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元英雄は今、門番として  作者: 糸音


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擬態悪魔(シェイプシフター)

 

擬態悪魔(シェイプシフター)……なんだそりゃ」


 知らない者もいるらしく、一部の衛兵は口を手で覆いながらもけげんな表情を示した。そんなものが多いのか、7割ほどの衛兵は顔を見合わせ、ざわざわとどよめき声をあげた。

 皆に向けて、フリードは淡々と説明を始める。


「様々な姿の生物に擬態できる。魔物だ。擬態の際には、その生物の皮を剝ぎ、それをかぶる。肉体の大きさは擬態先の皮のサイズだ。殺した生物の知能や能力を引き継ぎ、新たな宿主への擬態を繰り返して進化していく」

「どんな姿の生き物にも化けられる魔物ってことでしょうか」

「その認識で問題ない」


 あまりに残酷な擬態の方法だ。その場にいる者が気持ち悪がるのも無理はない。

 尋ねるエルノスも、湧き出る吐き気を手で押さえながら、その残骸を見つめている。

 可能ならば目をそむけたくなるような光景ではあるが、今後こういう魔物が表れないとは限らない。事例を知っておくために、可能な限り知識として納めておくべきだろう。

 だが、向上心とは別に、その凄惨な残骸から不思議と目が離せずにいた。


 なぜだろう。気になる、というよりは引っかかるのは。


 エルノスがその感情の正体を探っていたところ、答えを示したのはフリードだった。


「これは擬態悪魔が身に着けていたと思われるものだ」


 顔を隠せるすすけたフード。


 それを目にしたとき、自分の中に渦巻いていた予感が確信に変わり、エルノスの顔は見る見るうちに青ざめた。


「あの女の……」

「心当たりがあるのか」


 自分が逃した、怪しい女の衣服。

 エルノスの反応で、何人かの衛兵がつられてわなわなと肩を震わせ始めた。周囲の圧に負けて、女を通すよう勧めてきた者たちだ。

 エルノスから逃げるように目を伏せた衛兵たちを一瞥してからヴィヴィアナは問う。


「……自分が検閲しました。危険物などの持ち込みはなかったのですが、不審な点はありました。隊長たちが来るまで待機させるつもりでしたが、直後に魔物の暴走が起こり——」

「どんな点を不審に感じた?」

「行商目的にしては商材が少なかったことと、それと……税を支払う際、袋で出してきました。……どういった意図でそうしたかはわかりませんが」

「おそらく、擬態直後だったのだろう」


 フリードが割って入り解説する。


「擬態悪魔は、擬態の直後は皮の定着が甘いから、下手に触られると皮がずれる。触れられて正体がばれることを嫌ったのだろう」

「……!」


 フリードの説明にエルノスは絶句した。

 防げた侵入だった。その後のアクシデントがあったとはいえ、手の空いた衛兵に頼んで、混乱の最中見張ってもらうことはできたはずだ。

 もちろん、アクシデントに対応するので手いっぱいだった。が、おそらく目の前の男ならそうしたし、そもそもその場で気付いたのだろう。


 自分の人為的ミスだ。


 将来への展望が立った喜びと、その恩に報いたい一心のあまり、浮かれてしまっていた。ヴィヴィアナから現場を任せられるか問われるときに、自分の力量じゃなく、気持ちを優先してしまっていた。

 普段仕事をこなしているとはいえ、混雑は初めての経験だった。経験豊富なものの側で学ばせてもらう立場だったはずだ。


「俺は……、どのように責任を取ればいいでしょうか」


 なんとか絞り出した声は、聴いた人間が気の毒のあまり目をそらすほど弱弱しかった。

 都市の安全が、揺らいでいる。それを守る仕事だったのに。


 自責の念で拳を震わせながら俯くエルノスに、フリードは続けた。


「他には?」

「……え?」


 自分の問いを完全に無視し、いつもと同じ起伏の無い声で尋ねられ、エルノスは思わず顔を上げた。

 なんで自分を責めないのか。あなたの期待を裏切ったのに。


 そう問いたげな表情のエルノスに、フリードは言った。


「もっと情報が欲しい。詳細なやり取り、魔物が暴れる前後の流れ。何でもいい。可能な限り詳細に話せ」

「いや! 俺のせいで魔物が都市に侵入したんですよ?! その責任を取らないわけには——」

「取りたければ好きにしろ。だが、事件を解決した後でだ。そんな無駄なことに割く時間はない。そもそも——」


 言葉を区切り、周囲を一瞥してからフリードは続けた。


「お前がクビなら、衛兵隊に俺以外の人間がいなくなる」


 その発言に周囲の衛兵たちがぎくりと表情を歪めた。

 その様子にヴィヴィアナが吹き出しそうになるが、何かに気付いたヴィヴィアナが怪訝な顔で尋ねる。


「もしかして、私も含まれてる?」

「ああ」

「おいてめえ」


 鉄仮面を叩かれ鈍い音が響くも、当の本人は気にしてもない。


「貴様らの勤務態度には毎日うんざりしているが、一番若手に責任を押し付けて傍観決め込むような腑抜けではないだろう。有事の際ぐらい責務を果たしてみろ」

「うるせえ! あんたに言われるまでもねえんだよそんなこと‼」


 一人の衛兵の怒声を皮切りに、周囲の衛兵たちも事件解決に向けて気合を入れ始めた。

 誰一人として自分を責めず、ただただ目の前の事件の解決に意気込む様子に、ふと涙がこみあげてくる。


 皆の様子を見てヴィヴィアナが満足そうに笑ってから、改まった様子で皆に号令をかけた。


「擬態悪魔討伐まで門は完全封鎖だ‼ 門の警護と都市の捜索で部隊を分ける‼ 私たちの街を、余所者の魔物なんかに荒らさせるんじゃないよ‼」



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