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第7章

昼の光がタケシの頬を照らし、その眩しさに彼は顔をしかめた。目がぱっと見開かれ、急に飛び起きた。


「やばい!あいつに殺される!」


彼は慌てて新しい服を片足ずつ履き、洗面器の水で顔をばしゃばしゃと洗うと、家を飛び出した。王子の機嫌を損ねたら最後だ。失敗は許されない。


全員が整列している中、遅れてきたタケシの派手な登場に目を奪われた。壁の角を曲がった瞬間、息を切らしながら滑り込むように現れたその姿に、クラスの生徒たちは思わず笑い声をあげた。


すでにカイトは彼に冷たい視線を向けていた。


「おはようございます、カイト先生!」と、タケシは腰を深く折り曲げ、膝がつきそうなほど低く頭を下げた。


王子は最初のため息をついた。だがこれが最後ではないだろう。今日は彼の忍耐力が試される一日になりそうだった。


「さて、今日は基本から始める。ヒタチ、アキオ、中央へ出ろ。正面からの攻撃をどう防ぐか、いくつかの方法を見せてみろ。」


他の生徒たちと一緒に後列に並び、観客として立っていたタケシは、最初の演武から心を奪われた。先生の解説や、次々と交代するペアの動きに釘付けだった。若者たちは跳躍や攻撃の連続技を、驚くほどの軽やかさでこなしていた。あまりに見とれてしまい、タケシの口元にはぼんやりと笑みが浮かんでいた。それを見たばかりの少年の一人が、面白そうに声をかけた。


「タケシさん、それほど大したことでもないよ」


タケシは驚いて少年を見つめた。その敬称は、今の彼の心境には全くそぐわないものだった。


「そんな呼び方やめてくれよ、僕は“さん”なんかじゃない…」


「じゃあ、いくつなんだ?」


「えっ…それが、わからないんだ」


「わからない?」


「事故で記憶を失っちゃってさ…」


少年は驚いたようにタケシを見つめた。その幼い顔立ちの無邪気さは、戦いの中で見せる冷酷さと驚くほどの対照をなしていた。タケシは顔をしかめた。この子供の方が、自分よりもよほど恐ろしい存在に思えた。自分は若い大人であるにもかかわらず…。情けない現実だ。


「もう一回タケシさんなんて呼んだら、さっきの技を頭の中で炸裂させるからな」


少年はこらえきれず笑い出したが、その笑いは、音の一つ一つに敏感な教師の耳を逃れなかった。


午前中ずっと、タケシはまるで模範生のように静かで、集中していた。その姿に、カイトは少なからず驚いていた。授業の終わりに、新入りの生徒がいつもの陽気な笑顔で彼のもとにやってきた。


「この授業、最高だったよ、先生!」タケシは武道の礼に倣い、拳を掌に押し当てて言った。「それに、ここの生徒たち、すごく上手いよ」


「今日は基礎の復習をしただけだ。彼らは10歳で、幼い頃から鍛錬している」


「それにしても、いい先生に恵まれてるよね」タケシは感心したように言った。


二人は一緒に公園の高台へと向かい、一本のリンゴの木のそばにたどり着いた。広がる絶景を目にしたタケシは、思わず言葉を失った。湖やその周囲の森までもが広がる、壮大な都市の全貌に心を奪われたのだ。真昼の太陽の下、湖の水面は無数の光を反射してきらめいていた。北の湖から流れ出す川によって切り裂かれた森は、遠くの地平線や谷間にまで広がり、果てしなく続いているかのようだった。


タケシは、ぬくもりを感じる草の上で胡坐をかいたカイトの隣に寝転がった。カイトにとっては少し近すぎる距離だ。タケシに視線を向けながら、眉をひそめる。


「俺は、いつになったら戦えるようになるんだろう?」


「お前にはまだ、すべてを学ぶ必要がある」


頭の後ろで腕を組んだまま、タケシは夢見がちなため息をついた。一方、カイトは大きな髷をほどき、長い髪を背中に垂らした。


「じゃあ、いつになったら――」


「静かにしろ」


タケシは蓮華座で座り、瞑想に入ったカイトをじっと見つめていた。目を閉じ、世界と切り離されたようなその姿に、タケシは思わず唇を噛んで静寂を守る。しかし、彼の笑顔はゆっくりと消えていった。その場面から溢れる美しさに心を奪われたのだ。


風に揺れるカイトの髪は、肩の上で優美に波打ち、光が当たるたびに輝く栗色の反射を放っていた。


タケシの目はその繊細な顔立ちに吸い寄せられた。幾筋かの乱れた髪が、鋭い顎の輪郭をそっとなぞる。その姿には、天上の戦士のような威厳が宿っていた。彼から放たれる特別なオーラは、見知らぬようでいて懐かしい平穏をもたらし、タケシの絶え間ない雑念を徐々に静めていった。それは、母親が子供を優しく包み込むような感覚で、彼の魂をそっと撫で、癒していった。


