3.誰がためのジラソーレ
ゴミ拾い作業は約三時間続き、疲労は蓄積するばかりでしたが、頑張った分いいこともありました。
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「陽さん。これ、一生懸命頑張ったご褒美です」
ゴミ拾い作業が落ち着くと、朧さんは私に手を出すよう言いました。
「ふふ、なんだこれはって顔してますね。本当に分かりやすいなあ。今、陽さんの持っているものーーシーグラスって言うんですよ」
綺麗でしょ?と朧さんは首を傾げます。
「陽さん? おーい」
「はっ、すみません! とっっっても綺麗、ですっ! 宝石みたい……!」
「"人魚の涙"、'海の宝石"などといわれることもあるそうですよ。……そんなに目を輝かせてくれるなんて、頑張って探した甲斐がありました。」
どこまでも透き通るような赤に、私は心を奪われてしまいました。空にかざすと、太陽と同化します。
「じっと見つめてみると、まるで緋色の瞳のようでーー」
今度は朧さんが、私の目にシーグラスをかざします。
「わっ⁈ そう言われてみるとホントですね! 面白い!」
私たちは二人して、シーグラスを近づけたり遠ざけたりしながら遊びました。もちろん、感謝の言葉も忘れずに。
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「はーい諸君! そろそろスイカ割り始めるよー!」
セイコさんの掛け声とともに、みんなが集まります。
まるまるとしたスイカはすでに、ブルーシート(ゴミ拾いの産物)の上に乗せられていました。
「……さて聖ちゃん、準備はいいの?」
朧さんは何も持っていないようでした。
ええ⁈ まさかーー!
「あははっ! ぐちゃぐちゃになってしまいました。この間のターゲットみたいだなあ」
そのまさかでした。朧さんは特に力を入れていない様子でスイカを割ります。そうです、手刀です。
彼は満面の笑みを浮かべていました。
「……ンで手だけでそんな綺麗に割れんだよ逆に引くワ」
整った半円状のスイカを頬張りながら、影助さんは尋ねます。
「お褒めに預かり光栄です。よければコツ、お教えしましょうか?」
影助さんはスイカの種を吐き出すのと一緒に舌打ちを鳴らしました。
私も思わず吹き出します。影助さんは不服そうにこちらを見ました。
「そーいや陽ってアレだよな。スイカの種飲むと腹ン中で成長するってヤツ、本気で信じてそーでウケる」
彼はけらけら笑います。
「なな、なんですかそれーっ!」
今の今まで、真面目に慎重に、スイカの種を飲み込まないようにしてきたというのに!
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ちょっとだけ遊泳し、お腹も満たされしばらくすると、遠くの方で何かが爆ぜるような音がしました。
「この音ーーもしかして花火ですかね?」
「……あー! そういえば今日、向こうの川の方でお祭りやるって言ってたんだっけか」
ドォンという音を聞くだけで、学生時代、よく友達と夏祭りに行っていたのを鮮明に思い出すことができました。
(懐かしいなあ……そういえば、成人してからお祭りなんて滅多に行かなくなっちゃったかも)
「よォし、そうと決まれば花火に向かって競争するか! 影ちゃん!」
「ハア……勝手にやってろ」
「まあ影ちゃんにその気がないならいいよー来なくても。ただし"どっちがボスにより重用されるようになるか"かけなくてもいいならね」
影助さんはしまったという顔をしていました。セイコさんの言葉が、彼のやる気に火をつけたようです。
「ちょっとでも花火に近づけた方が勝ちね! よーい、スタート!」
「オイなんだそのガバガバルールは! 待てこのクソ女!」
「なはは、行っちゃいましたね。」
「ええ、もうあんなに遠くへ。今日一日だけでも、彼がいかに短気な人間かということがよく分かりましたよ」
私と朧さんは、プライベートビーチに二人きりで置きざりにされてしまいました。
ーードォン、ドォン……パラパラ
「花火、綺麗ですねえ。最後に見たの、大学生以来かも。そういえば朧さんは、屋台と花火だったらどっちが好きですか? 私は意外かもしれないけど花火でーー」
ーーバァン、ドォン
「……でも今日、すっごく楽しかったですよね! ゴミ拾いをしたり、スイカを食べたりーー普段とは一味違う体験ができたって言えばいいんでしょうか、新鮮でした。」
にこやかに私を見つめる朧さんは、さっきからずっと黙ったままでした。
「ねえ陽さん、やはり僕はーー花より団子派のようです」
ーーひゅるるるるる
「陽さん、僕は花火なんかより、貴女の方がよっぽど……」
そう言って朧さんは、私の頬に指を滑らせました。
(な、に、この雰囲気……)
今まで味わったことのない空気。
(だってだって、私と朧さんは"騙されちゃった同盟"で、それでーー)
ーーパァン
最後に鳴り響いたのは、花火ではなく水鉄砲の音でした。私たちの顔に、派手に水が飛びかかります。
「させねェよ?」
振り返るとそこには影助さんが。後ろから、セイコさんの待って待ってと言う声が聞こえました。
「物陰から見守ろって言ったのにさー、影ちゃんったら爆速で飛び出してっちゃうんだもん」
結局、花火はみんな揃って見ることになりました。研鑽を積めたし、結果オーライだったと思います!
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「見てくださいあの花火! ひまわりみたいですね!」
そう言って彼女は、僕に無邪気に笑いかける。
光り輝く黄金の火の輪。紺碧の空。
ああ、僕にとっては貴女こそーー。