志木ビバルディと3番目の私〜ハーレム系ラブコメのお色気担当ヒロインですが正直無理ゲーです〜
ハンドボールはこの辺かな……いや、松ヤニがベタベタしてるから面倒くさいことになるかも、ちょっと大きいけどやっぱりここはサッカーボールにしよう。
キャスターが動かない体育倉庫の中、脚を踏ん張ってケースの位置を入れ替える。
あー、重かった。
あとはバットケースをいい感じにセットして、これでピタゴラスイッチ的な感じでマットが倒れてくる……はず。
ひと仕事終えてふうと息をつく。
別に完全殺人のトリックを考えてるわけじゃない。
あたし……秋風カレンはいわゆるハーレム系ラブコメの3番目、お色気担当という不名誉なあだ名のあるヒロインだ。
鈍感系主人公である志木ビバルディくんは知る由もないけど、彼がラッキースケベだと思ってる一連の現象はすべてこのような地道な努力に支えられている。
今回は体育倉庫の中で閉じ込められるイベントのための設営を終えたところだ。
あとは話したいことがあるとかなんとか適当なことを言って連れ込んで、ボールケースを倒せばいい。
制服の肩についたホコリを払いながらため息が漏れる。
あたしだって、好きでこんなことをしているわけじゃない。
これはハーレム系ラブコメ、当然といえば当然なんだけど、ビバルディくんの周りにいるヒロインはあたしだけではないのだ。
1番目のヒロイン、春咲トレノはビバルディくんがガソリンスタンドでバイトしてた時に突然空から降ってきた記憶喪失の女の子、彼の宝物のハチロクとなんか関係があるらしくて、休みの日はふたりで峠を攻めてるし、なんなら一緒に暮らしている。
2番目の夏木ペトラはひとつ年上でビバルディくんとは家族ぐるみの付き合いがある幼なじみ、しっかりもので、昔から親と離れて暮らしている彼の世話を焼いているらしい。
噂によるとビバルディくんの初恋の人だとかなんとか。
そんなそうそうたるメンバーに囲まれて、ただのクラスメイトであるあたしの武器は胸、この一点だけである。
たぶんもうひとり、冬ナントカみたいな奴がいるんだろうけど、今はまだ気配もない。
とにかく、あたしがどれだけ無理な戦いを強いられているかご理解いただけただろうか。
こうしてあたしは今日も人知れず体育倉庫で汗にまみれている。
ちらりと時計を確認する。
そろそろ昼休みは終わる。
5限に体育の授業がないのは確認済みだ。
「よし、行くか」
低い声でつぶやくと深呼吸をして校舎へと向かった。
◇
小学生の時から、大きい胸が嫌いだった。
太って見えるとか、可愛い下着がないとか、そんなことは正直どうでもいい。
あたしは子どもでいたいのに、この胸のせいで周りから『女』として生々しい目で見られる、それがたまらなく嫌だった。
男の子からは明らかにエッチな目で見られてからかわれるし、女の子でもあたりまえのように『触らせて』とか言ってきたりする。
本当に、気持ち悪くて仕方がなかった。
でも、ビバルディくんに会って変わった。
あたしが嫌でたまらなかったこの体も、そのおかげでビバルディくんが私を好きになってくれるなら、愛おしいものだと思うようになったんだ。
教室の近くの廊下でビバルディくんを見つけた。
ああ、階段のほうがよかったんだけど……まあ、すこし不自然になるのは仕方ないか。
「あ、ビバルディくん……きゃあ」
あたしは床につまずいてビバルディくんに倒れかかる。
「うわっ、大丈夫か?」
このなにもないところでつまずいて転ぶのも、結構な高等技術が必要だ。
うっかり怪我とかしないように毎日ストレッチをしてアキレス腱と足首は柔らかくしてある。
「ごめん……でもちょうどよかった」
言いながら、ビバルディくんの腕にさりげなく胸を押し付ける。
「ん、どうした?」
ビバルディくんはあたしの攻撃を意にも介していないように、今日もちょっととぼけた、それでいて底知れない瞳であたしを見る。
「あのさ、話したいことがあるんだけど、ここじゃなんだから……一緒に来てくれないかな」
◇
「ごめんね、こんなところまで付き合わせちゃって」
体育倉庫を開けて、横目でさりげなくマットの位置を確認する。
ビバルディくんはぐるりと倉庫内を見まわしてから引き戸を閉めた。
よし、今だ。
「きゃあっ!」
足をすべらせて仰向けに倒れこみつつ、ボールケースを思いっきり蹴飛ばす。
ピタゴラスイッチ、発動!
