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元英雄は今、門番として  作者: 糸音


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狩猟ギルド リーダー ヴェイン

 列の後方で人や荷馬車が宙を舞い、轟音と共に木箱や荷馬車が破壊されていく。


「商品の魔物が暴れだしたんだ‼ 誰か止めてくれ‼」


 ああくそ、なんだってこんな日に限って。

 魔物を討伐したは良いが、適切な締めの処理を行っていないと、回復力の高い魔物は目覚めて活動を再開する場合がある。

 恐らくその処理を怠ったのだろう。死んだと思って荷馬車に積んでいた魔物がまだ生きており、それが暴れだしたわけだ。


「ワイルドボアの子どもか!」


 大きさは全長3mほど。大きく肥大化した肉体と、焦げ茶色の剛毛、鋭く上向きに伸びた牙が特徴のイノシシ型の魔物だ。肉は食用に、毛皮は衣服や防具に重宝されるが、とにかく獰猛で力が強く、成体は体当たりだけで石垣を破壊することもある危険な魔物だ。


 エルノスが駆け寄ると、すでに襲われて血を流し倒れている人々が大勢いて、現場は悲惨な状態だった。


「隊長に応援要請‼ 門の中へ避難させてください!」

「でもまだ検閲が——」

「人命優先でしょうが‼ 早く‼」


 先輩の衛兵に対し思わず口調が荒くなるも、それを気にする余裕はエルノスにも他の衛兵にもない。

 エルノスが剣を抜き、ワイルドボアの意識を引き付けている隙に、他の衛兵たちがケガ人たちを逃がし、門へと誘導しようとする。


 震える手と鼓動を早める心臓。目の前の生物はまともにやりあって叶う相手じゃない。

 自分へとむけられる先のとがった牙、興奮を抑えきれず漏れる殺意をはらんだ吐息。

 目の前の魔物からはなたれる一挙一動が死を予感させる。


 意識を門から遠ざけようと、その反対側にじりじりと回り込んでいたところで、しびれを切らしたワイルドボアが、エルノスに向かって突進してきた。


 受けちゃだめだ。大きく横に飛んで躱せ。


 その巨体からは想像できない、凄まじい速さで繰り出された突進に、エルノスは多く横に飛び、攻撃から逃れようとするも、


「——え」


 足先がその巨体の端にかすり、エルノスの体はきりもみ状に上空へ打ち上げられ5mほどの高さから、無防備な体勢で地面にたたきつけられた。


「——があっ‼」


 衝撃。遅れてやってくる激痛に悲鳴を上げてしまった。

 かすっただけで、この威力。


 何とか体を起こそうと腕の力で体を起こすも、肝心の足がやられては次の攻撃はかわせない。

 無防備なエルノスに、追撃を加えようとワイルドボアが駆け出したとき、


「失礼」

「——え」


 エルノスと魔物の間に割って入った白い影が、腰に携えていた剣を一閃させ、瞬く間にワイルドボアの首を跳ね飛ばした。

 そして続けざまにワイルドボアの側面に回り、剣の柄の部分でワイルドボアの巨体を小突き、突進のルートをずらす。


 首を失った胴体が突進の勢いのままにエルノスの横に転がり、一瞬の静寂の後、周りから震えるような歓声が上がった。



「大丈夫かい、怪我は?」


 差し伸べられた手に、「ありがとうございます」と手を伸ばすも、その相手を見てエルノスは目を見開いた。


「【迅影狩猟会】のヴェインさん?!」


 短く切りそろえられた銀髪、細く切れ長の瞳にシュッと整った顔立ちの青年。この時代ではまだ貴重な白の絹の軍服に身を包んだ白マントのこの人物は、エルノスが転職を希望している狩猟ギルドのリーダー、【迅影のヴェイン】と名の通っている男だった。


