口径10センチ以上の魔力重砲が据え付けられている。魔道戦艦の40センチ主砲に比べると威力はだいぶ劣るものではあるが、イモータル市にはそれすらも無いのだ。…重砲自体は配備されているはずなんだが、どこに置いてあるのかね? 今が使いどきだろうに。
こちらが「立っている」のに対して、敵は正に「堂々たる布陣」というヤツで東方から迫ってきている。魔道戦艦3隻が並列に並ぶ前に、合計27機の一眼巨兵が3機1組を1個小隊としてこちらに向けて三角形に等間隔に並び、それがさらに3部隊で1個中隊の三角陣、それがさらに3個で1個大隊の大三角陣を形成している。見事な突撃陣形だ。
1個大隊というのは誇張でも何でもない。AG27機は通常の歩兵部隊なら千人にも匹敵する。いや、それ以上の戦闘力があるだろう。だからこそ、単純計算なら対抗できるはずの1個大隊のうち3個中隊を飾りとして並べているだけなのだ。そして、魔道戦艦の戦闘能力は連隊に換算される。1隻で3千人規模である。目の前の戦力を歩兵に換算するなら、1万人に当たる。正に1個師団相当の戦力なのだ。帝国ですらも、自国内での演習ならともかく、実戦にこれだけのAGと魔道戦艦をまとめて投入した例は無い。今までは戦艦1隻とAG1個中隊(9機)の機動部隊が標準的な戦力だったのだ。今回は、何とその3倍の戦力が投入されている。
それに対して、こちらはわずかAG4機に歩兵3個中隊。なるほど防衛指揮官も逃げ腰になるワケだ。常識なら勝ち目は無い。常識なら、ね。
僕たちの前、1キロメートルあたりの所で堂々たる行軍は停止し、全軍が一糸乱れず槍斧を構える。練度は高いようだ。
「防衛側指揮官に通告する。私は帝国軍皇太子親衛隊第一特務艦隊司令長官、コンスタンティン・アーストリア中将である。無駄な抵抗はやめて、即刻降伏せよ。市民の安全と財産は保証する。我が軍が求めるものは神金鉱山のみ。また、ここで大人しく降伏すれば、来たるべき世界新秩序においての優遇を保証する。これは一介の軍人としてではなく、帝国の大公として約束しよう。返答やいかに?」
中央の戦艦から大音声で降伏勧告が発せられる。前に見たバルバロッサの同型艦だが、塗装が黒いので「ティーガー2」号の可能性が高い。ガーランド伯の旗艦になる予定と聞いていたが、あのオッサンの事だから新型艦よりレオパルドを魔改造する方を選んだんじゃなかろうか。
「コンスタンティン大公! 皇族随一の右派で、生粋の国粋主義者です。帝国による世界統一を主張していて、緊張緩和時代には鼻つまみ者だったのですが、ルーの強硬派転向以来、側近としてルーに従っています」
リーベが敵指揮官について魔道通信機を通じて説明をしてくれた。
「ウィルヘルムの弟の息子だから、わたくしやルードヴィッヒの従兄弟にあたりますわ。年はわたくしより2歳上だったはず。皇位継承権第3位の大物ですわよ」
研究所に残っている母さんも補足する。研究所と各AGと歩兵部隊の前で指揮を取っている父さんの間で通信がつながった状態にしてあるのだ。
「こちらはイモータル市防衛隊全権指揮官、シュン・ヘルム男爵だ。丁寧なお申し入れには感謝するが、降伏する積もりはない。無益な戦闘を行う前に撤退することをお勧めする」
父さんも拡声の大音声で返答する。攻撃側が降伏勧告をして、防衛側が拒否をする。定型的な戦闘前の儀式だ。このあたり、この世界の戦争はまだ牧歌的な要素を残している。
「戦いは数だよ、ヘルム男爵。いかに君のAGの性能が優れていようと、6倍以上の兵力差で何ができるかね。ランチェスター法則にのっとれば、AGの戦力差は16対729で約45倍。仮にそちらのAGの性能が一眼巨兵の4倍あったとしても、256対729で2.8倍以上。魔道戦艦の戦闘力を加えれば、この差はさらに広がる。諦めて降伏する方が身のためだぞ」