ケースが倒れてこぼれたサッカーボールは、あらかじめストッパーを外しておいたバットケースにぶつかって、バットケースが倒れたことにより支えを失ったウレタンマットはまっすぐこちらに崩れてくる。
「危ない!」
あたしをかばうようにビバルディくんが覆いかぶさってきた。
倒れてきたマットを背中で受けて、ビバルディくんの顔が痛そうにゆがんだ。
柔らかいマットだから大丈夫だと思ってたけど、想像以上に重たかったみたいで申し訳なくなる。
「大丈夫か?」
今までにない近さでビバルディくんの声が聞こえる。
息づかいや、心臓の鼓動まで聞こえてきそうな距離だ。
「あたしは大丈夫、それよりビバルディくんは?」
「いや、俺は平気……だけど……」
言葉を止めて、ビバルディくんはじっとあたしを見た。
ビバルディくんの手は片方はあたしの首の横に、もう片方は腰へと下ろされている。
転んだ拍子に、あたしの着衣はかなり乱れているはずだ。
シャツはずり上がってゆるくその均衡を崩し、スカートは太ももがあらわになるほどまくれあがっている。
こんな姿を見られていると思うと、急に恥ずかしくなってきた。
ビバルディくんの目にはどんなふうに映っているのか、彼は微動だにせずまっすぐにあたしを見ている。
にわかに、緊張して息が荒くなる。
えっと、ここまではよくて……このあと、どうするんだっけ。
いや、落ち着け、落ち着いて、昨日練習した通りに言えばいい。
『いいよ……ビバルディくんなら、あたし』
ベッドの上で何回もシミュレーションした。
そうしたらお母さんが「あんた、さっきから何ブツブツ言ってるの!」とか言いながら入ってきて……
お母さんの顔を思い出した瞬間、どくん、と胸が鳴った。
あたしは、何をしようとしている?
どうして、授業にも出ないで、こんなところでこんなことをしているの?
ざあっと、全身が冷たくなる。
どうしよう……怖い。
むき出しになった太ももがビバルディくんの少しかさついたズボンの布地にこすれる。
頭のすぐ横、貸し出し用の古いグローブが入ったビニール袋はホコリと革の混じり合った独特のにおいを発している。
仕方ないんだ。
あたしは、コップを満たした水をこぼさずに峠を下ることなんてできないし、幼い頃から共有してる素敵な思い出もない。
だから……仕方ないんだ。
あたしの戦場はこの体育倉庫で、あたしの武器はこの胸しかないんだから。
覆いかぶさるようにあたしを見下ろしたビバルディくんの静かな瞳は、何かを探るようにあたしの目をのぞき込む。
あたしが、ビバルディくんに好きになってもらうにはこうするしかないんだ。
仕方ない……でも、なんで?
ビバルディくんの手がゆっくりとあたしの頬を撫でたとき、ふいに涙が伝った。
ビクッと全身が震える。
なんだ、なんでこんな時に涙が……?
だめ、だって、あたしはこうやってアピールしないと、ちゃんとあたしの武器で戦わないと。
ライバルに負けてしまう。
じゃりっと、シャツの薄い生地ごしに砂の感触が伝わる。
きっと制服のシャツは砂まみれになっているんだろう。
ぎゅっと唇をつぐむ。
本当は……本当はこんなの嫌だ。
こんな場所で、こんなふうに無理やり追い込んだ末の仕組まれたラッキースケベじゃなくて、もっと、もっと……
ちゃんとしたところで、ちゃんと好きって思ってもらってから、そういうことをしたいのに。
あたしの体は武器なんかじゃない、もっとちゃんと、大切にして、守らないといけないものなのに……!
