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招かれざる客そして……

筋肉痛


 男は招かれざる客たちと相対していた。


 「要件は?」


 賊は男の前に5人。裏手も合わせると計9人。男一人の家に押し入るにはなかなか数が多い。


 だが、用意周到かと言えばそうでもない。

 この家あるいは男が目的ならば、もっと兆候があったはずなのだ。男が見逃していた可能性はゼロではないが、だとするならばそれこそ対処のしようがないというものだ。

 だが目の前の者たちからはそこまで脅威を感じられない。手練ではあるのだろうが襲撃に気づかれるくらいでは話にならない。多対一だとしても遅れを取るようには思えない。ならば狙いはひとつ。


 「あの少女か」


 その呟きは独り言のようにも問いかけとようにも取れる曖昧なものだった。だが、賊の一人が声を上げた。

 

 「そうだ。あの娘を引き渡してもらおう!」


 男は釣れたとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

 賊は愚かにも目的を自分から吐いたのだ。 賊は自分たちがこの場の主導権を握っていると信じて疑わない。状況だけを見ればそうだろ。相手はプロの暗殺者か盗賊。命が危ないのは男と少女と見るべきだろう。だが、それは男と少女の力量を加味しなかった場合だ。


 裏手にあったはずの賊の気配が消えていく。それは男にとっても予想外のことだった。



◇◇◇



 時を少し遡り、男が少女の部屋を出た少しあとのこと。少女はすぐに行き倒れの少女が持つには不釣り合いな豪華な造りの短剣を手にとった。柄には宝石が輝き、持ち手には金による繊細な装飾が施されている。そして最も目を引くのはその刀身だ。鞘から抜き放たれたそれは優美な曲線を描き、鈍色の輝きを放っていた。短剣にしては幅広い印象で刺すことより断つことを考慮して造られている。装飾だけを見れば護身用あるいは儀礼用の宝物の類だが、その刃の揺らめきは確かに生命を吸う意思が込められていた。


 「やっぱり、つけられてた。私の事情に彼をまきこんでしまった。ごめんなさい」


 少女は男の身を案じて顔を曇らせていた。そして、先程までの怯えが嘘であったかのように氷のように冷たく刃のように鋭さを纏っていた。


 裏手を任された賊たちは男が表に回ったことを敏感に察知し、中には少女一人だけと高を括っていた。楽な仕事とだとばかりに中へと踏み込む準備を整える。思えばこの油断が運命を分けたのかもしれない。


 賊の一人が仲間に矢継ぎ早に指示を出していく。


 「マリーとエルは魔術の準備をしておけ。ゴードンはバックアップを頼む。表が惹き付けてるうちに娘を捕らえるぞ」

 「「了解」」

 「扉を開けるぞ。合図したら魔術を中に放て」

 「1、2、3……。今だ!」


 リーダー格の男が扉に手をかけようとした瞬間、その手は家に張られた結界によって弾かれた。この家の主が防犯目的で施したものだ。許可された者以外の侵入を防ぐ代物だ。


 予想外の事態にマリーと呼ばれた女とエルと呼ばれた男が待機中の魔術の展開を躊躇した瞬間、扉の中から何かが飛び出して来た。


 闇に紛れ、蒼く閃く双眸が躍るのが見えた。


 「ガッ!!」


 エルと呼ばれた男の喉を短剣が貫く。くぐもった声と共に崩れ落ちる。だが男もプロだ。崩れ落ちる瞬間、最後の力を振り絞って待機させていた魔術を浴びせかけた。


 「アッ、ガガガ……カハッ」


 制圧用に待機していた魔術は速効性に優れた電撃だった。それが人の体内を駆け巡る。肉が焦げる嫌な臭いが辺りに広がっていく。

 敵に一矢報いて逝く男の顔はさぞ満足げであった。己が放った魔術に焼かれたのが、仲間の女であったとも知らずに。


 理解が追いつかず驚愕の表情を浮かべたまま電撃に焼かれ倒れ伏す女。


 キャスリング。それは自分の位置と別の何かとの位置を入れ替えるというシンプルな魔術だ。だがシンプルであるが故に汎用性が高く応用が効くため使い所が多い。現に今も少女の危機を救ってみせた。


 一瞬にして半分となった賊。だがその対応は流石というべきか、ゴードンと呼ばれた男は少女の位置をすぐさま捉えると急所を狙いつつ、避けられても体勢を崩し、リーダー格の男の方に流れるようにナイフを放つ。


