第6話 決戦、イモータル市 Aパート
アバンタイトル
ナレーション「ヒカリを奪い返そうとするノゾミの前に立ちはだかったのは、父のライバルであるゲオルグ・ガーランド伯爵の息子たちであった。その妨害にあって奪回に失敗するノゾミたち。しかも、その眼前でゲオルグの操る敵戦艦『レオパルド』が超巨大魔像へと変形する。対抗して同様に超巨大魔像に変形したオグナだが重大な初期不良を起こしてピンチに陥る。そこで巨大な魔力剣を操ってレオパルドを撃破するノゾミだったが、覚悟していたとはいえ英雄扱いされることに違和感と羞恥心を覚えて悶絶するのであった」
オープニングテーマソング「戦え、ボクらのブレバティ」
この番組は、ご覧のスポンサーの…
曲刀の刃が僕の肩に静かに置かれる。片膝立ちで右手を左胸の前に当てる最敬礼の姿勢で、僕は皇王陛下の声を聞く。
「ノゾミ・ヘルムよ、ここに汝をヤマト皇国正騎士に叙する。今後も、我が国と十カ国連邦の国と民を守るために忠勤を励むように。今後の活躍に期待する」
「謹んでお受けいたします。我が身命にかけまして、力の及ぶ限り、国民を守り抜くことを誓います」
陛下のお言葉に対して、僕も忠誠の誓いを捧げる。肩の刀が外され、皇王陛下は玉座にお戻りになる。僕も立ち上がって一礼し、後ろに立っている父さんの横に下がる。
ここはヤマト皇国宮城の謁見の間。玉座の主が、我がヤマト皇国の皇王タケル17世陛下。こうしてお目通りするのは初めてだ。御年36歳だが即位して既に10年目、若いが経験豊富と言ってよい君主である。立憲君主制をとる我が国においては、内政の実権はそれほど多くはない。しかし、内閣の輔弼を受けることが前提ではあっても、政策に対して「お言葉」を賜ることはある。10年の治世の間に、災害対策や事故の被害者救済などにおいて幾度か賜った「お言葉」から、慈悲深く国民思いの皇王であることが知られており、国民の人気は高い。
そして、外政と軍事においては、内閣の輔弼を受けながらも皇王の権限はかなり強いものがあり、予算や条約の承認には議会の議決が必要ではあるが、かなりご自分の意志を政策に反映することができる。数年前に内閣の反対があったのに魔道戦艦とAG開発の予算が通せたのは、皇王陛下の強いご意志があったからだと父さんに聞いたことがある。それが通っていなかったら、今頃ブレバティはともかくオグナは存在していなかったはずだ。いくらウチの財産が戦艦1隻作れるだけあるとは言っても、1隻だけ作るなんて事になったらコストはバカ高くなる。そもそも父さんが設計主務者(あんなアホな設計するのは父さんしかいないだろう)なのに何でオグナが7番艦なのか。6隻以上量産してコスト下げてからじゃなきゃウチの財産じゃ作れなかったからだろう。
皇王陛下は、どちらかと言うと融和派の多い議会に気兼ねして弱腰だった当時の内閣に対して「力が無ければ侮られ融和すらもできぬ」とのお言葉を賜り、融和政策を支持しながらも軍備の更新だけは怠らないようにと釘を刺されたのだという。外交におけるバランス感覚は確かであり国民の支持は厚い。
既に皇后陛下との間に皇子3名皇女3名の6人のお子様がある。長女のホムラ様が帝国に留学していて狂太子と仲が良かったということは前にリーベから聞いた。今回の騎士叙勲には、双子の兄にあたる皇太子タケル殿下(即位すればタケル18世となる)はご臨席されているが、ホムラ様以下のお子様は参加されていない。ホムラ様の写真を拝見したことはあるが、直接お目にかかれるかもしれないと思っていたので、ちょっと残念だ。
なお、今回の騎士叙勲はヤマト皇国のものなので、カイやクーは参加していない。彼らはウチの村に住んではいるが、戸籍自体はまだアニマーレ王国にあるのだ。彼らは、ここ皇都ピースフル市にあるアニマーレ領事館で騎士叙勲を受けることになっている。本来なら国王直々に叙勲してもらえるはずなのに、戦時特例で代理からの叙勲になり、しかもその代理人が自分の父親だというのだから、二人とも不満タラタラで散々文句を言っていた。…にしても国王陛下の代理人ができるってことは、ブルさんって結構偉い人なんじゃなかろうか?
