部下 エルノス
「——用件は?」
翌日、フリードはいつものように関所で仕事に励んでいた。
「宿泊だ。いい宿を知っていたら教えてくれ」
「旅の者か」
「ああ。できれば安くて人気のない宿が良い。喧騒が苦手なもんでね」
口周りに大きなひげを携えた、しゃがれた声の男だった。
少し肌白く、中背体系の高年男性。
長い距離を歩いて来たのか長袖の服や靴は土まみれで、歩き疲れたのかステッキに体重を乗せ、やや前かがみになるような形で歩いている。パッと見た限りでは街と街を放浪する老人だ。
既に日が沈みかかっていて、空がほんのりと暗くなっている。
次の街まで馬車を使っても半日はかかる為。旅の者なら宿を探す時間帯だった。
「10日以内で銀貨2枚。以降は10日刻みで銀貨3枚」
「ほら」
「6番通り裏手にある宿を使うといい。寝れるだけのボロ宿だが条件にはあっている」
「そうか、ありがとう。あんた良い衛兵だな」
銀貨を2枚受け取り、持ち物に危険物がないか調べてから、10日間の滞在許可証に日付を記入して渡す。
街の中へ入っていく老人を見送ってから。
「あの男、調べろ」
「あの白髪のじいさん?」
その様子を遠目で眺めていたヴィヴィアナに申告する。
業務に戻ろうとするフリードに「確かに何となく怪しかったけど、根拠は?」と問いかけた。
「5日前に隣町で殺人を起こし、指名手配されていた男がいただろう。おそらくそいつだ」
「手配書の特徴と大分違うがな。小柄で白髪、やや褐色気味の肌で唇左下にほくろだろ? 髪色しか特徴あってないけど」
「身長は靴底に何か仕込んでいるのだろう。前かがみになるのは背丈をごまかすためのフェイク。不自然にしゃがれた声質は香辛料、肌の色は化粧だ。奴の顔の周辺から化粧に使う土、そして唐辛子の香りがした。髪は手入れがされず痛んでいた割に口周りのひげはやたらと小奇麗だったから付け髭だ。ひげの奥は汗をかいて、奥に見える肌の化粧が少し取れかかり、ほくろのようなものが滲んでいた。最後に無理やり褒めたのも懐疑心を紛らわすための小細工。それから——」
「あー、わかったわかった。……あの短い間で、よく見てるよお前」
そこまで説明しろとは言っていない。
永久に続きそうな解説をヴィヴィアナはあきれ顔で遮った。
「さっさと捕まえてこい」
「念のため言っておくけど、同期とはいえ一応上司だからね?」
「誰のおかげでスピード出世できていると思っている」
「行ってきまーす」
既に男の姿は見えなくなっていたが、行き先を誘導していたので問題はない。
ヴィヴィアナはフリードの誘導通り、6番通りの裏手にあるボロ宿へと向かっていった。
そんなやり取りをしている中、対面にも設けられている関所では、金色の髪を短く揃えた、年若い衛兵が行商人たちとやり取りをしていた。
「用件を」
「行商だ。半月滞在」
「20名分で銀貨100枚です」
20名ほどで構成された中規模の行商団だった。代表と思われる男が若い衛兵に近づき、銀貨を60枚手渡した。
「足りませんが」
「足りるようにできるだろう。端数はほら、好きにしていただいて——」
「10日以内で銀貨2枚。以降は10日刻みで銀貨3枚。15日滞在なら20名分で100枚です。払えないなら通せませんが」
猫なで声でごまをすってくる代表者に淡々と告げると、急に態度を変えた男は「出世できねえぞ、小僧」と言い捨て、乱暴に銀貨袋を渡した。
怨嗟の視線を気にも留めず、回収した税金を肩に提げている回収鞄に入れた。
日中の関所前は、入都の手続きで大勢の人間が長蛇の列ができるが、日も沈みかける時間帯になると、人の数も陰りを見せ、手の空く時間が増えてくる。
仕事がひと段落し、若い衛兵が一息ついていたところで、
「エルノス、交代だ。休憩行ってこい!」
都の方から別の衛兵が現れ、若い衛兵に休憩所の方を親指で示した。
エルノスと呼ばれた衛兵は交代でやってきた男に「あざす」と軽い礼をする。
「はい、狼さんは上がりの時間ね。お勤めご苦労様です」
フリードの方にも、やや軽薄な印象の衛兵がやってきて交代を促してきた。
「俺はもう少し残る」
「ダメダメ。いつもそうやって勤務外でも働こうとするんだから。時間外労働をすれば、ブラックな職場だって悪評ついちゃうでしょ。仮にもあんたは小隊長。上司が休まないと部下が休めなくなるってね」
ほらいったいったと、もっともらしい正論を突きつけながら、手をシッシと払われ、フリードもその場を後にした。親切心からそうしているわけではなく、フリードがいると小遣い稼ぎができないからである。
呆れた息を吐き、帰路に着こうとするフリードに、
「先輩。良かったら少し話しませんか」
エルノスが駆け寄り、水筒とそれにつながれた干し肉を掲げてきた。