 リーダー格はそれを読んだ上で少女の背後を取るように位置取り、腰のあたりへと鋭い蹴りを放つ。

 背後から襲い来る蹴りを少女は咄嗟に地面を転がりなんとか回避する。


 男二人と睨み合い、短剣を逆手に構え直す少女。

 男のひとりがまた少女を目掛け、今度は急所を外して動きを封じるために足や肩といった部位を狙い、刃を投擲する。

 少女の方も先程とは違い、回避を選択せずに短剣をふり飛来する刃を弾き、たたき落としていく。だが、数が多い。

 投擲への対応に意識を割かれた少女の隙をつき、意識の隙間に潜り込むように接近するリーダー格の男の鋭いミドルキックが少女の脇腹に吸い込まれ、少女は為す術なく吹き飛ばされていく。


 感触でわかる。蹴りは確実に少女のあばらを粉砕し、内臓にも損傷を与えている。だが、即死はしていない。一撃で相手を殺さず、戦闘不能にするくらいは男にとって造作もない。人体の壊し方は心得ている。男たちはそういった世界に生きる者であるがゆえに。


 犠牲は出たが少女を捕らえれば任務達成だ。リーダー格はそう自分に言い聞かせ、ゴードンに対して対象の捕獲を命じた。


 「女を捕えろ。捕らえ次第離脱するぞ」

 「了解」


 ゴードンは警戒しながら少女が蹴り飛ばされた方へと歩みを進めていく。そして倒れ伏す少女を目視で確認した。近づくと少女は虫の息であった。

 口から大量の血と泡を吹き、上手く呼吸が出来ていないようだった。おそらく砕けたあばら骨が肺に突き刺さり、呼吸困難に陥っているのだろう。


 なおも警戒を解くことはせずに細心の注意を払いながら無残な姿を晒す少女へと歩み寄って行き、その足を掴む。


 辺り一面に飛び散る少女の血。

 その光景にゴードンは目を見開いた。それはその場の凄惨さから来るものでも、少女が無残な姿だからでもない。そんなものは見慣れているし、彼の仕事柄馴染みの光景である。ならば何が男にそんな表情をさせたのか。

 それは酷く飛び散り、今も尚広がる血溜まりが青かったからだ。


 「貴族ブルー・ブラッド.......!!」


 そう呟いた瞬間、男は酷く冷たいものが全身を支配していく。それは男たちはよく知っているものだ。それは紛れもない死だ。死を注ぐ側であるはずの男を満たしていく死の感覚。青い血に気を取られていたのが仇となった。


 「どうした!?ゴードン、返事をしろ!!!」


 リーダー格はすぐさま異変に気づいたが時すでに遅し。暗闇から這い出てきたものは、ゴードンではなく、蒼く冷たい双眸を宿したモノだった。


 リーダー格は目の前の光景に激しく動揺していた。蒼く輝く瞳がこちらを睨みながら、先程までゴードンと呼ばれていたものを引き摺りながらゆっくりと這い出てきたからだ。


 彼女はリーダー格の男の足元にゴードンだったものを放り投げた。その骸は心臓を一突きにされ、恐怖の色に染まった表情をはりつけたまま事切れていた。


 確かに彼女は死にかけていた。だがどうだろう。今目の前にいる少女は青い体液にまみれてはいるが傷は治りかけている。


 そこに立っているのは死にかけのいたいけな少女などではない。少女の姿をした恐ろしい怪物に他ならない。


 男は絶叫した───。


 「聞いてない!聞いてないぞッ!!ただ小娘を連れて行くだけの簡単な仕事のはずがッ.......!!こんな、こんな化けブルー・ブラッドが相手だなんてッ!!」


メキ、メキ、ボキッ

 

 男が騒ぎ立てている間にも少女の身体は異様な速度で元の形を取り戻していた。


 「化け物、来るな!!来るなー.......」


 男は唾と鼻水を撒き散らしながら情けなく喚きちらし、最早立っている力すらなく腰砕けとなって後ずさる。


 そんな男にすっかり綺麗な姿を取り戻した少女が問いかける。


 「あのですね。貴方、この前盗賊のアジトにいましたよね。私が何度も何度も助けてくださいってお願いしたのに、笑いながら言いましたよね。死なない程度に遊べって。私だって乱暴されたら痛いんです。治るけど。殴られたり、蹴られたり、犯されたら死ぬほど辛いんです。死ねないけど。それなのに、そんなことをして自分は自分だけは無事でいられると?助かると?そんな理不尽なことはゆるされませんよね?」


 その問いかけは男への死刑宣告にも等しかった。


 「殺るなら殺られる覚悟くらいできていますよね?」


 可憐な笑顔でそう問いかける少女の紅い瞳には一切の情が感じられなかった。


 「やめろ、やめてくれ.......」


 男の命乞いも虚しく、あっさりと首を切られて頭は胴からぼとりと転がり落ちた。吹き出る血飛沫が辺りを赤く染め上げていく。


 「不味ッ.......」


 少女は自分と違う色をした血の雨に打たれながら、一言そうもらした。口に広がるのは鉄の匂い。 赤い色の味を噛み締めながら。




読んでくれた方々ありがとうございます。評価、ブクマおまちしてます。

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