うわ、前世の有名セリフで挑発してきた。だけど、これは一般論だから誰だって同じ事を言うよな。ランチェスター法則ってのは、戦力は二乗に比例するってヤツだ。27対4の差は23ではなくて、それぞれ二乗した729から16を引いた713になるって法則だ。これは戦力が同等だった場合の計算法だが、ブレバティが一眼巨兵より4倍強かったとしてもやっぱり追いつかない計算になることは確かだ。ここで4倍として計算してるのは、僕が前に1機で一眼巨兵を4機撃破したことがあるからだろうな。
「戦いに必要なのは、天の時、地の利、人の和だ。今戦争をする利などどこにもないのに開戦した帝国に天の時は味方しないだろう。人について言えば、防衛軍は一丸となって侵略に抵抗する気構えだ。帝国のように国論分裂してはいない。こちらのAGにはリーベ姫が自ら搭乗されて、帝国の侵略の非を鳴らしておられる。人の和なき帝国軍など恐るるに足らず。地の利は言うまでもなく、ここは我がホームグラウンド。当方に迎撃の用意あり! 対帝国迎撃用要塞都市イモータルの実力を見せてやろう!」
さりげなく「覚悟完了」なセリフも交えて挑発し返す父さん。にしても「迎撃要塞都市」って、あんまりなセリフだと思う。見た目、城壁すら無い要塞とか笑われるぞ。もっとも、元ネタの方も一見普通の都市なのに地下からロボットが出現したり、武器が隠してあったりと、随分色んなギミックがあったが…って、まさか!?
「おい、父さん、偉そうな事言ってるけど、イモータル市にそんな機能ついてるのか?」
通信で父さんに聞いてみる。
「まさか。ハッタリだよハッタリ。こんなに無秩序に広がってく街に、要塞機能なんかつけられるものかよ。そこまで予算も無いしな。もっとも、市街防衛のための機構だけはきちんと準備してあるがな」
拡声を切った父さんが答える。さすがに「要塞」は言い過ぎたようだが…
「やっぱり変な機能がついてるんだな!?」
「今見せてやるさ。クリス、玻璃障壁結界展開」
「了解、『バリア・オープン』」
母さんの応答とほぼ同時に、イモータル市外周の地面から強烈な光が上空に向かって放たれる。その光は、ちょうどブレバティ4機と後ろの歩兵部隊の間を切り裂くように走り、市域全体を丸く囲んでいく。それとほぼ同時に、かなり離れた左右の地面から巨大な円柱がせり上がってくる。
「「「「「こ、これは!?」」」」」
僕たち4人どころか、敵艦からも驚きの声が上がる。そりゃそうだろう。予想より遙かに大規模な仕掛けだ。
「飛翔!」
魔法で飛び上がり、かなりの高度まで一気に上昇して見下ろすと、イモータル市街全体が巨大な魔法陣に囲まれていた。先ほど地面から出てきた円柱を頂点として、それをつなぐ形で光の線が六芒星と、それに外接する円を描いている。
その外接円から上方に垂直に立ち上がっていた光が、やがて円の中心に向かって収束していき、半球型の光の壁を作り出す。その光がやがて自らの発光ではなく、光の反射のような輝きに変わっていく。
「分析…ガラス!?」
「その通り、本邦初公開『玻璃障壁』だ。AGはおろか魔道戦艦にすら搭載できないほど発生用の魔道具が大きくなってしまうんで、まずは市街防衛用に配備したわけだ」
物質の組成を分析する魔法を使った僕がその正体に気がつくと、父さんが自慢気に教えてくれた。おいおい、確かに「研究所」の防衛設備としてはガラスっぽく割れるバリアってのはド定番だけどさ…
「驚かせてくれたが、所詮はガラスではないか! 降伏する気がないなら、もはやこれまで。その自慢の玻璃障壁とやらを破壊してしまえ! 全軍攻撃開始。正面中央を狙え。レインボーフォーメーションだ!」