その心地よさに身を任せ、タケシは深い眠りへと落ちていった。


1時間以上が過ぎた頃、カイトはゆっくりと目を覚ました。深く息を吸い込むと、胸いっぱいに満たされるような平和な感覚が広がった。このような静寂を感じたのは、果たしていつ以来だろうか――そんな記憶すらなかった。


視線を横にやると、ほんの二十センチほどの距離にタケシの寝顔があった。その存在をすっかり忘れていた自分に気づき、思わず軽く身を引いた。見知らぬ者とここまで穏やかな時間を共有できるとは、まさに奇跡のようだった。


カイトは無防備に眠るその顔をじっと見つめ、気づけば微笑んでいた。確かに、彼のいたずらっぽい性格には時折苛立たされるし、その自然な魅力にも困らされることが多い。それでも、今日は彼が真剣に教えに従い、敬意を払ってくれたことを認めざるを得なかった。


静寂の中、風が木の葉を揺らす音だけが耳に届く。カイトは、タケシの細やかな顔立ちをもう一度じっくりと見つめた。純粋な顔立ち――だが決して幼さはない。長い睫毛、わずかに紫がかった漆黒の髪、細身で華奢な体つき。軍の訓練を受けた痕跡は感じられないが、その独特な美しさは、持ち主同様に謎めいていて、どこか心を引きつけるものがあった。


カイトの視線は、タケシのわずかに開いた唇に移る。ほんの一瞬、禁忌のような光景が頭をよぎったが、すぐに打ち消した。


この少年は一体何歳なのか?そして、これまでどのような人生を歩んできたのか?その答えには、母に誓った通り、慈悲をもって向き合うべきだろう。


不思議なことに、彼についてもっと知りたいという気持ちが湧き上がってきた。今まで、ここまで自分の興味を引く者はほとんどいなかった。その事実が、ますますカイトの好奇心に火をつけていた。


タケシが目を覚ますと、すぐに視線を逸らした。


「お、俺、寝ちゃってたのか?」彼は目をこすりながら、かすかに呟いた。


「そのようだな。」


「そんなこと、今まで一度もないのに。」


「そう思っているだけかもしれない。」


「わからない。なんとなくそういう気がして... でも、変だ。すごく落ち着いているのに、同時に...」


カイトはタケシの方を振り向き、その苦しげな表情に気づいた。


「眠っている間に、何かを感じた気がするんだ。でも、全部がぼやけていて... なんだか、空っぽな気がする。」タケシは額に手を当てて、嘆いた。


その悲しげな様子に、カイトは驚いた。彼のそんな姿を見るのは初めてだった。少し考えた後、カイトはタケシの前に膝をついて座った。


「カイト様? な、何を...?」


カイトは深く息を吸い込み、胸に手を当てた。その瞬間、青白い光が彼の胸から生まれ、手のひらの中に小さな光の球体となって浮かび上がった。


カイトはその光をタケシの胸骨の上にそっと押し当てた。タケシは驚きで身を震わせたが、すぐにそのぬくもりが全身に広がっていくのを感じた。それは彼の心を優しく包み込み、まるで柔らかな繭に守られるような心地よさを与えた。背筋に心地よい震えが走り、混乱や悲しみのすべてが一掃されていく。ただただ奇跡のような安らぎが心を満たしていった。


タケシはその感覚に圧倒されたまま、言葉を失った。


「こ、これは... どうやって...?」


「何も言わないで。」


二人の少年は、互いの目をじっと見つめ合った。タケシはその氷のような瞳の中に、これまでの冷淡さとは正反対の、太陽のような輝きを見出した。その新たな光に吸い込まれるような感覚を覚え、心の壁がすべて崩れ去っていくのを感じた。まるで氷の心が今や開かれ、内なる世界が手の届くところにあるようだった。タケシの胸の中で、眩い光が弾けた。


一方、翠の瞳にタケシを映したカイトもまた、これまで見えなかった彼の内面に気づかされた。それは、他の誰にも感じたことのない深遠なものだった。瞬き一つの間に、二人の間に精神的な共鳴が生まれていた。二つの魂が触れ合い、互いの秘めた想いを探ろうとしているかのようだった。


だが、カイトはその無意識の繋がりに気づいた瞬間、ハッと我に返った。視線を急いで外し、勢いよく立ち上がった。その瞳に疑念の炎が宿った。


「どうやって、こんなことをしたんだ?」彼は動揺し、数歩後ずさった。


タケシは呆然と瞬きを繰り返し、混乱した表情でカイトを見上げた。


「カ、カイト様...」


次の瞬間、カイトは小さな丘の斜面を駆け下りていった。


タケシは耳を垂らし、寂しげに草むらの隅でカイトの後ろ姿を見つめていた。彼はまるで危険な存在から逃げるかのように遠ざかっていく。タケシは俯き、罪悪感と説明のつかない苛立ちに苛まれた。


「どうして... 俺は一体、何がいけないんだ...」


カイトは道場の片隅に身を隠した。心臓は今にも飛び出しそうなほど激しく鼓動していた。彼は瞼を閉じ、精神の中心に意識を集中させた。自らのエネルギーの波動を一つ一つ感じ取り、そこに何らかの悪しきものが潜んでいないかを探ろうとした。


一体どうして、あのように強烈な繋がりが生まれたのだろうか?何だったのだ、あの二人の魂を超越するかのような力は?