叙勲式は粛々と終わったので、僕は父さんと一緒に次の戦場へ向かう。記者会見場という名の戦場に。
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「…ですから、僕は妹を誘拐し、洗脳した悪辣な狂太子一派を許すことはできません!」
カメラ目線で、力強く言い切る。キリッ!
「シャッター」
「シャッター」
「写真」
「写真」
「かと言って、帝国の国民すべてが狂太子を支持しているわけではないでしょう。僕の従姉妹のように、皇族でありながら狂太子はおかしいと思って亡命している者もいます。帝国がすべて悪いというような、近視眼的な見方はしないで欲しいと思います」
今度は、あっちのカメラと写真家に目線を向けて、冷静に、クールな感じを出して。ビシッ!
「シャッター」
「シャッター」
「写真」
「写真」
「いずれにせよ、もはや狂太子に好き勝手はさせません。僕たちとブレバティがある限り、この国と皆さんを守り抜いて見せます!」
中央のカメラの砲列と多数の写真家からは、顔が少し斜めに写るようにして、さわやかに笑顔。キラッ!
「シャッター」
「シャッター」
「シャッター」
「写真」
「写真」
「写真」
「写真」
前世ならカメラのシャッター音がするところだろうが、この世界はすべて言霊を必要とする魔法の世界。魔道具のカメラを使うキーワード「シャッター」と、写真の呪文が飛び交うのがこちらの世界の記者会見風景だ。
「あ、ちょっとガッツポーズお願いできますか?」
「こうでしょうか?」
「シャッター、あざーす」
「敬礼いただけますでしょうか?」
「これでいかがでしょうか?」
「すみません、もう少し右を向いて…写真。ありがとうございます」
「こっちに笑顔でお願いします!」
「いかがでしょうか(ニコっ)」
「写真、サンキューです」
「剣を構えてもらえますか?」
「青眼で? …失礼、中段の構えでよろしいですか?」
「それでOKです。シャッター。あと顔の前に立てて」
「こうですか?」
「シャッター。ありがとうございました」
「すみません、そろそろ時間です! 引き続いて、シュン・ヘルム男爵への質疑応答に入りたいと思います」
「皆さん、ありがとうございました。疑問点などがございましたら父にお尋ねください。それでは失礼いたします」
司会の人の終了の言葉を受けて、敬礼ではなく一礼してから、父さんと入れ替わりになるようにして退場する。すれ違う時、ニヤリと笑いながらも「ご苦労さん」という意味を込めて肩を叩いてきたので、「しっかりやれよ」と横っ腹を小突いておいた。
「状況終了」
控え室に入り扉が閉まった時点で、ぼそりとつぶやく。軍事演習をひとつ終わらせたような気分だったんでね。ああ、本当に疲れた。ブレバティで初陣した時だって、こんなに疲れなかったよ。
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「ぎゃはははははははははっ」
「…笑うなよ、兵が見ている」
「兵なんぞ、ここにはいないだろうが」
「お約束のツッコみをありがとう」
大爆笑するカイに、つい前世の「坊や」が「赤い人」に言った有名セリフネタを使ってしまい、父さんにツッコまれる。いや、爆笑するのも無理はないと思うんだけどね、我が事ながら。
イモータル市にあるウチの別宅のリビングでテレビを見ていたのである。田舎男爵とはいえ、イモータル市は父さんの仕事場「魔像研究所」があるので、別宅くらい構えているのだ。皇都ピースフル市にも、小さいながらも屋敷がある。貴族としての体面を保つための費用もバカにならないのだ。
テレビに映っていたのは、昨日そのピースフル市で騎士叙勲を受けた際の記者会見の映像である。受けたときも小っ恥ずかしいと思っていたが、改めて見せられると何の拷問かと思う。
「一夜漬けにしては上手く演ったじゃないか。上出来だ」
父さんがテーブルの上に山積みになっている本を見ながら褒めてくれた。「相手の心をつかむ話し方」「プレゼンテーション必勝法」「競争に勝つプレゼン」「スピーチの達人」等々、一昨日導入した本だ。それから鏡を見たり動画に撮ったりしながら話し方や表情などを一夜漬けで練習したのだ。
その成果はあったと言っていいだろう。画面の中では、理知的でありながら熱血さも感じさせる美少年という、どこの完璧超人かと思われるようなヤツが力強く「皆さんを守り抜いて見せます!」とか言い切って、さわやかに歯を光らせていた。前世の自分なら「爆発しろ」とか怨念を送りそうなくらい、何でも持ってそうなヤツだ。演ったのは自分自身なのに、何か他人のように思える。ああ、これもお仕事とはいえ、これからもこんな事を続けなきゃならないのか…
「は、腹が痛い。オレを殺す気か…」
「今のうちにたっぷり笑ってろ。そのうち、お前も同じ目に合うようになるぞ」
「ゲッ!?」
僕の指摘にカイが青ざめる。ブレバティなんぞに乗ってる限り、自分も「英雄」として祭り上げられる可能性があることに気づいたようだ。
「クーにしても…」
言いかけてクーの顔を見て一瞬ギョッとする。オイオイオイオイ、なんでお前、頬を染めて、熱い目で僕を見てるワケ!? 幼なじみの反応としては、腹は立つけど、カイの方が正しいだろ!! てか、この前テレビ見た時はニヤニヤしてたろ!! 何で僕の演技を見ただけでこうなる!?
