第4章
不快な光がタケシの眠りを引き裂いた。彼のまぶたが微かに震える。頭をわずかに動かし、強烈な陽光から逃れようとしたが、その拍子に首が痛み、うめき声を漏らした。
「動かないで。」
その声…誰のものだ?
タケシは反射的に跳ね起きたが、その勢いで激しいめまいに襲われ、再び布団に押し戻された。見知らぬ人物が深いため息をつく音が耳に届く。
意識がはっきりしてきたタケシは、ゆっくりと上体を起こし、自分に声をかけた人物を目にした。部屋の中央にある小さな机の前に正座しているのは、二十歳を少し超えたくらいの若者だった。白と金の鮮やかな長衣に身を包んでいる。
その顔立ちは、驚くほどの美しさを湛えていた。太陽の刺繍が施された袖の間には、一冊の写本が握られており、彼の看病よりもその内容のほうが遥かに興味深いようだった。髪はざっくりとしたお団子にまとめられており、こぼれた前髪が両側のこめかみを飾っている。その姿勢の優雅さと冷ややかな無表情から、彼が高貴な身分であることは一目瞭然だった。
長い間、じっと見つめていたタケシに気づくと、若者は片眉をわずかに上げたが、すぐに視線を本へと戻した。
「ここは…どこだ?」
タケシは、明るく洗練された部屋を見渡しながら、どもりながら尋ねた。
見知らぬ青年は、机の上に写本をそっと置くと、優雅に立ち上がった。その動作により、流れるような袴¹の裾が美しく揺れる。彼は布団の縁に跪き、鋭い眼差しでタケシを観察し始めた。
銀色の瞳がタケシを虜にする。その中には、まるで嵐のように美しい光の揺らぎが広がっていた。近くで見る彼の顔立ちは、さらに際立つ美しさを持っていた。だが、その繊細な美貌は、無表情で冷たい石像のような表情によって、少しも和らぐことはなかった。
ヴ字に開いた衣の襟元からは、細い金鎖に吊り下げられた赤く微かに輝くペンダントがちらりと覗いていた。
青年の視線が自分の右目の輝きにじっと注がれていることに気づいたタケシは、理由もわからないまま、強い不安に襲われた。彼は慌てて壁際に身を引いた。
その様子に、青年は驚いたように片眉を上げた。
「どうして急に怯える?」
そうだ、なぜ彼は突然脅かされたように感じているのだろう?
「お前の名前は?」
長い間、タケシはその簡単な問いに答えようとしたが、口からは一言も出てこなかった。何も思い出せない。恐ろしい霧が彼の頭の中に漂い、彼の意識は完全に空虚になっていた。
パニックに陥っているタケシの様子を見て、青年は状況を察した。その冷たい表情がわずかに和らぐ。
「記憶を失ってしまったのだろう。時間が経てば、きっと戻るさ。」
「俺は... 何も思い出せない。」タケシは震える声で言った。「何があったんだ? ここはどこなんだ? そして、なぜ...」
「落ち着け。」青年は冷静に言った。「私はカイト・キムラ王子、キムラ領を統べる族長の嫡子であり、王位継承者だ。お前はここ、『光の都』にある我が屋敷にいる。」
その言葉は、タケシにとって妙に懐かしい響きがあった。しかし、その意味を理解するには程遠かった。
「で...それは、俺にとっていいことなのか?」
「ここはお前の救い主の家だ。あとはお前次第だ。」
タケシは安堵のため息をつき、緩く垂れた髪に手を通した。
「何が起こったんだ? どうか教えてくれ。」
王子は再び卓に膝をつき、目の前に置かれた茶碗を鼻先で示した。
「まずは、食べろ。」
「本気で待たせるつもりかよ?」タケシは不満げに愚痴をこぼした。
カイトは目を話から離さないまま、指先で卓の端を軽く叩き、食事を促した。しぶしぶ、タケシは席につき、黙って従う。茶碗の中身は一瞬で平らげられた。ようやく、カイトは手にしていた書物を閉じた。
「お前はハタノ狩人の罠に落ちて頭を打った。奴らに追われていたんだ。」
タケシは目を見開き、愕然とした。
「狩人?俺を追ってたって?でもどうして?何もしてないのに!」
「記憶がないと言っていたはずだが。」
「確かに。でも、俺はきっと善良な人間のはずだ。」タケシはぶつぶつと不満げに呟いた。
カイトは、無表情の裏に隠れたわずかな遊びを見せながら片眉を上げた。
「それに、俺はイノシシみたいな顔をしてるわけじゃないし、追われる覚えもない。」
「そうか。食べ終わったか?」
タケシは少し拗ねたように口を尖らせた。
「奴らが何を企んでいたかは分からないが、確実にお前を捕まえようとしていた。」
「じゃあ、どうして俺が君の家にいるんだ?」
「お前は我々の領土の境界で発見された。私たちは人狩りを許さない。それは太陽の女神を信奉する木村一族の理念に反する。」
「そっか…でも、俺のせいで何か迷惑をかけてないか?」と、タケシは不安げに尋ねた。
