ジュニア冒険者 ユイとママの仕事(クエスト)
わたしはユイ。
ジュニア冒険者をしている。
今日は、ママのクエストについていく日だ。
理由は、夏休みの宿題。
――お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。
誰でもいいので、仕事を見学して、感想文を書いてください。
お願いするなら、ママしかいない。
でも、よく考えてみると――
ママが介護施設で働いていたころも、
冒険者になってからも、
わたしは一度も「働くママ」を、ちゃんと見たことがなかった。
ごはんを作るママ。
洗濯物をたたむママ。
ちょっと疲れた顔のママ。
それは知っている。
でも、仕事をしているママは知らない。
だから、お願いした。
ママのクエストについて行きたいって。
「宿題なの。見るだけでいいから」
そう言うと、ママは少し困った顔をした。
「そうね……仲間に相談してみるわ」
わたしは、うなずいた。
そうして決まったのが、今日。
ママが受けたのは、総合病院での常発クエスト。
午前九時から午後六時までの固定時間。
入院患者さんの食事や入浴の介助。
シーツ交換や清掃といった生活援助。
決まった時間に、決まった仕事を、毎日、確実にこなすクエストだ。
「行くよ!」
「うん!」
隣町の総合病院まで、自転車で向かう。
――この町、苦手なんだよね。
わたしの住む街は、冒険者が多い。
人が動いて、人を支えて、困りごとを拾っていく街。
でも、隣町はちがった。
冒険者よりも、ヒューマノイドのほうが目につく。
トータルケアノイド〈トア〉。
トータルワークノイド〈ルーク〉。
企業が開発し、国家が推奨する“スマートシティ”。
便利なのは、わかる。
でも――少しだけ、落ち着かない。
病院に入ると、空気がひんやりしていた。
白い床に、靴音が静かに響く。
白衣の人たち。
看護師さん、介護士さん。
トータルケアノイド〈トア〉。
ママは、あたりまえみたいにその中へ混ざっていく。
「ママ、着替えてくる。
ユイは、この近くで待ってて」
そう言って、スタッフルームに消えるママ。
わたしは壁際に立って、行き交う人たちを見ていた。
しばらくして、ママが戻ってきた。
一人じゃない。
女性が三人。男性が二人。
白や淡い灰色の制服。
同じ色なのに、雰囲気は少しずつ違う。
「ユイ、紹介するね」
ママが、わたしを見る。
「彼女はトアラ。
ママと同じ、介護師ギルダーを持ってるの」
短く切った髪の女性が、にこっと笑った。
「よろしくね、ユイちゃん」
「あ、はい。よろしくお願いします」
声が、少し裏返った。
大人に囲まれるのは、ちょっと緊張する。
「こっちは看護師ギルダーのアイとヒカリ」
二人の女性が、軽く手を振ってくれた。
「それで――」
ママは、男性二人のほうを見る。
「彼は看護師と医師、両方のギルダーを持ってるリョウスケ。
それから、彼は医師で、機のレイリよ」
最後の人に視線を向けた瞬間、
胸が、ほんの少しざわっとした。
――機?
聞いたことは、ある気がする。
でも、よく知らない。
それに――
レイリさんは、どこかで見たことがある気がした。
顔も、声も、はっきり思い出せないのに、
「初めてじゃない」感じだけが、残っている。
――あとで、ママに聞いてみよう。
「みんな、今日は本当にありがとう」
ママが、少しだけ頭を下げる。
「ユイの同行、許してくれて」
「いいの、いいの!」
トアラが、ママの腕に軽く触れた。
「ユイちゃんにたくさん見てもらってさ、
“冒険者っていいな”って思ってもらえたら、万々歳でしょ?」
そう言って、くるっと振り返る。
「さーて。仕事、仕事!」
トアラが歩き出すと、
「そうだな」
「それが一番ね」
そんな声が重なって、みんな同じ方向へ歩き出した。
「そうだ」
ママが、思い出したように言った。
「この病院のこと、少し説明しておくね」
わたしは、こくんとうなずく。
「ここはね、前にトアを一気に導入した時期があって。
そのとき、人が一気に辞めちゃったの」
「……ストライキ?」
「そう! よく知ってるね、そんな言葉」
ママが驚いた表情をして、続けた。
「それで困った病院のトップが、冒険者ギルドにクエストを出したの」
ママの視線の先には、さっき会った仲間たちの背中があった。
「そしたらね。案外、うまくいったみたいで。
今はトアと、少数のルーク。
それに、わたしたち冒険者で回してるのよ」
わたしは、テレビや町で見かけたヒューマノイドを思い出す。
同じ顔。
同じ声。
同じ動き。
きれいで、正確で、間違えない。
「それとね」
ママが、少し声を落とした。
「ユイ、機って、まだよく知らないわよね?」
わたしは、首を縦に振った。
「冒険者ギルドが開発したヒューマノイドなの。
仮想世界〈まほら〉で活動している、高ランクの冒険者たち」
……冒険者?