だから、何でいちいち拡声で説明するんだよ。敵にもバレバレじゃないか。あっさりと破壊命令を出されてしまった。いや、父さんが自慢気に言ってるんだから、ただのガラスじゃないんだろうけど、さすがにAG27機と戦艦3隻の攻撃を受けたら壊れるんじゃないかい? と思っていたら、今度は拡声を切った父さんからの命令が来る。なるほど…
9個小隊のAGが1個小隊ずつ、異なる属性の攻撃魔法を一斉射撃する。なるほど、8属性+無属性の全9種類の攻撃を一点集中するので、レインボーフォーメーションというワケか。虹に例えるには2色余計だが、闇属性と無属性はノーカウントって事なのかな。
それに加えて、魔道戦艦3隻が合計25門の主砲を斉射してくる。ブリュンヒルト級の9門に加えて、残り2隻のパンター級が8門の主砲を持っており、全砲門が前方を指向できる配置になっているのだ。
膨大な量の魔法攻撃が轟音と共に玻璃障壁の前面に集中する。しかし、一見脆そうにも見えるそのガラスは、火属性の火炎弾、水属性の高圧水流、風属性の風刃、土属性の岩石弾、光属性の収束光線、氷属性の氷結弾、雷属性の雷撃、闇属性の暗黒弾という、8属性の攻撃魔法をことごとくはじき返した。そして、無属性の魔力弾も、AGの放ったものは完全に跳ね返している。
「バカな!?」
その光景を目の当たりにして、戦艦から驚愕の声が上がる。だが、次の瞬間には戦艦の主砲弾、口径40センチの大型魔力弾が25発ほぼ同時にガラス面を直撃した。
パリィィィィン!!
涼やかな音色と共にガラス面が砕け散り、その破片が陽光を反射して虹色のきらめきを放ちながら宙を舞う。
「ワッハッハッハッハ、口ほどにもない!」
先ほどの驚愕など忘れたかのように、戦艦から哄笑が響く。だが、その言葉が終わるか終わらないかの内に、再び驚愕の声が漏れ出していた。
「再生した、だと?」
粉々に砕け散ったはずのガラスの破片は、そのまま宙を舞いながら空中に溶けてゆき、一片たりとも地上に降りそそぐことはなかった。そして、破壊されて大穴が空いたはずのガラス面は、すぐにその周囲から新しいガラスが広がって、穴をふさいでしまったのである。
「どうだね。我が秘密兵器『玻璃障壁』は? 鋼鉄よりも硬く、剛性が高く、耐炎耐熱、耐水耐冷、完全絶縁にして収束光線は99.8%まで拡散できる超強化グラスファイバーを魔力生成した上に、全属性の防壁を張り重ねてあるんでね。あらゆる属性魔法は無力化でき、無属性魔法でも相当に強力なヤツでなければ破壊できん。しかも、破壊してもすぐ再生できる。破片は魔力に還元して宙に消えるから破片による二次被害も発生しない。無敵を豪語する積もりはないが、相当の攻撃でなければ陥落させることはできんよ」
父さんが自慢気に言い放つ。思いっきりドヤ顔してるんだろうなあ、アレ。
「ならば物理攻撃で再生も間に合わないほどに粉砕するのみ! 全軍、白兵攻撃であのガラスを破壊せ…よ?」
あーあ、「鋼鉄より硬い」とか言うから気付かれちゃったよ。対物理防壁の防御率は、無属性魔法耐性より低い50%なんだから、もっと硬いミスリウムの槍斧で再生も追いつかないほど砕いちゃえばいいんだ。一言余計なのは研究者の性なのかね。ガーランド伯を笑えないなあ。でもね…
「おのれ卑怯な!」
「何がかな? 攻城戦において城壁を攻撃してる所を強襲するのは常道だろう。そちらの攻撃前に奇襲したわけでもなく、ましてや兵を伏せていたわけじゃなくて、目の前に並べておいたんだから、騎士道に反する振る舞いはしていない。卑怯呼ばわりされる筋合いはないと思うが」