自分の知る限り、これがただの偶然であるはずがなかった。


カイトは息を吐き、決意を固めた。街に行き、誰かに相談する必要がある。この少年が戦士ではないのだとしても、ただの農民であるとは到底信じがたかった。


***


タケシは街の門まで足を引きずるようにして彷徨っていた。あの奇妙な瞬間、制御できない感覚の奔流…すべてが理屈に合わなかった。理解できない理由で、味わった幻滅と拒絶の感情は胸に鋭く突き刺さり、痛みとなって心を蝕んでいた。自分は無価値だ。哀れで、誰にも必要とされない厄介者。望まれることのない存在だという思いが胸を締め付けた。


すでに胸に重くのしかかっていた何か見えない重圧が、さらに圧倒的な重さとなり、苦しみは耐えがたいものになっていく。タケシは黒いブーツの先で小石を思い切り弾き飛ばした。カイトに歩み寄るという考えは、もはや消え失せていた。おそらく、自分とはあまりに異なる、そして遥かに優れた男と友情を築こうとすること自体、無理があったのだろう…二人は、同じ世界に属していないのだ。初めから抱いていた思い通り、自分はただの役立たずでしかないのだ。そんな言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。


タケシは、街の城壁を越えた森の入り口にたどり着くと、草むらに力なく身を投げ出した。カイトの非難するような視線が鮮明に記憶に刻まれていた。顔を俯かせ、顎を胸元に落とした。救ってくれた相手にさえ拒まれるのであれば、自分は一体何のために努力しているのだろうか?何のためにここに留まっているのだろうか?


ふと、視線が森の奥へと向いた。おそらく、誰の重荷にもならない場所で独り身を潜める方がいいのかもしれない。自分の存在は自分だけで背負い、誰にも迷惑をかけずに生きる方が――。


***


長い髭を指の間で揉みながら、老師は跪いている後継者の周りを歩き回り、低いテーブルの上に置かれたお茶を見つめていた。


「お前がこれほどまでに不安を感じている姿を見るのは珍しいな、木村殿。そんな気持ちは正当なものだと確信しているのか?」


カイトは口を開けかけたが、結局それを閉じた。師の落ち着いた様子から、自分の懸念が過剰であったことを感じ取った。そうか、もう一度、タケシに対して早まった判断を下したのだ。膝の上で拳を握りしめ、再び不安に流され、判断力を欠いてしまった。結局、これこそが自分が避けるべきだと誓ったことだ。彼は頭を下げ、ひげの中で愚痴をこぼした。


「また自分を責めているのか。」老師は楽しげに言った。


「洞察力に欠けていたことをお詫びします、井上師。」


「私の年齢にしても、君はまだそれを持たないだろう。知恵には限界はない、木村殿。他人にも、自分にももっと寛容さと忍耐を持ちなさい。」


カイトは苦笑した。平穏を求めるのはどうやら弟子だけの仕事ではないようだ…。


「その少年との出来事に害はない。君がその少年に癒しを与えたことは、ただ二人の間に扉を開けただけだ、君のエネルギーを通して。」


「師よ、それがどういう意味なのか、よく分かりません…」


「おお、王子よ、君とその者の間には間違いなく深い繋がりがある。だからこそ、二人の交流はこれほどまでに強烈だった。特別なことでも、心配するようなことでもない、むしろ良いことだ…」と老師は微笑んだ。


「それでは、彼は何者でもないということですか?」


老師の軽い表情に、カイトは衝撃を受けた。どうやら自分は無意識にタケシとの絆を感じていたというのに、彼を拒絶したのだ。なんという馬鹿者だろう!カイトは不平を漏らした。


「木村殿、未知なるものへの恐れこそが、最も厄介な敵となり得るのだ。」


彼の母親の言葉にふさわしい言葉だった。カイトは謙虚に頭を下げ、そして退いた。タケシに対するこの誤解をどう説明するか、頭を悩ませていた。


夕日が沈む頃、カイトは街を一通り歩いた後に戻ってきた。それでもタケシの姿はどこにも見当たらなかった。彼は不安げに空を見上げた。夜が迫る中で、保護者である彼の少年がまだ外にいるのは、今回は本当に心配すべき理由となった。


「頼むから、ただ迷子になってるだけであってくれ、バカ野郎…」

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