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青獅子と塩系令嬢4

そうして先触れもなしにシュタイン伯爵家を訪ねた私を、ジゼル嬢は怪訝そうな顔をしながらも受け入れてくれた。


以前一度だけ会ったことがあるのだが、ジゼル嬢は相変わらず……いや、ますますその美貌に磨きがかかっていた。


さらさらと流れる髪はまるで極上の絹糸のようだし、こんな言い方は良くないかもしれないが、顔の造りもまるで精密に作られた一級品の人形のように整っている。


それでいて青みがかった藤色の瞳が少しだけミステリアスな色気を含んでいて、生身の人間であることを実感させられる。


デビュタントの後に、多くの貴族令息達が婚約を申し込んだのも頷ける。


ただ、その表情は完全に真顔で崩れることがない。


それもまた彼女が美しい人形のようだと思った理由かもしれないが、“塩系令嬢”と呼ばれてしまうのも少しだけ分かる気がした。


失礼だと思いながらも、この固まりきった顔を前に、そんなことを考えてしまう。


――――それが、数分後に改めさせられることになるとは思わずに。


とりあえずここで嫌われるわけにはいかないと、慎重に事を進めることにする。


約束のない突然の来訪という失礼を犯しているのだ、紳士的な対応で、嫌われないように。


努めてにこやかな態度で接するが、ジゼル嬢の表情は固いままだ。


この様子だと、あのことも覚えていないのだろうか。


一度だけ会った、あの時のことを。


「思い出してくれましたか?」


それもなんだか悔しい気がして、思わず口から出てしまった。


「はい?何をです?」


分かってはいたが、予想通りすぎて悲しくなる。


やはり彼女は私のことなど記憶の片隅にも残らなかったのだなと、ため息を我慢することができなかった。


……別に、好きな相手に振られたわけではないのだから、そこまで落ち込まなくても良いのだが。


いやしかし、ここまで露骨に眉を顰められてしまったら、落ち込むのも当然だろう。


これ以上変に傷付くのも虚しいだけなので、本題に入ることにする。


そっと先程リーンハルトから奪った菓子をテーブルの上に置くと、ジゼル嬢は初めてその表情を少しだけ変えた。


だが、彼女の兄上からかっぱらってきたのだと告げても、それほどの驚きは見られなかった。


驚かないのかと告げると、十分驚いているとの言葉が返ってきた。


確かにその声には動揺の色が混ざっており、微かだが身体が震えているようにも思えた。


表情からはあまり感じられなかったが、もしかして……。


「心配しないで下さい。兄上には訓練メニュー“難易度・地獄”を終えたら帰宅して良いと伝えてあります」


……自分で言っておいてなんだが、全然安心できない内容である。


“難易度・地獄”って物騒すぎるだろう!