なんで、あたしにはそれが許されないんだろう。
ビバルディくんは感情の読みとれない目であたしの髪をすっと撫でると、体を起こした。
「あー……ごめん、カレン」
低くつぶやくと、ビバルディくんはあたしに背を向けて制服のシャツを脱ぎはじめた。
「俺、ハンカチとか持ってなくて……これで拭いていいから」
差し出されたシャツを受け取ってぼう然と見つめる。
拭いていいと言われても、なんだか驚いて涙も引いてしまった。
あたしが体を起こして座り込んでる横でビバルディくんは淡々とマットの位置を直してボールとバットをケースにしまった。
「ほら、立てる?」
差し出された手をひかえめに握って立ち上がる。
ビバルディくんは「うわ、すげえ砂ついてる」と言って背中の砂を払ってくれた。
「そういえばさ、話したいことって何?」
「えっと……」
そういえばそんな話をしていたっけ。
何か考えてたはずだけど、すぐに思い出せない。
ビバルディくんはしばらく無言であたしを見てたけど、思いついたように言った。
「グローブあるじゃん、キャッチボールしねえ?」
◇
ペラペラにつぶれたグローブで受けた球を握って、弓を引くように構えたあとまっすぐに腕を降りぬく。
「結構、投げれるんだな」
バシッと球をうけながら、ビバルディくんの目に今日はじめて意外そうな色が浮かんだ。
「中学まではソフトボールやってたから」
「へえ、知らなかった」
ビバルディくんはそう言ってボールを投げる。
さっきはゆるかった球が、勢いよくグローブに返ってきた。
「俺も野球してたんだよ。辞めちゃったけどな」
そんなこと、全然知らなかった。
「じゃあさ、もしかして坊主だった?」
あたしが笑うと、ビバルディくんはすねたように口をとがらせる。
「おい、バカにしただろ今」
「してないよ、あたしだって男の子みたいなベリーショートだったんだよ」
午後の日差しのなか、腕を思いっきり振っていたらなんだか肩の力が抜けていく気がした。
「はい、ラスト!」
思いっきり空に向かってボールを放り投げると、5限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
◇
「じゃあ、またな」
「うん、また明日」
手を振ったあともあたしはしばらくビバルディくんのうしろ姿を見ていた。
ビバルディくんが帰る家にはトレノが待っているんだろう。
やっぱり、あたしの戦いはまだまだ厳しそうだ。
でも、あたしには胸しかないなんて考えるのはもうやめよう。
これからはちゃんとあたしの全部で向き合って、もっとあたしを知ってもらって、あたしを好きにさせてやるんだ。
帰ろう……今日の分のトレーニングがまだ残ってる。
狭い場所で最大のパフォーマンスを発揮できるよう、股割りと体幹トレーニングは欠かせない日課だ。
歩き出したとき、ひやりと背中を冷たいものが走った。
振り返ると、真っ黒なおさげ髪に眼鏡をかけた、白い肌と赤い唇が印象的な女の子が同じようにこちらを見ていた。
小学生みたいに小柄だけど、うちの制服を着てるってことは高校生なんだろう。
「ハーレム系ラブコメにおいて、1番目のヒロインの勝率は78パーセントで2番目は14パーセント……」
淡々と、綺麗な唇が動く。
「3番目は4パーセント、4番目になるとすこしだけ増えて7パーセントだそうです」
ざわっと胸に緊張が走る。
そうか……この子こそが、冬の支配者。
「私は冬見マキアと言います。お互い苦しい戦いになりそうですが、頑張りましょうね、秋風さん」
彼女……冬見マキアはまっすぐあたしを見据えると、不適な顔で笑った。
おしまい
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