「詳しい話は、レイリに聞いてみて」
そう言って、ママは笑った。
「じゃあ、行きましょう」
「うん!」
ママは、少し照れたみたいに歩き出す。
わたしも、その隣に並んだ。
ママの仕事場は二階だった。
「少し待ってて」
そう言ってスタッフルームに入ったママは、
アイさんと一緒に戻ってきた。
二人とも、ゴーグル型端末〈オルビー〉を装着している。
ママは掃除道具の台車を。
アイさんは医療機材を載せた台車を押していた。
「今日もよろしくね、サクラ」
「こちらこそ!」
ママは笑顔で応じてから、わたしを見る。
「ちなみにね。
アイとリョウスケは、正式なパーティーを組んでるの」
「正式?」
思わず聞き返した。
「うん。長く一緒にクエストをやるって決めてる仲間」
それから、周りの人たちを見る。
「でもね、今日一緒のこのメンバーは、
同じ時間帯のクエストを選んだ人たちで組まれた即席パーティーなの」
「即席……」
「そう。レイリとは今日が初めて。
トアラとヒカリは、何回か一緒にやってるよね」
「そうそう。顔なじみってやつ」
アイさんが相槌を打つ。
「アイとリョウスケともね、
最初はこういう即席パーティーで知り合ったの。
一緒にやりやすいって分かって、今は正式なパーティー」
「といっても、ユイともパーティー組んでるでしょ?」
「うん」
わたしは、うなずいた。
「だから冒険者って、
一つのパーティーだけじゃなくて、
複数のパーティーに所属してるのが普通なの」
その説明で、少し分かった。
仲間だけど、縛られすぎない。
必要なときに、必要な人と組む。
それが、冒険者。
そんな話をしながら、最奥の病室の前で立ち止まる。
「では、入るよ。
ユイも患者さんに挨拶してね」
ユイがうなずくと、ママは扉を開けた。
個室だった。
ベッドには、わたしより少し小さい男の子。
腕には点滴。
天井を、ぼんやり見ている。
「おはよう。今日の介護担当、サクラと」
「看護担当、アイだよ」
「見学してます。ユイです」
ママは掃除に取りかかり、
アイさんはバイタル測定を始めた。
「朝ご飯、しっかり食べたね。美味しかった?」
「うん」
「歯磨きやおトイレはする?」
「する」
ママは掃除を止めて、男の子に近づく。
「じゃあ、身体起こすよ」
「せーので行くからね。せーの」
トイレへ。
洗面へ。
ママは、男の子の顔を見て笑った。
「じゃあ、またあとで来るね」
そうやって、病室を回っていく。
わたしより小さい子。
少し大きい子。
骨折した子。
火傷をした子。
元気そうなのに、点滴をしている子。
たぶん、三十人くらい。
いろんな子が、ここにいた。
「気づいた?」
アイさんが、そっと声をかけてくる。
「この病棟、トアがいないでしょ」
「……うん」
「子どもはね」
アイさんは、近くのベッドの子を見る。
「やっぱり、“人が看よう”って」
その笑顔は、とても柔らかかった。
「……前は、違ったけどね」
その一言が、
少しだけ、胸に残った。
午前の業務が一段落すると、アイさんが言った。
「少し早いけれど、お昼にしましょう」
ママが端末を確認して、軽くうなずく。
「そうね。トアラたちのタスクがまだ残ってるみたいだけど、今すぐフォローが必要ってほどでもないわ。先に休憩を取りましょう。どうせ交代制だしね」
アイさんも、同意するようにうなずいた。
「ユイちゃんも一緒に行こう」
ごく自然な調子だった。
「いいんですか?」
「もちろん。休憩も仕事のうちよ」
そう言って、白衣のポケットに手を入れる。
ちょうど正面からやってきたリョウスケさんも合流し、わたしを含めた四人で食堂へ向かった。
病院の食堂は、思っていたより人が多い。
お見舞いの人だけでなく、近所の人らしき姿もある。
その向こう――
調理場では、エプロン姿の人たちが忙しそうに動いていた。
「彼らも冒険者よ」
ママが、わたしの視線に気づいて小声で言う。
「調理の常発クエスト。
病院食の仕込みと提供を担当してるの」
「へえ……」
看護や医療だけじゃない。
ごはんを作る人も、ここでは冒険者なんだ。
「お、サクラじゃん」
カウンターの向こうから声が飛んだ。
エプロン姿の女性が、手を振っている。
「今日は介助?」
「うん。そっちは?」
「仕込み地獄」
そう言いながらも、どこか楽しそうだった。
――ここにも、ママの知り合いがいる。
トレイを取って列に並ぶ。
焼き魚、煮物、サラダ。
和食だけじゃなく、洋食や中華も並んでいる。
「どれにしようかな」
アイさんが楽しそうに言った。
「ユイ、選んだらママの後ろに並んでね」
わたしはさっと料理を盛り、ママの後ろへ。
ママの真似をしてトレイを置き、スマホをかざして支払いを済ませた。
席につくと、三人は自然に仕事の話を始める。
「205室の男の子、どうだった?」
「記録見てない?