気付いたら既にAGの1/3以上が戦闘不能になり、戦艦の主砲が全滅していたら文句のひとつも言いたくなる気持ちは分かるけど、父さんが答えてるように卑怯ってのは言いがかりだよ。
そう、敵が総攻撃を開始した時点で父さんから来たのは「攻撃開始」の命令だったのだ。わざとらしく玻璃障壁を自慢して、そちらに攻撃を引きつけている間に僕たちが敵を襲うという、ありがちな囮作戦だが、玻璃障壁の見た目の派手さに惑わされて見事に引っかかってくれた。その際に魔力波妨害をかけることと、僕とカイがAG部隊、クーとリーベが戦艦の主砲をまず狙うことを指示されたのだ。
上空にいた僕はドラゴン・ブレードを抜いて敵の三角陣のど真ん中に降下しながら、まず1機のAGをコクピットだけは避けて真っ二つに叩き切る。そのまましゃがみ込んだ姿勢から、周囲4機のAGの足をなぎ払って切断し、倒れ落ちるところを狙って2機の胸を両断、地面に落ちた残り2機の胸を刺して魔道エンジンを破壊しながら立ちがる。これで5機が戦闘不能。密集隊形が仇になったね。
カイはポセイドンの専用武器である三つ叉矛を抜くと、それこそ神速としか言えないようなスピードで刺突し、一瞬のうちに三角陣先頭の3機のAGの胸を1回ずつ貫いて魔道エンジンを破壊すると、今度は穂先の刃の部分で薙ぎ払って足を両断する。これで3機が戦闘不能。カイたちにも「殺すな」という指示は出されているのでコクピットは狙っていないようだ。
クーは飛行形態に変形すると、音速飛翔よりもさらに上級の超音速飛翔で飛び上がりながら、パンター級目がけて魔力弾を連射し、確実に主砲塔を破壊しながら空の彼方へ飛び去っていく。
リーベは瞬間移動の魔法で旗艦の甲板上に移動し、五号機「ロデム」の標準装備である刃の短い直刀で主砲の砲身を叩き斬っていく。前回僕が使った戦法を教えておいたのさ。
かくして、コンスタンティン中将が玻璃障壁に驚いているうちに、彼の戦力は半減に近いくらい破壊されてしまったのだ。魔力波妨害のせいでAGからの救援要請や被害報告の通信も入らないだろうしね。
「おのれ! AG部隊、まず敵AGを包囲して破壊せよ!! 当初の指示通り必ず6機以上でかかるのだ!!!」
コンスタンティン中将が激高して命令する。「戦いは数」の信奉者らしい命令だが、戦術として間違えてはいない。この前の戦闘で僕が4機の一眼巨兵を破壊したという情報は得ているのだから、それ以上の数で押し囲もうというのは正しい作戦だろう。
と、そこへ上空から声が降ってくる。
「させないよ! 爆炎付与っ!!」
? クーの声だが意図がよく分からない。爆炎付与ってのは武器に火属性魔力を付加し、炎をまとわせる魔法だ。先に超音速飛翔をかけている以上、高速一撃離脱戦法を使うのかと思っていたのに、剣とかの近接格闘武器に炎を付与する意味はあるのか? とか思っていたら…
「いっくよぉ~! ファイヤーバード・アタァーックぅ!!」
何と、クーは機体全体に炎をまとわせて、高空から超音速で一気に急降下してきたのだ!! 地上すれすれで引き起こすと、そのまま超低空を超音速飛行して衝撃波で地面を割りながらAGの三角陣に突っ込んで来る。僕がいる中心部と、カイのいる先頭部のちょうど中間を突っ切るように、正確にAGの胸の上あたりの高度を飛び抜けていく。後に残ったのは、ロプロスの主翼で胸から上を両断されたAGの残骸と、一瞬遅れてきた爆音と衝撃波。
すさまじい衝撃波に一瞬体勢を崩すが、すぐに持ち直して間近でよろめくAGを叩き切る。見るとカイも同じように手近のAGの胸を貫いていた。これで、敵戦力はさらに6機減り、当初の半分以下になった。残り13機で僕たち4機の相手ができるかな?