横のツバサやツバメが同じような顔してるのは無理もないと思うよ。まだ7歳なんだから、テレビの騎士物語みたいな事を突然実の兄がやったりしたら、それこそテレビのヒーローを見るみたいなキラキラした憧れの目で見てもしょうがないだろう。
だけどな、僕たちはもう14歳。前世ならまだ子供の年齢かもしれんけど、この世界じゃ15歳が成年なんだから、前世における18~9歳の大学生相当で、大人の一歩手前なんだよ。子供みたいな憧れの目で僕を見るなって! …という事にしておこう。自分でもそう信じることだ。だから…
「てい!」
「あ痛っ!」
デコピン一発。額を押さえてうずくまるクーに言う。
「お前は実態知ってるのに、何でテレビに騙されるかな?」
「…知ってるからなのに」
小声でつぶやくクーの言葉なんか僕には聞こえないよ。聞こえないったら聞こえない! 僕は耳が遠いんだ!! ついでに鈍感なんだからね!!!
…いやね、前世ではアニメや漫画やゲームやラノベの「鈍感系主人公」ってヤツの存在が嘘くさくてたまらなかったんだよ。普通は気づくだろってさ。彼女いない暦=年齢だった身としては、サインにもフラグにも気づかないなんて贅沢は許されるワケが無いだろうと思ってたモンだよ。でもね、実際にそういう立場に立ってみて、初めて分かる事ってのも有るモンなんだよね。モテモテ美少年なんて立場になってみたいと思っていた前世の自分は、なーんも知らないバカだったって事を、たった14年の人生でも嫌というほど思い知らされてきたワケでして。
女の子ってのはね、わずか5歳でも、もう女なの。おままごと遊びであっても、獲物の取り合いは真剣勝負なんだな。取り合いされる側の立場に立たされてみ。子供の遊びだとか思ってるとしたら甘すぎる。その修羅場っぷりは大人に負けないんだよ。最初は我慢できたとしても、その内絶対に嫌気がさすから!