数値も顔色も安定してたよ。食欲もあるし」
「そうか」
専門的だけど、落ち着いた会話。
その流れで、アイさんがわたしを見る。
「ユイちゃん」
「はい」
「サクラね。看護師を目指してるのよ」
わたしは思わず、ママの顔を見た。
「……え? そうなの?」
「うん」
ママは、少し照れたように笑った。
「まだ始めたばかりだけどね」
「じゃあ、学校に通うの?」
わたしの問いに、ママは首を振った。
「国家資格じゃなくて、冒険者師格。ギルダーのほうよ。
だから学校には通わないの。師匠がいるから、学習クエストも必要ないの」
「まあ、簡単じゃないけどね」
アイさんが、付け足す。
「わたしが師匠よ」
「えっ」
「で、わたしの師匠が――」
アイさんは、リョウスケさんを見る。
「俺。医師ギルダーの師匠もやってる」
リョウスケさんはそう言って、お茶を一口飲んだ。
「そう。わたしは次、医師を目指してるの。
看護も医療も、最初はこの人に叩き込まれたわ」
「叩き込んだ覚えはないけどな」
「あるわよ」
二人は、軽く言い合って笑った。
師匠。弟子。そのまた弟子。
冒険者なのに、ちょっと学校みたいだと思った。
でも――
ここは学校じゃない。
人の生活があって、
人の体があって、
人を支える場所だ。
ママは魚を一口食べて言った。
「いつかね、アイみたいに看護師ギルダーを取れたら、
もっとできることが増えるの」
「もう十分やってるけどね」
アイさんは、そう言って箸を置く。
「でも、目指すって大事よ」
その言葉を、わたしは、ちゃんと聞いた。
休憩は短い。
でも、確かに――
良い見学の時間だった。
「行こっか」
ママが立ち上がる。
わたしは「ご馳走様でした」と小さく手を合わせてから、席を立った。
午後の病棟は、午前よりも少し騒がしかった。
面会に来た親御さんの声。
元気が余っている患者さんの笑い声が、廊下に響いている。
ママとアイさんは、午後の巡回に向かった。
その途中で、ユイはふと、尿意を感じた。
「ママ。ユイ、トイレ行ってくる」
「いってらっしゃい」
ユイは進行方向を変えて、トイレへ向かう。
中に入ると、ひんやりした空気と一緒に、
啜り泣くような声が聞こえてきた。
一番端の、個室から。
用を済ませて、手を洗っていると――
その声が、だんだん変わっていく。
喉を押さえるみたいな、苦しそうな音。
――どうしたのかな。
――大丈夫かな。
気になったけれど、ユイはタオルで手を拭き、
いったん廊下に出た。
――見学だし。
――ママもいないし。
そう思って、数歩、歩いた。
でも。
――やっぱり。
ユイは、引き返した。
* * *
――気持ち悪い。
メイは、トイレの個室で便座に座ったまま、膝を抱えていた。
大部屋では、泣けなかった。
カーテン一枚しかなくて、
隣のベッドでは、男の子がずっとテレビを見ている。
今日、先生に言われた。
「退院は……順調でも、早くて一か月後くらいかな」
一か月。
まだ、そんなにここにいるの?