「流石、【証持ち】は違うねえ!」


 証持ち。邪神の出現以来現れるようになった、超常的な力を持つ人間のことだ。

 普通の人間を遥かに上回る身体能力を生まれながらにして備えていて、一部の人間は炎を操る、手をかざすと怪我の治癒をできるなどの特殊能力を持っているらしい。


 目の前の男も体つきはエルノスよりも細身だが、エルノスが手も足も出なかった魔物を汗一つかかずに討伐してみせた。

 エルノスはヴェインに引き上げられる形で身を起こした。勢いのあまり体が前に倒れ掛かり、「すまない。勢いが強すぎた」と謝られる。


「おい! 騒ぎが収まったってのに通れないんだ?! 早く門を空けろ‼」


 エルノスのもとに、衛兵が一人やってきて肩を貸すと、門の方でまた何やら騒ぎが起こっているみたいだった。


「今のどさくさに紛れて中に入った奴がいるんですって! 対応を協議するまで門は封鎖します!」


 どうやら検閲が再開しないことに苛立っている者がいるらしい。様子を伺いに戻ると、声を荒げていたのは、さきほど検閲を急かしてきた貴族と思われる男だった。


「エルノス、どうしよう。開けたほうが良いかな?」


 そんな困った顔をされても、この中で一番若手は俺なんですけど。

 圧に押し負けて、責任をこちらに押し付けてくる先輩衛兵に呆れながらも、エルノスは冷静に辺りを見渡した。


「あの顔を隠した女はどこに行った?」


 エルノスの問いに、衛兵たちも周囲を見渡した後、「さあ?」と首を傾げた。

 さきほどのどさくさに紛れて中へ入ってしまったのだろう。避難先に門を通させたのは自分だが、怪しいものを野放しにしたくはない。


 許可証なしで通ったものもいる以上、都市の見回りに人員を割かないとならないし、検閲を再開すれば中に人口が流れる以上、捜査は難航するだろう。


 何より、自分だってまだ新兵だ。異常時に指示を出せる立場ではない。できることは現状維持。良くも悪くも状況を動かさないことだ。


「隊長の判断を待ちましょう。中に入った者の確認を取れるまでは——」

「ごめん衛兵君。検閲を再開してくれるかな?」


 皆の前に見えるように立ちながら交渉してきたのはヴェインだ。


「ここにいる皆、僕が仕留めたドラゴンを目当てに集まってくれた、言わば僕のお客さんなんだよ。ギルドリーダーとしては、クライアントの気持ちを優先させてあげたくてさ」


 ヴェインの背後では、その意見に乗っかるように、「そうだそうだ」「早く再開しろ」とヤジが飛んでいた。

 声の圧に衛兵たちが苦い顔をするが、エルノスはそれでも食い下がった。


「ダメです。今の混乱で、犯罪者が中に侵入したかもしれないんです」

「急いでいるんだよ。有事の際の責任は僕が持つからさ」

「急いでいるのは承知ですが、責任者の判断を待たないと——」


 立場を出したのに食い下がられるとは思っていなかったのか、ヴェインは不快そうに眉をひそめた後、エルノスにしか聞こえない距離まで近づき、彼にだけに聞こえる大きさで呟いた。


「君、半年ぐらい前、事務の面接を受けに来たよね?」


 覚えられていたことに驚き、エルノスは声を詰まらせた。

 その様子を見て、優しい笑みを浮かべたヴェインが続ける。


「うまく立ち回れる子を、僕は評価するよ」

「……」


 エルノスは呆然としたまま、優しく笑う狩猟ギルドのリーダーの顔を見つめていた。

 心を空っぽにされた気分だった。予想だにしない迅撃つから放たれた。予想だにしない言葉は、今の自分には衝撃だった。


 何も言えなくなったエルノスに「その人に逆らうのはまずいって!」と先輩衛兵が身を引かせた。そのアクションとものを言わなくなったエルノスを見て、ヴェインは肯定の意と判断したようだ。


「お待たせしました! 検閲の再開ですよ!」


 ヴェインが大きな声で後ろの者たちに呼びかけると、わっと大きな歓声が上がった。


「……【証持ち】に逆らわないほうが良いぜ。結局、今権力を持っているのはああいうやつなんだから」


 エルノスは肩を担がれ、そのまま衛兵隊の宿舎にある医務室の方へと運ばれていった。


 結局、怪我が落ち着くまでは安静にすることになり、もやもやと複雑に渦巻く気持ちを抱えながら、一日を過ごすこととなった。


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