都市の捜索
城門を完全に閉鎖し、都市内の捜索が始まった。
翌日には赤竜の素材を目玉に大規模なバザーが始める予定だったが、一時中断し、擬態悪魔が捕まるまでは都市の往来が不可となる。
当然、外で待機していた行商人を中心とする来訪者たちは待ちぼうけを食らうわけだ。
門前では暴動が起きそうなほど、苛立った者たちが衛兵に詰め寄るが、衛兵たちは毅然として対応した。
「穏やかではありませんね。どういうことでしょうか?」
赤竜の所有者であるヴェインも、心中穏やかでない様子でヴィヴィアナに抗議に来た。
「この度のバザーは我がギルド【迅影狩猟会】が主催したものです。私たちに断りもなしに催しの延期など、公的組織とはいえ、あまりに勝手が過ぎるのでは?」
都市の中心部で捜索の指揮をとるヴィヴィアナに、声色は穏やかながらも、明らかに怒りをにじませた声で話しかけてきた。
そんなヴェインに、ヴィヴィアナは「ちょっと何言ってるかわかんないです」と嘲るように豪快に笑い声をあげた。
多少なり下手に出ると思っていたのか、明らかに出鼻をくじかれた表情になったヴェインに、ヴィヴィアナは冷ややかに続けた。
「沢山儲けて税金いくら払ってるか知りませんが、有事の際に都市の指揮権を持つのは衛兵隊。勝手も何もないでしょう。今後の都市の繁栄の為に、商売ではなく住民の安全を優先するのは当然のこと」
「しかし、外に待機している者には、周辺諸国の要人なども含まれておりましてね……、不当な扱いをすれば、都市の名声にも傷がつきますよ。あなた、責任とれるんですか?」
「地べたに寝かせとけばいいだろうがそんなもん」
途端に荒くなった口調に、ヴェインはギョッと目を見開いた。
いろいろと我慢の限界だったらしい。にっこりとした余所行きの笑みを崩して、怒りを顕にした冷徹な表情で、ヴェインへと畳みかけていく。
「名声と人命。天秤にかけたときに人命に傾くのは至極当然。あとお前、自分が責任とるからって、うちの衛兵隊の制止を振り切って、勝手に検閲再開させたらしいじゃねえか。そのせいで初動捜査が遅れての現状だろうが。責任、どうとってくれるんだ。まさか自分勝手ないちゃもんだけつけに来たってんじゃないよな?」
自分の発言でカウンターを食らい、ヴェインも「それは……」と引き下がる。
「……失礼しました。お詫びと言っては何ですが、私のギルドからも手伝いの者を——」
「魔物を狩ることしか能のない馬鹿はいらん。黙って巣の中に引きこもってろ」
明らかに見下した態度に、ヴェインが携えていた剣の柄に手をかけたが、ヴィヴィアナも「何だ?」と自分の剣に手をかけた。
「……いえ、この度は失礼いたしました」
軽く頭を下げ、ヴェインはその場を後にしていった。
そのやり取りを見て肝を冷やしていた部下たちが、一斉に安堵の息を吐いた。
「凄いな……あの狩猟ギルドのリーダーを相手にあの啖呵を切れるとは」
「隊長も【証持ち】だもんな。あの人に上から物言えるの隊長ぐらいだろ……」
かくいうヴィヴィアナも【証持ち】。
若くして都市の安全を保障する衛兵隊の隊長に任されているのは、そのためでもある。
「あんな成金の相手なんかしてる暇なんざあるか。それより、捜索はどこまで進んでいる?」
「中央部の捜索は完了。姿はまだ見つからず。あとは門周辺の住宅街です」
進捗で言えば6割程度といったことか。情報は都度仕入れているが、有益なものは届いていない。
「再度の確認だが、擬態したての擬態悪魔は首の後ろから背中の皮に切れ込みがある。人間だけじゃなく猫や犬とかのペットにも注意しろよ」
「「「「はい!」」」」
ヴィヴィアナの指示に、鋭く敬礼してから衛兵たちは捜索に戻っていった。
門周辺を捜索していたフリードに、エルノスが合流して、現状を伝えた。
「まだ見つからないか」
エルノスからの報告に、難しそうな様子で顎に手を当てる。
「あの、擬態悪魔は何にでも擬態できるんですよね」
「ああ」
「擬態先に制限がないのなら、もしも小さな蟻なんかに擬態されたら、いくら捜索しても見つけようがないんじゃ……」
エルノスの問いに「可能だがその線は薄い」とフリードが答える。
「擬態先に知識は引き継ぐが、肉体の強さは擬態先依存だ。それにあまりに擬態先の大きさ極端に異なる場合、肉体を定着させるのに時間がかかる」
「肉体の定着中は無防備なのでしょうか」
「ああ。基本的には大きさの近い生物への擬態を繰り返して成長していく魔物だ。わざわざ隠れるために弱い肉体に鞍替えすることは考えにくい」
擬態悪魔の体は基本的にはほとんど肉塊のようなもので、それが生物の皮をかぶって擬態する。小さい生物の皮をかぶれば肉がはみ出る、あるいは余るし、大きい生物に擬態すれば皮が余る。
肉大きさを変化させることができる魔物の為、時間さえあればそういった生物にも擬態は可能なのだが、昼も夜もそれなりに人目の多い街だ。そんな時間は無いだろう
気味の悪い生き物なりを見たら、目撃情報が少なからず上がる、という見解だ。それがないということは、擬態先はサイズの近い生物——つまり人間に限られる、という推理なのだが、
「何か見落としがあるかもしれん」
その根底を疑い、フリードは低くうなった。
「擬態先は人間ではないのか知れない」
「他の生物に擬態していると」
「鮮度の良い死体さえあれば可能だ」
「毎日荷馬車の検閲はしっかりとしています。検閲を潜り抜けるような死体が外から入ってくるとは思えませんが」
猫や犬を飼うにも、この都市は税を取っている。犬猫の飼育状況を管理し、疫病などの繁栄を防ぐためだ。(というのは建前で、実際はとれるところから税を取りたいだけだ)
ペットの死亡はその都度管理しているし、病原となり得る死体の持ち込みなど当然許してはいない。
「……ワイルドボアの死体はどうなった?」
「首から上を切断されている為擬態は不可能かと。持ち主に問い合わせ——」
「どうした」
エルノスが不意に言葉を切り、何やら考え事を始めた。
「何か気付いたか」
「……不審、とまではいかずとも、気になる点が一つ」
「かまわん。聞かせてくれ」
エルノスの話を聞き終えたフリードは少しの間を置いた後、「確かにな」頷いてから踵を返す。
「確かめに行くぞ。あの狩猟ギルド【迅影狩猟団】とやらに」