にしても、アレだな。きっと父さんがクーに科学忍法と元祖「勇者」~ムー大陸の方ね~および「宇宙の何でも屋」の必殺技を教えたに違いない。
「おのれっ! だが、やむを得ん。ここは捲土重来を期す。総員た…」
怒りに震えるコンスタンティン中将だが、ここで戦闘継続を選ぶほど頭が悪くはないようだ。撤退命令を出そうとしたようだが、正にその瞬間に、それを打ち消すような大音声が戦場に響き渡っていた。
「みっなさ~ん、こーんにーちは~! リンでぇ~っす!!」
「は?」
一瞬、戦闘が止まる。そりゃそうだ、僕も思考停止してしまい、思わず声の聞こえてきた方を見やると、目が点になる。
地面から生えてきていた謎の円柱、玻璃障壁の魔法陣の頂点にあるアレの手前側にある2本から、上空に向けて光が投射されて、両側の光線が重なる位置に立体映像が投影されていた。写っているのは今の声の主。さっき格納庫で分かれた時とは服装が変わっている。白地に原色を多用した派手なドレス。ミニスカートであちこちにひらひらとした飾りがついている。要するに、前世のアイドル衣装、それも80年代風のヤツだ。
「心を込めて歌います。あたしの歌、聞いてくださいね! 曲名は『私の彼は…』」
「おいっ!!」
ツッコもうとした僕の声を遮るように、音楽が流れ出す。うん、間違いなく曲名通りの「超時空要塞」の挿入歌、作中でアイドルデビューしたヒロインが歌った最初の曲だ。父さん、前世の歌を教えるにしても、何でよりにもよってこの曲なんだよ!!
…いや、分かるよ。あの作品は戦場で歌うのがシリーズ通してお約束なんだから、ヲタクとして呪歌の題材に選んじまうのは。それも、まず1曲目は最初の歌にしようってのもね。だけどさ、このタイトルはマズいよ…主にクー的に。
「止まるな! 敵戦力を撃滅しろ!!」
「うろたえるな! 総員退却!!」
父さんとコンスタンティン中将が同時に命令する。
正気を取り戻して、慌てて退却しようとする一眼巨兵だが、そもそも退却戦は一番難しいのだ。愚かにも背を見せた1機をコクピットは避けて袈裟斬りに切り捨てると、さらに次のAGを追う。
!? ドラゴンの動きが速い! 明らかに普段よりも運動性が向上している。生身の時に俊敏強化の魔法をかけたような感じで動きが速くなっているのだ。これがリンの呪歌の効果なのか。俊敏強化は生命系の魔法だから無生物であるAGには使えない。それと同等の効果をAGに及ぼすとは、なるほど後方支援としては非常に効果的だな。
「うわあ、来るなぁっ!」
悲鳴を上げて後ずさりする一眼巨兵の正面から斬りかかり、一度は槍斧で受け止められるものの、増している俊敏性を生かして第二撃を見舞い、下段からあっさりと腕を斬って槍斧を落とし、返す刀で袈裟斬りにする。
僕の横では、同じく俊敏性を増したポセイドンが三つ叉矛で瞬く間に2機のAGを屠っていた。
「あんたの彼がパイロットってどういう事よぉっ!?」
再び超音速で突進してきたクーが、爆音や衝撃波と一緒に曲名に対する罵声も残しながら、陣形の最後方にいた3機のAGを先ほどと同じように主翼で撫で斬りにしていく。…やっぱり、この曲名は気になっていたようだ。落ち着け、クー。よく歌詞を聞いたら飛行機のパイロットだって分かるはずだし、ウチのメンバーで飛行機に乗ってるのはお前だけだ。僕の事じゃないって。
それにしても、超音速飛翔って普通に使ったらブレバティの魔力量でも5分ともたないほど魔力消費が激しいんで、前にリヒトと戦った時も僕は使わなかったんだが、まだ飛んでられるってことは飛行形態への変形って随分効果的なんだな。
「やむを得ん、第9小隊は敵AGの足止めに専念せよ。パンターは残存AGを収容しだい瞬間移動。レーヴェと本艦はただちに…」
さらに戦力を削られて後が無くなったコンスタンティン中将が、もはやなりふり構わず部下の一部を捨て石にして逃げにかかろうとする。しかし、それに待ったをかけたのは…
