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元英雄は今、門番として  作者: 糸音


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2/15

衛兵隊隊長 ヴィヴィアナ

 

「がっはっは‼ 儲けた儲けた‼」


 交易の街、『ハルトヴァルグ』。その中心部から外れた路地にある酒場で、勤務を終えた衛兵たちが豪快に笑いながら酒を飲んでいる。

 勤務地である関所から近く、味はほどほどだが、安価で酒と料理が楽しめ、店も広い。衛兵たちや一般市民たち御用達の店だ。


 木製のジョッキに、肴となる肉料理がずらりと並んだ円卓の中心に、ドサッと重みをもった麻袋が投げられた。

 その衝撃で袋の中から銀貨がこぼれ、その量に「すげえ!」と机を取り噛んでいた衛兵たちが歓声を上げる。


「銀貨50枚! 今日は引きが良かったな」

「大手ギルドの団体がやってきてな。いい仕事をしたぜ! ガハハハ!」


 その麻袋の主である筋骨隆々の大男が下品な声で笑うと、それに同調するように周囲の男たちも笑い声をあげる。


「……いい仕事か」


 広い店内に響き渡る賑やかな喧騒。

 小さく零れた嘲笑の呟きを、大男は聞き洩らさなかった。

 声の主へと振り向くと、そこにはカウンターの端の席で、安い定食を鉄仮面の下の隙間から食べる、衛兵の男がいた。


「なんだあフリード! 言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ⁉」


 楽し気な会話で賑わっていた酒場の空気が、怒声で引き裂かれ、一気に静まり返る。

 皆の視線が大男と、鉄仮面の衛兵——フリードに集まる中、腸詰を食べきってから、フリードは告げる。


「税関に虚偽の申請をし、汚銭を稼ぐ暮らしがずいぶんと気に入っているようだな」


 静かな語り口調だが、確かな侮蔑が滲んだ言葉を、目を合わせないまま吐き捨てる。

 仮面の向きが料理から変わらないのは、視線から逃げているわけではなく、周囲の視線に興味がないからだ。

 言うだけ言って相手としては取り合わない態度に、大男は立ち上がったが、取り待ちの者たちが反射的に取り押さえた。


 取り押さえられて冷静になったのか、男は椅子に座りなおし、勝ち誇った笑みを浮かべ、周囲に聞かせるような声でフリードへと話す。


「相変わらずお堅いなあ! この程度の小遣い稼ぎ、お前のとこ以外誰でもやってる! そんなんだから出世もできないし部下もつかないんじゃないのか?」


 小遣い稼ぎとは、都にやってきた行商人たちから税を徴収する際、期間などをごまかして申告することで、差額の金額をせしめる行為のことをさしている。


 例を挙げれば、10人の行商人が、10日以上滞在の予定で行商に現れたときだ。

 税の種類は様々だが、都に入る時に必要なのは【入都税】。10日以降の滞在で銀貨2枚。以降、10日単位で延長するごとに3枚の追加だ。15日滞在なら2+3に人数分(この場合は10人)で銀貨50枚だ。


 この時、衛兵に賄賂を渡し、滞在許可証の期間をずらして書いてもらう手口が衛兵たちの間で流行っていた。

 滞在期間が10日以内に収まるように、入都の日付をずらしてもらえば、行商人たちは普通に払うよりも安い金額で都に入れるわけだ。銀貨10枚程度を賄賂にすれば、行商人たちは銀貨20枚安くすむし、対応した衛兵は銀貨10枚をそのまま懐に納められる。