…という事で、僕の中でクーと、今もピュアウォーター村にいるもう一人の女の子は、永遠に幼なじみなの! 妹の親友で、僕にとっても親友なの!! 二人とも、はっきり言って相当な美少女ではある…あるけれど、恋愛の対象には絶対にならないんだな。
対象にならないと言えば、ツバサとツバメの間に座っているリーベにしたってそうだ。こっちの理由はきわめて単純。母さんと妹そっくり、ついでに自分自身にだってそっくりな顔の相手に恋愛感情なんか抱けるワケないって! …そう考えると、ヒカリを口説こうとしたリヒトって変なヤツだな。まあ、あれは冗談…というよりは油断させるための話のきっかけ作りにすぎないと思うが。
そのリーベが、真剣な表情で僕と父さんに向かって話しかけてきた。
「これで良かったのですか?」
「狂太子のみが悪いと強調したことか? あれは俺の指示だ。この奇妙な戦争にも、落とし所は必要だからな。ルードヴィッヒには悪いが、あいつを悪役に仕立てる。連邦と帝国の国民同士が憎み合うなんてのは、悪夢の未来でしかない。時計の針を60年も戻すワケにはいかんのだ」
リーベの問いに父さんが答えるが、これはリーベの聞きたかったことじゃないらしくて、改めてリーベが尋ねる。
「それは正しいと思ってます。個人的に思うところはありますけれど、今の状況を生んでるのはルーですから。私が聞きたいのは、私も記者会見に出るべきじゃなかったのかって事です」
「ああ、そっちか。今はまだいいさ。だが、いずれは出てもらうことになる。それも『旗頭』として、な」
「それは覚悟してます。皇族に生まれた以上は、やらなくちゃいけない事だから」
高貴なる者の義務。彼女の義務は、英雄の真似事をしてればいい程度の僕の義務よりも、遙かに重い。いや、僕も一応は帝国の皇族の端くれらしいけど、この国では田舎男爵の嫡男でしかないんだから。
「ごめんなさいね。本来はわたくしがやらなくてはいけない事なんだけど。わたくしは逃げてしまったの、あの時。皇族の義務よりもお父さまを取ってしまった。そのために、あなたにもリヒト君にも、ルードヴィッヒ君にも、随分迷惑をかけてしまっている」
母さんがリーベに謝る。ふと思う。もしその時に母さんが皇族の義務の方を選んでいたとしたら、もしかして僕がルードヴィッヒの役を演じることになっていたのだろうか?
…などと考えていた僕は、母さんの次の言葉に思いっきりコケそうになった。
「…だからね、ノゾミちゃんを遠慮会釈なくコキ使ってくれていいのよ、わたくしの代わりに」
「…ぶち壊しだよ、母さん」
こういう人なんだよなあ。リーベも苦笑するしかないって顔してるよ。その表情を再び真面目なものにして、改めて父さんに言う。
「だからと言って、ただ守られているだけという状況には、私自身が耐えられません。私にも、ブレバティをいただけませんか? 五号機のパイロットは、まだ決まっていなかったはずです」
その言葉を聞いて、父さんが少し考え込む。
「お前さんが敵に捕まるというのは、非常にマズいことではある。本来ならば前線に出すべきじゃない。だが、お前さん自身が陣頭に立つということ、それ自体に政治的な意味がある。狂太子の正統性に疑問を抱かせられる。味方の士気を上げ、敵の士気を下げる。連邦に亡命している帝国人や、母さんのような帝国出身者にとっても大いに意味があるだろう」
自分に言い聞かせるように状況を整理する父さん。
「五号機はステルス機能を持った偵察/ゲリラ戦用の機体だ。前線でバリバリ戦うための機体じゃない。だが、その分狙われにくいし、生存性は高くなる。…いいだろう。五号機をやるよ。お前さんの魔力があれば使いこなせるはずだ」
「ありがとうございます!」
「やったね、リーベ! 一緒にがんばろっ!!」
喜ぶリーベと、一緒になって祝福するクー。そうか、リーベも戦うんだな。
「カイ、言うまでもないと思うけど…」
「ああ、絶対にリーベは守る。オレが…オレたちがな」
「『オレが』、ね」
カイに振ろうとしたら食い気味に答えられたので、言い直す前の言葉を繰り返してニヤリと笑う。
「『旗頭』を奪われたり、殺されたりするワケにはいかないだろうが!!」
