入店
馴染みのカツ丼チェーン店。
空港の店は行きつけとはまた一味違っている。
壁のような空間の仕切りがなく、
厨房の音がよく聞こえる。
もう十数年はこの形なのだろうが、
スタイリッシュに感じる。
そしてこの店一番の利点。
それは店員とほとんど接する機会が無いこと。
空いた席のQRコードを読み取り、
スマホに表示されるメニュー表から
料理を選択できる。
入店から退店まで、
一言も発さず完遂することができる。
自分のような人間にとっては、まさに安息地。
「どこに座りますか?」
「ンー、ココ」
すぐ側、店の外側を指さす。
視線の晒されやすい場所に座るとは、猛者だな。
「わかりました」
椅子に座り、QRコードを読み込む。
桃子猫も何か言う前に読み込んでくれた。
さて何を食べよう。
最近来てなかったし、王道の上カツ丼を食べるか、
或いはここで季節限定メニューに賭けるか...。
「ンー…」
桃子猫がしきりに画面を擦っている。
「どうしたんです?」
「ソノ…字があんまりよく分からなイ」
「あー」
確かに桃子猫は文字が得意ではないと
言っていた気がする。
その上で料理名のフォントが
凝っているもんだから、余計に見づらいだろう。
「えーとそうですね、
料理の見た感じどれがいいですか?」
「コレ」
揚げ物を全種類二つずつ乗せた、
豪勢なものを指さした。
「そうですね、まずロースカツ二切れに、
エビフライ二本、カキフライ二つ、
アジのフライ二切れに、唐揚げが二つですね」
「きのこ入ってなイ?」
嫌いなのだろうか。
「えーっと…入ってないですね」
「なら食べル」
一つ懸念点がある。
「でも桃子猫さん」
「ナニ?」
「この丼、一人で食べるにはかなり量が多いですよ」
「ンー、なら一緒に食べヨ」
「あー…」
それだと桃子猫の食べる分がー。
衛生面がー。
追加の皿がー。
「…いいですね!」
「ウンウン!」
拒絶反応を抑え、不本意な他人行儀を押し殺す。
桃子猫は今旅行に来ている。
楽しませるのに、私の事情は関係ない。
スマホで注文する。
後私のできることは。
「お皿の追加頼んできますね」
「アリガトございます」
さてどうするか。
皿は丼でいいとして、
一つ追加して半分によそうか、
二つ追加して各々好きなように
食べられるようにするか。
まあ二つが無難だろう。
どう店員に伝えよう。
特別な注文であることは承知しているので、
受け入れられやすい文言を選ぶか。
悩む間に店員の傍に着く。
ええいままよ。
「あ、すいません」
「どうされました?」
「あ、友達と料理をシェアしたいので、
お皿をあと二つ追加してもらえるでしょうか?」
もう死にたい。
「かしこまりました、すぐにお持ちします」
「あ、はい」
店員が厨房へ行く。
肺の空気が鼻から抜けていく。
もう今日の山は超えただろう。
いや、まだ多くのことが待ち受けてる可能性が高い。
そんな気がする。
着席する。
「デキタ?」
「ええ、滞りなく」
「すごイ」
「いやはは」
目を閉じれば、
あの桃子猫と会話してるも同然なのだが。
まだ目の前の彼女との会話に実感が持てない。
「お持たせしました」
店員が丼を二つ持ってくる。
「あ、ありがとうございますぅー」
「アリガ、ト」
「ごゆっくりどうぞー」
頼んでみるものだ。
そういえば。
スマホを見て、メールを確認する。
ビットプレジャーの審査が通っていた。
「先日勧められたビットプレジャー、
審査通ってました」
「へー…」
しまった。
詐欺の話はコチラが躱す算段のはずだ。
こちらから申し出てどうする。
「今日はランさんと遊びたいから明日シヨ」
想定していた回答とは、かけ離れていた。
やはり桃子猫が詐欺師というのはない?。
手放しで信じられたらどれほど嬉しいことか。
「嬉しいです」
「ンー」
返事のついでに桃子猫が伸びをした。
脇から人の姿が見える。
黒髪ストレートの女性。
社長に似てるな。
腕が下り、それ以上見えなくなる。
まあ後ろ姿だけなら似る人も沢山いるだろう。
「お待たせいたしました〜」