まあジゼル嬢には事故にあったり生死に関わることがあったわけではないということは伝わったらしかったので、良しとしよう。


……あの訓練メニューは、人によっては生死に関わるかもしれないが。


少し悩んだが、リーンハルトならどうということはない、私は嘘は言っていないと気持ちを立て直し、話を戻す。


ここからが正念場だ。


私も気持ちに余裕がなかったのだろう、思わず戦場に立つ前のような緊張感を醸し出してしまった。


真剣な面持ちで、ジゼル嬢に告げる。


「お願いです、私のために菓子を作ってくれませんか!?」






「はあ、緊張した……しかしジゼル嬢が承諾してくれて良かった」


無理な願いであることは重々承知だったのだが、ジゼル嬢は明日から届けてくれると約束してくれた。


話を終え、シュタイン伯爵家を出て馬車に乗り込むと、それまでの緊張が一気に緩み脱力する。


そんな私に使い魔のゼンがじろりと睨みをきかせた。


「主……我を売ったな」


「まあそう言うな。おまえだって好きだろう?甘い菓子」


ゼンの機嫌を取らなければと、お土産にもらった“すいーとぽてと”を半分に割り、ほら、とゼンの前に差し出す。


むっ……と唸ったものの、ゼンは欲望に負けたのか、大人しく菓子をつつき始めた。


そして自分も残った半分をぽいっと口に入れる。


「「!!」」


その菓子が口の中に広がったところで、ふたりで目を合わせて見開いた。


「主……これは」


「美味いだろう?それに、魔力も感じる」


先程リーンハルトから奪ってきた菓子も美味かったが、こちらもまたとんでもなく美味い。


先程まで不本意そうな様子だったゼンも、実際に菓子を味わい、まあこの菓子が食べられるのならばと、お遣いに使われるのも悪くないと思い始めたようだ。


「明日も楽しみだな」


まさかこんなところでという出会いだったが、無茶をしてでもシュタイン伯爵家に行った甲斐があった。


ずっと恋い焦がれていた味、明日から毎日食べられると思うと、嬉しくてたまらなかった。


「だが主よ、気に入ったのは菓子だけではないのだろう?」


(くちばし)でついばみながらすいーとぽてとを堪能するゼンが、まぐまぐと咀嚼しながらそんなことを言ってきた。


「……何のことだ」


「とぼけても無駄だぞ。我には分かる。あの娘の一挙一動に心を動かされていただろう」


ちっ!と舌打ちをして顔を逸らす。


くそ、伊達に長年生きている精霊ではないな。


「どうやらあの娘、心が表情に出ないだけで、冷たいわけでも性格が悪いわけでもないようだな。むしろ、色々と考えすぎてしまうタイプの人間だと思うぞ」


「それくらい私にも分かった!」


そう、今までは知らなかった。


そして誤解していた。


だが今日実際にジゼル嬢と接してみて、その印象がガラリと変わった。


ひとつ分かったのは、彼女は本当に菓子作りが好きなのだろうということ。


しばらく会話をしていて、兄になにかあったのではと心配した時以外で表情が変わったのは、菓子の話をしている時だけだった。


“まどれーぬ”という菓子のことを褒めた時、素っ気ない言葉が返ってきたものの、その頬が少しだけ赤らんでいた。


恥ずかしいけれど、嬉しい。


僅かな変化ではあったが、彼女の表情からはそれが読み取れた。


「ふむ。主、笑顔で固まっていたな。見惚れていたのか?」


「違う!いや、違わなくはないが……。驚いたというか、その……」


いや、厳密に言えば違うのかもしれないが、確かに私はあの時ジゼル嬢の表情を見て、“かわいい”と思った。


「その後、天井を仰ぎ見るという滑稽なことをしていたな。あれはなんだったんだ?」


「なぜかは良く分からんが、嬉しそうにしていた後しゅんとした顔になったのが、かわ……いやなんでもない」


まずい、ついベラベラと話してしまった。


「ほほぅ。我に興味を持ってついはしゃいでしまったあの娘を見る目は、とてつもなく優しかったが?」


「仕方ないだろうかわいかったんだ!!」


あ。


本音が出てしまった口をぱたりと手のひらで覆うが、もう遅い。


「ほうほう、その後恥ずかしくなった娘が主を睨んだのも、まるで羞恥心に耐える猫のようで愛らしいとでも思ったのかな?そして最初は警戒心剥き出しだった娘が、最後には心を少し開いてくれたように、毎日菓子を作ると言ってくれて嬉しくなったのだろう?」


「ああ!おまえの言う通りだよこのクソ使い魔!!」


もう自棄糞(ヤケクソ)だ。


使い魔に隠しても仕方がない、認めてしまった方が楽だ。


「もちろん協力するだろう?()の使い魔だもんな」


余所行きの話し方を止めて、ゼンを見る。


こいつには、毎日菓子を運んでもらうという重要な役割がある。


「さて。娘が不憫な気もするが……まあ主の命ならば仕方がない」


どこか楽しそうに笑う使い魔に、扱き使ってやると内心で思いながら、ため息を零すのだった。

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