「はいはい、そういう事にしておこうか」
「?」
「…」
激高するカイ、ニヤニヤと笑っていなす僕、何だか分からないという表情のリーベと、それを見て目を片手で覆って無言で天を仰ぐクー。…いたよ、リアル鈍感系ヒロイン。前から気づいてはいたが、リーベって恋愛感情については本っ当に鈍いんだよな。いや、演技の可能性もあるけど、もし演技だとしたらヒカリ以上の芸達者だぞ。どっちにしろ前途多難だな、カイ、がんばれよ。僕は単にからかってるんじゃなくて、少しでもリーベに気づいて欲しいと思ってやってるんだからな。いやホントだよ、嘘じゃないよ。身分の差? んな事は無視して元平民の成り上がり田舎男爵の嫁やってる元第一皇女様が目の前にいるんだから、何とかなるでしょ。
「それでな、しばらくはイモータルの防衛がウチの部隊の主な任務になる」
父さんが真面目な話を振ってくる。
「オグナの艤装と改修が終わるまでは動けないって事だな」
「そうだ。移動手段がなくては反攻作戦はできん」
僕の言葉を父さんが肯定する。艤装未了な上、無理に実戦させたオグナは大規模な修理と、その戦闘で発見された欠点の改修に時間が必要だ。その上に、主砲などの艤装も進めないといけない。しばらくは使えないだろう。
「スフィンクス使えばいいじゃない! オヤジが艦長なんだし!」
「無茶言うな。オヤジは私領軍じゃなくてアニマーレ正規軍だ。勝手には動けねえよ」
クーの言葉をカイが否定する。二人の父親であるブルさんは、何とスフィンクス級の1番艦であるスフィンクス号の艦長をやっているそうだ。戦争が始まるとすぐに予備役招集されて奥さんと一緒にウチの村から祖国に戻っていたんだけど、何をしているのかは連絡がなかったのだ。今回、スフィンクス号でピースフル市まで来て、はじめて艦長をしていると分かったのだ。もっとも、二人に騎士叙勲すると、すぐにアニマーレ王国に帰って行ったけど。帝国の魔道戦艦がいつ奇襲をかけてくるか分からない以上、対抗できる魔道戦艦は各国の首都周辺で警護する必要がある。正規軍所属である以上、艦長であっても勝手な行動は許されないだろう。命令違反なんぞしたら、それこそ軍法会議だ。
なおスフィンクス級は各国正規軍用にそれぞれ1隻ずつ、10隻の建造が予定されていて、既にスフィンクス以下5隻が完成しており、あと1隻も近日竣工予定。もっとも、竣工しているうち、実戦配備できているのはスフィンクス1隻のみで、2番艦と3番艦は公試運転終了後の再整備中。4番艦と5番艦が公試運転中だ。私領軍用にも6隻が予定されていて、7番艦のオグナが私領軍用の一番手になる。こちらはほとんどが建造途上だ。
「私領軍だって命令には逆らえんよ。イモータル防衛は統合参謀本部からの命令だ。ウチは連邦軍所属にはなってるが、国境を防衛する第1軍には配備されていない。参謀本部直属の独立部隊扱いだからな」
「あれ、じゃあこの前の戦闘は?」
釘を刺してくる父さんに、僕が問い返す。
「ピュアウォーター村はイモータル市の広域防衛範囲内だから、この前の戦闘はイモータル防衛の周辺戦闘扱いにできるんで命令違反じゃない」
「なるほど」
かなり拡大解釈な気もするが、そう言い張れば通る程度の独立行動は認められているんだろう。
「それに、スフィンクスもアニマーレに戻ったら一度ドック入りするだろうな。今回発見された欠点の改修が必要だ。もっとも数日のドック入りで改修できる程度の内容ではあるが」
「それじゃあ、いつになったらヒカリを取り戻しに行けるのよ!? 博士もクリスさんも、ヒカリが心配じゃないの!?」
父さんの言葉に、クーが噛みつく。なお、僕たちは自分の親はともかく、友人の親は全員「名前+さん」で呼んでいる。何でかって? ウチの母さんとかが「おばさん」なんて呼び方を許すと思うかい? 父さんだけは、みんな「博士」って呼んでるけど。
「心配はしてるわよ~。でもねえ、焦ってもどうにもならない事はあるのよ。少なくとも、ヒカリが傷つけられる事は無いわ。だから大人しく待つしかないのよ」