「迷惑?あの狩人どもにとっては、追いかけ続けていた方がよっぽど危険だったろうな。」
タケシは、正義感の強いこの少年に出会えたことを嬉しく思い、微笑んだ。別の誰かなら、ここまでしてくれなかっただろう。
「俺が誰かもわからないのに、これからどうしたらいいんだ…?」と、タケシは嘆いた。
「まずは、私の父にお前のことを知らせねばならない。」王子は立ち上がり、そう言い放った。「ついて来い。」
広々とした邸宅の廊下に開かれた襖のおかげで、タケシは見渡す限り広がる緑豊かな庭園の壮麗さに目を奪われた。この生命に満ちた自然は、まるで楽園のように邸内の空気を彩っていた。
家族の居住区では、各部屋が引き戸を通じて、色とりどりの花々と高さのある盆栽が植えられた美しい中庭に直接つながっていた。庭の中央には、石造りの小さなテーブルがあり、その周囲には同じく石で作られた四つの座席が配置されていた。タケシは晴れた日にこの小さな楽園でお茶を楽しむ自分の姿を容易に思い描けた。
一族の長が住まう邸の方には、名刀や神聖な装飾品が数多く並べられ、品格に満ちた空間を形作っていた。そこには、気高さと霊性が誇示することなく調和していた。穏やかな自然の中で優雅さと静寂が共鳴しているようだった。カイトが身に纏う衣服の色合いにも、この調和が反映されているように感じられた。
この家族は、神々しいほどの調和を体現していた。カイトがタケシの前を急ぎ足で進むと、彼は長い白い羽織の背中に輝く装飾の壮麗さに目を奪われた。そこには、彼らの信仰する女神・アマテラスを象徴する、黄金で縫われた巨大な龍が描かれていた。
その装飾に心を奪われていたタケシは、危うく案内役にぶつかりそうになった。カイトは静かに障子を開け、そこに広がる評議の間は、邸内の他の場所と同様に優美な趣であった。
二人は一族の長とその妻、ユナに深々と礼をした。街の守護者でもある彼女は、美しい青い着物をまとい、敷かれた絹の座布団の上に優雅に正座していた。
右手には、眩い衣装を纏った木村一族の長・木村和弘が堂々と座っていた。その厚手の衣服の重ね着と、長く張り出した肩当ては、力ある日本の家長にふさわしい威厳を漂わせていた。年齢を刻んだその顔には、柔らかく温かい表情が浮かんでおり、不思議と安堵を与える落ち着きを醸し出していた。しかし、その眼差しには、長い人生経験に裏打ちされた鋭い警戒心が滲み出ていた。
「この記憶喪失という話、どうにも信用できん。」
木村和弘は、短くも豊かな白髭を撫でながら、低く呟いた。
「まあ、あなた。」
ユナは夫の耳元にそっとささやいた。
「この無力な少年を、運命のままに放り出すつもり? それでは私たちの倫理に反するでしょう。」
五十代の家長は、伴侶の指摘に考え込んだ。その自信に満ちた微笑みに、ついに心を決めた彼は、立ち上がると息子の客に歩み寄り、隅から隅まで観察した。
タケシは、和弘の胸元に垂れる粗削りの黄鉄鉱に目を奪われた。その金属と金色の光沢が交差する独特な輝きには、思わず見入ってしまう。これが彼の息子の持つ宝石と同じ類のものなのだろうか?
和弘は顎に手を添え、思案した末に小さく溜息をついた。
「よかろう。息子のもとで療養する間はここに留まるがよい。ただし……」
その時、彼の視線はタケシの右目に映る黄金の輝きに釘付けとなった。息が詰まるような一瞬だった。
「父上?」
和弘の視線は二人の少年の間を行き来し、やがて突如として険しい顔つきになった。
「ここにいてもらっては困る。」
彼は冷たく言い放った。
「父上、一体何が……?」
タケシは一歩前に出ると、深く頭を下げた。
「木村様、申し訳ありません。」
タケシの声には痛切な思いが滲んでいた。
「もし私の存在がご迷惑なら、すぐに出ていきます。この領地からも離れます。私は……私は、何者でもありません。」
和弘は呆然と立ち尽くした。
若者が身を起こしたとき、その悲しげな瞳に心を打たれずにはいられなかった。
記憶喪失――その事実は多くのことを覆した。
彼の謙虚な姿勢に胸を打たれた和弘は、その脆さを見直し、息子の願いに応えることにした。しかし、胸中には一抹の不安がよぎり始める。
二人の少年が共に家の扉を越える姿を見送りながら、家長の顔には苦くも切ない哀愁の色が滲んでいた。
「ユナ、この少年が誰か分かるか?」
「いいえ。」ユナは夫の隣に立ちながら答えた。
「どうしてですか? 彼をご存知なのですか?」
和弘の視線は、嵐に覆われた灰色の空に漂い始めた。
その目には、遠い過去の苦悩が今なお影を落としていた。
***
十七年前、召喚士の街。
「タケシくん! 一樹を困らせるのをやめなさい!」
「おい、放っておけよ… 楽しんでるだけだろ。」
