門に立つ理由
「悪いのか」
門番なんか、という言い方に障る部分はあったのだろう。
短く尋ね返され、エルノスは「すいません、悪く言うつもりはないんです」と慌てて訂正を入れる。
「ただ……他の4英雄は邪神討伐後に、自らを中心となって建国し、大きな地位を築き上げています。先輩はそういうことはしないんですか」
「人の上に立つことに興味はない」
「まあ、それは何となく……。でも、先輩ほどの力量の持ち主なら、もっと、稼げる仕事とかあるのではないかと思って。それこそ、狩猟ギルドのような」
衛兵隊の給与は決して悪くはないが、世界を救った英雄を引き留めておくにはあまりに安月給だろう。
それこそフリードほどの実力者なら、魔物を討伐し、その素材を売って生計を立てることも可能なはずなのだ。今とは比べ物にならないほど、巨万の富を得られるだろう。
そういった暮らしをせずに、なぜ門番という立場にこだわるのだろう。
隠していたことを深堀するのは気が引ける部分もあったが、配慮よりも興味が勝ってしまった。
自分を慕う部下の問いかけに、フリードは観念したように息を吐いてから、「前はしていた」と語りだした。
「門番になる前は、狩猟ギルドのまねごとをして生計を立てていた。故郷の村を養うために」
他人のとはいえ、金銭を稼ぐことに興味があったとは。
意外な一面を知り、目を丸くするエルノスにフリードは続ける。
「食うには困らないが貧しい村だった。邪神討伐後、村の者たちの生活を支えようと、俺は村を飛び出し、魔物の素材を売り、得たお金を村に送っていた」
「養うって言ってましたけど、邪神討伐で報酬金とか出なかったんですか」
「人間という種の存続の瀬戸際だ。そんなものを払う余裕はどこにもない。邪神討伐は4英雄で自主的にやったことだ」
確かに、功績の大きさを考えれば金額に起こせるものでもないだろうが、無報酬というのはあまりに酷ではないだろうか。
エルノスがそれはあんまりではと添えるも、「仕方がない」とフルードは割り切った様子だ。
「稼いだお金は、今もその村に?」
「いや。もう村は滅びた」
「……魔物ですか?」
邪神が消えた後も、邪神が残した魔物たちは世界に残り、新たな種として繁殖を続けている。討伐直後の世界は、国や大都市の機能の復興させているさなかであったため、小さな農村までは手が届かず、魔物の被害にあった話はよくあった。自分もその被害者の一人である。
そんな共感を覚えていたところ、フリードは「いや」と静かに首を振った。
「強盗に襲われた。人の手によって俺の村は滅びた」
「……それは」
衝撃の回答に、エルノスは言葉を失ってしまった。
あんまりだ。
思わずこぼしたエルノスに、「そうだな」と珍しく、少し弱弱しい声でフリードも頷いた。
人の英雄の故郷は、人の手によって滅ぼされた。
人類を救うために身も心も費やしたものへの結末としては、これはあまりに残酷じゃないのか。
話を聞いていたエルノスの内に、ふつふつと怒りがこみあげてくる。
それを察したフリードが、落ち着くよう肩に手を置きながら続きを語る。
「俺の稼ぎで村は潤った。だが、それを狙って、俺の留守に強盗に襲われた。遠出から帰ると、親しい人間はみな殺されていた。生き残りはいなかった。その時思い知った。この地にまだ『平和』は訪れていないのだと」
邪神を討伐し、災厄の元凶を発てば、自然と世界は良い方向に進むと思っていた。
明日を覆う脅威が去り、人類全体が明るい未来を進んでいける。平和な時代が始まったと思っていた。
だが、違った。邪神を討伐したことにより、荒れ地が更地に戻っただけだった。
そこにはまだ、何も築かれてはいなかった。安息も、平和も。これから生きる人間が、0から築き上げなければいけなかった。
世界は邪神のものでは無くなった。
だからといって、人間のものになったわけではない。
世界にはまだ多くの魔物が残っていたし、それから身を守る安全な都市もなければ、纏まるための秩序もない。人間という種を一括りで見れないほどに、世界は混乱していたし、皆違う方向を向いて生きていた。
「安全を築かねばならないと思った。住む者が毎日安心して暮らせる場所。まずはそんな場所を一つ」
「それで、門番ですか」
「ああ」
あの日、フリードが漏らした門を守る理由。それがようやく今理解できた。
世界は誰のものでもない。
だからこそ、自分たちの平和は自分たちで築き、維持しなければならない。
門番は外と内を守る境界線。それを守る仕事なのだ。
語り終えたのか、「しゃべりすぎた」とフリードは立ち上がった。
そんな背中に「先輩」とエルノスが語り掛ける。
「俺、ここより稼げる職場あったら、辞めるつもりですけど」
勢いのまま呼び止めてしまったのか、言いかけてエルノスが言葉に悩んだ。
一度落ち着いて思考を整理し、改まった顔つきになってから、続けた。
「俺も築きます。安全を。今も、衛兵辞めた後も、必ず」
「そうか」
鉄仮面で隠れて表情は分からない。だが、少しだけ漏れた嬉しそうな吐息で、自分の気持ちが伝わったことは何となくわかった。
「期待している」
そんな部下の気持ちに、フリードも珍しく形に表して返した。
不意打ち気味にかけられた言葉に、エルノスは胸がはずんだが、ビシッと鋭い敬礼をし、頭を下げる。
「今後ともご指導のほどよろしくお願いします。門番として」