「わたしがあなたを逃がすとお思いですか?」
「リーベかっ!?」
最初に旗艦の主砲を斬り落として以降、そのままステルス機能~背景に溶け込む光学迷彩~を使って旗艦上に身を潜めていたロデムが、艦橋に向けて刃を振るう。初陣で数を相手取るのはやめた方がいいだろうという事で、リーベには戦艦狙いが指示されていたのだ。
「魔力刃」
オリハルコリウムの直刀で第一艦橋の下の外周部を切断したのち、魔力の刃を作り出して伸ばし、内部まで一気に両断する。魔力刃ではミスリウムの外部装甲は斬れなくても、内部の構造材ぐらいなら斬れるのだ。すぐに切断された第一艦橋を抱えて瞬間移動すると、玻璃障壁の間近に現れる。
「大人しく降伏しなさい。捕虜宣誓すれば名誉ある扱いは保証します」
第一艦橋に刃を突きつけて降伏勧告をするリーベ。捕虜宣誓というのは「逃げない」「これ以上敵対行為はしない」と名誉にかけて誓う代わりに、客分待遇を受けることだ。捕虜ではあっても武装解除されず、拷問や強硬な尋問を受けることもない。その代わりに、貴族としての名誉がかかっているので、これで逃げるなどして誓約を破ったら赤恥をさらし、皇族の一員であろうとも貴族としては認められなくなる。
「う、ぐっ…撤退命令は有効だ! 指揮権はホルスト少将に移譲する!! 私は降伏する。捕虜宣誓するので貴族として名誉ある扱いを要求する」
コンスタンティン中将の声が第一艦橋から漏れてくる。部隊としての降伏ではなく、個人的な降伏ということだろう。
「第2戦隊司令官のホルスト少将だ、これより当艦隊の指揮は私がとる。ティーガー2とレーヴェは即時退却。残存AG部隊は本艦に帰投せよ」
パンター級戦艦の1隻~おそらく「パンター」号だろう~から命令が出ると、即座に残り2隻の戦艦が瞬間移動して消える。
リーベが敵指揮官を捕虜にしている間にも、僕とカイは残存AGを1機ずつ撃破している。残りは4機だが…
「ここは我々が足止めするからパンターに瞬間移動しろ!」
「使えません…」
「なら飛翔で飛べ!」
1機のAGが他のAGに指示するが、この声は聞いたことがあるぞ。2機のAGが指示通りに飛翔で逃げようとするのを追撃しようとするが…
「お前の相手は私だ、ノゾミ・ヘルム!!」
「フィーア・ガーランド少尉か。お久しぶり、と言うのも変かな」
「そうだ! この前の借りを返させてもらうぞ!!」
斬りかかってきたのをドラゴン・ブレードで受けながら確認する。やっぱりフィーア少尉だったか。
「魔力弾」
「うおっ!?」
バガァン!
カイの焦った声を聞いて一瞬だけ爆発音の方を見ると、信じられない光景があった。ポセイドンの頭が吹っ飛んでいる。さっきの声からすると、もう1機の一眼巨兵の放った魔力弾にやられたらしいが、ブレバティのオリハルコリウムを破壊するだけの魔力をコントロールできるとは、リヒトやアイン級の実力者だ。今まで倒してきた量産型一眼巨兵には、それだけの技量を持ったヤツはいなかったのだが、さすがに1人ぐらいは手強いヤツもいるのか?
いや、待て、一瞬だけ聞こえたあの呪文を唱える声は…
「油断した! こいつ、できる!!」
「目が見えなきゃ話にならないだろ。引いてろ」
「すまん、瞬間移動」
まずカイを撤退させる。まあ、頭が無くなっても大人気ロボットアニメ風に言えば「メインカメラをやられただけ」ではあるのだが、同調しているためにショックは大きいし、何よりメインカメラ以外のサブカメラなんて無いため、まるで外が見えなくなる。集音センサーも無くなっているはずだが、コクピットは完全防音ではないので拡声をかけている僕の声なら聞こえたのだろう。
「お前の相手は私だ! 魔力弾!!」
フィーア少尉が自分の頭を発動起点として魔力弾を撃ってきたので、呪文の開始を聞くと同時に咄嗟に斬り合い状態から身を引いてドラゴン・ブレードで受ける、が!?
バキィン!