興奮するクーを母さんがなだめる。…ヒカリの実情を知っている身としては、心配するクーに申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、だからって僕自身も半分しか事情を知らされてないような事をクーたちに明かすわけにもいかないからなあ。
「クリスの言う通りだ。特に、敵は次にこのイモータルを狙ってくる可能性が高い。防衛体制を強化する必要がある」
「どうして、ここが狙われると?」
「神金鉱山だ」
父さんの言葉を受けて、僕はリビングの窓から間近にそびえ立つイモータル山を眺める。この街の名前の由来でもある円錐台形の休火山だ。標高は3千メートル級とそれほど高くはないが、その姿の美しさには定評がある。…ぶっちゃけ、前世の富士山そっくりだ。その麓に神金鉱山は存在する。
「なるほど、オリハルコリウムか」
「そうだ、今回の戦闘で敵はオリハルコリウムの威力を知った。世界中見回しても、神金を工業利用できるだけの埋蔵量がある鉱山はここにしかない。最低でも原材料である神金の供給を絶つ目的で、更にあわよくば鉱山を奪取しようと、ここを狙ってくるはずだ」
「そういう展開か…」
富士山の麓の希少鉱物を狙って攻めて来るワケね。ああ、お約束…
「だから、ちょいと村に戻ってリンを連れてこい」
「え、何でだ?」
突然脈絡もないことを言われて、思わず問い返した。リンってのは、僕の幼なじみの女の子の名前だ。半分エルフの血が入ったいわゆるハーフエルフで、ヒカリとは親友なのだがクーとはもの凄く仲が悪い。…意味、分かるよね。僕にとっても「親友」なんだ。「親友」だからね! 大切な事だから二回繰り返したよ。
「防衛力強化と言ったろう」
「リンは戦えないだろ。魔力は大きいけど、格闘能力は無いし、攻撃魔法の制御も下手だ。治療役なら別にリン呼ばなくても大勢いるし」
そう、リンの戦闘能力は低い。僕たちの幼なじみだから、小さい頃は一緒に訓練を受けてたのだが、体が弱くてついてこれなかったのだ。魔法の訓練はしていたので魔力は大きいのだが、なぜかカイと同じで攻撃魔法の制御が下手なのである。治癒魔法などは普通に使えるのだから、相性が悪いのかもしれない。
「後方支援ってのは別に治療だけじゃないだろ。あの子には『呪歌』がある」
「アレか…」
呪歌というのは、魔法のような力を持った歌の事だ。聞いているだけで身体能力を強化したり、抵抗力を上げたりする魔法と同じような効果を与えてくれる。魔法と違って敵を攻撃するような力は無いが、地味に味方の戦力を上げてくれる。それだけ聞くと便利なのだが、当然ながら歌っている最中は他のことはできない。支援専門になってしまうので、冒険者を目指すような人間は、まず呪歌を習ったりはしないのだ。騎士団でも、呪歌専任の人員を置くくらいなら攻撃魔法でも撃てる者を1人でも増やした方がいいので、軍人にも使い手は滅多にいない。かなりのレア技能なのだ。近接戦闘も魔法戦闘もダメだったリンが、せめて自分にも何かできないかと思って身につけたのが呪歌だったのだ。もっとも、結局は体力面の問題で冒険者になるのは諦めざるをえなかったんだが。
「俺が広域支援用の魔道具を用意した。実戦テストはまだだが、AGと組み合わせるとかなり有効なはずだ。さっき遠話で話はつけておいたから、ちょっと行って連れてきてくれ」
「了解。ドラゴンで行くかな。ウチの村なら往復で瞬間移動してもそんなに魔力は使わないはずだ」
昨日、皇都まで往復したときは、それだけで魔力を50%以上使ったからな。減ってる間に敵襲があったらどうしようかと思ってたんだが、今回は問題ないだろう。
「ちょっと待って! ボクが行く」
「はあ?」
突然クーが横やりを入れてきた。オイオイ、お前、リンとの相性は最悪だろうが。
「ロプロスの飛行訓練も兼ねて飛んでくる。別にいいでしょ?」
「飛行訓練はいいが、お前、リンをコクピットに乗せて喧嘩しないでいられるのか?」
「最近は喧嘩なんてしてないでしょ!」
「僕の見てる前では、な」
「あう」
僕のツッコみにあえなく撃沈するクー。さすがに僕の気持ちに気づいたのか、ある程度大きくなってからは僕の見てる前では喧嘩しないようになったけど、見てない所で何をやってるのか知らないとでも思っているのかい?