川崎病。
息が苦しいわけじゃない。
熱も下がってきている。
それでも、点滴は続くし、帰れない。
泣きたかった。
でも、大部屋だから、泣けなくて。
それで、トイレに来た。
……そしたら、気持ち悪くなった。
「……うっ」
口を押さえる。
吐くほどじゃない。
でも、目の前が、少し白くなる。
――誰か。
鍵を外して、扉を開ける。
立ち上がった瞬間、さらに気持ち悪くなった。
足に力が入らない。
そのまま、しゃがみ込む。
そのとき。
「だいじょうぶ?」
横から、声がした。
* * *
ユイがトイレに戻った瞬間、
ズルズル、という音が聞こえた。
奥の個室が、開いている。
――さっきの。
駆け寄ると、女の子が床にしゃがみ込んでいた。
「大丈夫?」
女の子は、小さくうなずく。
「看護師さん、呼ぶ?」
そう聞くと、すぐに首を振った。
「……いや」
声は小さいけど、はっきりしていた。
「そっか」
ユイは、少し迷った。
――呼んだほうが、絶対いい。
――でも、この子は、いやだって。
ユイは、しゃがみ込んで、女の子と目の高さを合わせた。
「じゃあ、ここで少し、休も」
女の子は、視線を床に落としたまま、うなずいた。
「いまからね」
ユイは、自分の足元を見て言う。
「一回だけ、動くよ」
「……うごく?」
「うん。部屋、戻ろ」
女の子の指が、膝の服を、ぎゅっとつかむ。
「立つときはね」
ユイは、ほんの少しだけ、声を明るくした。
「“せーの”って言うと、楽なんだって」
「……ほんと?」
「ママが、そうしてる」
ついさっき見た光景だった。
ユイは、女の子の前に立ち、肩をそっと差し出す。
「つかまって」
女の子は、少し迷ってから、手を置いた。
ユイも、腰の下に、そっと腕を回す。
「いくよ」
二人で、息を合わせる。
「せーの」
ゆっくり、立つ。
ふらっと、体が揺れた。
ユイは、動かなかった。
「だいじょうぶ」
「……ありがとう」
「うん」
歩くのは、とてもゆっくり。
白い廊下が、いつもより広く感じる。
「わたし、メイ」
途中で、女の子が言った。
「ユイ」
「……ユイちゃん」
呼ばれて、ユイは少し照れた。
大部屋の前で、メイは小さく息を吐く。
「ここで、だいじょうぶ」
「ほんと?」
「うん」
ベッドの横まで見届け、ユイは一歩、下がった。
「ありがとう」
メイは、もう一度言った。
その目は、さっきより、少しだけ明るかった。
ユイは、何も言わずに、うなずいた。
病室を出て、廊下を少し進んだところで、
ママとアイさんが、向こう側の病室から出てきた。
「おかえり、ユイ」
「うん」
ユイはうなずいた。
言おうか、少し迷った。
トイレで会ったこと。
メイという女の子のこと。
でも、どう話せばいいのか、わからなかった。
「どうしたの?」
ママが、ユイの顔をのぞきこむ。
「……なんでもない」
そう答えると、ママは、それ以上は聞かなかった。
「こんにちは。午後の巡回に来たよ」
午前と同じように、ママとアイさんについて病室を回る。
その中に、メイのいる病室もあった。
――そっか。
わたし、朝、ここに来てたんだ。
三十人以上いる患者さんのひとり。
緊張していて、顔をちゃんと見ていなかったのかもしれない。
「メイちゃん、入るよー」
ママが声をかけて、カーテンを少し開ける。
アイさんが、バイタルの測定を始めた。
ふと、メイと目が合った。
ユイは、小さく会釈して、そっと笑った。
ママとアイさんが、隣のベッドへ移動したあと。
ユイは、声をひそめて話しかける。
「……落ち着いた?」
「うん」
「そっか。よかった」
それだけで、十分だった。
夕方。
仕事を終え、着替えを済ませて、ママと一緒に病院を出る。
外の空気は、少しぬるくて、
昼とはちがう匂いがした。
「今日は、どうだった?」
自転車にまたがりながら、ママが聞く。
「……緊張した」
「え?」
「思ったより、ずっと」
ママは、少しだけ笑った。
ペダルをこぎ出すと、
夕焼けが、病院の白い壁をオレンジ色に染めていた。
ユイは、トイレでのことを思い出す。
“せーの”って言ったこと。
肩を貸したときの、体の重さ。
あれで、よかったのかな。
「ねえ、ママ」
「なに?」
「ママはさ……」
言葉を探して、少し間があく。
「どうして、介護の仕事を選んだの?」
ママは、すぐには答えなかった。
「そうね」
少し前を見ながら、言う。
「ママのおおばあちゃん。
ユイの、ひいばあちゃんが、介護士だったの」
自転車の影が、道に長く伸びる。
「ママもね。
小さい頃、仕事を見学したことがあるの」
「……今日みたいに?」
「そう」
ママは、ゆっくり続ける。
「ばあちゃんが好きだった。
一番そばにいてくれた人だったから」
風が、頬をなでた。
「支える側になることでね、
支えてもらった分を、
ほんの少し、返せた気がしたの」
ユイは、ペダルを踏む力を、少し強くする。
今日のことは、
感想文には、うまく書けないかもしれない。
でも。
肩に残る感触と、
小さな「ありがとう」の声は、きっと、忘れない。
最初の物語へ
ジュニア冒険者ユイと魚の養殖
https://ncode.syosetu.com/n1969lr/
次の物語へ
ジュニア冒険者 ユイと恐怖の封筒
https://ncode.syosetu.com/n3000lr/