何と受けた所からドラゴン・ブレードが折れ砕けてしまった!! 慌てて飛びすさって間合いを取り、柄だけになったドラゴン・ブレードを収納する。やるなフィーア少尉、前回に比べて魔法の魔力投入量が段違いだ。これは一体?
「私にも、できた…」
「さすがですね、フィーア」
本人も驚いているらしい。もう1機の一眼巨兵が奇妙に感情を感じさせない声で褒めるが、その声には確かに聞き覚えがある。なるほど、こいつが指導したという事か。確かにこいつが素質のある相手に魔力コントロールを教えれば、一気に上達することもあり得る。
「よくもカイを! 魔力散弾」
「よせ、クー!! そいつは…」
再び飛来したクーがこいつを狙って牽制に上空から魔力弾を放つ。先ほどと同じく「ファイヤーバード・アタック」を仕掛けようとするのだろう、まず高度を取ってから急降下するために旋回する。僕はクーを止めようとするが、間に合わずに…
「切断光線」
ガイィィィン!!
「きゃあああぁぁぁぁっ!!」
クーの魔力弾を避けながらこいつが放った切断光線がロプロスの右の主翼を半分に切り飛ばしたのだ。耐光防壁なら防げたかもしれないが、たぶん超音速飛翔を維持するために魔力の温存が必要だから、最低限の魔力防壁以外の防御系魔法は切っていたのだろう。超音速飛行中に翼が折れたので、たちまち気流が乱れ制御不能に陥るロプロス。ヤバい!!
「超音速飛翔ぉ、牽引光線っ!!」
超音速飛翔で急加速しつつロプロスと同じ方向に向けて飛び上がりながら、同時にロプロスを牽引光線で捕らえる。ロプロスの運動エネルギーに一瞬引っ張られるが、何とか上方に引っ張って運動方向を上向きに変え、とりあえずの墜落だけは避ける。相対速度を合わせるように加速しながら、牽引光線を操ってロプロスの機体を安定させる。相対速度が一致した時点で、手でロプロスを捕まえてから徐々に速度を落とす。
よかった、いくら頑丈なブレバティであっても、超音速で地面に激突したらどこまで無事か分からないからな。機体は保っても、中のクーはいくらエーテルに満ちたコクピットとはいえ下手をすると大怪我だ。もっとも、この世界だと死なない限りは大抵の怪我は魔法で治ったりはするのだが。
「超音速飛翔を切れ。このままゆっくり降りるぞ」
「りょ、うかい」
さすがにショックが大きかったのか、震える声で答えるクー。
「逃がすか! 魔力…」
「引きますよ、フィーア。あたしたちの役目は撤退の援護です」
僕たちを狙おうとしたフィーア少尉をこいつが止める。
「え、今の声は?」
クーも気付いたようだ。止められたことに不満そうなフィーア少尉が漏らした言葉は…
「ですが、ヒカリ様!」
「!!」
やっぱり、ね。気付いてはいたクーだが、改めて聞くと衝撃的なのか息を飲んでいる。
「『様』はいらないと言っているでしょう、フィーア。もう、あたしたちの魔力残量も少なくなっています。ドラゴンは剣を失ったとはいえ本体は無傷。まだロデムもいます。一眼巨兵の魔力量ではオリハルコリウムを砕ける魔法をそう多くは撃てないのだから、これ以上の追撃は危険です」
無感情に、冷静に指摘するヒカリ。そこへ魔力弾が飛んでくるのを槍斧で叩き落とす。リンの立体映像を投影していた円柱から、今度は魔力重砲が顔を出していた。こんなところに配備していたのか。ちなみに、リンの立体映像は1曲歌い終わった時点で消えている。もうかなり敵戦力を削っていたので、役目を終えたと判断したのだろう。
「今回は負け戦です。せめて殿の役はしっかりと果たしましょう。飛翔」
「了解、しました。飛翔」
無感情に諭すヒカリに、悔しそうに答えるフィーア少尉。2機そろって飛翔の魔法でパンターに向かって飛行する。
円柱からの魔力弾がそれを追うが、余裕をもって回避される。こっちも超音速飛翔なんぞを使ったせいで魔力残量が心許ないので追撃はできない。
僕たちも玻璃障壁の手前、ロデムとポセイドンが待機しているところを目指して降下する。
「ヒカリぃっ!!」
思わず呼びかけたクーに対して、わずかに振り返ったヒカリが答える。
「クー、あなたはいい友人だったけど、ルードヴィッヒ様の邪魔立てをするなら、戦わなくてはいけない」
「どうしてよ!?」
「人類救済のため」
相変わらず無感情に答えると、パンターの艦上に降り立つ。
「世界統一の理想のために、あたしは再び帰ってくる。その時まで…さようなら」
そう言い残して艦内に消えるヒカリの一眼巨兵。最後の「さようなら」だけ微妙に感情を見せているあたり、芸が細かいな。続けてフィーア少尉の一眼巨兵が艦内に入ると同時に、パンターは瞬間移動で消える。
「ヒカリ…どうして…」
おや、クーもヒカリの状態に気付いたかな?
