悪い予感
「怪我は大丈夫か」
深夜、ようやく列を捌き終えたのか、宿舎の方に衛兵たちが続々と集まっていた。
明日もあの混雑が予想される為、へとへとになった衛兵たちは、体を拭いた後はすぐさま眠りについていた。者によっては早朝からの勤務の為、休息は大事だ。
そんな中、一番忙しかったであろうヴィヴィアナとフリードが、医務室の方に顔を出していた。流石の激務にいつも明るいヴィヴィアナの顔にも疲れが見えていた。フリードの方は鉄仮面のせいで分からないが。
「すまないな。入隊して一番間もないお前に現場を任せてしまって」
現場をエルノスに押し付けてしまったことに責任を感じているらしい。頭を下げたヴィヴィアナに、エルノスは顔を明るくして手を振った。
「いえ、それ自体は何も。任せてもらえたことは嬉しいです。……ただ」
表情を曇らせたエルノスに、「何かあったか」とヴィヴィアナが問い直す。
「ただ、なんというか、ショックだったというか……」
何がショックだったかというと、色々だ。
ある程度は分かってたとはいえ、魔物に手も足も出なかったこと。
自分の転職希望のリーダーに軽んじられたこと。
向こうの勝手な言い分に従うしかなく、黙ってみていることしかできなかったこと。
別に良い人だと思っていたわけじゃない。向こうは自分を知っていたようだが、エルノスは直接対面したわけじゃない。面接の様子を陰ながら見ていたのだろう。知らない人物に期待も何もない。
だが、それでも、自分の勤め希望先の主が、利己的な理由で、仮にも公的組織の衛兵に勝手を通すとは思っていなかった。稼いでいる分、力を持つ分、仕事や自分の立場に責任を持っているものだと思っていた。
だが現実は違った。勝手な男だった。
そんな男に何も言えずに、門を開けた。
いずれは離れるつもりの職場だが、気に入っていないわけではない。夜勤はきついし、トラブルも多いが、少なくない給金を貰っている以上は責任を果たすつもりだし、何よりも——
(怪しい奴を通してしまったな……)
門番という仕事に、誇りはある。
邪神討伐後、秩序が安定しない世界で、都市の中の安全を守っているという自覚がある。フリードにそう教わった。皆の安全を築く仕事なのだと。
己の非力さからくる劣等感、下に見られた屈辱感、職務を全うできなかった罪悪感。
これほど大きく、黒く渦巻いた感情を「ショック」の一言でなんて到底表しきれないのだが、
「すいません、気持ちの整理がつかなくて……、今は、そうとしか言えないです……」
肉体的にも精神的にも、その気持ちを素直に吐露できるような状態ではなかったし、かといって悔しさを顕にできるほど青いわけではない。
ただ疲れたように呟いたエルノスに、「今日は寝ろ」とフリードが言った。
「明日がある。今は休め」
そう言い残してフリードは医務室を去っていった。
言葉の少ないフリードに呆れた息を吐いてから、ヴィヴィアナも「足痛くても検閲は手伝えるだろ?」と笑って言い残していった。
二人が消え後、次を期待してくれる言葉がじんわりと心にしみて、不意に涙が滲んできた。
少しだけ滲んだ涙を強く呑み込んで、エルノスは布団にくるまって眠りについた。
切り替えだ切り替え。仕事はまだ終わってない。
過ぎたことを引きずるよりも、明日、もっといい仕事をしなければ。
決意しながらも気がかりなのは、あの怪しい女のことだ。
(何もなければいいが……)
隊全体には念のため共有してある。
不安に思いながらも、気になって寝不足になっては足を引っ張るだけなので、懸念を振り払って、とりあえず眠りについた。
だが、こういう時の悪い予感というものは、決まって当たるものだった。
翌日、日も登りきらない時間帯に集合の要請がかかり、衛兵隊の宿舎に向かった。
隊のほぼ全員が既にいた。中心にいたのはヴィヴィアナとフリードだ。
二人の足元を、周囲を囲んでいた衛兵たちは顔色を悪くして見つめており、あるものは耐え切れずに吐きに向かった。
「あの、一体何が……う?!」
「昨日深夜、巡回をしていた時に見つけた」
フリードの足元に転がっていたのは、人の皮。
人の表皮を丸ごとはいで、着ぐるみのようにした物体が、そこには存在していた。
「魔物に潜入された。擬態悪魔だ」




