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元英雄は今、門番として  作者: 糸音


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門の賑わいとトラブルと

 

『ハルトヴァルグ』に赤竜の仕入れがあった。

 その情報は近隣の町村や周辺諸国にまで流されて、1週間過ぎた頃、通常の何倍もの行商人や貴族たちがハルトヴァルグにやってきた。


 お目当てはもちろん赤竜の素材。も、あるのだが、それを目当てに人が集まるということは、他の商人たちにもチャンスとなるわけなので、


「用件は?」

「商売です」


 様々な所から集まる人々をタイミングを計って、商売をする者も集まるということだ。


「うへえ、これ全部捌くのかよ……」


 ドラゴンの競りは3日後に開始だというのに、既に門の前には大勢の人々や、貴族やギルドの荷馬車で長蛇の列ができている。その長さ凡そ3000mほど。城壁の上から見張りをしている衛兵によると、現在進行形で列は長くなっているらしい。


 税を取るだけでも大変なのだが、危険物などの持ち込みの確認、持ち込まれてくる商品の検品。横入りなどで発生する揉め事の対応など、やるべきことを上げだしたらキリがない。


 これほど人が多いと、小遣い稼ぎをする余裕がないほど忙しい。


「危険物、取り扱い禁止物なし。通せ」

「了解。こちら滞在許可証となります」


 検閲をする衛兵たちの中で、ひときわ手際が良いのは日ごろから真面目に勤務に取り組むフリードとエルノスの二人だ。


「お、エルノス。ずいぶんと手際が良くなったな」


 その働きぶりを見ていたヴィヴィアナがねぎらうと、「先輩の指導のたまものです」と返す。

「その様子だとフリードがついてなくても大丈夫そうだな」と笑うヴィヴィアナに、何かを察したフリードが近づいてきた。


「北門でトラブルでもあったのか」

「トラブルというか……純粋に列をさばくのが遅いというか……」

「普段適当に働かせているからそうなる。俺は手伝わんぞ」

「そこを何とか頼むよ~。あいつらにはきつく指導しとくからさ~」


 あからさまに嫌そうにフリードは舌打ちをすると、エルノスに向かい直り、


「任せていいか」


 と尋ねた。

 その言葉に、一瞬目を丸くするも、「はい」と鋭く敬礼し、背筋を伸ばす。

 務めてまだ半年。この混雑をフリード抜きで対応するのは不安もあるが、任せてもらえることは嬉しかったし、その期待にこたえたいという思いもある。


 その様子を見てフリードは小さく頷いてから、ヴィヴィアナを引き連れて、検閲が行き詰っているという北門方面へと向かっていった。


「……よし」


 パン、と顔をはたき、気合を入れなおす。

 エルノスが現場に戻ると、衛兵たちが安心したように、安堵の息を吐いた。どうやらフリードと一緒に移動すると思っていたらしい。

 頼りにされるのは良いが、自分より長く勤めている先輩としてはどうなんだという思いもある。


「俺は荷物の検閲に入ります。手続き関係は任せていいですか」


 先輩の衛兵に尋ねると、「助かる」と返された。大変な方の業務を請け負った形だ。

 検閲の方は荷物様々な商材についての知識がないと成り立たない。フリードに日ごろから知識を叩きこまれている分、自分の方が上手くできると思っていたし、フリード以外の先輩衛兵を、日ごろの勤務態度からあまり信用していない。


 実際にエルノスが検閲に入ってから、その衛兵たちの業務効率は飛躍的に上がった。フリードがいなくなった分、列をさばくペースは目に見えて落ちたが、それでも許容範囲内のスピードだった。


(よし、このままいけば何も起こらずに済みそうだ)


 特に滞りなく業務が進み、フリードにいい報告ができそうだと安堵の息を吐いてから額の汗をぬぐった。

 少し列の様子を伺ったとき、衛兵の一人が何やら困った顔をしていた。

 その衛兵はエルノスの顔を見つけると、助かったと言いたげな表情でエルノスを手招きしてきた。


「ちょっと手伝ってくれ。困った奴がきてな……」


 衛兵が対応している相手に聞かれないよう、口元を隠して耳打ちした。

 目の前にいるのは、フードを深くかぶりこんだ、やや細身の女性だった。


「用件は?」


 エルノスが尋ねると、女性はほんの少しだけ指を動かして、荷車に積まれた積み荷を指さした。


「……商売か?」


 エルノスの問いに、小さく女性は頷いた。


「荷物の方は調べましたか?」

「ああ。特に問題はなかったぞ。んだけどさ……」


 女性から少し離れ、エルノスたちは聞かれない声で会話をする。


「なんか、怪しくね?」


 なんか怪しい、と直感で話を持ち込まれても困るのだが、怪しいのは同感だ。

 商売、と言っているものの、それにしては荷物が少ない。

 安くはない金額の入都税を取られる為、外からやってくる商人はある程度の日数滞在のつもりで大荷物を運んでくるため、基本的には馬車でくる。

 商売道具として持ってきたのは紅茶の茶葉だった。質はそれなりに良かったので、ある程度の価格で売れるだろうが、量が少ない。


「何日滞在の予定だ?」

 エルノスが問うと、少し間を空けてから女性は5本指を立てた。


「……」


 滞在期間よりも、返答に少し間が開いたことが気になった。商売に来ているのに計画を立ててこなかったのか。


「5日なら銀貨2枚だ」

「……」


 金はあるらしく、しっかりと重さの感じられる麻袋を、エルノスに手渡してきた。袋の底をもって受け取り、中を見ると銀貨30枚程度は入っていた。


「おい! 早くしろ! いつまで待たせるんだ?!」


 女性の後ろで待つ者たちが苛立った様子で叫んできた。大量の荷馬車を控えさせており、来ている服なども高価なものであるから、一定以上の既得権益者なのだろう。


「おい、問題ないなら通していいよな?」


 その大きな声に負け、自分を頼ってきた衛兵が、通すように促してきた。

 何か問題があるわけではない、言葉を発しない態度、目的と荷物の量の違いなど、思うところはあるが、何の核心に繋げるには足りない。


 先輩ならどうするだろうか。


 そう考えたとき、エルノスは配属したてのときにフリードから言われたことを思い出した。


 少しでも怪しいと思ったら通すな。安全の【確保】が最優先だ。


 そうだ。初心を忘れるな。

 怪しい者を通さないのが今の自分の仕事。誤解であったのなら、自分が怒られればよい話だ。


「すいません、隊長かフリード先輩を呼んでもらえると——」


 応援を頼もうとしたところで、列の後方から悲鳴が上がり、列を作っていた者たちが混乱で一気に散り散りになった。


「拘束していた魔物が暴れだしたぞーー‼」


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