「数分で連れてくるんだから、心配するような事は何も無いって」
「そうですよ。それに、ノゾミとドラゴンなら、敵襲があっても心配はいらないでしょうし」
リーベ、フォローしてくれたのはありがたいけど、クーが心配してるのは敵襲の事じゃないぞ。いや、僕も表面上は同じ事を言ってるんだけどさ。
「それじゃ、ちゃっちゃと連れてくるよ」
そう言い残すと、僕はブレバティの格納庫に向かう。リンは明るいし友達としては気配りもできて一緒にいると楽しいタイプだから来てくれるのは嬉しいけど、クーと一緒にすると起きる化学反応には頭が痛いよ。やれやれ…
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「…いくら傷つけられることは無いって言われても、やっぱり心配は心配よ。早く取り戻せるといいのに」
当然ながら、リンもヒカリのことを案じていた。ぱっちりとした大粒の緑の瞳が憂いに沈む。その瞳と同じく鮮やかな緑色をしていて、腰くらいまである長い髪は、この前捕虜にしたガーランド少尉と同じで、エルフの血を引く証だ。ただし、少尉との大きな違いはその耳だ。尖り気味の耳が、彼女の片親がエルフであることを示している。リンの場合は、母親がエルフなのだ。それも、エルフィー王国の大公家の娘で、つまり王族の出身なのである。平民と結婚したせいで勘当されたそうだが。彼女の両親もウチの両親の冒険者仲間だった。…よく考えたら、ウチって平民出身の田舎貴族なのに、何で知り合いにこんなに各国の皇族だの王族だのがいるんだ? って、たぶん母さんのせいだよな。
僕たちは、今しがたドラゴンを降りたばかりだ。魔像研究所の敷地内にある格納庫を出て中央棟に入り、父さんのオフィス兼研究室の方に向かっている。
「今は耐えるしかないさ」
「そうね」
僕の言葉にうなずくと、彼女はある歌の歌い出しのフレーズを口ずさむ。が、それを聞いた僕は驚愕して尋ねていた。
「その歌、どこで聞いた!?」
「え、博士に教えてもらったんだけど?」
…父さん、何で前世の歌を教えるかね。それもあの大人気ロボットアニメの続編その1の前期オープニングテーマソング、刻を越えちゃうヤツなんぞを! 確かに今のシチュエーションにはピッタリの歌詞だけどな。
「呪歌って、味方にしか効果がないのよね。この歌だったら、相手にも効果があれば『拘束』みたいに使えるかもしれないのに」
「なに!? 呪歌って特定の効果があるような専用の歌を歌うんじゃないのか?」
「違うよ。歌うのはどんな歌でもいいの。どんな効果を込めたいのかを思いながら、心を込めて歌えばいいの。もちろん、歌詞と効果が合っている方が言霊の影響で効果が高くなるけどね。だから、この歌は拘束っぽいと思ったのよ」
呪歌の事なんぞ何も知らないのでちょっと驚いてしまったが、説明を聞いて納得する。
「そうなのか、初めて知ったよ」
「呪歌なんて使う人は珍しいから、知らないのも当然かな。でも、ようやくノゾミの役に立てるみたいだから、すっごい嬉しい♪ 覚えておいてよかった。期待しててね」
「ああ、よろしく頼むよ」
非常に嬉しそうなリン。彼女が喜ぶのは、僕も嬉しい。ある事を除いては、ね。
…ああ神様、どうして2人なんですか? ハーレムなんて罰当たりな事を夢見た自分に対する罰ですか? どちらか片方だけだったら、僕も彼女たちにトラウマなんか持たないで済んで「彼女いない暦=年齢」なんていう前世から続く嫌な記録はとっくの昔にリセットできていたはずなのに。え、他の女の子? この二人がいるのに更に他の女の子を巻き添えにするような恐ろしい事ができるモンかい。よっぽど太い神経の持ち主でもなきゃ耐えられないよ!
とか思ってたら、当事者が向こうから歩いてきたよ。
「よぉ、来たか」
「…おはよ」
屈託のないカイに比べると、表情が挨拶を裏切っているクー。こいつがここまで仏頂面なのは珍しい。と言うより、リンに対して以外はこんな顔はしない。
「おはよ、カイも元気そうだねっ♪ クーもね…」
明るくカイに挨拶して、とたんにテンションを下げてクーにも一応声をかけるリン。お前ら…
たしなめようとした、まさにその瞬間に、館内放送が警報を鳴らした。遠くからは市内に警報を伝える非常サイレンの音も響いてくる。
「空襲警報、空襲警報! イモータル市東方約50キロ地点に未確認飛行物体出現。敵軍戦艦と推定される。総員、第一種戦闘態勢!」
ブレバティのリモコンが鳴る。応答すると父さんの声が聞こえてきた。
「リンも一緒に格納庫に行け。俺もすぐ行く」
「了解!」
僕が答えるのと同時に、全員が格納庫に向かって走り出していた。
アイキャッチ
「神鋼魔像、ブレバティ!」