 もちろん違法だが、直接的に被害が表に現れるわけではないため、ほとんどの場合は黙認状態となっているのが現状である。


 大男が今回設けたのは銀貨50枚。衛兵のひと月分の稼ぎと同額なのだから、味を占めるものが増えるのも無理はない。


「適当な仕事をすることに対して異を唱えている」

「適当な仕事をして成り立つんだから、それだけ世の中が平和ってことでしょ~」


 嘲るような笑い声が店内に響くと、フリードは静かに席を立った。




 ()るのか。




 皿からこぼれた食事や銀貨で散らかった円卓に、フリードが静かに歩み寄る。

 酒場が一触即発の空気に包まれ、見守る全員が息をのんだ時だった。




「なんだなんだ辛気臭い雰囲気だなオイ! 諸君! 今日もお勤めご苦労‼ ナッハッハッハ‼」


 明るく豪快な声がその空気を吹き飛ばし、あまりの声量に酒場の全員が声と反対方向へのけぞった。


「ヴィ……ヴィヴィアナ隊長?! どうしてこんなところに?!」

「偶には部下たち御用達のお店で飲んでみようかと思ってなあ。おいおい、皆そうかしこまるな。楽しく食事を続けたまえよ」


 入り口のドアから現れたのは、ヴィヴィアナという女性。この都の衛兵隊を取り仕切るリーダー。簡単に言ってしまえば衛兵隊で一番偉い人材だ。


 陽光を浴びたような赤茶の髪を後ろでまとめた、高身長の女性。

 いざという時には肉体労働に従事しなければならないため、衛兵は基本的にガタイのいい男たちが多いのだが、細く引き締まった体は引けを取らない。

 まつ毛が長く、切れ長の深紅の瞳は知的で冷たい輝きを放っているが、彼女自身の表情が良く動くため、どちらかといえば明るい印象の女性だ。


 誰もが振り向く美貌を持ちながらも、おおらかな性格で人当たりが良い。そのため、老若男女問わず、市民からも部下からも愛される上司となっている。


 彼女が笑いながら入ってきたことで、店の空気が一気に明るくなった。


「隊長! ぜひこちらの席へ!」


 先ほどの大男が態度を切り替え、開いていた椅子を自分の隣に引き寄せた。

 ヴィヴィアナはその男の元へ歩み寄り、にこやかな笑みを浮かべながら肩を組み、


「この麻袋さっさとしまいな」


 卓の中央に置かれていた麻袋を胸に突きつけ男が思わず「ヴ」とえづいた。

 男にしか聞こえない声でヴィヴィアナが告げる。


「近くに知り合いしかいないとはいえ、グレーな行為を公の場でひけらかすんじゃないよ。人手不足の衛兵隊で、退職者を出させるつもりか?」


 血色の良い薄紅の唇が柔らかく微笑むも、肝心の目が笑っていない。

 肩を掴む手に一瞬だけ力を入れられ、大男は身を震わせながら、麻袋を自分のカバンの中に仕舞い込んだ。


 何を言われたか察し、自分にも覚えのある衛兵たちが、身を縮める。




「隣、良いかな?」


 人々の視線がヴィヴィアナに注がれる中、彼女が選んだのはフリードの隣だ。

 どうせ断っても座るので、フリードは返事をせず食事を続けた。彼の沈黙は基本的には了承の意だ。


「マスター! 麦酒と適当なつまみ幾つか持ってきて!」


 席に座るなり注文すると、一呼吸おいて、フリードの方へ向かいなおった。


「こんな掃き溜めに何の用だ」


 掃き溜め、という言葉に店主の顔が歪んだが、当の本人は気付いていない。「いい店だろうが」とヴィヴィアナがフォローを入れてから、真面目な眼差しで続けた。


「お前の見立て通り、やつら強盗団だったよ」


 ヴィヴィアナの報告に「そうか」と正面を向いたまま返答する。

 そんな鉄仮面の奥を覗き込むように顔を寄せてから、ヴィヴィアナは少し楽しそうな声色で問いかけた。


「ギルドの腕章は本物だった。その段階で近隣の農村から被害報告も上がっていなかったのに、よくあの段階で奴らが強盗団と見抜けたな。話を聞かせてもらおうか」


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