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風刃の侍  作者: 綾粕一
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第四話

「何ということだ。龍之進は武士の中の武士だ。決して卑怯なまねをする男ではない。一体どういうことなんだ」

 山井善九郎は峰の知らせに怒りをあらわにした。

「わかりませぬ……」

「うむ、……考えられることはただ一つ」

「それは……御前試合……」

「龍之進は剣によって立つことを嫌っていた。……ひょっとして瓜生殿が……うーん。瓜生は負けたことで龍之進を憎んでいたという噂を耳にしたことがある。まさかとは思うが、一応調べてみよう」



「いつまでここに閉じ込めておられるのか。証拠を示してくださらんか」

 龍之進は牢に閉じ込められたまま数日がたった。しかし、一向に調べがないまま牢に放置されていた。

 龍之進は牢の中から叫んでみたものの誰一人として耳を傾けるものはなかった。

「ただ、沙汰を待て」

 の一点張りだった。

 これでは無実を述べることさえできない。なんの調べもなく腹を切らされるのかと無念でならなかった。



「父上、お願いでございます。なにとぞ龍之進のことを調べてください。龍之進は貧しくとも決して不正を働く者ではございませぬ」

 善九郎は必至で頼んだ。

「うむ。わしとてそう思うが、この件は管轄外でな。町奉行がしゃしゃり出るわけにはいかんのだ」

「それはわかっております。ですが龍之進は私の大切な友です。このまま見捨てるわけにはいきません」

「うむ……、それとなくあたってみよう」



「剛左、お峰はいつ屋敷に参るのだ」

「は! 明日の夜には」

 家老間宮大膳の奥座敷で、瓜生剛左はこの色狂いめがと思いつつ二ヤリとした。

「うむ。それは楽しみだ」

「それより龍之進の処断はお早めに願います」

「わかっておる。したが、龍之進はお峰をおびき寄せる大事な餌だ。簡単に処断するわけにはいかんぞ」



 瓜生剛左が家老の屋敷から出るのを同心の報告から善九郎の父が知ったのは翌朝のことだった。そして公金横領により召し取りを命じたものは家老じきじきであることがわかった。

 与力として推理を組み立てていくと恐るべき結果に山井は身震いした。このまま見てみぬ振りをすべきか、それとも最後まで探索をすべきか悩みに悩んだ。息子の善九郎に言うべきかも悩んだ。


 与力山井が苦悩をもって悩んでいるそのころ、主のいない龍之進の家はひっそりとしていた。陽は西に傾き真っ赤な夕焼けが板葺きの屋根を赤く染めていく。家の中は次第に闇が忍びこんでいく。峰は一人静かに坐ったまま思い悩んでいた。

「龍之進の罪を減じたければ、家老宅まで今夜戌の刻にくるように」

 という使いのものがやってきた。男はそれだけいうと帰っていった。

 峰は善九郎に相談しようと考えたがそうすれば迷惑をかけると思うのだった。

 時は無常にすぎていく。

 家老が最下級武士の妻を呼ぶなどあり得ないことだった。峰は夫の身を案じて食も喉を通らないほどだった。峰は夫の無実を信じていた。しかし、いかに無実であろうとも処断は家老の胸先で決まる。

 峰はきっと立ち上がると身支度を整え提灯に火を入れ家を出た。

 家老の屋敷は城下の一当地にある。広大な敷地に見事な塀が取り巻き、豪勢な門構えに峰は圧倒された。

 それでも意を決し門扉を叩いた。

 門番は名をいうとすぐに峰を招きいれた。



 峰は奥座敷に通された。

 行灯の明かりにポツンと一人、峰は胸騒ぎを覚えながらもじっと待った。

 しばらくして、家老はやってきた。

「待たせたな。家老の間宮大膳である」

「藤龍之進の妻峰でございます」

「うむ、なるほど。噂にたがわずなかなかの別品である。夫の身を案じやつれた姿もまた色っぽいものだのう」

 家老は峰を頭から足の先まで嘗めるようにみた。

「御家老様、何をお戯れを」

「戯れではない。今宵からは安心するがよい。もはや貧乏とは縁きりじゃ。旨いものは食べ放題、美しい着物も与えようぞ」

「わたくしは龍之進様の嘆願に参ったものです。なにとぞ……旦那様は無実でございます。どうかお慈悲でございます。旦那様をお助けください」

「わかっておる。龍之進の命は助けてとらす。そのかわり龍之進のことは今宵限りで忘れるがよい。今夜からはわしの側女にしてつかわす」

 家老は襖をあける。夜具が敷かれているのが峰の目に飛び込んできた。

 峰はそれですべてを悟った。

「お戯れを。このようなこと許されません」

 峰は立ち上がると懐剣を抜いた。

「ふん。なかなか気の強いおなごだ。ますます気に入った。だが、わしに逆らえば龍之進の命はないぞ。それでもよいのか」

 家老は下品な笑いを浮かべて近づいてきた。

「卑怯な。それでも武士ですか」

 峰は懐剣を胸の前で構え自分の喉元に当てる。もはやこれまでと峰は覚悟を決めた。

「それ以上近づけば自害いたします」

 峰は夫に貞操を誓っていた。龍之進とて他人の慰みものになるならば悲しむだろう。それより武士の妻として潔く死んだ方がどんなによいか。

「何、死ぬというのか見上げたものだ。しかし、それは後にしてもらいたい」

 家老はいささかもあわてなかった。

 突然、峰の後ろの襖があいた。そして何者かに腕を取られた。

「往生際の悪い女だ」

「あっ……お前は……」

 峰は驚愕した。祭りの時にあった。忘れはしない。

「そうだ。お前の夫に恥をかかされた瓜生剛左だ。覚えていてくれたとはうれしいね」

 瓜生はグイと峰の腕をひねる。

「あ!」

 懐剣は瓜生に奪われていた。

「まあ御家老様にかわいがってもらうんだな」

 そういうと瓜生は峰に当て身を食らわした。

「うっ」

 峰はそれっきり意識を失った。


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