表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第4章:再会と変化

第4章:再会と変化


 それから、誠はしばらく図書館に足を運ばなかった。

 意地でもなく、怒りでもなかった。ただ、彼自身が自分の言葉と感情に向き合う時間を必要としていた。


 帰宅しても、部屋は無音だった。誰かといることに慣れていなかったはずの空間が、妙に広く感じる。

 ソファの上で、彼は結から渡されたあの本——『声の小さな人』を読み返していた。


 ページをめくるごとに、言葉にならない想いが胸の奥に沈んでいった。

 「わかってほしい」と願いながら、それを恐れて何も言わなかった登場人物に、自分が重なって見えた。


 ——自分は今まで、本音を誰かに言ったことがあっただろうか。


 「いい人ですね」

 「優しいですね」


 そう言われるたびに、自分が褒められているようでいて、どこか置き去りにされた気分だった。

 “誰かの期待”に応えることはできても、自分の心を差し出すことは怖くてできなかった。


 数日後、誠は意を決して、図書館へ向かった。

 目的はひとつ——今度こそ、自分の言葉で、彼女に向き合うこと。


 


 夕方の図書館。静けさと紙の匂いが心を落ち着ける。

 受付にはやはり、結の姿があった。彼女は彼に気づき、一瞬動きを止めたが、やがて小さく頭を下げた。


 「……久しぶりですね」


 「うん。……話、してもいい?」


 「はい」


 二人は、いつもの閲覧席に並んで座った。窓の外には夕日が沈みかけていた。


 「……この前、言いすぎてしまったこと、謝りたい。あれは——」


 「大丈夫です。私も……逃げたから」


 結の言葉が先に重なった。だが誠は、それでも言葉を止めず、続けた。


 「いや。ちゃんと、言いたい。……僕、ずっと“わかってほしい”って思ってたんです。でも、それを素直に言うのが怖かった。怒ったのも、寂しかったのも、本当は“ただそばにいてほしい”って思ってたからだって、あとで気づいた」


 結は黙って聞いていた。彼の声はまっすぐで、震えもなかった。


 「今まで、“いい人”でいようとしすぎて、自分の気持ちを後回しにしてきた。でも、それじゃ、誰とも本当には繋がれないんですよね。……あなたとちゃんと向き合いたいって思ったのも、たぶん、初めてだったから」


 その静かな言葉に、結の瞳が揺れた。


 「……ありがとう」


 彼女の声はかすれていたが、確かだった。


 「私も、あの後ずっと考えてたんです。誰かと向き合うって、やっぱり怖い。拒まれたり、期待に応えられなかったり、そういうことを考えて、何度もやめようとした」


 彼女は、そっと指先を重ねた。


 「でも……自分の気持ちを無視してばかりいるのも、苦しい。だから、今は少しずつでも、“自分を大切にしたい”って、思い始めたんです」


 「……うん」


 「相原さんが、自分の言葉で話してくれたこと。ちゃんと、届きました。だから、もう一度……話せて、よかったです」


 夕暮れの光が、彼女の横顔を柔らかく照らしていた。


 沈黙が訪れたが、そこにはもう以前のようなぎこちなさはなかった。

 その沈黙は、言葉にしきれない気持ちを、ふたりでそっと温めているようだった。


 誠は、ゆっくりと微笑んだ。


 「……じゃあ、今度は“あなたの好きな本”、また教えてくれますか?」


 「はい、喜んで」


 二人の間に、微かな風が通った気がした。


 言葉にできなかった想いが、少しずつ形を持ち始めていた。

 それは、始まりのような、でも確かに“変化”の訪れだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