「大丈夫か? これから残骸と捕虜の回収を行うが」
「僕は何ともないさ。クーは帰らせた方がいいだろう」
「ボクも平気だよ。飛べないけど残骸の回収ぐらいはできるって」
父さんが聞いてきたのに強がるクーだが…
「機体は無事でも、心はどうだ?」
「…ノゾミ、あれは、ヒカリは、どうして…?」
「あとで話そう。みんなと一緒に。だから、今はカイと一緒に先に戻っててくれ」
「…分かった」
「あいよ。悪ぃな」
受けたショックを考えると無理はさせたくないので、機体が中破しているカイともども先に返すことにした。作業できるのが僕とリーベだけになるが、まあ手間がかかるだけで大したことはないだろう。捕虜の収容なら歩兵部隊も役に立つだろうし。
玻璃障壁が解除され、カイとクーがイモータルの街へ戻る。同時に、待機していた歩兵部隊が整然と行進を開始し、小隊規模に分かれて捕虜を収容するために戦場に散らばる残骸に向かう。
「画竜点睛を欠いたな」
リーベと分かれて残骸の収容を行っていると、父さんが話しかけてきた。確かにね。どうせならAG全機撃破はやっておきたかった。
「油断してたよ」
「ヒカリの件は仕方がない。ここまで早く来るのは俺も予想外だった。まあいいさ、あれだけの戦力を相手にAG23機撃墜、戦艦1隻大破、2隻中破なら誰も文句は言うまい。また記者会見が必要だな」
「また英雄ゴッコしなきゃならないのか…」
ちょっとげんなりする所に、父さんが追い打ちをかけてきた。
「そうだお前、ちょっと『必殺技』考えとけ」
「はぁ!?」
何言ってんだこのオッサン!?
「クーの『ファイヤーバードアタック』は見ただろう。アレは俺が教えたんだが、やっぱり必殺技があると見栄えがいい。映像的に売りになる。英雄には分かりやすいカッコ良さも必要だ。いいな、何か必殺技を考えておけ。宿題だぞ」
そう言われると理由は分かるんだが、だが、しかし…
「いや、ヒーロー番組の主人公だったらそれで正解なんだろうけどさ…一応戦争やってるんだから、それって何か違うんじゃね?」
次回予告
ヒカリの真実に気付いたクーたちをなだめつつ、父親の理不尽な「宿題」に頭を悩ませるノゾミ。その一方で大戦力を失った帝国は連邦の反攻作戦を遅らせるために、最大戦力であるヘルム私領軍の移動手段を削ぎにかかる作戦に出た。艤装途中のオグナを破壊すべく「ノイエ・シュバルツ・ゲシュペンスト」三兄弟がイモータルの街を襲う。
「ツヴァイ、ドライ、『ジェットストリーム攻撃』をかけるぞ!」
「やっぱり、ソレやるのかよ…」
お約束の戦法が出てきてげんなりするノゾミだったが、実際の攻撃を目の当たりにして驚愕する。
「オイ、そっちかよ!?」
次回、神鋼魔像ブレバティ第7話「戦艦オグナが危機を呼ぶ」
「これって何か違うんじゃね!?」
エンディングテーマソング「転生者たち」
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来週も、また見てくださいね!