翼畑野は、柔らかな草の上に置かれた酒の壺を取って不機嫌そうに言った。
「この子、俺を狂わせる気か。まあ、哲也の方がずっと落ち着いているけどな。」
「お前の長男は、いずれ立派な後継者になるだろうな。」と、木村和弘は微笑んだ。
満足そうに、畑野は自分と友人のグラスに酒を注いだ。
「そんなに急ぐなよ。」と笑いながら言った。「俺を早く埋めたがってるのか、この古い木?」
「どうせ、お前が先に行くさ。俺の方がずっと丈夫だからな。」
「俺が先に行くのは、お前よりいつだって早かったからだ、木村!」
「酒の壺を一番に空けるか、親の馬を盗んだことを言ってるのか?」
「まあ、すべてにおいて一番だったな。」
その瞬間、二人はお互いに挑戦的な視線を交わし、そして大笑いをした。
「父さん!父さん!」
「どうした、カイト?」
四歳の小さな王子は、編み込みの髪を持った忠実な仲間と共に、父たちの元へ駆け寄った。
「タケシとカズと一緒に湖のほとりに行ってもいい?」
「お母さんたちが戻ってから、みんなで行こうか。兄弟たちと一緒にね。」
「うん。ありがとう、父さん。」
微笑み合うことなく、二人の仲間は、桜の花びらが舞い散る中、まるで羽のように軽やかに遊ぶ子どもたちを見守った。
「カイトも立派な後継者になるだろうな。みんなすでに彼を大好きだ。」
木村和弘は、友人のグラスと自分のグラスを軽く合わせた。二つの家系の栄光が輝いていた。それは、日本全体に尊敬をもたらすものだった。
「両家に乾杯!」と翼畑野が叫んだ。「未来に輝く、強大な畑野木村家に乾杯!これから何世代にもわたって輝き続けるだろう!」
「そして、この素晴らしい同盟で、私たちがこの世界を変えていくことに乾杯!」
二人は誇りを込めた目で互いに視線を交わし、翼畑野は親友の肩に手を置いた。
「そして、お前に、兄弟よ。何があっても、俺たちは決して引き離されることはない。」
***
夫の謎めいた不在に、ユナは彼の肘に手を伸ばした。
「あなた、変だわ。あの少年が一体誰なのか教えてくれませんか?」
一息ついて、和弘は苦しげにため息をついた。
「この子は...タケシだ。タケシ・ハタノ。」
ユナは一歩後退し、言葉を失った。
「タケシ...」
長い沈黙が続き、その後、彼女は唇に手を当てた。
「どうするつもりだ?」
「何もしない。」
「『何もしない』ってどういう意味だ?」
「すべての責任はカイトに任せる。彼がこの子をここに連れてきたんだから。」
ユナは夫に驚いた目を向けた。
「本当に息子に何も言わないつもりなの?」
「過去はもう掘り返すべきではない。」
「誰が過去の話をしているの?」
「この子は、私たちが皆、埋めたはずの歴史に関わる者だ。」と、彼はさらに冷たく付け加えた。
「あなたとツバサが埋めた歴史でしょう。」と、ユナは断固として反論した。
「うぅ…妻よ!頼むから、もうやめてくれ…」
彼女は夫から顔を背け、深く不満そうに腕を組んだ。
「ユナ、この事はもう二度と表に出してはいけない。私たち全員のためにだ。そうするために、私たちは必要なことをしてきたことは分かっているだろう。彼がここにいることは危険だ。彼は危険だ。」
「本当に?あの子を危険だと思うの?」彼女は驚いて叫んだ。「あの子は私の甥よ!あなたと私の兄がやったことを私はずっと耐えてきたし、十六年間黙ってきた。でも、あなたがそんなことを言うのは許さない。」
カズヒロは天を仰いだ。
「こんなことがあった後で、まだ血縁だなんてくだらないことにこだわるのか…」
「彼らは私の家族だ、あなたと私たちの三人の子供たちと同じように。」
「でも、彼はあなたの血縁じゃないだろう!彼らはただ首都であなたを引き取っただけだ!」
「それもあなたの血縁じゃなかった。それでも、あなたたちは世界に向かって兄弟だと言っていたじゃない。」
カズヒロは腕を組み、うなり声をあげた。
「私はハタノ家で育った。私はハタノとしてもキムラとしても生きる。そして、もう選べなんて言わないで。」
「ユナ…」
過去の痛ましい対立の再来に心を痛めた彼女は、息子と同じような激しい目で彼を見つめた。
「もし過去を埋めておきたいのなら、自分で掘り返すようなことはしないで。」そう言って、彼女は立ち去った。
カズヒロはため息をつき、永遠の議論に疲れた様子で視線を広大な森に向けた。そこでは、二人の少年が並んで歩いていた。まるで完璧な他人のように見えたが、決してそうではなかった。
「呪われろ、ツバサ・ハタノ。」
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¹袴 : 伝統的な日本の衣装の一部で、主に男性が着用する裾の広がったスカート状の衣装。